2026年6月16日 (火)

あの「西田ゆずる」が、中傷動画作成にかかわっていた!

  といっても、佐倉市の住民だって忘れかけているが、2015年の市長選挙の渦中の候補者であった「西田ゆずる」=西田譲が高市陣営の中傷動画作成にかかわっていたのだ(『週刊文春』2026年5月21日)。

  この市長選というのは、佐倉市のユーカリが丘駅前に順天堂大学の一部を呼び込み、地域の活性化を図るとして地元の開発業者山万と市議会最大会派さくら会が、その計画には消極的だった現職の蕨市長の対抗馬として「西田ゆずる」を候補に立てたのである。元衆議院議員という触れ込みだった。2010年県議を辞職、佐倉市近接の八千代市長選で落選したが、2012年千葉9区の衆院選で落選も、ブロックの比例で復活して一期だけ衆議院議員をつとめた「西田ゆずる」が突然市長候補として担ぎ出された。順天堂大学誘致を掲げ、それこそ、公示前から、さまざまな形で、現職市長のネガティブキャンペーンを繰り広げたのだった。当時は、いまほどスマホもSNSも普及していなかったので、西田支援、対立候補蕨中傷のチラシ、出所の分からない怪文書が、どの範囲か、大量にばらまかれ、違反ポスターが街にあふれていた。Facebook、ブログなどネット上でも中傷情報が日に日に更新され、拡散されていた。山万は、佐倉市から25億を引き出すからと、順天堂大学に持ち掛けたのが発端で、蕨市長はその25億円に難色を示していたのである。山万は、ユーカリが丘駅北口の再開発の一環として、大学誘致を目玉に、若者の行き交う街、周辺のオフィスビル、マンション建設による経済効果などを吹聴していた。

 泥沼化した、ひどい、醜悪な選挙戦だったが、ともかく、西田候補は25800余票、蕨候補が33200余票で決着がついた。この間、私は一住民としていたたまれず、ブログに関連記事を連投していた。記事はともかく、関心のある方は、まとめた年表があるので、ご覧ください。

2015年4月佐倉市長選挙経過年表file:///C:/Users/Owner/Desktop/2015%E5%B9%B4%E4%BD%90%E5%80%89%E5%B8%82%E9%95%B7%E9%81%B8%E6%8C%99%E7%B5%8C%E9%81%8E%E5%B9%B4%E8%A1%A8.pdf

 その西田譲落選候補の名前と、なんと、またとんでもないところで、出会うことになったのである。文春報道によれば、高市陣営が中傷動画作成を依頼先の松井健サイドの側近として動画作成にかかわっていたことになる。
 しかも、西田譲は、今年の3月31日の閣議により、黄川田仁志こども政策担当大臣の補佐官への起用が決定、4月1日に発令されている。黄川田大臣によれば「SNSやインターネットに強い」というのが起用の理由だった。ネガキャンの功労者、論功行賞人事だとすると辻褄があってしまう。とんでもないことがまかり通っていたのである。

 ちなみに、西田譲の佐倉市長落選後を調べてみると、衆院選に何度か立候補しているが落選、一方、佐倉市長選落選後の2016年、「ワールドパーク」という不動産会社を起し、事業内容として、「遊休地の不動産活用、公的資産の活用、リニューアル、運営受託、不動産投資・開発」を掲げていた。2017年には、稲毛海浜公園リニューアル事業者に選定、2018年には、  千葉市花の美術館、稲毛記念館の指定管理事業を開始していたのである。こんな事業者を指定管理者にして、千葉市、大丈夫なのか、心配になって来た。いや、心配や不安が募るばかりの日本ではないか!

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屋上から、池のコイを狙っていて、なかなかどかないで頑張っているサギ、2羽で来ることもある。

   なお、私の住む佐倉市を含む選挙区は「千葉9区」、富里出身の秋本真利という議員は、2012年に当選以来、自民党ではめずらしい再生エネルギー推進派ということだった。ところが、ところが、風力発電事業者の「日本風力開発」から、国会質問の見返りとして現金を受け取り、受託収賄罪で起訴、あわせて、コロナ禍に乗じて、持続化給付金不正受給、選挙区内でのマスク配布や秘書給与不正受給、事務所の市街化調整区域での違法建築などを問われ、2024年10月に議員辞職に至っている。

 それでも、今年の選挙では、自民、中道、維新、参政の4人が当選という情けない結果となった。懲りない選挙民の面々、選挙民も舐められたものだと思う。

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日本を覆う暗雲を晴らしたい?!近くの図書館での「おはなし会」にちょこっとお邪魔した夫がいただいてきた「テルテル坊主」、やさしいお顔を描くのは難しい。

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2026年2月 5日 (木)

選挙戦は始まったが~嘆いて、嘆いて、嘆いて・・・(4)選挙公報が届いたが、選ぶ基準はどこに?

 なぜ、いま、選挙だったのか

  記録的な大雪に見舞われている人たちを思うと胸が痛い。屋根の雪で崩れる家、背丈ほどの雪にすっぽり埋まってしまった街、交通手段が断たれ方々の食料や電気・ガス・水道が不安である。これ以上、雪による犠牲者を出さないために、私たちのような高齢者を取り残さないためには、地域の力だけだはどうしようもない状況なのだから、せめて、「自衛隊」の大量動員がなされるべきだと思う。能登の地震や水害のときもそうだったが、災害救助には、政府の早い決断と実行が問われるのではないか。
 ところがどうだろう。真冬の、積雪地帯への配慮もなく、短期による行政への負担を承知の上で、解散・選挙につき進んだ高市首相の思惑は、まさに“自分勝手解散”にあったとする見方は、否定しがたいのではないか。維新の「衆院定員削減」の早期実現を受け入れた形で、首相指名の票を取り込んだが、いまや「定員削減」なんてどこへやら。維新の方も、さまざまなスキャンダルが重なり、単独では党の存在が危ういとの判断での連立入りは、渡りに船だったかも。

 「日本列島を、強く豊かに。」とは、ミサイル基地と原発をふやすこと?!

