2017年3月30日 (木)

二つのドキュメンタリーを見た~アウシュビッツと沖縄と(2)

「いのちの森 高江」(謝名元慶福監督作品 2016年)

 最近、友人からDVD「いのちの森 高江」を借りて見た。沖縄の基地闘争のドキュメンタリー映画は、いくつか制作されているようなのだが、私は、森の映画社のニュースリールを見る機会が何回かあった程度である。

 米軍の基地、北部訓練場の長い歴史、高江の住民たちの長い闘争の歴史と現状を怒りを込め、だが、 淡々と綴る。あわせて、アキノさんという蝶類研究者の女性が多くの小さな命の営みを求めて、高江の森を案内するのだった。

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1970年代、米軍がベトナムの密林に見立てた訓練がなされていた

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北部訓練場だけでもヘリコプター事故がこれだけ起きている。さらに、オスプレイの飛行・離着陸の危険は計り知れない

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高江の森の生態系のすべてを破壊する工事は許せないとするアキノ(宮城秋乃)さん

 

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高江の住民たちは、工事差し止めの訴えを起こしたが

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映画の中には、こんな映像もあった。生活道路が封鎖され、今はこの石碑に近づけない、との解説があった。1916年(大正5年)、大正天皇即位を記念し造林地に建てらえた石碑は傾いている

 

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二つのドキュメンタリーを見た、アウシュビッツと沖縄と(1)

「ただ涙を流すのではなく“分断する世界”とアウシュビッツ」(NHK-BS1226日)

旧聞に属するが、226日、国会や報道では、森友学園問題で大揺れであったが、夜は、NHK-BS1スペシャル「ただ涙を流すのではなく“分断する世界”とアウシュビッツ」を見ていた。番組予告では、「100万人を超えるユダヤ人が虐殺されたアウシュビッツ強制収容所。その悲劇を伝え続けているのが、世界各国出身のガイドたちだ。今、ガイドたちは、大きな危機感を抱いている。移民や難民をめぐり広がる排斥の声。世界が分断を深める中で、自分たちは何を伝えるべきなのか。ただひとりの日本人ガイド・中谷剛さんも語るべき言葉に悩んでいる。揺れるアウシュビッツのひと冬を追った。」とあった。

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 NHK-BS1、2017年226日午後8時~

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 NHK番組紹介ホームページより

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構内の収容所バラックのすぐ近くに、収容所長の住宅があり、家族とともに住んでいた。そこには平安な日常生活が営まれていたのだろう。私たちが見学した折は気づかなかった。NHK番組紹介ホームページより

2010年5月、私たち夫婦は、ポーランドのクラクフに2泊した折、アウシュビッツビルケナウ強制収容所見学のバスツアーに参加した。雨の朝、ホテルを出て、あちこちで道路工事の真っ只中の街に迷いながら、バスの発つマテイコ広場までたどり着くのに苦労した。ともかく、「英語コース」のバスに乗り、現地でも英語のガイドによる案内で、心細い思いをした。ただ一人の日本人ガイド、中谷剛さんとの縁はなかったけれども、この番組は逃してはならないと思った。

中谷さんは、1966年生まれ、1991年からポーランドに住み、猛烈な勉強をして、1997年アウシュビッツ・ビルケナウ強制収容所博物館の公式ガイドの資格をとり、ポーランドの女性と結婚されて、今もガイドの仕事を続けている。

日本から来た若い見学者のグループを伴い収容所構内や幾つもの展示室を案内するとき、ドイツナチス時代に、なぜこうした民族差別による大虐殺がなされたのかを、言葉を選びながら説明し、見学者が自ら考えるように、という思いを伝える。中谷さんは、偉そうには解説はできないと、丁寧で慎重な姿勢を崩さず、見学者に接しているようだった。同時に、ポーランド人、ドイツ人のガイドたちの悩みも語られてゆく。決して声高ではないけれど、力強く訴えるものがあった。ただ、ドイツ国民が、なぜナチスに雪崩れ打って、ここまでの虐殺がなされ得たのか、と、そこでなされた残虐の限りの実態を、そのファクトを検証する場でもある、アウシュビッツで起きたことをもっとストレートに語ってもよかったかと思った。

 私のわずかな経験からも、目の前に示される歴史上のファクトには、筆舌を超えるものがあり、それを次代に継承すること自体が、過去への反省と責任を伴って初めて成り立つことだと思えたからである。加害国のドイツ国内においてもかつての強制収容所跡を残し、ベルリンの中心部、国会議事堂直近の場所に、ホロコーストの碑を建設、様々な歴史博物館において国家としての反省の意思を示したドイツを思う。それに比べて、「自虐史観」と称して歴史教科書において、日本の侵略戦争の事実を少しでも薄めたい政府、民間人の集団自決に軍の関与がなかったような、曖昧な展示しかできない国立博物館、原発事故の原因究明がなされないまま、被災者切り捨て、原発再稼働を進める政府、教育勅語礼賛の安倍首相夫妻・・・を思うと、その格差に愕然とする。話はどこまでも拡散してしまうのだが、以下の、かつての旅行の記事も参照していただければ幸いである。

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展示室より

<当ブログ参考記事>

◇ポーランド、ウィーンの旅(2)古都クラクフとアウシュビッツ

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2010/05/post-f56e.html

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◇ドイツ、三都市の現代史に触れて~フランクフルト・ライプチッヒ・ベルリン~2014.10.20289)(ザクセンハウゼン強制収容所ほか)

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2014/11/20141020289-91f.html

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2016年8月 8日 (月)

8月6日、目黒五百羅漢寺の桜隊原爆殉難者追悼会へ

 猛暑が続く東京、目黒の五百羅漢寺に、夫と出かけた。夫はすでに何回か参列しているが、私は今回初めてだ。早朝から法要は始まっているが、私たちが参加したのは本堂前の原爆殉難碑「碑前祭」からで、住職のお話のあと、ご焼香となった。「移動演劇さくら隊原爆殉難碑」の碑銘は徳川無声の書により、裏面には柳原白蓮の「原爆のみたまに誓ふ人の世に浄土をたてむみそなはしてよ」が刻まれているという。丸山定夫と園井恵子、高山象三、仲みどり、森下彰子、羽原京子、島木つや子、笠絅子、小室喜代9名の慰霊碑である。

