2017年3月11日 (土)

さまざまなニュースが錯綜する中で、3月11日を迎えた~南スーダンからPKO派遣部隊の撤退の意味

 きのう310日の夕方、南スーダンへのPKO派遣の自衛隊施設部隊の撤退のニュースはあまりにも、唐突で、不自然だった。森友学園籠池理事長の記者会見に割って入った形の、首相の記者発表であった。施設部隊の仕事が「一定の区切り」がつく5月末をもって撤収するのだという。昨年の9月ごろから検討していたという。治安が悪化しているからではないのかという記者の質問には答えない3分間のぶら下がりだった。追いかけるように、菅官房長官、稲田防衛大臣、自衛隊トップは、治安悪化が撤退の原因ではないと必死の弁明が続いた。

11日、245分が過ぎた。6年前、私たち夫婦は、浅草での東京大空襲の写真展を見学、体験者の話を聞いた後、新宿に向かう山手線に乗っていた。車内に一時間半ほど閉じ込められた後、線路上に降ろされ、代々木駅近くから新宿まで歩いたが、もちろん家に帰る交通は断たれたので、思いつくまま、ひたすら池袋の私の実家へと歩き、7時過ぎにたどり着いた。いわゆる「帰宅難民」であったことを思い出す。その後、津波の被害、福島原発事故の深刻さを知ることになった。亡くなった人々、行方不明の人々の家族に、いまだに避難生活を余儀なくされている12万人の人々、生活再建のめどが立たないまま不安な日々を送っている人々に、何と声を掛けたらいいのだろう。

 

きのう、310日の朝刊には、週刊文春と新潮の、森友学園と安倍政権の関係のドロドロを競うように報じる広告が出た。新聞報道はじめ、テレビのワイド番組でも、新しい映像や情報が飛び交っていた。午前11時過ぎには、韓国の憲法裁判所が朴大統領の弾劾訴追を受けて罷免を宣告した。午後3時からは、小池都知事の定例記者会見が行われていたが、私は途中でテレビは切っていた。夕方、夫が書斎から下りて来て、5時半から、森友学園小学校申請取り下げの籠池理事長の記者会見があるらしいと。塚本幼稚園の会見場に現れた理事長が話し始めたが、前日の小学校建設現場での2回のぶら下がりでの独演の繰り返しであって、いつまで続くのやらと思っていた矢先、突然の速報が、冒頭の首相の記者発表だったのである。

  この日は、さらに、クアランプール空港で殺害された男性は金正男と特定したというニュースも届き、38日には金正男の長男の動画がネット上投稿されたニュースも流されていた。

騒然としたニュースが続くなか、首相の妻と森友学園との関係や言動の公私の混同がクローズアップされたり、政治家からの働きかけがあちこちから噴出してきたり、少なくとも籠池理事長の国会への参考人招致の世論の声が色濃くなる中で、首相の身に危険が迫ってきているのを察知したのだろう。そして、3月の中旬を迎え、各社の世論調査日程の直前のタイミングで、南スーダンからの撤退が発表されたのではないか。この見え透いた、目くらましまがいによる世論操作に騙されてはならないと思う。騙されるとしたら、まさに国民の民度が問われる場面だろう。

それにしても、派遣の自衛隊員は、どうか無事に帰国してほしい。すでに、昨年7月、現地で悲惨な戦闘場面を目撃して心的外傷後ストレス障害(PTSD)のケアが必要になった隊員が複数、約20人いることが、防衛省関係者への取材で分かったという報道もある(『毎日新聞』夕刊 2017311日)。

森本学園問題も、これで収束してはならないはずで、国有地の不透明な格安払下げ、森本学園での教育勅語暗唱などの偏向教育、小学校認可関連で、安倍首相夫妻はじめとする政治家たちと役人たちの動向が何を意味するのかを、徹底的に解明してほしい。

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2017年3月 8日 (水)

3月4日、学習会「千葉の空にもオスプレイ!―なにが問題?どこが危険?―」に参加~軍拡競争の真っ只中で、どうすれば

日本、米・中・韓国・北朝鮮の軍拡競争の再来

 

 227日の衆議院本会議で2017年度の予算案が通過、参議院でどうなろうとも衆議院優先で成立したことになる。974547億円の過去最大規模で、防衛費51251億円、前年度より1.4%増で、5年連続の増額である。収入内訳で、新たな借金となる国債は34兆円を超す。

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『朝日デジタル』227日より

 

    227日、 韓国政府は、北朝鮮の核やミサイルの脅威に対抗するため、アメリカの最新の迎撃ミサイルシステム「THAAD」を年内に配備する計画で、配備場所として、ロッテグループが所有するゴルフ場の土地を正式に取得したと発表している。

228日、トランプ大統領は、2018年度の予算について、公共の安全と安全保障を重視するとして国防費を増やす方針を示した。国防費10%、日本円で約6兆円の増額が見込まれるという。

 34日には、中国で、全国人民代表大会が5日から始まる前の傅瑩報道官の記者会見で、2017年の国防費の「増加率は7%前後」と明らかにした。1兆人民元を超え、日本円で17兆円に迫る見通しとなるという報道があった。

 36日、北朝鮮は、弾道ミサイル4発を同時に発射、秋田沖300350キロの排他的経済水域内外に落下した。日本は、「北朝鮮の脅威は新たな段階に入った」と安倍首相は、米韓日が緊密に連携して対応するとしている。

 

中国の尖閣列島周辺の動向や北朝鮮の弾道ミサイルの発射は大きく報道され、その脅威を増幅させているのが常である。たとえば、北朝鮮は、日米の軍事同盟の<強化>パフォーマンスがなされたとき、米韓合同訓練や日米合同訓練に合わて、ミサイル発射がされることが多い。相互が挑発に乗りあって、軍拡がエスカレートして、日本でも、根拠のはっきりいしない防衛予算、駐留米軍への多額の経費が計上される。折しも、36日から17日まで、陸上自衛隊とアメリカ海兵隊の合同訓練が、群馬県相馬原演習場、新潟県関山演習場で展開されている現実。政府は、自衛隊員の命をないがしろにする駆けつけ警護、各所での福祉予算の切り捨て、東日本大震災被災地で仮設住宅や店舗の閉鎖、戻るに戻れない原発事故被災地、杜撰な補助金、役人の天下り利権、廃炉費用まで国民に押し付けておいて、守るものは何なのか。国民の命と財産を守るどころか、むしろ脅威にさらしているようなものではないか。

 

軍拡競争に歯止めをかけるのは、憲法9条を持つ日本でしかない。その9条の改悪を進める政府を延命させるわけにはいかない、国民は何を突破口として実現していくのか、が問われているのではないか。

 

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『防衛白書』2016年版より。『日本経済新聞』(2016/12/23 1:30 電子版)では、「防衛費「聖域」扱い 中国・北朝鮮の脅威反映 過去最大の5.1兆円、5年連続増」という記事中、「中国や北朝鮮の脅威を名目に防衛費は<聖域>扱いとなっている」との文言も

 

 

当ブログでも、先日もお知らせした表記の学習会(さくら・志津憲法9条をまもりたい会主催)で、吉沢弘志さんの話を聞くことになった。近年、自分の勉強不足を痛感して、沖縄へ出かけたり、『琉球新報』を購読したりして、何とか沖縄のことを知りたいと思っていた。

 危険だというオスプレイMV22 が、昨年末、沖縄の名護市海岸に墜落大破した。そのオスプレイの整備拠点となったのは、米軍の木更津基地で、すでに1月に飛来している。日本の米軍基地では、各所へのオスプレイ配備計画が進み、何十機ものオスプレイが整備のために木更津にやって来るのではないか。その危険性は現実のものとなるのではないか、というのが私たちの不安だった。

 

吉沢弘志さんの話 

 吉沢さんは、埼玉大学でドイツ語を教えている先生だが、幅広い知見と活動で、市民運動に参加されている。以下は、吉沢さんの話のレポートとしたい。

 

千葉県木更津には、米軍基地に陸上自衛隊駐屯地が併設されているが、米軍のオスプレイMV22CV22 の整備拠点になることが決まり、すでに130日に飛来している。オスプレイは「空飛ぶスクラップ」とも呼ばれ、昨年1213日名護市海岸に墜落し、19日には飛行再開、年明けの113日には空中給油を再開した、あのオスプレイ。日本は、墜落現場に近づけることもできず、原因究明も米軍まかせの安全宣言、すべて日米地位協定に拠るものである。オスプレイの開発は、1982年に始まり、1999年に量産体制に入ったが、開発中の死者も続出、死者を出した重大事故の事故率が、2011年からみても減ることはなく確実に増え、2015年末には、3.58%だという。

 

*参考

MV22の事故率について(防衛省2012 

http://www.mod.go.jp/j/approach/anpo/osprey/pdf/dep_5.pdf

 

MV22の死傷者を伴う重大事故(防衛省資料、新聞記事から作成)                                                                      

開発

試験

段階

 

19916 

試作機初飛行で制御不能で転覆、軽傷2 

19927

エンジンから出火し墜落、死亡7

 

20004

 

急降下で墜落、死亡19

 

200012

 

着陸進入ときに王戎不能不能となり墜落、死亡4  

 

実用

 

段階

 

20104

 

アフガニスタンで墜落、死亡4

 

20124

 

モロッコで演習中墜落、死亡2人、重傷2

 

20126

 

米フロリダ州で墜落、負傷5

 

20155

 

米ハワイ州で着陸失敗事故、死亡2

 
201612  

沖縄県名護市海岸で墜落大破、負傷2

 

 

 普天間基地には、24機が配備されている。1機は墜落、1機は爆破?2機減ったはずが、直ちに増強され24機。横田基地には空軍仕様のCV2210機、岩国にCV2212機、厚木、三沢基地はじめ各地の演習場での飛行訓練が計画されている。70機近いオスプレイが、日本の空、低空を飛ぶ。さらに、自衛隊が2018年度までの「中期防衛力整備計画」で17機購入を決めていて、それらを含めて整備拠点の木更津に離着陸する。