 2月3日に投票所入場券が届き、4日には選挙公報が届いた。きょう5日は、施設での期日前投票の日である。各党の公約は、自民、中道については新聞全面広告で見ていたものの、「公報」において、自民党に「日本列島を、強く豊かに。」と高市首相に笑顔でよびかけられても、むなしさが先に立つ。「強く豊かに」とは、真逆のことをさらに強化しようとしているように思うからだ。その一つが、日本列島のいわば過疎地に原発を設置、原子炉は60基近くにも及び、30年はかかるという廃炉・廃炉措置中の原子炉を26基も抱えているのである(当ブログ、前二つの記事参照)。安定的な電力確保を口実に再稼働や新設を進めようとしている。

また、さらに、日本列島の北は北海道旭川市の近文台分屯地から沖縄本島まで、長射程ミサイル及び弾薬庫配備が決定している自衛隊基地は、以下の地図の通りである。
  この地図には出ていないが、自衛隊基地が2019年3月に開設された宮古島保良地区には弾薬庫が、2023年3月に開設した石垣島にはミサイルが導入され、2016年3月に開設した与那国島でもミサイル導入の計画が進んでいる。

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「長射程ミサイル 弾薬庫 全国62棟予算化」(赤端電子版2025年10月15日)より

   原発にしても、ミサイルにしても、地元に大きな負担を課した上、攻撃対象を列島各所に増設しているようなものである。そうした島民の不安や怒りをさらに高めるのは、攻撃を受けたときの不可能にも近い「避難計画」である。これでは、島民や牧場の牛たちに死ね、と言っているようなものだと怒る島民もいる。先の当ブログで紹介した、映画『戦雲』を見るまでもなく、日本の国土も国民も守れないではないか。

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 「公報」と街頭演説との落差

「選挙公報」にある「自民党5つの約束」はなんら具体的な政策は提示されないまま、「高市早苗の挑戦に、あなたの力を託してください」はないだろう。国民が選挙で託すというならば、議員であり、議会のはずである。さらに「選挙公報」を見ると、具体的な政策に乏しく、「あとはお任せください」という白紙委任の恐ろしさを感じる。

   他党に追随して、にわかに浮上させた「二年間食料品限定消費税減税」策などはどこにも表記されていない。高市首相の秋葉原の第一声の街頭演説でも触れることはなかった。だがその一方で、「スパイ防止法」の制定と刑法改正による「国旗損壊罪」創設を強調する。街頭演説の主な聞き手は自民党支持者であり、厚い警備に囲まれての演説である。

「公報」は、「言語明確、意味不明」に近い曖昧を旨とし、演説はなるべく過激に盛り上げようという意図があらわにも思える。
  高市自民党総裁がNHKの党首による日曜討論を指の治療で欠席した件については、いろいろ取り沙汰されているが、指の治療が必要であったとしても数時間後には地方への応援演説をしている事実から察するに、党首討論に欠席する理由にはなりにくい。週刊誌などによる高市首相の不都合な報道についての質疑が予想されるので、逃げたかったのではないかという推測を無下に否定できないだろう。 
 旧統一教会と高市氏との「不適切な」関係が、次々に明るみになる中で、旧統一教会の内部文書を「怪文書」と一蹴しただけで、説明がない。 

新党「中道改革連合」という失策

 公明党が自民党との連立から離れたのは、むしろ遅かった感もあるが、この党も党員の高齢化が進み、党存続の危機感から、斉藤代表は着地点を模索していたのだろう。一方、立憲民主党も、比較第一野党の存在感が示せず、このままだと議席を減らすかもしれないとの不安があった。トップ同士の協議で新党結成に進んでいったのだろうと思う。そして、こともあろうに、多くの政策が公明党にすり寄った上、小選挙区から公明が降り、比例の上位を譲るという決着をみた。多くの議員は、協議や説明もなく寝耳に水だったらしい。公明党は「いいところ取り」と言ってもいいかもしれない。

 立憲は、2024年10月の衆院選挙では、148議席をとっていた。立憲の支持者というわけではないが、野党第一党である矜持はなかったのか、情けないことになったの思いが強い。
 国民と参政は、自民との連立を伺うような政策も多いし、れいわ・共産・社民も私にとっては、一長一短があり、他の新しい少数政党には、疑問も多い。ということで、いったいだれを、何党を選ぶのか、白紙かの迷いは続く。

 <参考>

防衛省(2025年8月29日)
国産スタンド・オフ・ミサイルの早期整備等について
https://www.mod.go.jp/j/press/news/2025/08/29c.html

赤旗電子版(2025年10月15日)
長射程ミサイル 弾薬庫 全国62棟予算化  完成ゼロ 進ちょく不透明
https://www.jcp.or.jp/akahata/aik25/2025-10-15/2025101501_04_0.html

関 耕平「「南西シフト」による軍事基地配備と与那国島のいま」『住民と自治』 2024年11月
https://www.jichiken.jp/article/0384/

 

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2026年2月 2日 (月)

選挙戦は始まったが~嘆いて、嘆いて、嘆いて・・・(3)原発は必要だったのか、原発再稼働への不安~各党のエネルギー政策比較

 2月8日の衆議院選挙の公約、エネルギー政策、とくに原発をどうするかの公約をあらためて調べてみた。原発への否定的な政党は少数であることはわかっていたが、その中でも微妙な違いがあり、主要政党が、福島の原発事故を忘れたかのように、堂々と原発回帰を主張するようになった。新聞等で、各党の公約の比較などが見受けられるが、少数政党の公約が切り捨てられてしまうこともあった。 そんな中で1980年から、地球規模での環境問題に取り組む国際環境NGO 「FoE Japan(エフ・オー・イー・ジャパン)」が、つぎのような詳しい分析を行っている。