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 「移動演劇さくら隊」とは、戦時の統制下で従来の演劇活動が出来なくなった演劇人たちだったが、丸山定夫らは、苦楽座を結成、後、さくら隊として、1944年から45年にかけて、内閣情報局管轄下で地方巡業中であった。その根拠地というか、疎開先が広島だったのである。詳しくは、以下のHPを参照。

「桜隊原爆忌の会」HP

http://www.photo-make.jp/sakura.html

 

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慰霊碑の右側の供花に「佐々木愛」の名が読める

そして、今日は、新藤兼人(19122012)作品『さくら隊散る』(1988年)が上映されるという。エアコン直下で少々冷房が効きすぎるくらいの席であった。「さくら隊」の成り立ち、活動の足跡、犠牲者の悲惨な最期までを克明にたどる。即死ではなかった、丸山定夫も厳島で、園井恵子と高山象三の二人は神戸の知人宅で、仲みどりは、やっとの思いで広島から東京の実家に逃れ、入院先の東大病院で亡くなるまでの痛苦の数日をリアルに再現している。彼らと同じ団員ながら、偶然、広島を離れていて助かった俳優の池田生二(19121998)と槇村浩吉(桜隊事務長、19102001、犠牲者小室喜代の夫)が案内役を務めて、ゆかりの場所や人を訪ねるのである。また、丸山定夫と昭和初期からプロレタリア演劇の同志として、新劇、大衆演劇、映画などを支えてきた人々、千田是也(19041994)滝沢修(19062000)小沢栄太郎(19091988)宇野重吉(19141988)山本安英(19021993)杉村春子(19061997)らが、証言者として、昭和前期、敗戦までの過酷な演劇の歴史、そこにおける丸山定夫や園井恵子らについて語るのである。私などは、1950年代から60年代の映画全盛時代に、スクリーンで見慣れた滝沢、小沢、宇野らであったし、証言者として登場する嵯峨善兵、薄田研二、松本克平、浜村純、殿山泰司らも、映画の名わき役、あるいは敵役として、当時は知らないまま見ていたが、彼らも筋金入りの演劇人だったことを改めて知ることになる。私が観た舞台は数えるほどで、滝沢の「セールスマン死」と宇野重吉くらいだったか。映画のナレーションは、聞き覚えのある声の乙羽信子(19241994)であった。杉村春子の証言を聞いていると、その語り口も、内容も実にドラマティックて、さすがと思ったのだが、小津安二郎作品などで、杉村が「あら、あんたたち、もう集まってるじゃい」とか、べらんめい調で他の出演者たちに割って入ってくると、その画面が一気に引き締まる、といった記憶がよみがえる。

 出演者の生没年は、家で調べてみたのだが、1987年からの制作、1988年公開の映画だったのだが、宇野や小沢は最晩年の証言であったし、百歳を迎えた新藤は別として、公開後の10年内外で多くの方が没している。この映画は、まさに貴重な証言集でもあったのである。

 私は、「さくら隊」で最も若くして亡くなった高山が、薄田研二夫妻の長男であったこと、槇村が敗戦後、真山美保と新制作座を立ち上げたことなどは、浅学にして知らなかった。案内役の池田生二も見たことのある風貌だと思ったら、1960年代の映画と、以降はテレビの刑事ものや時代劇に数多く出演していることもわかった。 

 会場では、思いがけず、昔の職場の同僚と会い、旧交をあたためることができた。この日の参列者120人ほどと。

 さらに五百羅漢様たちに敬意を表してお参りもすることができた。 耳の痛い「ことば」も多い。

「周りに左右されず信念を貫く」
「おのれを制御できる人ほど自由である」
「広く学び、深く究める」
「多くを聞いて、少しく語る」・・・・。

 懇親会は失礼して、目黒駅に出て、私は、友人と久しぶりのおしゃっべりに時を過ごした。

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2015年7月14日 (火)

7月12日、シンポ「沖縄戦後70年:基地問題とジャーナリズム」に参加しました  

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山内ゼミの学生の応援がたのもしい受付

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夏らしい集会の受付、左端の山内先生も忙しそうです


「沖縄戦後70年:基地問題とジャーナリズム」

日時: 7月12日(日) 13時~16時30分

会場 明治大学(御茶ノ水)駿河台キャンパス
    グローバルフロント棟 グローバルホール(1階)

●研究報告 山内健治(明治大学政経学部教授)     “基地接収・返還に揺れた共同体――読谷村の事例から”

●パネル討論 “辺野古から考える日本のジャーナリズム”   

金平茂紀(TBSキャスター)
影山あさ子(映画「圧殺の海」監督)  
宮城栄作(沖縄タイムス東京支社報道部長)
司会 醍醐 聰(東京大学名誉教授)   

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右から、宮城、影山、金平、醍醐の各氏

 新しいグローバルホールは、階段状のホールで、折り畳みの机も備えられている、居心地の良い会場だった。ほぼ満席の約180人の参加、ユープラン、IWJなど4つのカメラが入ったという。  文化人類学、東アジアの民俗学に詳しい山内先生の報告は、あっという間の30分だった。数十年間にわたる沖縄でのフィールドワークのうちの読谷村の事例を話されたが、村の集落「シマ」が戦争で破壊され、再建のさなか、米軍の接収によりさらにズタズタに分断される様子が数字や映像で明確に語られていた。仮設住宅から基地内の公認耕作地に通う人々、「祈り」の場を次々失ってゆく人々が移設しても必死に守ろうとする姿が痛切であった。  パネル討論の詳しい内容については、下記のユープランの配信映像で見ていただきたい。ここでは私がとくに印象に残った発言を恣意的ながらとりあえず発言者ごとにまとめておきたいと思う。壇上では、期せずして宮城さんから若い順に並んだ格好だった。     

              *****
・20150712 UPLAN【研究報告】山内健治“基地接収・返還に揺れた共同体――読谷村の 事例から        https://www.youtube.com/watch?v=UKs5Ux6C7Vc

・20150712 UPLAN【パネル討論】金平茂紀 影山あさ子 宮城栄作 “辺野古から考える 日本のジャーナリズム” https://www.youtube.com/watch?v=ApXZzfPOfBA 