米軍や政府が日本の防衛上、オスプレイの必要性を強調するが、ことごとく、「オスプレイの“ウソ”」として論破する。(下表は、吉沢さんの資料から作成)

                   
 

垂直離着陸ができる 

 
 

重装備の24人搭乗は不可能に近く、重量から垂直離着陸は5%に過ぎず、1500m以上の滑走路を必要としている (木更津は1800mの滑走路がある)  

 

航続距離が長い 

 
 

危険な空中給油を不可欠としている

 

抑止力

 
 

兵力としての乗員数は24名×機数が増強されても、抑止力の増強にならない  

 

災害救助

 
 

300度の熱風を下方に噴出、離着陸の場所確保が困難、積載量が少なく、輸送ヘリCH-47Jの方が効率が機能的 

 

急患搬送

 
 

離着陸の場所確保困難、防寒の必要、酸素吸入の必要も必要で、ドクターヘリの方が機能的  

 

 政府は、熊本地震で、災害救助として役立たずのオスプレイ出動を米軍に要請したが、飛行距離も長い必要はなかったし、積載量は段ボール200個分程度、着地には、熱風除去の大量の散水を必要とし、水不足の災害地では顰蹙を買い、「政治利用」だとの批判を浴びていた。

 

オスプレイは危険性だけでなく、売却価格の不透明さがある。冷戦体制が崩れた以後の日米同盟と米軍再編との流れに沿って、日本の防衛の建前が、離島防衛から離島奪還へと転換する中で、アメリカでの軍事利権保護のためだけに、米軍のオスプレイ配備、日本へのオスプレイ売却が進められているのが現状である。しかも、住民の反対で、アメリカ国内での飛行訓練がままならない状況の中で、主たる訓練は日本で実施されているのが現実。さらに、現在、オスプレイの購入を決めているのは、世界中で日本だけで、その購入価格もアメリカ政府のいわば「言い値」であって、関連機材、訓練費用などを含めると1200億以上という。さらに、おかしなことに、防衛省は、オスプレイのメーカーのボーイング社と契約するのではなく、ボーイング社から買い取ったアメリカ政府から買う仕組みとなっている。しかも、日本に先払いをさせておいて、契約内容を履行しないというのがアメリカの日本へのやり口だそうだ。

 

吉沢さんの話は、まだまだ、あるのだが、とりあえずのレポートである。

 

家にかえって少し調べてみた。オスプレイのアメリカ政府からの買い付けには、間に三井物産が入る。日本の2015年度予算案では、オスプレイ5機の購入費用として516億円(1機約103億円)、2016年度は12機で1321億円(1機約110億)が計上されていた。米軍の購入費用は1機当たり50億~60億円との報道もある。* そういえば自衛隊にオスプレイが届いた話は聞こえてこない。

 

*参考

 

自衛隊内でも異論…安倍政権「オスプレイ」相場の2倍で購入

 http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/157524

 

・熊本地震 オスプレイ物資搬送 「政治利用」の声も

毎日新聞2016419

http://mainichi.jp/articles/20160419/k00/00m/040/083000c

 

・「米軍オスプレイの我が国への配備の経緯」

防衛白書2016年版より

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2016年12月 8日 (木)

全国紙では、伝わってこない沖縄のこと~私たちは、まず知ることから始めなければならない

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『琉球新報』2016年11月29日の記事より、高江に飛ぶオスプレイMV22



 一日遅れで『琉球新報』を購読しているが、刻刻入る基地関係のニュースには、購読している他の全国紙
4紙では、伝えられないことも多い。辺野古や高江のニュースはもちろんだが、嘉手納や普天間の飛行場を遠望、周辺を歩いた時のことを思い出しながら、その記事は、なるべく丹念に読むようにしている。

伊江島の米軍補助飛行場の改修工事進む

今年6月に訪ねた伊江島では、8月から米軍の伊江補助飛行場の拡張工事が着々進んでいる記事にも目が留まる。どれも胸が痛くなるような内容である。

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2016122日『琉球新報』一面から

「強襲揚陸艦」(上陸用舟艇の搭載・発進機能とヘリコプターによる空輸上陸機能を併せ持つ軍艦)の甲板を模した着陸帯「LHDデッキ」、写真左上の白く砂利を敷いたところは、ステルス戦闘機F35とオスプレイMV22の離着陸訓練を行うためとされる。既存の広さの2倍の10.7万㎡となり、来年8月完成予定という。そもそも、伊江島の35%が米軍基地なのだ。伊江島は「銃剣とブルドーザーによる接収」の経緯があり、1990年代に入っても、民有地の契約拒否地主が生み出された。ちょうど20年前の1996122日からSACO(沖縄に関する特別行動委員会)で、読谷補助飛行場で行われていたパラシュート降下訓練の伊江島移転が合意されたのである。

 那覇市に住む『琉球新報』客員編集委員の(元毎日新聞記者)の藤原健さんのエッセイはつぎのような文章で締めくくられているのに出会った。米軍の土地収用を非暴力で抵抗した阿波根昌鴻の団結小屋の壁に書かれた「陳情規定」や「平和の最大の敵は無関心である」「戦争の最大の友は無関心である」などの言葉を引用した後に続く。

今、米軍伊江島補助飛行場周辺で騒音発生が激化している。8月から強襲楊陸艦の甲板を模した着陸帯<LHDデッキ>の拡張工事が進む。高江のヘリパッド建設と連動している。こんなときに接した重い言葉の束。柔らかにして、しかし、迷うことなく、私たちの覚悟を迫っているように聞こえる。

(「人間が作る平和を~伊江島 民の言葉」『琉球新報』2016124日)

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団結道場の壁に書かれた「陳情規定」、伊江村真謝にて、20166月写 

 本ブログ、伊江島関係記事も合わせてご覧ください:

ふたたびの沖縄、慰霊の日に摩文仁の丘へ(4~7)伊江島14

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2016/07/post-2b26.html

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2016/07/post-4891.html

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2016/07/post-a2b2.html

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2016/07/post-9129.html

 

高江ヘリパッド、知事は容認したのか?

 伊江島のニュースの三日前、1129日の『琉球新報』一面の見出しに驚いた。 「知事  ヘリパッド容認」と横に、縦には「〈苦渋のさいたるもの〉事実上の公約撤回」と読めたのである。就任2周年の記者会見での「質疑(要旨)」のつぎのような個所を捉えてのことであるとわかった。

―北部訓練場は地元が求める形での返還の進め方でない―

北部訓練場なども苦渋の選択の最たるものだ。約4千ヘクタールが変えてくることに異議を唱えるのはなかなか難しい。現実には高江に、新しいヘリパッドが6カ所も造られ、環境影響評価などもされないままオスプレイが飛び交って、状況は大変厳しい。

―知事選の公約会見では高江のヘリパッド建設に反対した。<苦渋の選択>

  は後退では―

オスプレイの全面撤回があればヘリパッドも運用しにくいのではないか。SACO合意の着実な実施と地元2村との信頼関係を考える中で、オスプレイの配置撤回で物事は収れんされるのではないか20161129  2 

 同じ1129日の紙面には、つぎのような落胆の反響が記事となった。

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『琉球新報』20161129日の紙面から

 1130日の『琉球新報』社説では、つぎのように強い語調で、知事発言に抗議している。
・県民を裏切る重大な公約違反と断じざるを得ない。過重な米軍基地負担軽減 を求める民意に背くものであり容認できない。
・北部訓練場も米軍によって奪われた土地である。本来ならば全面返還を求め                                    しかるべきである。「異議を唱えるのは難しい」とすること自体理解に苦しむ。
・オスプレイ配備撤回があればヘイパッドの運用がしにくいとは楽観的過ぎる。
・県民要求を実現させることが知事の務めである。原点に立ち返り、ヘリパッド容認を撤回すべきだ。

  (「知事ヘリパッド容認 原点に立ち返るべきだ 基地負担軽減に逆行する」『琉球新報』1130日 2面)

ところが、知事は122日の記者会見で、米軍北部訓練場のオスプレイパッドの建設については、「着陸帯の容認はしていない」と説明したとして、「『着陸帯容認せず』知事『反対』明言なし」との見出しで、つぎのように報じた。

翁長知事は「北部訓練場の約4千ヘクタールの返還に異議を唱えるのは難しいこととオスプレイが使用するヘリコプター着陸帯は容認できないこと、そのはざまで県政を担う状況を『苦渋の選択』と言った。決して容認したわけではない」と説明した。

(『琉球新報』2016123日 1面)

 しかし、1128日、122日の記者会見の場で、質疑をした記者は、つぎのように書く。

沖縄の政治で「苦渋の選択」は、基地負担の受け入れを表明する際に保守系知事や首長が多用してきた言葉だ。稲嶺元知事も、比嘉氏、岸本、島袋氏の3元名護市長も米軍普天間飛行場の名護市辺野古への県内移設受け入れの際に使った。沖縄で記者をしていれば翁長知事の言葉はヘリパッドの事実上の容認と映った。

(政治部滝本匠「記者の窓・翁長知事会見 理解できぬ『苦渋の選択』(『琉球新報』2016123日 8面)