<#衆院選2026>各党マニフェストを比較!【原発・エネルギー編】~各党の特色は? 昨年との違いは?(2026.1.30 満田夏花)
https://foejapan.org/issue/staffblog/2026/01/30/staffblog-27809/

 中に、以下のようなわかりやすい表があったので、お借りしたい。急ごしらえの公約もあって、不明な点が多いのがわかる。立憲民主党が公明党と新党「中道改革連合」を結成するにあたって、これまでの「原発ゼロ」から「将来的に原発に依存しない社会を目指しつつ、安全性と実効性のある避難計画の確認と地元の合意を条件に原発再稼働を容認」することにしたのである。旧立憲議員は、どう釈明するのだろう。

Foe

 また、地球温暖化防止のために活動する全国の市民・環境NGO/NPO法人「気候ネットワーク」は、さらに丁寧な比較をしていた。中の「再生可能エネルギー」「原子力」についての各党比較表を紹介したい。これらを参考に、どうあるべきなのか。国を守る、国民の命を守るというのであれば、軍事予算を廃炉に向けて、再生可能エネルギーの拡充に充てるべきではないのか。

第51回衆議院議員選挙ー各党選挙公約の気候変動エネルギー政策に関する分析ー(2026年1月29日)
 https://kikonet.org/content/39140

・再生可能エネルギー
2035
年の電力部門の脱炭素化と再生可能エネルギー100%を目指すこと
  ・日本共産党は、2035年度の再エネ電力比率を8割とし、40年度までに100%とした。
    ・れいわ新選組は、2030年までにエネルギー供給の70%、2050年までに100%を目指すとした。

  • 中道改革連合は、再生可能エネルギーの最大限活用を掲げたが具体的な数値は示さなかった。
  • 国民民主党は、2030年代には電源構成比で再エネ比率が40%以上と、現行とほぼ同じ目標を示した。
  • 自由民主党は昨年の参院選では再エネの最大限導入を掲げていたが、今回はその記述が無くなった。
  • 日本維新の会は、再エネ導入拡大を掲げたが、具体的な数値目標は示さなかった。
  • 参政党日本保守党チームみらいは再エネの最大限導入も掲げず、具体的な数値目標も示していない。

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・原子力
脱原発を掲げ、小型原子炉など含めた原発新増設を認めないこと

7次エネルギー基本計画やGX2040ビジョンでは、「原子力依存の低減」の文言は削除され、原子力を「最大限活用」する方針が示された。しかし、原子力を推進することは結果的に原発のトラブル時などで火力に頼らざるをえない状況をつくる。原発の新増設にあたっては、時間がかかりすぎ、求められる気候変動対策にはならない。同時に、多額の資金が必要なことから経済的にも国民負担を増加させる。

  • 脱原発を掲げたのは、日本共産党(すみやかに原発ゼロ)、れいわ新選組(即時廃止)、社会民主党(再生可能エネルギーの普及で脱原発をすすめる)だった。
  • 中道改革連合は、将来的に原発に依存しない社会を目指すとしたが、原発再稼働は条件付きで認めた。
  • 自由民主党日本維新の会国民民主党参政党チームみらいは、原発の再稼働を条件付きで認めるだけでなく、次世代型原子炉の開発も推進するとした。

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2026年1月30日 (金)

選挙戦は始まったが~嘆いて、嘆いて、嘆いて・・・(2)原発は必要だったのか、再稼働への不安

 安倍元首相銃撃事件の山上被告に奈良地裁の無期懲役判決がくだった2026年1月21日の東京電力は、午後7時02分に新潟県柏崎刈羽原発6号機を再稼働させた。夕刻、そのニュースを聞きながら、この再稼働も一日延期してのこと、「また、“不具合”で止まるんじゃないか」と話していた。その翌朝、再稼働5時間後に制御棒に不具合が生じ、停止したとのニュースを聴くに及んで、やっぱりの思いとあらためて大いなる不安にかられた。報道によれば、この6号機に関しては、昨年6月以来、制御棒を巡る不具合は何度かあり、その内の一つは設定ミスであって、1996年の稼働以来正常に機能していなかった可能性があるというのだ(「臨界4時間後に異変」『朝日新聞』20026年1月23日)。そんな状況を原子力規制委員会はどう見ているのだろうか、の素朴な疑問も生じた。

 というのも、1月5日には、中部電力の静岡県浜岡原発の不正が発覚したばかりであったからだ。原発を推進する電力会社って、同じようなことをやっているんじゃないか、発覚しないだけではないかとの不信感が募るのだった。今回の選挙では、この原発については大きな争点にはなっていないが、あえて、立ち止まって考えてみたい。

 いま、原発は、どのくらい動いているのか。電力はどのくらい足りているのか、足りていないのか。いま政府は、安定的で、安価な、コスパの高い、電力供給源として、原子力発電を進めているが、果たして本当なのか。原発は、初期投資、維持費、事故対応などを考えると、素人考えでも、莫大な経費が予想される。原発が安定的といわれるけれども、不覚にも、私は、いまになって知ったことがある。原子力規制委員会の資料により、原発には、1基ごと「定期事業者検査」のための「停止」という措置が義務付けられ、一年間に通常でも3・4カ月を必要とし、その間、停止するのである。中には半年、一年以上停止し、さらに長期検査中の原発もある。規制が厳しくなれば、「停止中」は長期化し、9原子力発電所にわたり22基がある。ということは、停止中の発電を補完するためには、一つの発電所に複数の原発が必要になり、加えて、耐用年数の40年、60年に延期したとしても、現在「廃棄措置中」が12原発20基にも及ぶことからも、新設も必要になってくるという、悪循環になることは想像に難くない。福島第一原発も含め、廃止措置工程は半世紀単位の長期にわたり、使用済み核燃料の中間貯蔵施設もままならず、再処理に至る困難さは想像を絶する状況である。次代の人々の生命と環境の破壊をもたらすことに対する責任は、誰がとるというのだろう。