             ***** 

◇宮城さん:
・沖縄と本土との関係を「温度差」「溝」そして「対立」「平行線」とのことばで語られたくはない。今回の沖縄の二紙を「つぶせ」の発言は、毎度のことという印象があるほど繰り返されてきた。昨年の石垣市長選直前の石垣への自衛隊配備計画報道への露骨な規制から遡ると限りない。今回も発言者の品位や資質の問題ではない。メディアとしては直ちに反応してゆきたい。
・本土では、戦後、憲法やメディアが天から降ってきたものかもしれないが、沖縄では、憲法も自分たちのメディアも自らの力で獲得してきたという感覚があり、メディアは、住民にきたえられてきたので、住民サイドに立つ必然性がそこにある。全国紙は、基地問題が法的手続きの問題であり、負担軽減の問題としてとらえているところが問題なのだ。
・ことばとしても、本土では、辺野古への基地移設、移設反対派ととらえるが、沖縄では新基地建設、建設に抵抗する市民 としてとらえている違いは大きい。
・報道の公平・公正というが、軸足をどこの置くかにより変わってくる。弱者に寄り添う公正さに立った報道を実践してゆきたい。
◇影山さん:
・辺野古の基地建設については、2014年7月の着工から撮影を開始し、12月までを『圧殺の海』としてまとめた。影山さんのプロダクションでは、以降もカメラマンが常駐して撮影している。10年前の取材陣と比べると激減し、海上保安庁の、かつてのとにもかくにも“中立的”だった姿勢が一変したのは、第一次安倍内閣からだという。5分ほど流された、4月以降の最新の映像からも、海上保安庁による“警備”の暴力的なすさまじさに息をのむほどだ。人命救助のため、と屈強な海保の隊員が怒号を浴びせながらフロートの外にいるカヌーの市民を襲い、放り出した海で何度でも頭を沈めるという、まさに暴力団まがいのことを繰り返す。影山さん自身もカヌー上に乗り移ってきた隊員に羽交い絞めにされた経験を持つ。
・そのカヌー転覆事件のときは、NHKも撮影していて、沖縄の放送では流れたが、本土では流さなかった。NHKは、展望台から撮影しているが、NHKの撮影隊が来ると、工事の進展の節目で、必ず何かがあると言われているそうだ。何らかの情報を得ているのだろう。
・影山さん制作の海兵隊のブートインキャンプ(新兵訓練所)に密着したドキュメンタリ映画「One Shot One Kill (一撃一殺)」の一部が流され、その撮影経緯について話される。12週間の訓練で「人間が人間でなくなって、人を殺す道具になっていく」様子が克明に描かれている。上官の命令にすべて「yes sir!」と叫ばされ、個性と思考を放棄させられ、銃剣やライフル、素手でも人を殺す訓練が繰り返されるリアルな映像に打ちのめされた。たった5分ほどながら、その迫力は十分すぎた。アメリカから沖縄に送り込まれ、沖縄からイラクやアフガニスタン、ファルージャにも出撃した海兵隊とは何者と、国防省の許可を得てのノースカロライナ州での撮影であったという。
◇金平さん:
  当日の夜にはドイツへ発つという忙しいさなかでの参加だったという。
・摩文仁の丘の平和公園の一番奥の岬のてっぺんに「黎明の塔」というのがあり、私も昨年11月に行ってきたところだが、そこは最後の軍司令官牛島満中将が6月23日自決したと場所とされている。6月23日「慰霊の日」の早朝には、毎年、自衛隊員が参拝しているというので取材に出かけると、今年も、制服自衛官30人ほどの隊員が、右翼らしい人たちと県警に守られて、そそくさと参拝している光景を目にしたという。沖縄の人にとっての牛島中将は、沖縄戦を引き伸ばし、島民や兵士の犠牲を激増させたとして、その評価は高くない。
・今年の「慰霊の日」の式典は例年にない雰囲気の中で始まり、翁長知事の平和宣言への拍手は、何回も力強いものがあり、高校生の詩の朗読も素晴らしかった。安倍首相の挨拶の段になると、「帰れ」コールは、あちこちで起こり、例年いないことだった。さらに、席から「何しに来た」「戦争はイヤだ」「帰れ」・・・と叫び続けていた高齢男性は、警備陣に退去させられていた。TBSでは、さらにその男性(82才)を追い、その発言を捉えたニュース映像を会場でも流した。ところが、6月23日のNHK「ニュース7」では、安倍首相への野次があったことすら伝えなかった。私も、このニュースは見ていたが、金平さんも、ホテルに帰って見て、びっくりしたという。野次のあったことが「ニュース」であるはずなのに、なかったことのように報道していることが恐ろしいと。
・とくに、NHKの報道番組が、政府広報になるのは、「政治部」の記者たちが、実に「エラそうな」振る舞いになるのは、まさに「自発的隷属」に陥っていることに起因するのではないか。

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「報道特集」の一場面、後ろ向きの男性が退去を迫られている


・客観報道、中立性について思い起こすのは、昭和天皇死去直後、皇居前で一人の高齢女性がひれ伏して泣き崩れる様子が各局から流れたが、あるカメラマンは、その女性一人を取り囲んで、大勢のカメラマンがレンズを向けている光景を俯瞰したという。
・TBS報道特集のような調査報道番組は、日本にはほとんどなくなった。放映の時間帯に変遷はあるが、圧力をかけられたことはない。CBSの「60ミニッツ」を手本に頑張りたい。
・今回の安保法案については、当初のもくろみの憲法改正が難しくなって、解釈改憲をして集団的自衛権を容認した経緯と11本の法案をまとめて強行することが問題で、そこの説明が大事で、政局報道に堕していることが危険である。
・辺野古の漁業組合の漁船は、すべて防衛施設庁に1日5万+ガソリン代以上で借り上げられ、沖合に並ぶ。メデイア関係者が借りる手立てはほぼなくて、独自に調達しているという事実も看過できない。

   山内先生、3人のパネリストと、総合司会、討論の司会はじめ多くのスタッフの皆さん、ほんとうにお疲れ様でした。 会場では、佐倉市から参加された5人ほどの方とはお会いすることができた。 宮城さん、影山さんは二次会にも参加されたので、身近にお話を聞くこともできた。いまの日本を変えるにはどうしたらいいだろうという話なると、影山さんは「少なくとも辺野古を守り通せば、安倍内閣は倒せる」、それには、ともかく一歩を踏み出さねばといい、「辺野古基金」に拠出したからと、そこにとどまってもらっては困るとも。 現場に密着している影山さんならではの発言に、思わすはっとさせられたのであった。