 記者は、2日の会見で、翁長知事は、「ヘリパッドは容認していない」と繰り返したが「反対」とは言わなかったことへの疑問を呈していた。
 
また、125日の『琉球新報』の社説では、翁長知事は「ヘリパッド建設について『苦渋の選択』と述べ、事実上容認したとの報道を否定した、が反対するとは明言しなかった」とした上で、「歯切れの悪さは、ヘリパッドに反対することで、北部訓練場を含めた在沖米軍基地の返還を定めた日米特別行動委員会(SACO)最終報告をほごにされかねないという懸念があるからだろう」と前回の社説とはややトーンは異なるが、さらに、日本政府が、そこを突き、脅して、翁長知事の支持基盤のヘリパッド反対派と県政に亀裂を生じさせることを想定しているとして、社説は、つぎのように続ける。
新設されるヘリパッドはSACO合意時は明らかにされていなかった垂直離着陸機MV22オスプレイが利用する。ヘイパッドは東村高江集落に近すぎ、生活環境や自然への負荷は大きい。前提条件が変わっているのだ。県は前提条件が変わったことでSACO最終報告に或る「沖縄県民の負担を軽減し」という目的に反すると主張すべきだ。
(「知事容認否定 県内移設ない返還計画を」『琉球新報』125日 2面)

「返還」を人質にするような基地機能強化が進められる中で、知事は「ヘリパッド建設に反対し、県内移設を前提としない、新たな返還計画を日米両政府に、求めるべきだ」と結ぶ。

全国紙ではほとんど報じられなかった、これらの経緯。その上、「歯切れの悪い」知事の発言直後の1129日、沖縄県警は、辺野古の市民の抗議拠点でもある「沖縄平和運動センター」を捜索し、同センターの山城博治議長ら4人を逮捕した。10か月前のキャンプシュワブゲート前での工事車両侵入を妨害したとする、威力業務妨害容疑の事案であった。いま、なぜなのか。知事発言の翌日のタイミングであった。その捜査の異常さも伝えている(「県警、平和センター捜索 辺野古抗議拠点も」「10か月前事案 弁護士<異常>」1面、「萎縮狙い 捜査執拗」「運動弾圧許さない」2627面 『琉球新報』1130日)。 

 『沖縄タイムス』や『琉球新報』を購読しなくても、ネット検索して、主要な記事やニュースを閲覧することができるし、沖縄から発信しているソシアルメディアもあり、グループや個人のホームページやブログもある。「知りたい」という意思さえあれば、手立てはいくらでもある、はずである。その上で、私たちは、率直な気持ちと意見を発信していかなければならない。

私自身も、沖縄については、まだまだ知らないことばかりである。しかし、今回の翁長知事の発言を、沖縄で長い間、基地反対運動を続けてきた人々、辺野古、高江で日々、抗議活動を続けている人々、そして、全国で支援している人たちはどう受け止めただろうか。発言直後の官憲の勢いづいた活動拠点の捜査、リーダーたちの逮捕という流れを見ると、その影響を見逃すわけにはいかない。翁長知事は、苦しいかもしれないが、公約実現のため、毅然とした姿勢で臨むべきだ。

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「えぐられるいのちの森 ヘリパッド着工から3か月」「『琉球新報』2016年10月22日

オスプレイMV22の大きさと事故

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←――――   プロペラ含めた巾25.8m          ―――→
機体の長さ   ←11.6m    →
機体の巾           ←4.7m→

 Photo_2 高さ6.7m
←―――     尾翼までの長さ17.5m          ―――→

 垂直離着陸輸送機<MV22>オスプレイ(24名乗り・貨物9100㎏・最大速力520㎞)は、開発途上で30名が死亡、量産後の重大事故で、2009年以降2015年までの間に、重大事故として、ノースカロライナ、アフガニスタン(4名)、モロッコ(2名)、フロリダ、ハワイ(2名)の5回の事故で8名が死亡、40数名の負傷者を出している。(防衛省資料「MV22オスプレイ事故率について」2012年、他参照)

・MV22オスプレイ事故率について(2012年9月19日)

http://www.mod.go.jp/j/approach/anpo/osprey/pdf/dep_5.pdf

 

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2016年7月29日 (金)

都知事選に思う~なぜ、東京はオリンピックを中止できないのか

オリンピックは、今
 
都知事選“主要3候補”の政策論議は実らないまま、選挙戦は終盤戦に入ってしまった。投票日は二日後に迫った。参院選の当時は、舛添問題を執拗に報道しながら、国政選挙報道自体を自粛していたテレビ、とくにNHKの対応には、このブログでも触れたように、重大な問題を残した。都知事選において、主要候補が出そろって、これまでとは違う方向性が見出せるかもしれないという期待はあったが、見事に裏切られてしまった。各新聞やテレビ局は、それなりの工夫をしながら、テーマごとに各候補に質問している。しかし、その回答が、いずれも似たような、曖昧なものだったり、権限のない国政にかかわるものだったりする。あるいはキャッチフレーズやパフォーマンスだけで、実態をどれほど把握し、財政的な裏付けをどうするかが聞こえてこない。街頭にしても、個人演説会にしても、敵失を喜ぶネガティブキャンペーンは見苦しい。

私は都民ではないが、都民にはぜひ考えてもらいたい都政の課題がいろいろある。私には、どうしても、そのうちの一つ、オリンピック問題が気にかかるのである。三候補のうち、小池は、「情報公開をして、民間からの寄付も大事な財源」、鳥越は「情報公開をして、見直しコンパクトなものにしたい」といい増田は「復興五輪の原点に立ち返りたい」とも答えているが、いずれも、現実的な施策には結びつかない。

やや旧聞に属するが、参院選のさなか、あるミニコミ誌の電子版に寄稿したものがあったので、若干、手を加え、あらためて記事としたい。そもそも、オリンピックの原点に立ちかえって、考え直せないのか、と思ったからである。

そして、リオのオリンピックが近づき、アスリートたちが現地入りしているが、治安や衛生状態が心配されている。さらには、ロシアのドーピング問題も不明瞭なままに、なし崩し的に参加・不参加が決められてゆく。そんなところでメダルを争って何の意味があるのだろうか。

 

「底なしの疑惑の宝庫五輪かな(さいたま 高本光政)」 

表題は、69日の『毎日新聞』の読者川柳(「仲畑流万能川柳」)の入選作だ。東京オリンピックに、これほどケチがついているというのに、なぜ、「東京オリンピックをやめてしまおう」という機運にならないのかが不思議なのだ。というより、これほど今の安倍政権の失政が明らかであるのに、ほかに選択肢がないからと支持率が下がらず、無関心層が劇的に減ることもない。その構図と似てはいないか。

オリンピックの招致活動において、その報道、明らかな世論操作によって、東京オリンピック開催が決まっていく、実に見苦しい経過を知ることになる。さらに、安倍首相がIOC総会でのプレゼンで「フクシマについて、お案じの向きには、私から保証をいたします。状況は、統御されています。東京には、いかなる悪影響にしろ、これまで及ぼしたことはなく、今後とも、及ぼすことはありません」とスピーチし、質疑で放った「福島の汚染水は、完全にコントロールされている」(201397日)との虚言を忘れることができない。

それまで、東京での開催を危ぶんでいた人たちも、東京に決まった以上、最善を尽くそうではないか、などという大きな声に流されて、多くの国民は取り込まれ、アスリートたちは利用されているのを知ってか知らずか「きれいな色のメダルをとるため頑張りたい」などと抱負を語るのを見るのは、やりきれない。そして、保守層はもちろん、「革新的」な野党に至るまで、企業もメディアも色めき立っている。もはや「スポーツの祭典」などでもなく、「国威発揚」と「利権政治」の温床になってしまっているにもかかわらず、である。

開催決定までと決定後の不祥事が続く

 過去のことを水に流すのが、日本人の美徳なのだろうか。思い返せば、東京オリンピック決定までも、いろいろ取りざたされたではないか。20116月石原都知事が東京への招致を表明、2011311日以降は、具体的な施策もないまま、東日本大震災復興のための「復興五輪」が声高に叫ばれ、201191日締め切りの立候補に名乗りを上げた。2012217日、国立競技場建て替えを決定した。しかし、世論はそれほど甘くはなく、20125月、IOCの日本での世論調査では、東京開催賛成が47%、反対23%、どちらともいえない30%であったのである。ちなみに、いわば開催国の国民支持率は、当時、マドリード78%、イスタンブール73%とは大きく隔たっていた。大震災、原発事故で、オリンピックどころではない、というのが日本国民の大方の気持ちだったのではないか。これに、危機感を覚えたJOCは、立候補ファイル提出の1317日までに、必死のメデイア戦略を展開しての招致活動を続けた。同ファイルには、どこにも東日本大震災も、復興の文字も出てこない。記載された国内支持率は201211月現在66%に上昇したものの、それでも他の2都市には届かないことが明らかとなった。その後も2012年から13年にかけて、新しい猪瀬都知事、メダリストらを動員しての年末年始の活動をメデイアに幾度となく登場させている。

立候補ファイル提出後は、以下のような社説が続き、以降、国際キャンペンが解禁となった。一部のメデイアが若干の懐疑を示しつつも、東京オリンピックGO!のモードに切り替わった。

19産経:東京五輪招致 国を挙げて発信力を競え

19東京:社説:東京五輪招致、足元の支持を広げたい

110朝日:東京五輪招致、成熟都市と誇るなら

110毎日:五輪招致、東京だからを示せ

111日経:五輪開催で日本を元気に

113読売:東京五輪招致、日本の総力で実現したい

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20133IOC評価委員の東京視察がなされ、その先々での報道が活発化、6月のIOC世論調査における国内支持率は、東京70%、マドリード76%、イスタンブール83%と東京は上向いた。そして97IOC総会におけるプレゼンがなされ、翌日、開催地「東京」が発表された。910日の全国紙は、一斉に以下のような社説を掲げ、テレビでは、どの報道番組も、バラエティも、東京オリンピックに沸いた。あるプレゼンテイタ―の「お・も・て・な・し」のジェスチャーがもてはやされもした。また高円宮妃のプレゼンは、皇室の利用ではないかの声は、その後、すぐにかき消された。

 朝日:東京五輪―成熟時代の夢を紡ごう
日経:国や都市の未来を考える五輪に
読売:2020年東京五輪 復興と経済成長の起爆剤に
産経:2020年東京五輪 成功は世界への約束だ
東京:2020年 東京五輪 成功の条件 原発事故を封じ込めよ