 また、上記「廃止措置中」もこの廃止措置には通常30年にわたる作業工程を必要とされている。なお、「廃止」とあるのは、福島第一原発の6基であって、汚染水の海への放出強行、デブリの抽出にさえ難渋している現状は、時折報はされるが、先行きはまったく不透明である。

  2011年3月11日の東日本大震災による福島原発事故にみまわれたとき、日本の原発はすべて停止した。そして東京電力は「計画停電」なるものを実施したが、いまだに何が「計画」だったのかわからないまま、中途半端な形で実施された。大規模停電が発生する可能性があるときに、地域を区分けしながら順次実施するものだったらしいが、東電に問い合わせても「計画」なるものは不明であった。原発が稼働しないとどうなるかという「政策的」な停電であって、「脅し」のようにも思われた。さすがに、その後は、「計画停電」を持ち出さなくなった。政府も、原則的には行わないとしている。

<参考>
原子力発電所の現在の運転状況(原子力規制委員会 2026114日現在)
https://www.nra.go.jp/jimusho/unten_jokyo.html

 さらに、発電所別に見ると以下のようになっている。運転中の11基は黄色のマーカーで示した。ただし、上記資料は1月14日現在だが、その後、1月23日に関西電力高浜原発2号機が停止中となり、1月24日に、九州電力川内原発2号機が停止中となり、現在、運転中は11基となった。停止中は22基、廃止措置中は20基、廃止が6基合計59基の原子炉を抱え持っていることになる。さらに建設中が3基ということで、どこまで進んでいるのかは不明だが、この狭い日本列島に60以上の原子炉が必要だったのだろうか。しかも、廃止措置、廃止決定をあわせると26基、これらの作業工程が終了するのは、途方もない年月がかかることは誰もが認めている。

 少し面倒ですが、下の「発電所別運転状況」をご覧ください。

 発電所別運転状況

  • 北海道電力株式会社 泊発電所の現在の運転状況1号機 停止中(定期事業者検査中)

2号機 停止中(定期事業者検査中)

3号機 停止中(定期事業者検査中)

  • 東北電力株式会社 東通原子力発電所の現在の運転状況

1号機 停止中(定期事業者検査中)

 ・東北電力株式会社 女川原子力発電所の現在の運転状況

1号機  廃止措置中

2号機 停止中(定期事業者検査中)2026年1月14日~ ← 運転中(25年9月1日~)* 

3号機 停止中(定期事業者検査中)

  • 東京電力ホールディングス株式会社 柏崎刈羽原子力発電所の現在の運転状況

1号機 停止中(定期事業者検査中)

2号機 停止中(定期事業者検査中)

3号機 停止中(定期事業者検査中)

4号機 停止中(定期事業者検査中)

5号機 停止中(定期事業者検査中)

6号機 停止中(定期事業者検査中)

7号機 停止中(定期事業者検査中)

  • 東京電力ホールディングス株式会社 福島第一原子力発電所の現在の運転状況

1号機 廃止

2号機 廃止

3号機 廃止

4号機 廃止

5号機 廃止

6号機 廃止

  • 東京電力ホールディングス株式会社 福島第二原子力発電所の現在の運転状況

1号機 廃止措置中

2号機 廃止措置中

3号機 廃止措置中

4号機 廃止措置中

  • 日本原子力発電株式会社 東海第二発電所の現在の運転状況

停止中(定期事業者検査中)

  • 日本原子力発電株式会社 東海発電所の現在の運転状況

廃止措置中

  • 中部電力株式会社 浜岡原子力発電所の現在の運転状況

1号機 廃止措置中

2号機 廃止措置中

3号機 停止中(定期事業者検査中)

4号機 停止中(定期事業者検査中)

5号機 停止中(定期事業者検査中)

  • 北陸電力株式会社 志賀原子力発電所の現在の運転状況

1号機 停止中(定期事業者検査中)

2号機 停止中(定期事業者検査中)

  • 日本原子力発電株式会社 敦賀発電所の現在の運転状況

1号機 廃止措置中

2号機 停止中(定期事業者検査中)

  • 日本原子力研究開発機構 高速増殖原型炉もんじゅの現在の運転状況

廃止措置中

  • 日本原子力研究開発機構 新型転換炉原型炉ふげんの現在の運転状況

廃止措置中

  • 関西電力株式会社 美浜発電所の現在の運転状況

1号機 廃止措置中

2号機 廃止措置中

3号機 運転中

  • 関西電力株式会社 大飯発電所の現在の運転状況

1号機廃止措置中

2号機 廃止措置中

3号機 運転中

4号機 運転中

  • 関西電力株式会社 高浜発電所の現在の運転状況

1号機 運転中

2号機 停止中(定期事業者検査中)