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2014年7月16日 (水)

<ストップ詐欺被害!私はだまされない>だって?!そっくり政府とNHKにもお返ししたい

NHK(首都圏)で<ストップ詐欺被害!私はだまされない>が始まる

NHK総合テレビ夕方6時からの全国ニュースのあと、「首都圏ネットワーク」で、331日から「詐欺被害!私はだまされない」のコーナーが新設され、いまでも続いている。「オレオレ詐欺」の類の被害事件が頻発し、その勢いが止まらないらしい。だます手法は日に日に進化し、多くの高齢者たちが被害に遇っている。私の住む佐倉市でも、防災放送は、毎日のように、「不審な電話に注意せよ」との呼び掛けが続いている。被害額は全国で年間500億に上るという。事件の内容をテレビや新聞で知るかぎり、なぜ、そんな言葉に騙されてしまうのだろうと思うし、なぜ何百万円も、ときには何千万の大金をも手放してしまうのだろう、と不思議に思うことが多い。それだけ、言葉巧みに危機感をあおることに長けているのだろうと思う。

番組では、初回「携帯電話の番号が変わった」に始まり、毎回「カバンをなくした」「同僚が行くから渡してほしい」「あなたの口座が犯罪に使われている」「お金が返ってくる」「レターパック」などのフレーズが混じる電話が来たら、まず怪しいから、通報せよ、と直近に起こった実際の事件を例に解説するものだ。このキャンペーンでは、キーワードは繰り返されつつも、実際の事件は、より最近のものに変えられているので、臨場感はある。

その合間には、犯人サイドが悪用する「電話帳」「名簿」「個人情報」「親切心」「劇場型」などへの注意喚起もなされている。それは、それで、被害防止の一助にはなっているのだと思うが、効果はどれほどか。

「シッカリと」「テイネイに」と言ってだますのは誰?

私はといえば、毎回「私はだまされない」のコーナーでアナウンサーが丁寧に説明すればするほど、別の思いが頭をよぎる。政府、とくに安倍首相の記者会見や国会答弁を聞いていると、よくもまあ、次から次へと、国民をだまし続けているな、と思うからである。それ以前ももちろんなのだが、ともかく、一昨年の選挙公約から始まって、少なくとも国民との約束を次から次へと破っているではないか。そして、それを伝えるNHKの報道は、先に報道したこととの矛盾点は何のその、政府の広報に徹するばかりで、公共放送の役割を放棄しているに等しい。

首相が「国会ではシッカリと審議いただき、国民にはテイネイに説明していく」と答えるならば、それはもう「短期間の審議でしのぎ、審議打ち切りや強行採決に持ち込み、国民の疑問を押し切る」と同義といってよい。一度決まったことや国民にとって不都合なことを進めるには、手続きにのっとって「シュクシュク(粛々)と進める」というのも常套手段である。「シッカリと」「テイネイに」「シュクシュクと」がキーワードと言える。昨年の特定秘密保護法の折も衆参合わせて68時間の審議で打ち切り、126日の可決に持ち込んだ。先の71日の集団的自衛権行使容認の閣議決定については、71415日の衆参予算委の集中審議で済ませ、関連法案の改正は、来年の4月以降の一括提案、安保担当大臣新設で一気に片付けようという目論見である。なぜ、来年なのかと言えば、今年の11月沖縄知事選、年末消費税10%への引き上げ判断と日米ガイドライン改訂、来年春の統一総選挙を控えているので、本来ならば、その前に審議が必要なのだが、あえて先延ばしにするのは、公明党や選挙民への刺激をしたくないという策略にも近い。「シッカリと」「テイネイに」は、当たり前のように、どんどん遠のいていく。

そのとき、NHKは

一方、それを報道するメディアは、とくにNHKでは、昨年の特定秘密保護法成立に向けての与野党協議、今回の集団的自衛権行使容認の閣議決定に向けての自公協議の経緯についてのみ、それこそ「シッカリと」「テイネイに」報道したとしか言いようがない。肝心の「特定秘密保護法の問題点は何なのか」「憲法は集団的自衛権を認めるのか」をあっさりとスルーして、検証をしないまま、「客観報道」=「政府広報」を貫く。しかも、この間の中国、北朝鮮、韓国の不穏な政情や領土・領海問題での摩擦などを何回となく詳細に、「シッカリと」「テイネイに」報道することが顕著になり、日本を取り巻く環境への危機感を募らせるのに熱心であった。とくに、政府によるNHK人事への露骨な介入、新経営委員、新NHK会長の就任後の発言は、ことごとく、公共放送の中立・公平の理念を真っ向から崩す内容のものであり、同時に、現に、ニュースにおける報道内容や番組内容の政府広報化への偏向が顕著になっていった。まだ、一部の新聞やテレビ番組がかろうじてジャーナリズムの視点を失わずに健闘するのを目の当たりすると、NHKの堕落ぶりは明らかだろう。

特定秘密保護法が可決されたときも、今回の集団的自衛権が閣議決定されたときも、その後に及んで、たとえば「ニュース7」では、大きなパネルを作製して、武田アナウンサーが、大股で行き来をしながら、ややたかぶった調子で、その問題点を解説し始めるのである。そして担当記者との質疑、これもよく目にするNHKのニュースの光景なのである。与野党協議、与党協議の攻防戦・駆け引きがあたかも問題の焦点であるかのようなすり替えを行うのもいつものことだ。

その駆け引きが「やらせ」であり、国会での「質疑」に至っては

 71日午前中までのギリギリの与党協議というパフォーマンスを見せた「駆け引き」は、筋書き通りの茶番だったことは、ほぼ信じていいのだろう。というのは、620日の『西日本新聞』(「集団的自衛権を追う」)によれば、いわゆる集団的自衛権行使容認の新3要件は、613日の与党協議の会合で、高村自民党副総裁が私案として提出されたことになっているが、実は、その下書きは、北側公明党副代表が、内閣法制局に作成させたものであった、というのである。あとは、お互いの譲歩を示すために小出しにして71日に至ったということである。