1015日、国会では、「2020年東京五輪に向けた努力を政府に求める決議」が衆参本会議で採択され、反対は参院の山本太郎一人のみだった。パフォーマンスとの見方もあったが、私には至極まっとうな対応に思われ、全会一致、同調圧力の恐ろしさを感じたのだった。その後の顛末は、まだ記憶に新しい。

2015717 予算大幅増のザハ設計案撤回
201591  エンブレム佐野案模倣で白紙撤回
20151222 隅研吾設計案発表
2016425 新エンブレム野老案発表
2016511  JOCの不正振り込み疑惑発覚

2016511日には、英ガーディアン紙、BBCが、JOCIOC委員国際陸上連盟ラミン・D関係者に16億円振り込みをした件をフランス当局が捜査していることを伝えた。代理人として「電通」の名が浮上し、531日の参院内閣委員会の山本太郎議員の質問で、竹田日本JOC会長は、認めるに至ったが、電通への依頼は信頼に足りるとした。その後は、新聞・テレビの報道は、「舛添都知事公私混同事件」の異常なほどの報道が展開され、この裏金問題も、甘利元経済再生大臣の裏金問題もどこでかき消された印象が強い。テレビ・新聞が報じなければ、週刊誌や月刊誌に期待したいが、タレントの不倫や病気を追いかけるのではなく、オリンピック裏金疑惑を徹底取材に奔走してもらいたいという思いもある。

東京オリンピックという名のもとに、まるでオリンピックが聖域のようになって、どの政党やメディアも「やると決めた以上は・・・」はと、立ち止まることなく2020年に突き進むとしたら、やはり恐ろしい。安保法制、沖縄の基地問題、憲法改正問題、原発事故の収束・原発再稼働・廃炉、さらには、保育・介護の拡充、貧困・格差という政治的な課題が「さて置き」され、「オリンピック」のためならばという「大義名分」となってしまうことには、警戒しなければならない。都民はもちろん国民は、これまでなされてきた情報の隠蔽や操作を見抜く力、いざとなっても、決して責任を取らない権力のシステムを監視しなければならない。私たちの覚悟と責任は重い、とつくづく思う。

 

なお、オリンピックと経済効果が声高に叫ばれているが、以下の資料では、過去の実績に照らし、つぎのような危うさを警告しているように思う。近年のオリンピック運営における国力を誇示するような演出、メダル獲得競争などは、「競技者ファースト」、開催国の負担軽減というオリンピック精神に反する実態が横行していることにも目を向けなければならない。

 

1.収支決算をプラスにするには以下の3条件のクリアが必須だが、困難を極める

・ 直接経費が収入(放映権料、企業協賛金、チケット・ライセンス売り上げなど+公費)と見合う

・費用対効果のあるインフラ整備(交通・ホテル・IT環境など)が実施される

・諸施設の後利用も採算がとれる

2.経済効果以外の都市再生・政治的結束・環境配慮・国際理解・ダイバーシティなどが望める

<参考>

「オリンピックと経済」(坂田和光)

 

http://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_9880033_po_078103.pdf?contentNo=1

『レファレンス』(国立国会図書館立法調査局)781号(20162月)

<総合調査 2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会に向けて諸課題>

 

 

 

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2016年6月 1日 (水)

フォーラム「電波はだれのものか」に出かけました

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すでに先週のことになるが、 東京でさえ、伊勢志摩サミットのため警備が厳しかった526日、私は、シンポジウム「電波はだれのものか」に参加した。主催は、雑誌『季論21』、会場は、後楽園ドームの斜め向かいの文京シビックセンター26階、横長のホールだった。開場前から行列もできて、連れ合いの知人や地元佐倉市の方も数人お見かけした。私からお誘いした方々の中で、連絡なしに参加されている方もいらした。

 シンポの表題にある「停波」とは、昨年1110日高市総務相が放送法に違反した放送事業者に、総務大臣が業務停止命令や無線局の運用停止命令を行うことができるとの規定を根拠に「番組準則は法規範性を有する」と表明したことを指す。その直後、ある視聴者団体が、報道番組の特定のキャスターを名指して「違法な報道を見逃さない」とした意見広告を何度か新聞にだしたこと、NHKの国策報道強化などを受けて、名指しされた岸井さんはじめ、青木さん、田原総一朗、金平茂紀、大谷昭宏、鳥越俊太郎、田勢康弘さんたち7人が、今年229日、メディアへの政治的介入に抗議声明を出したことは記憶に新しい。その7人のうちのお二人が、この日のパネリストとして登場したわけである。青木さんは「気に食わないものは封じる」安倍政権の一貫した政策を分析、批判する。岸井さんは、まさに「権力は暴走する」真只中での闘いを振り返った。

 視聴者コミュニティの醍醐共同代表からは、他のパネリストがジャーナリストなので、視聴者の立場からの問題提起をということで、報道の今日的状況として、安倍政権への支持率が上昇している現実を直視した上で、その支持を支えているのが第三者を標榜する「有識者」集団であり、政権浮揚を図る作為、失政を伝えない不作為による国策報道と調査報道の貧困が問題であると指摘、さらに報道を劣化させるものは政治介入と政治圧力による報道自体の自己検閲であると。

『琉球新報』の新垣さんは、最近東京支社勤務となった由、今回のアメリカ軍属による女性強姦殺人事件に触れて、米兵と米軍関係者による性犯罪の統計からみても、基地や海兵隊の存在自体がその温床になっていることを強調、あってはならないヘイトを、沖縄への差別を、政官民一体となってまかり通してしまう現状を語った。永田さんは、NHKOBだけあって、やはりNHKの現場への信頼は根強く、現実の視聴者の目線がなかなか理解しにくいようだった。

パネリストたちがバラエティに富んでいて、個性もあってなかなかおもしろかったのではないか。感想というか、私にはどうしてもと思う質問があったのだが、迷いつつ手を挙げそびれてしまった。新垣さんには、いま『琉球新報』『沖縄タイムス』は、全国紙と違って、権力のチェック、監視という役目を果たしていることに敬意を表するとともに、『琉球新報百年史』や『アメリカ占領時代沖縄言論統制史』(門奈直樹著)などを読んでいると、経営陣と報道の現場、記者たちとが対峙する場面が何度かあったようだ。現在はどうなのか、という質問だったのだ。また、永田さんには、視聴者からの激励の電話が10本も入れば、現場にとっては大きな励みになるというが、視聴者としては、現場の職員や経営者たちと直接、意見交換ができるシステムを構築してほしい、視聴者センターやメールでの意見や苦情はあくまでも一方通行で、週間・月間・年間でまとめられる「視聴者対応報告」は、そのまとめ方が非常に恣意的であって、視聴者の意向が反映されずにいることが続いていて、まったく改善されていない実態をご存じだろうかと。受信料で成り立つ公共放送なのだから、「視聴率」や「政府の声」を聴くのではなく、「視聴者の声」を真摯に受け止めるべく、先輩としても働きかけてほしいと。質問にも勇気が必要なことを知り、心残りではあった。 

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『季論21』フォーラム・電波はだれのものか

~「停波」発言と報道・メディア、言論・表現の自由を考える~

  2016526日(木) 午後215分~

  東京・文京シビックセンター スカイホール(26F

  パネリスト

  青木 理(ジャーナリスト)

  新垣 毅(「琉球新報」報道部長)

  永田浩三(メディア社会学、元NHKプロデューサー)

  岸井成格(毎日新聞特別編集委員)

  醍醐 聰(「NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」共同代表)

  司会:新船海三郎(文芸評論家)

 

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2016年3月 9日 (水)

NHK受信料、その‘徴収力(長州力)’とは?

NHK集金スタッフがやってきた

   おひな祭りの日だったか、「NHK受信料の件で」と訪ねてきたのは、受信料集金人だった。差し出した名刺には左肩にNHKの赤いロゴが付いているものの、肩書には 「放送受信料契約・収納業務受託事業者 〇〇」とある。ほんとうは夫と二人で、話を聞きたかったのだが、折しも夫は、翌日の午前中開廷の奈良地裁「NHK放送受信料請求事件」の傍聴、支援のために出かけていた。NHKから支払い督促を受けていたAさんは、簡易裁判所に訴えられて、簡裁で決着をつけたいNHK の要請を入れずに地裁での審理となった。たんなる債権請求事件でなく放送法や契約の内容で争いたいAさんの主張が通った形の第一回口頭弁論の日だったのである。そんなわけで、当方は、一人で対応することになった。

  集金人は、「受信料の未納が続いているので、ぜひ収めていただくように」とのことなのだが、当方としては、現在のNHKの経営方針や報道内容は、放送法や役職員の服務準則を守っていないので、受信料を収めるわけにはいかない。受信料の支払い拒否をしているわけではないので、間違いないように。放送法にのっとった契約内容を守ってくれれば、支払いを再開しますよ、との主旨を話すと、「それは千葉放送局から聞いています」とのことだった。 さらに、以下のような説明をしたのだが、「暖簾に腕押し」状況で、帰っていった。
・NHKは、いま、各方面から批判されている政府寄りの偏向報道が、放送法に反しているにもかかわらず、改めるどころか、政府広報の性格をますます強めているので、収められない
・籾井会長は就任以来、放送の公正・自立に反する言動が続いているので、辞任するまでは、収められない
・受信料で成り立つNHKの経営において、不正経理や職員の犯罪行為が止まらない以上、収めることはできない
・「皆様のNHK」と宣伝しながら、視聴者ふれあいセンターのスタッフは、NHKの職員でない上に、電話の録音までとっておきながら、担当者に伝えるだけとう、一方通行である。集金人も、受託事業者であって、視聴者の声が直接NHKには届かないシステムに納得ができない  
   などの点を伝えた。高市総務相の国会での「電波停止」発言に言及し忘れ、不覚にもNHKのHPの「受信料長州力」を確認しておらず、抗議することができなかったのが心残りだった。受託業者のスタッフは、当方の話の途中で、何度も「ありがとうございます」と合いの手を入れるのが、むしろ気持ち悪いほどであった。そして、その集金人の回答はといえば「視聴者には、いろいろな考え方の人がいるので、一部の人たちの意見ばかり聞くことができない」と言う紋切型であった。  