3号機  運転中

4号機 運転中

  • 中国電力株式会社 島根原子力発電所の現在の運転状況

1号機 廃止措置中

2号機 運転中

  • 四国電力株式会社 伊方発電所の現在の運転状況

1号機 廃止措置中

2号機 廃止措置中

3号機  運転中

  • 九州電力株式会社 玄海原子力発電所の現在の運転状況

1号機 廃止措置中

2号機 廃止措置中

3号機 運転中

4号機 運転中

  • 九州電力株式会社 川内原子力発電所の現在の運転状況

1号機 運転中

2号機 運転中 → 停止中(定期事業者検査中) 2026年1月24日~*

(注1)廃止措置中には、研究開発段階炉である「もんじゅ」と「ふげん」を含みます。
(注2)建設中は、電源開発大間、東京電力東通、中国電力島根3号機です。

 さらに、安価で、効率がよいとする試算は、公表されてはいるが、その反論に対しての反論は届いてこない。
 まずは、企業や国民が、自覚をもって節電をして、太陽熱や風力をはじめとする再生可能エネルギーのデメリットを超えて、さらなる活用を地道に進めていけば、危険極まりない原発は不要になるのではないか。
 原発を建設し、廃炉までの工程で、現場の人たちの大きな犠牲のもとで、利益をあげ続けている企業があるやもしれず。原発はいらない。まだまだ、私の知らないことも多いだろう。目を凝らして注視してゆきたい。

 なお今回の調査にあたって、「原子力安全推進協会」のホームページものぞいて、原発の「本日の運転状況」なる一覧表を閲覧した。ところが、その表の記述と個々の原子炉の運転状況と異なったまま半月以上も経っていることがわかった。女川原発の2号機が、定期事業者検査中で停止中にもかかわらず「営業運転中」となっていたのである。問いただせば「申し訳ありません、ありがとうございました」というが、「安全推進」の看板、「バカにしないでよ」と返したいくらいである。

<参考>資源エネルギー庁

あらためて知りたい、原発の「再稼働」~なぜ必要なの?ほんとうに安全なの?2025年8月22日)https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/genshiryoku_saikado.html

原発のコストを考える(2017年10月31日)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/tokushu/nuclear/nuclearcost.html

少し古い資料になるが、以下の図表がわかりやすいかもしれない。いずれも「原子力関する最近の動向について」(2025年6月24日 資源エネルギー庁HP)による。

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池の端のミモザが黄色いつぼみをつけはじめた。3月8日國際女性デーの花でもある。その頃は満開になていることだろう。1月24日撮影。

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2026年1月27日 (火)

選挙戦は始まったが~嘆いて、嘆いて、嘆いて・・・(1)元首相銃撃事件の奈良地裁判決

 嘆いて、嘆いて、嘆いて・・・、もういい加減にしてよ、の思いである。いったい日本はどこへ行くのだろうという嘆きは、やがて怒りへ。その怒りをぶつけあっているだけでは、何も変わらない

 とくに高市政権発足後、爆発的に増えてしまった、私の嘆きはどこまで続くのだろうか。まず、当面の私の思いを整理しておきたいと思った。 

  2026年1月21日、2022年7月安倍元首相銃撃事件の山上徹也被告に対して奈良地裁は、検察の求刑通り「無期懲役」の判決を言い渡した。旧統一教会信者である母親が多額の献金をしたことにより家庭が崩壊し、宗教二世としての苦しい生活を余儀なくされた生い立ちをまったく考慮しない判決であった。その理由として、計画性と悪質性がきわめて高く、不遇な生い立ちは犯行に大きく影響していないことをあげている。しかし、被告本人のみならず、母親と妹の証言によってさらに明確になった。旧統一教会への報復のため手製の銃を準備していたこと、長い間「霊感商法」としてまかり通っていた上、信者からは多額の献金を強いる犯罪集団まがいの「宗教団体」と政治家との癒着の中心的な、影響力のある人物として安倍元首相が浮上したことが裁判の過程で明らかになった。

 さらに、その過程で、多くの自民党議員とその宗教団体との密接な関係、選挙への支援活動、議員の宗教団体への行事の参加が日常的に行われていたことも、明らかになったのである。

  また、この銃撃事件を契機に、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)への批判を受け、文部科学省は、2023年10月13日解散命令を請求し、東京地裁は2025年3月25日、民法上の不法行為を根拠とした初の解散命令を決定している。東京高裁は審理を2025年11月に終結、「高裁が命令を維持すれば、最高裁に特別抗告するかどうかにかかわらず効力が生じ、清算手続きが始まる。任意団体として活動は続けられるが、礼拝施設など財産の処分が進められ、税制上の優遇措置も受けられなくなる。」(「旧統一教会、存立の瀬戸際に 解散命令、年度内にも高裁判断―安倍元首相銃撃」時事通信 2026年01月22日)という。

  上記のように、安倍元首相銃撃事件は、「宗教団体と政治、政治家との癒着」と「宗教団体としての存続」を質すという、社会的な影響をもたらしている。

  私と同い年の友人は、「彼には表彰状をあげたいくらい」と山上被告のことを言っていたが、昨年急逝してしまった。私は、今日の午後から、十数年ぶりに人間ドックを受けることになった。もう出かける時間である。(続く)

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  もう何年前のことになるのだろうか、上の記事の友人が、山田昭次氏の出版記念会のような小さな集まりで、参加すると言っていた私への「お土産よ」といって、庭で咲いているというロウバイの幾枝かを持ってきてくださったのだ。その頃の彼女は、すでにフリーの映画評論家として活躍していたが、韓国映画の紹介にも努めていたらしい。思い出のロウバイの花、施設の池の端に二本のロウバイの木は満開であった。

2026124

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2025年8月13日 (水)

『神近市子の猛進』を読む、神近は短歌も詠んでいた(2)神近市子、波乱の生涯

   神近市子は、長崎県出身、父と兄を幼少時に亡くし、姉二人との母子家庭で貧しかったが、読書する文学少女で,活水女学校を経て、津田梅子の女子英学塾で学ぶ。在学中に『青鞜』に参加、1913年女子英学塾卒業後、弘前の県立高等女学校の教師になるが、『青鞜』への参加がばれて一学期で退職。東京に戻り、尾竹一枝(後の富本紅吉)、伊藤野枝とも知り合い、小野賢一郎(1888~1943,俳号は蕪子)の紹介で東京日日新聞の記者となる。東京日日新聞の高木信威(1872~1935)との不倫関係にあって女児を出産、生家に預け、記者活動を続けていたことが、上記事件の公判中に明らかになった。