自衛権行使「新3要件」公明が原案 自民案装い、落としどころ 

http://www.nishinippon.co.jp/nnp/politics/article/96159

同様の「事実」は、今日716日の『読売新聞』(「憲法考9」)でも関係者の取材をもとに「北側案は法制局との<合作>」と報じられているのだから、その信憑性は高いとみてよい。とすると、520日から11回の密室の与党協議とは、何であったのか。それを、ことさらに集団的自衛権の焦点であるかのように報じる「ノー天気さ」加減にあきれる。

さらに、714日・15日の衆・参予算委での集中審議における高村議員、北側議員が質問に立ち、首相や横畠内閣法制局長官が答弁するという、その内容の空しさがいっそう際立つのであった。首相は「国民の命と暮らしを守るため」を繰り返すばかりながら、その一方で、新3要件などさえすっ飛ばして、他国の戦闘で石油の供給がストップして、国民の経済生活に支障をきたせば、自衛隊による機雷掃海も可能だといい、後方支援による武器使用も可能だという風に、拡大の一途をたどっている。

それでも、憲法の基本的な理念を変更していないと言い続けるのである。

「政治の現実ってそんなもんだよ」と納得するのが大人の対応?なのだろうか。

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2014年6月 5日 (木)

ドラマ「サイレント・プア」が終わった~現実とのギャップ

NHK火曜のドラマ10「サイレント・プア」が終わった。社協職員の深田恭子が、弱者には根気よく寄り添い、前向きに生きる力を引き出すという役柄で、自らも阪神淡路大震災の折、弟の手を離したので死なせてしまったという自責の念に苛まれているという設定だ。全回を見たわけではないが、その主人公は、ごみ屋敷にこもる老齢の女性、引きこもりの青年、認知症の母を抱える主婦、余命を知ったホームレス男性、東日本大震災の折、施設の職員として高齢者を助けられなかったと、これも自分を責める避難者である男性とその家族、一話、一話、どれも明るい兆しが見えて完結する。こんなにうまくいくのかな、現実はこんなものではないだろう。べテランの助演者に囲まれての深田の演技は、やはり単調さが目立った。繰り返されるクローズアップの表情には、心の葛藤が見えにくい・・・。ドラマの舞台は東京だが、豊中市の社会福祉協議会の全面的な協力をあおいでいるという。ドラマでは、社会福祉協議会の組織や業務、行政との関係、その位置づけが曖昧だし、職場の人間関係は図式的である。いま、ほとんどの社協の現場でその職務を担っているのは非正規・非常勤職員であり、地区社協のボランテイアである。

豊中市と言えば、2011年1月、当時の報道によれば、元資産家の60歳代の姉妹が唯一の所有となってしまったマンションの自室で、数十円の小銭しか残っていない、餓死状態の遺体で発見され、死後2週間以上経っていたという事件、が思い出される。相続した不動産の運用に失敗―その不動産に付け込まれ、多額の借金、相続税の滞納、差し押え、無収入への道をたどり、電気やガスもすでに止められていたという。裁判所執行官が豊中市役所担当課に連絡、相談するよう何回か張り紙やポスティングをしたものの、双方、それ以上のことはしなかった、という。豊中市男女共同参画推進センター「すてっぷ」初代館長でありながら、不当解雇事件で市や市議会と闘い、最高裁で勝訴が確定(2011120日)した三井マリ子さんも、当時、このニュースを聞いて、自身のブログ「三井マリ子の世界」で「救命力世界一宣言の豊中市で孤独死」(2011111)で次のように記していた。

「姉妹の住まいの周辺には病院もいくつもあり、駅も近い、市役所だって1駅だ。そんな環境にいて、なぜ餓死するまでほおっておかれたのか。市の福祉担当者や市議会議員は、死に至る前に、なぜその徴候を嗅ぎとれなかったか。電気ガス会社はなぜSOSを発しなかったのか。個人情報云々で善意のサポートが入り込めない事態を招いてはいなかったか・・・。」

「とよなか このまちいいな 救命力世界一宣言」というのが、20101月、豊中市のキャッチフレーズになったそうで、市役所や公用車にはこの標語の幕が付されていたそうだ。現実とのギャップは大きい。豊中市社協のコミュニティ・ソーシャル・ワーカーCSWで、いまは管理職となっている勝部さんという方が「CSWの星」のような形で活躍中のようであるが、社協をめぐる課題は、まだまだ不透明で重いはずだ。

ひるがえって、地元の社協だが、かねてより注視していた、佐倉市からの人件費補助について若干の動きがあった。次の記事でまとめたい。

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関東梅雨入りの6月5日、アマリリスが開いた

 

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2014年2月28日 (金)

「すてきなあなたへ」68号をマイリストに掲載しました

「すてきなあなたへ」68号がようやく発行されました。マイリストをご覧ください。久し振りの発行です。皆さんのご協力で、何とかここまで。しばらくは続けていきたいと話し合っています。
以下のURLクリックしてください。
http://dmituko.cocolog-nifty.com/sutekinaanatae68.pdf

(目次)
佐倉市議会って、どんな?
―あなたが選んだ市議は何をしていますか

近頃の〈NHK〉っておかしくないですか?

菅沼正子の映画招待席40『ウォルト・ディズニーの約束」
~名作「メリーポピンズ」誕生秘話

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2013年12月 9日 (月)

特定秘密保護法、強行採決~嵐は去ったのか

 126日の深夜、特定秘密保護法は、参院本会議で強行採決され、成立した。その時も、その前後も、私自身、国会周辺で、抗議をしていたわけではないけれど、無力感にさいなまれた。この法案ンお論議が始まったころから大げさでなく「これから、日本はどうなるのだろう」と思った。いま、私は何をすべきなのだろう。ともかく、特定秘密保護法案へのマス・メディアの対応を記録しようと思った。すでに、111日の当ブログでも、レポートしている。