  集金業務の外部委託~NHK職員は決して手を汚さない   

受信料契約・収納業務がNHK地域スタッフの手から合理化の名のもとに外部委託がなされ始めたのは、いつのころだったのか。最近、とくに、各地で、視聴者と委託業者とのトラブルを聞くようになった。NHKが未納受信料の督促に躍起になっているのは、なぜか。受信料収納率を業績アップにつなげたい籾井会長の焦りなのか、受信料債権の時効が5年との判決にあわてているのか。そして、受託業者は、当然のごとく出来高払いなので、末端の集金人は、手荒いことになって、「督促は毎日でも、やって来るからな」「裁判など面倒なことになるのは分かってるだろうな」といった捨てゼリフを吐いたり、「ともかくハンコと名前をくれれば」と書類を突きだして帰ったりする集金人もいたという情報が入ってくる。  
  NHKのHPに<「放送受信料契約・収納業務」委託法人名>のサイトがある。見て、驚いた http://www.nhk.or.jp/boshu/houjin/jigyousya/  
  なんと、全国で250以上の法人名が並び、クリックすると担当地域が出てくる。その他にも金融機関や家電店などがあるといい、聞いたこともない社名、社名でネット検索しても見つかりにくいものが多く、なんの会社か見当もつかないものもある。担当地域が入り乱れ、こんなにも多くの法人を抱えていたのでは、NHKの管理は及ぶはずもない。それをいいことに、NHKは手を汚さずに受信契約や受信料の督促を推進しているのだ。 
  ちなみに当方に訪ねてきた受託業者は、千葉放送局管内と関東の一部の地域を担当しているとのことで、集金人は、そのエリアを2か月交代で巡回するというのである。この徹底した無責任体制をNHKは利用していることになる。 

とんでもない受信料キャンペーンに仰天!プロレスラーの登場?  

  私は、NHKがプロレスラー「長州力」を起用して、受信料広報を開始するという情報は貰っていたが、確認しないまま、集金人とも話していたのである。3月4日、そのサイト開設が中止になったというニュースの方が先に飛び込んだ。 開けてビックリ、上記のようなサイト開設予告が2月29日に公開され、3月4日に以下のような「お知らせ」とともに、その企画は中止されたというのである。

「受信料長州力」(2月29日)

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お知らせ(3月4日):http://www.nhk.or.jp/freshers/
  「3月14日に開設を予定していたこのサイトは、長州力さんが案内役となって若い方々に公共放送の役割や受信料制度への理解を深めていただき、受信契約の手続きをしていただけるような内容を検討していました。しかし、予告したところ、視聴者の皆さまから様々なご意見をいただきました。このままサイトを開設しても、私どもの意図について正しくお伝えすることが難しいと考え、開設を中止しました」 
 この間、J=CASTの取材に対してNHKの広報は、つぎのように答えたという。
   「ひとり暮らしを始める学生や新社会人に向けて、受信料制度についてご理解いただ   き、受信契約の手続きをしてもらうための特設サイトです。開設期間は、2月29日から5月31日までです。また今月14日からは、パソコンやスマートフォンで遊べる『受信料長州力』という動画ゲームを、ウェブサイト上に提供します。このゲームは、プロレスラー・長州力さんが案内役となって、公共放送の役割や受信料制度などについて説明しています」(J=CASTニュース(2016 年3月1日)

   この一連の騒動で、視聴者不在のNHKが、まさに浮き彫りにされたのではないか。オフィス用品会社のダジャレCMは、まだ勝手にすれば、の思いだが、今回のNHKの「受信料長州力」の企画は、なんと取り繕ろうと、世にいう「おやじギャグ」より低劣で、品がない、まさに「恐喝まがい」の企画ではなかったか。視聴者の意見を即時取り入れざるを得なかった、唯一の例で、「なかったことにしたかった」のだろう。こんな企画に、受信料が使われていたことにも腹が立った。   

  受信料支払いは「法的な義務」か    

 さらに、冒頭の奈良地裁の法廷で、NHK側の口頭弁論は、なぜかなされなかったそうだ。東京からNHK側の弁護士が4人ほど来ていたというが、この往復旅費や弁護士費用は、今回の裁判における未納受信料4万数千円の何倍にもあたるだろう。もちろんこれも受信料から支払われているのである。いったい何のための裁判なのか。NHKが裁判所を通じた未納受信料請求に踏み切るケースが全国的に増えているが、その基準は、請求金額の多寡ではないらしいし、不明である。未納を減らしたければ、その経営体質や報道内容を変えることが先決ではないか。  
  受信料未納分のある視聴者に送りつけてくる督促状に、下記のような文書が付せられている。受信料支払いが「法的な義務」であるかのような文言は、明らかに虚偽であり、つぎの「裁判所云々」の事項と合わせて脅しのように読める。しかし、よく読んでみると「受信料のお支払いは、受信契約者の法的な義務です」とあって、「放送法」という法律上の義務とは言っていない。受信契約者の受信料支払いは「放送受信規約」上の義務にすぎない。「規約」は「法律」ではない。督促状の文書には、まやかしがある。法的な義務というなら、NHKにこそ、放送法を遵守した番組を放送する義務がある。NHKは自分にこそ法的な義務がある事実を棚に上げている、このことを視聴者はしっかりと認識しなくてはいけないと思う。放送法に義務規定がないからこそ、その義務化が、今般、取りざたされているのではないか。  
  各地の、受信料請求訴訟では、NHKの放送法に従った経営や番組編成がなされているかが問われるべきだと思う。

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2016年1月23日 (土)

「その結論出すなら要らぬ有識者(荒川淳)」(「仲畑流万能川柳」毎日新聞2016年1月19日)~研究者は、今

 以下のエッセイは、昨年10月、日本科学者会議の知人に勧められて寄稿したものである。私は研究職に就いたことはないので、会員ではない。すでに旧聞に属する内容を含むものの、研究者や専門職の人たちが、改憲や戦争法整備に向かう安倍政権に抗議し、暴走を止めるべく、反政府運動の理論的な核となり、運動の支柱となることを信条に、かなり重なるメンバーで、あらたな会を立ち上げては記者会見などを開いている様子を目の当たりにする。しかし、これで、ほんとうに市民と一緒に安倍政権を倒す力になるのだろうかと、違和感を募らせ、焦ってしまうのである。あのとき立ち上げた会はどうなったの?と突っ込みたくもなる昨今なのである。そんな折、表題のような川柳を見つけた。私の駄文は、川柳一句に及ぶものではないが、再録しておきたい。

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             研究者は、今

    20147月、安保法案が閣議決定されたあたりから、研究者や大学人、弁護士会はじめ種々の専門家集団による法案に対する反対声明や抗議活動が活発になった。廃案運動では市民の先頭に立っての活動も顕著となり、マスメディアへの露出度も高くなっている。研究者が、研究室に閉じこもることなく、積極的に社会に向けて発信し、社会的活動をすることには大いに期待したいところである。 私自身は、11年間の公務員生活をはさんで、三つの私立大学の職員として20余年間、働いてきたが、研究者ではない。ただ、近頃、大学教員でもある夫とよく話題にもすることで、考えさせられることがある。私が大学の職員時代に、同僚とは、大学の先生の「昼と夜を知ってしまったね」と冗談を言い合ったこともある。「昼と夜」は「建前と本音」と言い換えてもいい。その落差もさることながら、時間軸で見たときの「ブレ」の在りようにも、疑問を感じることが多くなったのである。研究者たちの安保法案廃案運動やさまざまな発言の足を引っ張るつもりは毛頭ないが、最近の動向に着目したい。実名を出した方が、分かりやすいのではと思いつつ、ここでは控え、なるべく実例に沿って進めたい。

 

動員される研究者たち

 「UP」(東京大学出版会の広報誌)10月号には、「安倍談話とその歴史認識」(川島真、東アジア政治外交史)という文章があった。「安倍談話」には一言も二言もあるので、飛びついて読んでみた。執筆者は、北岡伸一らとともに「二十一世紀構想懇談会」の一員だったはずである。だから、内容的にはある程度予想はできたのだが、かなり客観的な筆致で「安倍談話」の意義と一定の評価を与えるというのが基調であった。そこでは、「村山談話」など歴代内閣の談話を「全体的に引き継い」でいるのであって、個別的には、日露戦争に高い評価を与え、満州事変以降の国際的潮流に反し国家の進むべき道を誤ったという見解は、先の懇談会の提言書に即しているといい、謝罪を子子孫孫まで引き継がせたくないとしながらも、「世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合う」とする部分があるのに、メディアは注目していない、とも指摘する。さらに国際社会の反応として、反省や謝罪が引用であり、謝罪を継承させないと印象付けたことに言及する一方、日本の「侵略」は満州事変以降とした認識については、一定程度の成果をおさめたとする。国内のメディアは、総じて肯定的な評価がやや高かったように思え、内閣支持率も一定程度回復し、政府にとっては意味があったのではとした。最後に「戦後日本政治で最も保守的とも言われる安倍政権で、最もリベラルな政権の一つとされる村山談話を引用し、継承したことは、日本政府の歴史へのスタンスの幅をほぼ決定づけることになった」と結論づけた。こうした結論に至るのは、もちろん自由であるが、執筆者は、文中においても、肩書においても、二十一世紀構想懇談会のメンバーであったことはどこにも記していない。編集者のことわりもない。懇談会のメンバーであったことは、むしろ積極的に公開した上で、私見を述べるべきだったのではないか。どこかフェアでないものを感じるのだった。