 1915年大杉と知り合い、16年上記の事件に至り、東京日々新聞社を退社。1919年服役後からは小説、翻訳、評論など多角的な文筆生活に入り、20年に鈴木厚と結婚、一男二女をもうけるが、39年に離婚。その間、プロレタリア文学運動にもかかわるが、28年長谷川時雨の『女人芸術』創刊より参加、その廃刊を継ぐような形で、34年には自ら『婦人文芸』を創刊する。当時の執筆メデイアは、新聞、総合雑誌、婦人雑誌、文芸雑誌、時局雑誌等多岐にわたる。人脈も広めてゆく。39年の離婚前後から、3人の子どもとの生計も神近の双肩にかかってきたためか、執筆量も多く、大手出版社による『中央公論』(中央公論社)『雄弁』(講談社)『現地報告』(文芸春秋社)『新女苑』(実業之日本社)などへの寄稿も増した。日本文学報国会の会員ではあったが、彼女の論稿の基調は、戦時下の女性労働者の重要性とその権利保護にあって、意識的に、戦意高揚に直接的につなげることを避けたきらいがある。また、とくに太平洋戦争開戦前後からは、語学力を生かして、1940年『トルキスタンの旅』『動物と人と神々』『アメリカ史物語』、1941年『アメリカ成年期に達す』、1942年『新疆紀行』、1943年『船と航海の歴史』などの翻訳が多いのが、他の評論家に見ない特色と言えるのではないか。

 近年よく使われるようになった、内閣情報局の内部資料『最近における婦人執筆者に関する調査』(1941年7月)は、婦人雑誌八誌を対象に、婦人執筆者の執筆頻度、その内容種別などを、1940年5月号から翌年の4月号までを調査、各人、各文献の解説、出版社の評価など「量的」「質的」分析がなされている資料である。今回、神近市子を調べてみると、「純粋評論家」として3点が挙げられ、決して多い方ではないが、「彼女の婦人解放の思想は此の意味に於て依然として、社会組織に於ける不合理の状態の廃止を目指して社会を変化せんとするあの社会主義的態度を思はせるものがある」などと評されている。

 『神近市子の猛進』の著者石田は、戦時下における神近の文筆活動について、つぎのように述べている。
「そこに女性の戦争協力を先導するような言説はなく、運動として表舞台に立つこともなく、街頭に進出することもなかった。戦争を奇貨とする点では同じであったが、女性の国民化という大衆運動を展開し、公職追放となる市川房枝のように、戦争協力が問われることになる女性指導者たちとは、その点で一線を画していた。」(200頁)

 戦後は、その参議院議員市川房枝らとともに、神近は売春廃止の法案を何度も国会に提出するが廃案になっていたが、さまざまな曲折を経て、不備が指摘される中、t956年5月24日公布に至り、施行させた彼女たちの功績ははかりしれないものがある。 

 私は、短歌の師であった阿部静枝が、上記の資料で「純粋評論家」として、多くの婦人雑誌に重用された実態について触れたことがある。夫、阿部温知とともに無産政党の党員としての活動の過去がありながら、戦時下において、評論家としての執筆や活動を拡大してきたのは、かつての活動で得た知見や執筆・弁舌能力と社会性を備えていたからであり、歌人という肩書も加わって、翼賛へと傾いていった過程をたどったことがある。また、彼女には、結婚前に、男児を出産し、隠すように他人に預けて活動してきた経緯があり、夫と死別してからは、子供を引き取ったことによる経済的な必要と体制やメディアから「期待」される蜜の味も手離したくなかったため執筆活動に励んだ一面もあったと推測される。そして、戦後は、社会党から分かれた民社党の党員となり、豊島区区議会議員を三期務めたことを思うと、神近市子ほどの革新性や話題性はないが、一人の女性の歩みとして、似たような軌跡ではなかったかと、あらためて感慨深いものがあった。

参考:「内閣情報局は阿部静枝をどう見ていたか 女性歌人起用の背景」『ポトナム』2006年1月~2月。『天皇の短歌は何を語るのか』(御茶の水書房 2013年8月)所収

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下段は「量的考察」の「純粋評論家」の図表の一部。氏名の五十音順で、阿部静枝は11点で座談会が多いのが目立つ。後のページで、トップは宮本百合子の22点、次が羽仁もと子の19点が突出している。

 

 

 

 

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2025年8月12日 (火)

『神近市子の猛進』を読んだ、神近は短歌も詠んでいた(1)神近市子の短歌

・ひとり居て思うことあり 嬉しきは孤独に生きる力もつこと

  神近市子が、このような短歌を詠んでいることを、石田あゆう『神近市子の猛進 婦人運動家の隘路』(創元社 2025年3月)で知った。なるほど、神近らしい、と思った。

 神近市子(1888~1981)といえば、なんといっても、アナーキストで自由恋愛を主張する大杉栄と恋愛関係にあったが、妻堀保子と愛人伊藤野枝(辻潤の妻)の四人の複雑な関係と確執から、1916年11月9日、葉山の日蔭茶屋で大杉を刺傷したという事件が有名で、裁判を経て、17年10月から2年間服役している。当時は、神近の嫉妬による犯行であるといったスキャンダルめいた報道が多かったようである。今ならば、有名人のW不倫以上の複雑な関係が取り沙汰されるに違いない事件だった。
  私は、神近市子の「社会党左派」の議員であった、もう一つの顔の方が身近だった。私の若いころ、生家のあった地元池袋を含む当時の中選挙区「東京5区」選出の政治家としての姿が印象に残っている。母と出かけた演説会や選挙ポスターから受ける印象はやはり、「闘士」の面影が色濃かった。1953年、吉田茂首相の「バカヤロー解散」後の選挙で 初当選、65歳であった。ちなみに、そのときの東京都の当選者は以下の図表の通りで、なんとなつかしい名前ばかりである。