「特定秘密保護法案閣議決定、そのとき、新聞は」

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2013/11/post-6bc1.html

「特定秘密保護法案閣議決定、そのとき、NHKは」

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2013/11/post-9c02.html

 その後も、中間報告するつもりでいたところ、参議院強行採決に至ったのである。やや大部なものになってしまったが、以下のPDFでご覧いただきたい。社説など個別の新聞社のホームページやその他で読めるし、わが家で購読している新聞(全国紙、業界紙合わせて5紙)は、その時目を通しても、たまる一方で、時系列にしても、同日の新聞で、どう報じたか横断的に読むにも難儀した。一層のこと、難儀ながら、比較一覧作成を試みたわけである。今回は、衆議院、参議院強行採決の翌朝の新聞を中心にして、できるかぎり、前後を追った。NHKのニュースは、少なくとも「ニュース7」は努力して視聴しているので、比較一覧に加えた。なお、日本弁護士連合会は、法律の問題なので、専門家集団の動向として、その会長声明も、論点整理のため参考にしたいと思った。また、前回は、地方紙の代表として、『琉球新報』を追跡したが、今回は成らず、省略したのが心残りである。

さらに、いまだ閲覧できない新聞もあり、未調査部分は、今後補足していきたい。

http://dmituko.cocolog-nifty.com/tokuteihimituhogohosyasetuitiran.pdf

こうして見るとはっきりしたことがいくつか浮上するのだが、いまは、3点だけにとどめ、速報としたい。

一つは、特定秘密保護法については、「知る権利」を奪うおそれがあるとして、全国紙、地方紙が、一部の新聞を除いて、明確に廃案、慎重審議のキャンペーンを展開したことだった。社説のみならず、かなりの紙面を割いて、さまざまな視点から、さまざまな連載物を組んで、また、広く市民や識者の意見を紙面に反映した。とくに東京新聞が顕著であった。日常的には、かなり経済界、政府寄りの報道が顕著な「読売」「日経」においても、他紙に比べると社説の回数や紙面の取り方は少ないが、「論議を尽くせ」の姿勢を示した。

一つは、成立直後の127日の紙面はご覧の通りだが、私はさらに128日の紙面に着目した。成立前からの課題を検証し、今後の問題提起をしていることで、その姿勢は、さらに持続する構えを見せていることだった。通常、法律成立後は、さらりと振り返っただけで、一件落着の風がある。たとえば、消費税増税、オリンピック東京開催、TPP交渉参加などの問題点などの検証は鳴りをひそめてしまう。「甘い」と思われるかもしれないが、ともかく、今後のメディア監視を続けたいと思う。

 もう一つは、どう考えても異常だったのが、NHKの報道姿勢だった。ご覧のように、まず、新聞に較べて、取り上げる回数が少ない、報道時間が短い、その報道内容に偏向があることだった。自らも報道機関でありながら、「知る権利」への関心が薄く、避けているかのような姿勢である。内容の偏向というのは、つぎの三点からも明らかである。一つは、中立公正と言いながら、同法案の問題点を、論点を明確に示さず、政府提案の後追い、つまり政府広報に徹していることだった。つぎにその論点についても、国会の質疑、与野党の攻防という限りで言及するにすぎない。国会の質疑に関しても、政府答弁のみを放映するという手法をとり、国会内の政党の動向とか、首相や閣僚、幹事長記者会見に時間を費やしている。成立直前の「ニュース7」のニュース項目を見れば明らかであろう。きちんとした論点整理や解説は、解説委員室やゲストによる「時論公論」や「視点論点」で展開しているとも見えるのだが、その放映の時間帯は、いずれも深夜なのだから、明らかに意図的な編成と言わなければならない。「時論公論」とて、その解説は、解説委員が特定されていて、あまりにも客観的な、他人ごとの解説ぶりで、自らの報道人としての見解はどうなのかが問われるのではないだろうか。この法律の審議過程では、NHKの経営委員人事における、安倍首相の「お友達」選定が露骨に浮上した。

 受信料を徴集されながら、政府広報しか視聴できないという時代に来てしまったのか。日本の近代史の検証番組は盛んに放送するけれど、今はどうするのか、の視点が抜け落ちている。中国・韓国・北朝鮮のマイナス情報は丁寧に時間をかけ、危機感をあおり、 ときには災害・事件・スポーツを妙に詳細に全国に流し、科学・生活・文化の調査ネタ、いわばひまネタをさりげなく「ニュース7」に挿入する手法には、うんざりしているのだ。あとは、民間放送での人気のお笑い芸人の後追いするような番組に、公共放送としての自負はどこに?と思われることもしばしばなのである。

 

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2012年7月31日 (火)

NHKはオリンピック専門チャンネルか

雨来たる敗戦の日にして野に立てば五輪の金も国歌もいらず 

 この一首は、先月刊行の歌集『一樹の声』の2004年の章の拙作だ。

年表によれば、2004年のアテネオリンピックが813日から始まっている。その数日前、89日、長崎原爆の日に、関西電力美浜原発3号機の配水管の「蒸気漏れ」があって、作業員5名の死亡事故が報じられていた。冷却水が3分の1にまで下がり、一部の専門家は炉心溶融の危険性を指摘していたことを知った。点検・管理業務は、三菱重工と日本アームが実施していた。いまでこそ、その事故の重大性が私たちにも理解できるのだが、国民にはどう受け止められていたのだろう。私自身、死亡事故の記憶はよみがえるものの、詳細については思い出せない。忸怩たる思いがある。 

19999月の東海村JOC 臨界事故は、杜撰な核燃料管理により2名死亡1名重傷(後、死亡)、667名の被爆者がいたことなど、正確なことは昨年の原発事故以後に知ったことだった。地理的に隣接県での事件だったので、当時、危機感はあったものの、核燃料加工施設JOCは、住友金属鉱山の子会社だったことなどもあらためて知ったというありさまである。 

2004年オリンピックの年の前半、4月には、イラクで日本人3人が人質になった事件が起こり、5月には、北朝鮮から拉致家族5人が帰国している。

 

冒頭の一首は、アテネオリンピックで「湧き立つ」メディアや世の中への危機感を訴えたつもりだった。歌集への礼状で、この一首をあげてくださる方が多かったので、臆面もなく、掲げさせていただいた。

 

おかしくないか、オリンピック漬けの日本のメディア

 

729日のNHKテレビ「ニュース7」を見ようと思って、テレビをつけると、オリンピックの中継をやっていて、さっぱりニュースが始まらない。延々と柔道の中継が続く。715分ごろから、ふれあいセンターに電話を入れるが通じない。ようやく730分、画面はスタジオに切り替わり、ニュース仕様になったと思ったら、また、オリンピックのレポート、それが10分近く、いや8分ぐらいだったかもしれない、すぐに、また、柔道の中継に切り替わる。 