  上記懇談会は、首相の私的諮問機関であったが、行政が日常的にあるいは臨時に設ける、いくつかの審議会や諮問機関、あるいは企業が不祥事を起こしたときなどに立ち上げられる第三者機関には、有識者や専門家として、必ず研究者が起用される。そんなとき、「第三者」というよりは、大方は、設置者の意向に沿うような委員がまず選ばれ、そうではない委員も公平性を担保するかのように混入させるのが常である。設置者の事務方が作成した原案がまかり通る場合も多い。審議会行政と呼ばれる由縁である。今回の懇談会と談話作成過程の検証は今後の課題となろう。

 

時流に乗りやすい研究者たち

すでに引退した政治家が、とくに、自民党のOBの何人かが、いまの自民党の安保法制に真っ向から反対の意見を言い出すと、それをもてはやすメディアや野党にも、なぜか不信感が募るのだ。現役時代の数々を、過去を、そう簡単に水に流せるものなのか。「あの人さえ、いまは!」と時流やご都合主義になだれうっていくのを目のあたりにするのは、やり切れない思いもする。もともと、どこまで信用していいかわからなかった面々たちだからと、つい気を緩めてしまうこともある。

しかし、研究者の場合、専門性や論理性が求められているだけに、数年前に言明していたことと真逆のことを言い出したり、攻撃の対象としていた考え方に乗り換えられたりしたら、戸惑ってしまうではないか。周囲の状況が激変したからとか、自分が成長した証だと言われてみてもにわかに信じがたい。また、微妙な言い回しで、自らの立ち位置を目立たぬようにずらしてしまうという例もある。階段教室に、みんなで並べば怖くないみたいなノリで記者会見に臨んだりしているのは、いささか研究者らしからぬと思うのは、私だけだろうか。目立つところには喜々として立つが、事務方や裏方を好まず、職場や地域での地道な活動には身が入らないという例も意外と多いのがわかってきた。国際政治学専攻の知人が隣家の猫が自宅の庭に侵入して、悪さをするので困っている、と話しているのを聞いたことがある。全然話し合いにならないものだから境界に薬剤を撒いているとのことだった。国境紛争や国際政治を大局的に捉えている専門家なのにと、思ったことだった。

(『日本科学者会議東京支部個人会員ニュース』No.105<戦争法制と私>特集増刊号1110日、収録)

 

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2015年12月28日 (月)

ことしのクリスマス・イブは(3)~なんといっても、サプライズは、国会開会式出席表明の共産党だった!(その2)

中央委員会に問い合わせると

1225日、赤旗の記者会見の記事について、中央委員会に電話をかけてみた。どういうわけか、担当に代わりますと言って、赤旗編集局政治部の人が出てきた。赤旗記事と綱領の部分を見ながらのやり取りとなった。やはり上記「綱領」と今回の対応の表明との齟齬についての素朴な質問なのですが、と切り出した。

 

Q 「お言葉」の内容が儀礼的・形式的となり、憲法の条項と精神からの逸脱が見られないので、出席することにし、一方で、天皇のための「玉座」から「お言葉を賜る」形式は、憲法の主権在民の原則と精神に反していることは明らかで、「表明」でも指摘していながら、なぜ出席することに転換したのかの理由がわからない。

A 出席をして、抜本的な改革を求めることが必要だということだ。

Q 新憲法下での議会が始まって70年近く経ているのだが、この間、共産党は、憲法の精神・原則にのっとって、たとえば、「玉座」について、具体的な抜本的な改革を、国民に対して、あるいは議会内で提案したことがあったか。

A 私の記憶では、ありません。

Q 「私の記憶」ではなくて、党として提案した事実はあったのか。

A なかったと思う。

Q 「綱領」では、「現制度は、民主主義および人間の平等の原則と両立するものではなく、国民主権の原則の首尾一貫した展開のためには、民主共和制の政治体制の実現をはかるべきだとの立場に立つ」と言っていながら、「その存廃は、将来、情勢が熟したときに、国民の総意によって解決されるべきものである」としている。「その存廃」をいつ来るかもしれない「情勢が熟したとき」の国民の総意にゆだねるという意味だと思うが、「情勢が熟したとき」とはどういう状況をいうのか。

A 国民の間で現制度の廃止という気運が高まってきたときだ。

Q 「綱領」の文脈から言えば、将来に向けて、「象徴天皇制」を改正ないし廃止すべきという具体的な提案がなされ、それへの努力という方向性が示されるべきだと思うが。

 A 情勢が熟したときは、廃止の主張をするはずだ。

 Q では、今の情勢を変えるような、情勢が熟すような提案や政策を掲げ、国民に対して、あるいは議会内で働きかけをしたことがあるか。

 A 現在は、現憲法の基本である平和憲法を守ることを最優先して、活動することが大切だ。

 

これはあくまで要約で、電話での答えは、記事にある「表明」文言、質疑の「回答」文言、「綱領」の文言を繰り返し、記事以上の説明はできないというのだ。当方も、「綱領」を読みあげてみるが、「表明」との齟齬についての疑問は疑問のままだった。そんなこともあって、私の方は、もう一つの大事な質問を忘れてしまっていることに気が付いた。「記者との一問一答」記事の冒頭で、開会式の改革を実現する上でも出席することが積極的対応になるのか、を問われて、志位委員長はつぎのように答えている。

 

 「欠席という態度を続けた場合には、わが党が天皇制反対という立場で欠席しているとの、いらぬ誤解を招き、憲法の原則と条項を厳格に順守するために、改革を提起しているという真意が伝わりにくいという問題があります。その点で、出席した場合には、そうした誤解を招くことなく、憲法順守のための改革を提起しているという真意がストレートに伝わることになると考えました」

 

 この「真意」が、ますます分からなくなってしまう。先の「綱領」では、現在の「一人の個人が世襲で『国民統合』の象徴となるという現制度」すなわち「象徴天皇制」は、「民主主義および人間の平等の原則と両立するものではない」と言っているのにもかかわらず、「天皇制反対という誤解を招く」ということは、「天皇制には反対していない」ということを言いたかったのか。となると、先の「綱領」の文言との齟齬はどうなるのか。誰かこの疑問を解いてほしい、と思って、ひとまずネット検索してみると、次のブログに行き当たった。しかし、2004年の「綱領」を国語的に読む限り、現憲法下の「天皇の制度」を肯定はしているとは読めない。かりに、「綱領」の[憲法と民主主義の分野で](四.民主主義革命と民主連合政府⇒(一二)現在、日本社会が必要とする民主的改革の主要な内容)のトップで、「現行憲法の前文をふくむ全条項(ぜんじようこう)をまもり、とくに平和的民主的諸条項の完全実施をめざす」とうたっていることと「天皇制反対」が矛盾していることとも思われない。<「天皇制反対」はしない>というならば、先の「綱領」で<象徴天皇制が民主主義と平等原則と両立しない>としていること、との矛盾の方が重大なのではないかと思う。

長春だより(大田英昭のブログ)http://datyz.blog.so-net.ne.jp/2015-12-25
日本共産党と天皇制――国会開会式への出席をめぐって 
[日本・近代史]
こうした天皇制に対する共産党の公式見解に大きな変更が加えられたのは2003年、第7回中央委員会総会における党綱領改定案についての不破哲三議長による提案報告および党創立81周年記念講演会での同氏の講演においてであった。ここで不破氏は、主権在民の原則が明確な現行憲法下の日本は君主制国家ではないと断言し、戦前の「絶対主義的天皇制」からの断絶をいっそう強調した。こうした認識のもと、当面は「天皇制と共存」すべきことを同氏は明らかにしたのである。なお同氏は上記講演で、「このことを見て、『共産党はいままでがんばってきた旗をおろして現実に妥協しすぎるんじゃないか』、こう心配する声も聞かれ」るが、それは「誤解」だと弁明している。
 このような方針転換によって、共産党の2004年綱領では、天皇制を「ブルジョア君主制の一種」とするかつての文言が削除され、「民主主義革命」を経て樹立される「民主連合政府」においても「現行憲法の前文をふくむ全条項」がまもられる、すなわち天皇制が維持されるという方針を明確にした。 

  そこで、ふたたび、中央委員会に電話をして、中央委員会であることを確かめて、質問をした。
 

Q「天皇制反対という誤解を招く」ということは、「天皇制には反対していない」ということを言いたかったのか。

 A そうですよ、共産党は天皇制に反対していない。

 Q でも、「綱領」では、明らかに「象徴天皇制」は民主主義や平等原則と両立しない、と言ってますよね。その象徴天皇制には反対はしないのですか。

 A 共産党は、現行憲法で、できることとできないことを明確に分けて考えている。象徴天皇制が、憲法に違反しているとは言っていない。あなたはごっちゃにしているので、よく私の話を聞いて!わが党は、憲法を守るのがすべての前提だ。憲法を守らないでいいのか。「一問一答」でも、「日本の将来の発展方向として・・・」

 

 と、「綱領」後半を読み上げるばかりである。きょうの電話の相手は、若い声だけあって、ばかに高姿勢なのが気になる。「中央委員会の政治部なんですね」と確認すると、「中央委員会に<政治部>なんてない、あなたは勘違いしている」「それではなんという部局?」と聞けば「国民の声」係だそうだ。

 

Q 「綱領」で「象徴天皇制」がおかしい、と明言しながら、いつ来るかわからない「情勢が熟したとき」に憲法を改正するかどうかを国民に問うということか。

A 今の状況では、そんな情勢になるときは、まず当分は来ない。多くの国民が天皇制の廃止などを言っていないに、 天皇制の廃止を言い出したら、国民の総意を軽んじることになると、2004年のフワはいっている。

Q フワ?(不破らしい)。共産党が目指すところがあるのならば、それに沿って、議会や国民に働きかけて、機運をつくるのが政党ではないか。これまで、どういう活動を、国民に対してや議会内でしてきたか。

A 今回の表明だって、こんな問題があるのだと、国民に注意喚起ができたことはよかったじゃないか。国民の大多数は、「玉座からのお言葉」についてだって、関心がないどころか「あれでイイじゃん」というレベルでしょ。

Q レベルって、なんか見下した感じですね。

A 「レベル」で悪ければ、「段階」と言い直しますよ。国民はいまの段階で、天皇制を廃止しようなんて考える人はどの世論調査でも少数だ。

Q 世論の多数に従うというだけでは、政党ではないですよね。同じ様な考えを持つ人を増やしていくのがその働きでしょ。

A いまは、憲法に違反する戦争法を廃止することが最大の問題で、天皇制の問題は、現在の課題ではない。あなたは理解したくないだけだ。

 

 ということで、「なかなか理解は、難しいですよ」と電話を切った。ほんとに、外から見ていると、やはり謎が多い政党だな、と思う。そもそも政治集団なんてそんなものだと言われてみればそれまでだが、これまで、反権力と闘ってきた人々を支援する党でもあったわけだから、オープンで、明確な文言で、発信してもらいたいと思うのだ。ところが、最近とみに、おかしいぞと思っている矢先に、今回の「表明」であったのだ。

 そして、サプライズは、さらに続いたのだ。(続く)

 

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2015年12月27日 (日)

ことしのクリスマス・イブは(2) ~なんといっても、サプライズは、国会開会式出席表明の共産党だった!