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1953年4月衆議員選挙東京都当選者。5区に鈴木仙八、神近市子、河野密、中村梅吉の名前が見える。淡い空色が社会党左派で原彪、鈴木茂三郎、帆足計、島上善五郎、山花秀雄。ブルーが浅沼稲次郎、加藤勘十、三輪寿壮、菊川忠雄、山口シズエ、中村高一。社会党が強かった!

 

  この後も、神近は、60年11月の一度の落選を挟んで、55年1月、58年5月、63年11月、67年1月の選挙で当選、5期を務め、81歳で政界を引退している。

 1919年の出獄後から1953年衆議院選挙で初当選するまでの間の活動は、断片的に垣間見ることはあったが、『神近市子の猛進』で初めて知ることも多かった。

 その一つが、神近と短歌の出会いであった。(66頁)出典は、神近の長男鈴木黎児編集による『神近市子文集(三)』(武州工房 1987年11月)であった。さいわいにも、国立国会図書館でデジタル化されており、しかも個人送信により入手することができた。そこには、二本の短歌関係の随筆が収められていた。それらの文献によれば、神近が鈴木厚との結婚時に「(淀橋区)下落合」に住んでいたのは、半田良平宅の道路を隔てた向かいであり、その後も近くに家を建てたらしい。半田良平夫妻、子どもたちと家族ぐるみの交流があったことと、今井邦子の『明日香』には、気ままに投稿する仲だったことが書かれている。

 北海道に遊説で道南を回った折にはつぎの歌を含む五首を書き留めている。
・見はるかす札幌のかた夕陽はえて ポプラの並木赤くもえたつ(月寒の丘にて)

・開拓の長き苦難をかたるかに 古きサイロ山合にみゆ(倶知安にて)

 衆議院の法務委員会で、岐阜・愛知へ視察に出かけたとき、岐阜の宿で、請われて色紙に書いたのは、東海道での光景を詠んだつぎの歌だった。同行の議員たちも、その光景を見ていたので、喝さいを浴びたという。
・白鷺はおもしろきかな畔にいて 田植える人を眺めて立てり

  当時の「心境にはつぎの歌がもっともピッタリとくる」として、エッセイを閉じている。
・つれづれを史記よみてあり愛しきは 夏殷周の興亡のあと

 (以上「歌と詩と――半田氏の自称弟子」『随筆サンケイ』1961年3月。『神近市子文集(三)』所収)

 

 さらに、もう一本のエッセイ「私の短歌」では、今井邦子との出会いに始まり、自分の勉学の道をひらいてくれた家族やふるさとの大村藩という経済的に豊かだった背景にも及んでつぎのような短歌が記されている。
・ふるさとは友ありてよしこの宵を 心ゆくまでかたりあかして

  1958年7月のソ連視察時、公務が終わっての自由行動の折、トルストイの生地行きを提案、一同向かい、トルストイの墓を訪ねる。彼の墓はトルストイ一族の立派な墓ではなく、樹木の下にひっそりと石一つがあるのを目の当たりにして「何だか悲しかった」としながら、詠んだのがつぎの二首である。
・大樹の下に長方形の石一つ 墓をたずぬる人絶えまなし

・妻や子とは離れて眠るトルストイ 墓をたずぬる人絶えまなし

 二通りの表現を試みて、「主観と客観の違いだけで、どちらに重点をおいたわけでもない」と歌作にも余裕が感じられる一場面である。

 また、1959年、北欧諸国の福祉施設の視察で回ったときに「こんな一首がひょいと頭に浮かんだ」とある。
・北海の波分けてくる船ひとつ 我に希望もたらすがごと

 さらに、このエッセイの終わり近くには、「こうして原稿を書いていると、自分の生涯のことが次々に追憶され、私の生涯が成功と失敗の連続だったことが思い出されて来る」として、冒頭の一首が挙げられている。
・ひとり居て思うことあり 嬉しきは孤独に生きる力もつこと

  「孤独は自分でつくりだせることを知らなくてはならない。周囲に人なく物なくそれを孤独と考えるのは外形的なもので、外に求め、あこがれる場合は孤独ではない。求めず、あこがれぬ心境こそ孤独というものだろう。」「(芸術の)作者の側にも世俗に惑わされず、真実をあくなく追及してそれを表現する努力につとむべきだろう。」と。
(以上「私の短歌」『朝日新聞』1975年8月。『神近市子文集(三)』所収)

  なお、この『神近市子文集(一)(二)(三)』を編集した鈴木黎児は、神近と鈴木厚の長男で、離婚の際には神近に引き取られたのだが、苦労も多かったようだ。それでも、母の書き残したものを、自分なりの眼で収集しての私家版であったようだ。『神近市子著作集』全六巻(日本図書センター 2008年)が刊行される20年以上も前のことになる。さらに、鈴木黎児は、各文章の末尾に、解説を付し、執筆の背景や鈴木自身の率直な感想や批判もしているのである。その収集の努力と遺族による顕彰のみに陥りやすさを抑制している営為には敬意を表したい気持ちである。

  なお、今井邦子との関係ついて、神近の以下の文章がある。
「最後に会った今井さん」『明日香』今井邦子追悼号 13巻8号 1948年11月
「最後の会見」(今井邦子追悼講演録)『明日香路』1巻4・5合併号 1949年5月