おかしくない?あらためて新聞のテレビ番組欄を見ると、朝の7時からと午後430分からが大きなひと枠で、オリンピック種目が羅列されている。その間に、のど自慢、高校野球の地方決勝戦、連続ドラマなどは通常に戻るという編成だった。二つの大きなオリンピック枠の中に、ところどころ、「中断ニュース・天気予報」、「700ニュース」などと記されているが、少なくとも、この日の夜7時台には、オリンピック以外の報道は一切なかった。ふれあいセンターの電話は、何度かけても通じない。 

午後8時からはウオーキングに出て、9時に戻っても総合テレビの画面はオリンピック。ふれあいセンターへの電話再開、通じない状況が10時過ぎまで続き、相変わらず「しばらくたってからおかけ直しください」のテープが流れるのみ。10時までの受付時間を延長したのか? 入浴後、テレビをつけてみると大河ドラマを放映中だった。 

きょうの議事堂前の脱原発の抗議デモはどうなったのかなと思いつつ、いくつかの民放を見てみた。短いながら普通のニュース番組を見てほっとする。

(ちなみに、NHK総合テレビでは、 その夜9時41分から、「平清盛」が始まる10時03分まで、ふつうのニュース報道が挿入されたそうだ)

 

730日のふれあいセンターとのやり取り 

翌朝いちばん、9時過ぎの電話は、数分で通じ、女性のオペレーターが出た。

 

質問:どうしてオリンピック一色の編成になるのか、報道番組、ふだんのニュース番組をこれほどまで軽視するのはどうしたわけか。 

回答:四年に一度のオリンピックを、オリンピック放送を楽しみにしている視 聴者が多いからです。お客様のご意見は担当者に伝えます。

ここまでは定番のやり取りなのだが、さらに「視聴者の趣向の多い少ないだけによって、こうした編成にするのはおかしい。NHKは公共放送、受信料で成り立っている以上、日常的なニュース番組を確保した上で、オリンピックの特別番組なりを編成すれば足りるのではないか。とても少数とは思えないニュース番組視聴者、たとえ視聴率が低くても少数者のためにもニュース番組を排除するのはおかしい。こうした視聴者の意見は、何処に伝えられ、どう処理されるのか」と言えば男性の上司?に代わる。そこで上記オペレーターに述べた件を含めて以下の3点を要請した。

 

①オリンピック偏重の番組編成は異常で、日常的な番組編成の中で、オリンピックの特別番組やスポーツニュースの拡大版で十分ではないか。いま、この国が内外で重大な局面を迎えているなかで、山積みの報道すべきニュースが軽視、無視されるのは、視聴者として、受信料支払者としては、納得できない。オリンピック期間はまだ先がある。8月12日までなので、再考して欲しい。こうした編成を続けるということは、国民の生活に密接な国内外の重要案件がひしめいているこの時期に、政府与党・企業、官僚・メディアが一体となって、必要以上にオリンピックに国民の眼を惹きつけさせ、それら課題から国民の眼をそらさせようとする意図さえ感じさせるほどだ。 

②上記のような意見が、今回複数、多数寄せられていると思うが、その実態と、その意見に、NHKとしてはどう対処したのか、しなかったのか。その理由を明確に、視聴者に分かるように伝えるべきだ。ネット上での「視聴者の声」の報告(週間、月間、年間)見ても、そのまとめ方では、杜撰で実態を反映していない。議事録を見ても、理事会・経営委員会でどのように報告・議論されたのかも不明である。 

③ふれあいセンターの電話がいつもつながりにくい。とくに729日(日)の状況は異常で、視聴者窓口の体をなさない。(「平清盛」の放映時間が800時から1000時に延期されたことへの問い合わせが多かったということだが)  電話回線を増やすなり、朝9時~夜10時までの受付時間を延ばすなりできないのか。 私は、かつてから折あるごとに事務連絡で済む内容の問い合わせと番組編成・内容にわたるものとは、仕分けすべきではないかと提案している。問い合わせは、回答内容が明確で短く、効率的な対応ができるはずだ。後者の意見や要望については数も少なく、別の電話番号にすればよい。待機する視聴者の身になって考えればすぐにも実行できることである。げんに受信料に関する問い合わせは、賢明にも?ふれあいセンターでは受付けず、別の窓口を開設しているではないか。ひとまずは視聴者側から選択、二次的にNHK側で仕分けることもあるかもしれない。

 

これらの質問や要請については、「担当者に伝えます」以上の回答はしない、一方通行の「ふれあい」センターなのだ。

 

 

 

 

 

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2012年7月25日 (水)

新刊『<3・11フクシマ>以後のフェミニズム』(御茶ノ水書房)合評会に参加しました

 一つは・・・
 私も執筆した上記『<311フクシマ>以後のフェミニズム』が刊行されて3週間が経つ。714日(土)には、企画編集の新フェミニズム批評の会による、いわば身内の合評会が開かれた。この会の例会は毎月第2土曜日の午後、午前中には欠かさず地域の会議があるので、なかなか参加できない。日常的に優良な会員ではないのだが、今回の執筆に参加、合評会にも参加した。
 出版元や事務局の方は、いま献本事務に忙しくされているなか、私もしっかり読み込まねばと、全部で25本のエッセイ、レポート、論文を通読した。執筆者たちの原発事故体験、フクシマ体験は、まさに各人各様で、こころの底から、身の奥深くから、絞り出すような言葉、息づかいが感じられた。私にはあまりなじみのなかった文献や小説・映画などが、ポンポン飛び出してくる。複数の執筆者が重ねて触れている小説や論文などもあったので、自分の頭の整理と思って、各執筆者の著作で論じられている小説・映画・論文・文献などの一覧表を作ってみた。参加者にも配布すると、これは便利と喜んでくれる人もいらした。自分が対象にしている文献が漏れているなどの注文もついた。私は「未完ですので」と必死に叫ぶ。高良留美子さん、渡辺みえこさんのように詩を寄せている人もいる。岩井俊二『friends after 311』、タルコフスキー『ストーカー』、鎌仲ひとみ『六か所村ラプソデー』マリアン・デレオ『チェルノイブリ・ハート』などの映画、星新一、津島佑子、林京子、大庭みな子、金原ひとみ、川上弘美、吉村昭などの創作、大江健三郎、石牟礼道子、小出裕章ら多くの人らの発言が紹介・検証されていた。執筆者の半分以上の方々が参加されているので、それは賑やかなことだった。大塚の会場近くの2次会も、結構な盛り上りだった。