  志位さん、ご乱心か?とも思ったのだが、大島衆議院議長に、来年の通常国会から天皇が出席する開会式に出ることになったので「よろしく?」と穀田議員・山下議員と共に挨拶し、そのあと、記者会見を開いたというのである。当日のネットで見る限り、皮肉にも、一番詳しい報道をしているのが産経ニュースだった。

共産・志位委員長会見詳報(1)(2) http://www.sankei.com/politics/news/151224/plt1512240038-n1.html

   記者会見の動画を見ると、12月25日の「赤旗」記事に掲載されない質疑もあったのだ。それは、後述するとして、志位委員長の表明が5分、質疑が18分の最後の方で、今回の決定の党内論議に触れている部分も紙面では省かれていたが、そこでは12月21日の常任幹部会の全員一致で決まったものだと回答している。

残念ながら、決して想定外なことではなかった  
   2006年に開設した私の、このブログでも明らかなように、私は、歌詠みの一人として、近現代の「天皇制と短歌」について、ほそぼそながら、その歴史をたどり、検証を続けてきた。おのずから、新憲法下における「象徴天皇制」にかかわり、天皇の短歌作品を中心に考察し、「歌会始」という皇室行事に現代歌人たちの多くが絡め取られている現実を指摘し、幾冊かの書物を出版してきた。今回の「表明」は、どうしても見過ごすことの出来ない「事件」に思えた。「事件」ではあったが、決して想定外なことではなかった。これまでも、幾つもの、幾つもの布石があったのである。

    記者からの「なぜ、このタイミングで」という質問もあり、志位委員長は「政局への対応とかかわって、今回決定したわけではない」と強調する。決定の理由の核心は、冒頭の表明でも、質疑の回答においても、「開会式での天皇の発言に変化が見られ、この30数年来は儀礼的・形式的なものものとなっている。天皇の発言内容に憲法からの逸脱は見られなくなり、儀礼的・形式的な発言が慣例となって、定着した」という主旨で語られている。 「表明」部分で志位委員長は、これまで1947年から、国会開会式に欠席してきた理由について、一つは、開会式の形式が「主権在君」の旧憲法下の形式が踏襲されていたこと、二つは、天皇の開会式の「お言葉」に日・米の内外政策を賛美・肯定するなどの政治的発言が含まれ、憲法が定める天皇の「国政に関する機能を有しない」という制限規定に違反していたこと、と述べている。後者については、上述のように、30数年来、儀礼的・形式的な発言が慣例となって憲法上問題はなくなった。しかし前者に言う形式については、戦前を踏襲していることに変わりがないので、主権在民の原則と精神にふさわしいものになるよう、抜本的な改革を求めるためにも開会式に出席することがより積極的な対応になると判断した、というのだ。 「お言葉」の内容の変化を言うのなら、この30数年を待たずとも、判断できたのに、なぜ今なのかが不明であり、形式については、旧憲法下と変わっていないながら、出席することによって積極的に対応するというならば、1947年以降、出席しないまま、何をしてきたのかの疑問を拭えない。
  この理由の曖昧さが、つぎのようなメディアの報道となった。しかし、メディアは、以後、それ以上のことは追跡しないし、検証しないのが習いでもある。多くのメディア自身が、現行のような天皇の「おことば」を頂いての国会開会式の在り方にどう考えるのかについてはすべてスルーして、その姿勢を明らかにすることを避けているのが現状であろう。  以下は、メディアの報道を時系列で、見出しと、その共産党への論評部分を抜粋したものである。

 ・産経ニュース(12月24日11時14分)共産党、国会開会式に出席へ 天皇陛下御臨席に反対方針を転換「アレルギー」払拭へ:共産党は安全保障関連法の廃止を求める野党連立政権「国民連合政府」構想を提案しており、従来の対応を変えることで他党に根強い「共産党アレルギー」を払拭する狙いがあるとみられる。
・NHKwebニュース(12月24日12時20分) 共産が方針転換 通常国会の開会式に出席へ: こうした背景には、国会対応で柔軟な姿勢を見せることで、来年夏の参議院選挙に向けて野党勢力を結集するための環境を整えたいというねらいもあるものとみられます。
・朝日新聞デジタル(12月24日12時49分)共産党が通常国会開会式へ 党として初、野党と同調:これまで天皇陛下の出席を理由に欠席してきたが、方針を転換した。開会式に出ている他の野党と足並みをそろえることで、来夏の参院選での共闘へ環境を整える狙いがある。
・共同通信(12月24日12時59分)共産、国会開会式出席へ 参院選睨み現実路線:共産党は今年秋、党綱領に掲げる「日米安全保障条約廃棄」の凍結を打ち出しており、来年夏の参院選をにらんだ現実路線の一環とみられる。
・時事通信(12月24日16時49分)共産、国会開会式へ=「現実路線」さらに一歩:共産党は、安倍政権に対抗するため野党各党に提唱した「国民連合政府」構想に絡み「日米安全保障条約廃棄」の一時凍結などを表明した。それに続く今回の方針変更には、現実路線への転換を一段とアピールする狙いがありそうだ。
・東京新聞(12月24日夕刊)国会開会式に共産出席へ 「天皇臨席は憲法逸脱」から転換:同党は来年夏の参院選をにらみ、党綱領に掲げる日米安保条約廃棄の凍結を今年十月に打ち出しており、今回の方針転換も現実路線の一環とみられる
・毎日新聞(12月25日)共産国会開会式出席へ:「現実路線」を相次いで打ち出すことで、無党派層の支持拡大を目指す狙いがある。

 

  正直いって、私も、共産党の今回の対応は、選挙を控えて、まさにポピュリズムに走ったのではないかと思った。「戦争法」廃止の一点で野党連合を組んでの安倍政権打倒を言いながら、いまに至って「天皇の制度」のこれまでの方針の一部を転換する必要があったのだろうか。その転換への矛盾にも思える理由と相まって、私の理解を超えた。
 しかし、今回の決定は、唐突のようでありながら、これまでにはいろいろな伏線があったように、私には思われた。会見中の質疑で、共産党の「君主制」に関する考えを確認されて、志位委員長は「2004年に決定した新しい綱領では、天皇の制度について『君主制』という規定をしておりません。」と明言し、天皇の制度に対する党の方針として、以下の「綱領」の文言の「…憲法の条項と精神からの逸脱を是正する」までの前半を「課題」とし、将来の「発展方向」として、後半の文言「党は、一人の個人が・・・」を復唱していた。

  2004年綱領[憲法と民主主義の分野で] 11 天皇条項については、「国政に関する権能(けんのう)を有しない」などの制限規定の厳格な実施を重視し、天皇の政治利用をはじめ、憲法の条項と精神からの逸脱(いつだつ)を是正する。 党は、一人の個人が世襲(せしゆう)で「国民統合」の象徴となるという現制度は、民主主義および人間の平等の原則と両立するものではなく、国民主権の原則の首尾一貫(しゆびいつかん)した展開のためには、民主共和制の政治体制の実現をはかるべきだとの立場に立つ。天皇の制度は憲法上の制度であり、その存廃(そんぱい)は、将来、情勢が熟したときに、国民の総意によって解決されるべきものである。

  上記の新綱領で、「その存廃(そんぱい)は、将来、情勢が熟したときに、国民の総意によって解決されるべきものである」とした点に着目してみる。前段で「現制度は、民主主義および人間の平等の原則と両立するものではなく、国民主権の原則の首尾一貫(しゆびいつかん)した展開のためには、民主共和制の政治体制の実現をはかるべきだとの立場に立つ」としながら「国民の総意によって解決 する」と、どこかハシゴをはずされたような文言に違和感を覚えていた。現制度の廃止への方向性を明言できなかったのだろうか。私はここに大いなる後退を見てしまったのである。「将来、情勢が熟したときに」とあるが、「綱領」の立場での、具体的な活動や努力がどれほどなされたか、私には思い当たらない。たとえば、「おことば」が述べられる議長席より高い「玉座」の改革一つにしても、これまでの70年近く、具体的な提案を国民に働きかけたり、議会内で発言をしたりしたことがあったのだろうか。長い間、開会式に欠席はしていたのはなぜだったのか、建前や惰性に過ぎなかったのではないか。いまさら、出席して抜本的な改革を求める、と言われても、信じがたい。(続く)

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2015年12月25日 (金)