  また、堀江玲子『今井邦子の短歌と生涯』(短歌新聞社 1998年1月)にも、邦子が鶴川村への疎開を紹介されたこと、再疎開した下諏訪の生家に、神近が4・5回訪ねていること、亡くなる年1948年2月にも見舞っていることなどが記されていた。

 半田良平については、さきの『文集』にも何度か出て来るが、「隣人としての半田先生(一)(二)」(『沃野』31~32号 1949年10月=11月)に詳しい。

*引用の短歌は、原文では二行の分かち書きになっているが、ここでは一字アキで示した。

(つづく)

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2023年4月25日 (火)

支持政党はないけれど、選びたい人を探してでも

選挙公報が遅いのは

 支持政党がない、選びたい人もいない、というときは、棄権か、白票を出したいときもある。今回は、通院のついでに、県議選も、市長・市議選も不在投票で済ませたのだが、ともに、選挙公報が届く前だった。23日の市長・市議選の公報が届いたのは4月20日だった。選挙のたびに思うのだが、公報をしっかり読んで選びたいのに、どうして遅れてしまうのか。地元の候補者の選挙カーが、何度も町内に回って来るのだが、政治姿勢や政策を伝えるのはムリで、いや、政策なるものを持たない候補者もいそうで、大方は名前の連呼で終わる。昼間は勤めに出ている現役世代は、それさえも知らずに投票することになる。何を基準に選んでいるのだろうか。

 私は、身近な議員の日常活動や事前運動のチラシなどを見るようにしている。かつては、関心のあるテーマでの質疑があるときは、議会の傍聴に出かけていたこともある。いまはその気力も失せてしまったし、いくつかの交通機関を利用しての市議会への道は遠い。

<無所属>の見極め

 県議選の千葉9区は定員3人、立候補4人で、自民、立憲、市民ネットワークの3人が当選した(自民以外は女性)。 市議選は、定員28人、立候補33人。前回の立候補は42人だったので、ある候補者は、「今回は“泡沫”がいないので、きびしい」と漏らしていた。無所属17人、自民4人、公明4人、市民ネットワーク3人、共産2人、新社会1人、国民民主1人、参政1人が立候補、無所属の5人が落選したが、他は全員当選している。当選した無所属の12人のうち、10人という保守系の最大会派さくら会は、今回の当選者が5人と半減した。2人の現職が落選、引退、元職2人が加われば7人か。自民系が2人、1人会派2人という内訳になる。保守系を寄せれば、さくら会系8人、自民系6人、公明4人合計17人、それに、参政1人が、どう動くのか。

 市民ネット3人、共産2人、新社会1人の計6人、そして、ひとり会派の2人は保守派に取り込まれることなく、頑張ってほしい。ひとつ残念なのは、つねに上位当選していた市民オンブズマンのFさんが立候補せず、後継者もいなかったことだ。

既成政党の停滞と地域政党の動向

 それでも、今回の地方統一選挙で、県議の3人の内2人が女性だったこと、市議全体28人中10人が女性であることに変わりはないのだが、当選者の上位5人がすべて女性であったこと、前回が1人であったことと比べれば、何かが少し変わるきっかけになればと期待したい。

 なお、前回と比べると、市民ネットは3人で9012票、2200票増やし、公明4人で8699票、1335票減らし、共産2人で3327票、前回は3人立てていたが、1319票減らしたことになる。市民ネットは、佐倉市特有ながら、この躍進ぶりは、かつてのように4人立候補してもよい勢いであるが、オンブズマンFさんの票が回ったのかもしれない。

 公明が減らしているのは、全国的な傾向でもあったらしい。現職の公明党議員が、支持者の高齢化を嘆いていたのを聞いたことがある。周辺を見ても、共産党の支持者の高齢化は著しいものがあり、党員のセクハラ、パワハラ、除名問題なども複合的な要因になっているのではないか。

 また市長選では、現職の西田三十五が当選したが、市民ネットと共産などが支援した弁護士の清田のり子とは185票の僅差であった。清田の善戦は、今後の市政に反映されるにちがいない。

 再選された西田市長は、市議・県議時代、「五か条御誓文」や「教育勅語」の復活などを主張していたと記憶する。現職を破って市長になったときは、どうなることかとびっくりしたが、その主張は「封印する」と市議たちには漏らしていたそうだ。コロナ対策交付金の手続きミスで、5・3億円を返還する羽目になり、介護保険の交付金でもミスをしている。図書館との複合施設「夢咲くら館」の建設にあたっても、予算をはるかに上まわった上に、このブログでも指摘ように、市民の声に耳を傾けない強引な手法で進めたこと、統一教会との濃密な関係など、この4年間の負の足跡はぬぐい切れず、不安が大きい。

 なお、選挙公報を読んでいて、これはまずいんじゃないの、という一件があった。どういうわけか、共産党の二人が横並びの枠で、名前と経歴だけが違うという以下のような誌面だったのである。ともかく他の候補者は、同じ政党であっても、少しづつ自分の政策、訴えらしきものを語っているのだが、判で押したように、とはこういうことなのだろう。同じ党なのだから、共通の政策を打ち出すのはいいが、やはり候補者なりの訴え方や個性のようなものが伺える紙面の方が親しみやすいのでは。

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右側に候補者名と党名、下段には小さな字での経歴が記されていた。

<参考>
2023年43日佐倉市議員選挙結果
https://www.city.sakura.lg.jp/material/files/group/1/20230423kaihyokekka0005_shigi_t.pdf

2019年421日佐倉市議員選挙結果
https://www.pref.chiba.lg.jp/senkan/chiba-senkyo/documents/010421sakura-gi_2.pdf

 

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