もう一つは・・・ 

724日(火)は、出版元の御茶ノ水書房の橋本社長が主催する「わが著書を語る」シリーズの会だった。この本の著者は25人、そのうち、この日参加したのは、総勢8人だった。 自分の執筆分について、約78分で語るのだが、難しい。私は、以下のような構成の一文を執筆している。

 

311は、ニュースを変えたか 

―NHK総合テレビ「ニュース7」を中心に(2011213日~412日)」

はじめに 

一.311までのNHK総合テレビ「ニュース7」 

二.311直後のNHK総合テレビ「ニュース7」の震災報道 

12011313日(日「)ニュース7拡大版」(7時~830分) 

三.当時の放送内容の問題点 

①「計画停電」の発表報道をめぐって 

②福島原発事故取材の限界と姿勢 

③福島原発事故鎮静化の強調と健康被害軽視への加担 

④記録と資料の重要性への警鐘 

⑤明るいトッピクス偏重について 

2:「ニュース7」上位項目と所要時間(201139日~412日) 

四.公共放送NHKニュース番組としての「ニュース7」などの課題 

①経営基盤の受信料依拠の意義 

②調査報道への期待 

③専門家への起用とその選定について 

④「ニュース7」と他の番組との整合性について 

おわりに 

 

内容に触れると、とんでもなく長引いてしまいそうなので、なぜ、このテーマでまとめたか、動機を述べた。私にはマス・メデイアへの関心、期待と裏腹に、不信感があった。とくに公共放送NHKへの不信感が募っていた。 

1.調査の動機 

1)NHKetv特集「国際女性法廷」番組への政治介入裁判における終盤、バウネット支援をし、受信料支払い停止運動などにかかわった。 

2)2008910日「ニュース7」は、1時間に延長して自民党総裁選にかかる報道を45分間放映した。この政治的偏向に対して、視聴者センターに抗議すると「あれは自民党のPR。国民の関心があるからやるんで、そんなこともわからない?あはは」という応対だったので、その晩のうちに、ブログに書いた。直後よりネット上のアクセスは急増し、11万件の日もあったほど。ネット上の盛況を憂慮してか、NHKの視聴者センター担当者が数人で自宅近くまで謝罪にきた。担当者が失礼したのを謝罪し、近く処分の上配置換えをするという成り行きとなった。私としては、NHKに、ニュース編成の偏向や報道番組の在り方を見直してほしかったのだが、思わぬ結着となり、その顛末は新聞報道された。 

3)その後は、番組担当者とのふれあいミーティング、経営委員と語る会などにも参加、意見を述べ続けている。 

4)地域の憲法9条の会で、20112月、近頃のテレビニュース、番組っておかしくないか、大事なことは伝えず、どうでもいい芸能ネタやスポーツネタの比重が大きくない?という素朴な疑問から、会員が手分けしてとりあえず「ニュース7」の記録をとってみることにした。調査を開始して、その途中で、311を迎え、ニュース番組は、否応なしに変わった。どう変わったのか、変わらなかったのかのテーマがのしかかった。 

2.調査・レポートの特色と限界 

311の直後から震災報道・原発事項報道への注目度が増し、類似の調査や検証作業が公表されるようになった。* そうした中で、私の調査・レポートについて、以下の点を述べた。

 

1)調査の期間が偶然にも、311を挟んで2か月間にわたった。調査実数は14日分だが、311以後は、「ニュース7」は時間延長が続いた。 

2)大震災・原発事故関連が報道内容の大方を占めたが、その他のニュース項目についても記録を取り、相対的な分析ができた。 

3)個人の記録作業によったので、量的に限界があった。 

4)「ニュース7」という番組一つに特定して、継続的に作業を進めた。 

5)他局の報道番組、番組全体の中での番組の位置づけなどの比較に欠けた。

 

<注> 

*類似の調査レポートの主なものに以下がある。その他は、本文を参照してください。 

311震災直後・原発爆発直後の10分間、2時間の各局報道(NHK放送文化研究所『放送研究と調査』20115月~6月) 

20114月の各局報道(NHKOBによる放送を語る会、「マスコミ市民」) 

31117日の原発事故報道(早稲田大学の伊藤守:『ドキュメントテレビは原発事故をどう伝えたか』平凡社新書 20123月) 

201235日~15日各局ニュース番組における原発関連報道(「あれから1年 テレビはフクシマをどうつたえたか」放送を語る会発表 20126月) 

⑤「徹底検証テレビは原発事故をどう伝えたか」(白石草ほかour planet tv 201246日放映)

 

 執筆者の8人以外の参加者は、研究者や一般市民の方々だったのだろうか、いろいろな意見や感想が出た。そのなかのお二人は、福島県、宮城県出身の方で、親類縁者の深刻な状況や自身が遠く離れて東京にいることによる、さまざまな軋轢も語られた。南相馬市の方は、核の平和利用という名のもとに原発がたどって来た道をあまりにも知らなかったこと、チェルノブイリという負の歴史に学ばなかったことが語られ、塩釜市の方は、いまはひたすら本当のことを知りたいと思っていること、家族や家族の絆が強調されるけれども、家族を持たない多くの人々はどうするのだろう、全体を把握してからでないと動けないというより自分から発信して、動き出さなければ、という重い発言は、身に沁みた。

 

 会場の近くの「さくら水産」での2次会となった。隣席の御茶の水書房の橋本社長とはなんと同窓、卒業年次もかなり近い?60年安保世代と分かる。また、前の席の渡辺澄子先生は、編集委員でお世話になった。いつもお元気で圧倒される。その隣の漆田和代さんともほとんど同世代、彼女は出版社勤務を経て、道玄坂で居酒屋を開いていたという経歴の持ち主、多くの研究者や文化人のたまり場でもあったらしい。共通の知人の話で盛り上がるが、だいぶ遅くなって、一足先に失礼したのだった。

 

 

 

 

 

 

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