ことしのクリスマス・イブは~DHCスラップ訴訟控訴審(東京高裁)第1回口頭弁論傍聴と報告集会へ

日比谷公園のクリスマス市
知人ご夫妻からのお招きで、日比谷・松本楼でのランチを楽しんだあと、私たちは、東京高裁へと向かう。日比谷公園の噴水広場は、金色のツリーを前に、たくさんのテントがひしめいていた。日本ではあまり見かけないトンガリ帽子のような屋根のテントも多い。にぎわい始めた昼下りのクリスマスマーケット、聞くところによれば、すでに12月11日から始まっていたらしい。実行委員会形式で、ドイツ観光局とJR東日本も協賛していて、東京では、はじめてのイベントとも言う。ヨーロッパの街歩きで、朝市や金曜市も楽しいが、もう10年以上も前の11月下旬のウィーンで出会ったクリスマス市の独特の雰囲気は、忘れがたい。シェーンブルン宮殿前のクリスマス市は、すでに暮れていて、強烈なグリューワインに打ちのめされたこともあった。市庁舎前のクリスマス市は、家族連れでにぎわっていて、一回りすると暮らしの必需品が何でも揃ってしまいそうな店が並ぶ。ああ、もう一度出かけてみたい、そんなことを考えながら、東京高裁の822法廷へ。 

DHCスラップ訴訟控訴審第1回口頭弁論  
  すでに、9月のブログでも報告しているが、化粧品やサプリのDHC社長が「澤口統一郎の憲法日記」の記事が社長の名誉を棄損したとして、執筆の澤藤弁護士に6000万円の損害賠償を請求したという案件ある。9月2日の東京地裁判決は、もちろんそんな請求は棄却し、全面敗訴だった。にもかかわらず、社長側が控訴したので、この日の東京高裁での第1回口頭弁論となったわけである。

・DHCスラップ訴訟、澤藤弁護士勝利、東京地裁判決傍聴と報告集会に参加しました http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2015/09/dhc-30de.html(2015年9月4日)

  スラップ訴訟とは、言いがかりをつけて、相手の口封じや恫喝・弾圧のために、法外な損害賠償や刑罰を求めて提訴される訴訟をいう。DHC社長は、同様の提訴を10件も行っているとのこと、まさに言いがかり訴訟の際たるものではないか。  
  そもそも、上記「憲法日記」は、DHC社長が渡辺喜美への8億円の政治献金を明らかにしたことに端を発し、「政治とカネ」をテーマに糾弾したものである。東京地裁の判決は、「(本件ブログ記事は)いずれも意見ないし論評の表明であり、公共の利害に関する事実に係り、その目的がもっぱら公益を図ることにあって、その前提に事実の重要な部分について真実であることの証明がなされており、前提事実と意見ないし論評との間に論理的関連性も認められ、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものということはできない」から違法性を欠くものとして不法行為の成立を否定した。社長側は、控訴理由書は提出しているが、きょうの法廷には、若い弁護士が二人ぽつんと座っているだけで、澤藤弁護士側には、全国の大勢の支援の弁護士がいるが、きょうの被告席側には10人以上の弁護士が並んでいた。もちろん傍聴席にもたくさんの弁護士がいらしたようだ。澤藤弁護士は「今日は、弁護士ではなくて、被告としてこの席に立ちます」と弁論が始まる。「自席でどうぞ」と裁判長の言葉で弁論が始まって、約15分。詳しくは、以下のブログの12月24日までの一連の記事を参照してほしい。

・「澤藤統一郎の憲法日記」http://article9.jp/wordpress/

   口頭弁論の最後に、澤藤弁護士は、本件のようなスラップ訴訟が乱発されると、社会的な強者が自分に対する批判を嫌って濫訴が横行し、市民の言論は萎縮し、権力者や経済的強者への断固たる批判の言論は、後退を余儀なくされ、言論自体が委縮し、政治批判の言論は成立しなくなる、と言う趣旨のことを述べた。また、「表現の自由、とりわけ、公共的事項に関する表現の自由は、特に重要な憲法上の権利として尊重されなければならないものであり、憲法21条1項の規定は、その核心においてかかる趣旨を含むものと解される」とした、北方ジャーナル事件の最高裁判決(1986年6月11日)を引用して締めくくられた。 社長がからの控訴理由書の口頭弁論はなく、裁判長は、来年1月28日の判決を伝え、閉廷した。

報告集会のあとで
  弁護士会館の会議室での報告集会は、イブということもあって、澤藤弁護士ご一家の心づくしのケーキと飲みものが供され、和やかな雰囲気のなかで進んだ。 幾つかの発言の中で、印象に残ったのは、中川弁護士による「健康食品の規制緩和と機能性表示食品の危険性」についてだった。これまでも、新聞や生活クラブ生協の機関誌などで、「機能性表示食品」が今年の4月から解禁となったこととその信頼ならぬことは認識し、もちろんその類の商品とは縁がないものと思っている。それにしても、新聞やテレビでの広告が半端でなく激増し、なかでも新聞折り込み、新聞全紙裏表の折り込みも、よく目にするようになり、驚いている。安倍内閣が、推進してきた、この分野での規制緩和ながら、内閣府食品安全委員会委員長といわゆる「健康食品」を検討するワーキンググループ座長の名で2015年12月8日には、「国民の皆様へ」として19のメッセージと21に及ぶQ&Aを発表した(注)。中川弁護士は、以下のようなメッセージを国民への警鐘ととらえ、片やアベノミクスの一環としての規制緩和、その結果としての機能性表示食品を含む「健康商品」の種々の危険性を消費者に訴えている矛盾を指摘した。食品安全委員会は、これだけのリスクを抱えた「健康食品」の拡大を止めることができなかったか、国民へのメッセージは、国民への責任転嫁とも捉えられても仕方ないようにも思えたのである。
  健康食品広告では「気をつけよう、体験談、学会発表、争点はずし!」という発言も澤藤弁護士からあった。体験談はでっち上げも可能、自前のわけのわからない学会だったり、動物実験結果だったりすることもある。「毎日にハリ、潤い!」「みなぎる活力を実感!」「栄養バランス抜群!」といわれても・・・、ということらしい。
  神原弁護士は、国会前の集会やデモ隊の最前線で、過剰警備から人々を守る若手で、政府に都合のいい人たちの人権は守られるけど、弱者側の人権は守られないことを嘆く。あの人権侵害も甚だしいヘイトスピーチへの対応を見てもわかり、ようやく法務省の「勧告」が出た程度なのである。

歳晩の覚悟
  日に日に、政治的な表現の自由、公共的な事項の表現の自由が狭まってきた現在、集会中、TBSニュース23のキャスター岸井成格糾弾の意見広告についての発言が出たとき、報道ステーションのキャスター古館伊知郎の降板もというニュースが会場の一人からもたらされた。古館については、噂でしょうとその場で聞き流された形だったが、なんと、帰宅後分かったのだが、やはり、午前中には、テレビ朝日から来年の3月をもって降板と発表され、本にの記者会見まで開かれていた。そして、これを書いている25日には、岸井の来年3月をもってニュース23からの降板も正式に発表された。なんというクリスマスであったのだろう。寒さがいささか緩んだクリスマスではあったが、「表現の自由」は、「報道の自由」は、確実に侵害され、後退した2015年、歳晩にして、凍りつくような風が体の中を吹き抜ける思いだった。 現在の安倍政権、そして取り巻くサイドのやりたい放題に、立ち向かえない私たち国民の力に絶望することは簡単だが、ともかく自らの抗う力を声にしたい、形にしたいと覚悟するのだった。

~~~~~~~健康食品を愛用の方、ぜひご参照ください ~~~~~~~~

       食するなら、自己責任ですよ、死ぬこともありますので・・・

(注)内閣府省区品安全委員会HP<健康食品」に関する情報> https://www.fsc.go.jp/osirase/kenkosyokuhin.html 平成27年12月8日作成

委員長、座長から国民の皆様へ[PDF:142KB]
  「若さと健康を願うあなたに」、「△△の健康のための○○」といったキャッチフレーズを、毎日たくさん見聞きします。そして、医薬品のようにカプセルや錠剤の形をしたサプリメント、「健康によい」成分を添加した飲料や食品など、さまざまな「健康食品」*が売られています。今や国民のおよそ半分の方々が、こうした「健康食品」を利用されているという調査もあり、「健康食品」市場が拡大しています。これは、健康で長生きしたいという古来変わらない人々の願望の表れでしょう。 (中略) 残念ながら、現代でも「これさえ摂れば、元気で長生きできる」という薬や食品はありません。それどころか逆に、「健康食品」で健康を害することもあります。しかも、そのような情報は皆様の目に触れにくいのが現状です。消費者は、「健康食品」のリスクについての情報を十分に得られないまま、効果への期待だけを大きくしやすい状態に置かれているといえます。 食品安全委員会ではこういった状況を憂い、幅広い専門家からなるワーキンググループを作り、「健康食品」の安全性について検討しました。まず「健康食品」から健康被害が起こる要因を挙げ、次にその要因ごとに、健康被害事例などを含めた文献などからの科学的事実を調べ、皆様に知っていただきたい要点として取りまとめました。そうして作成した報告書からさらに抜粋して、皆様に向けて19項目のメッセージをまとめました。これらには「健康食品」で健康被害が出ることをなくしたいという本委員会の願いを込めました。
いわゆる「健康食品」に関す検討ワーキンググループ座長  脇 昌子
食品安全委員会長                          佐藤 洋  
健康食品」とは、「健康への効果やダイエット効果をうたって販売されている食品」を言います。これには、特定保健用食品(トクホ)、栄養機能食品、機能性表示食品も含まれます。また、ここでは「サプリメント」とは、 カプセル・錠剤・粉末・顆粒形態の「健康食品」を言います。

関連情報
・「健康食品」に関するメッセージ[PDF:1,312KB]
・「健康食品」に関する報告書[PDF:817KB]
・「健康食品」に関する情報(Q&A)[PDF:292KB]                                                                                                             

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