木原実歌集『笑う海』再読、天皇制を考える
「皇族数確保」の二案について、当ブログ記事でも何度か触れているように、多数決で行けば、今国会で可決成立、「立法府の総意」として、皇室典範は改正される運びである。しかし、議員たちは、皇室典範改正の運用の先を本気で考えたことがあるのだろうか。そして、リベラルと称する人たちが、「愛子天皇」への期待や容認にざわついているが、天皇制という身分制度を持続するかぎり、皇族たちの人権、とくに女性皇族の基本的人権、結婚の自由を侵害し続けることをどう考えているのだろうか。また、全国紙などのメディアは、この皇室典範改正には熟議が必要、改正後の課題などを示し始めながら、一方で、『旧皇族の宗家・伏見宮家に生まれて』(伏見博明著 中央公論新社 2022年1月)、『女性皇族の四季(アエラ・ムック)』(朝日新聞出版 2026年3月)『神国日本』(毎日ワンズ 2026年1月、1976年平凡社版復刻、第一書房版は1927年以降幾度も版を改めている)など、時流に乗った自社系列?の出版の宣伝が目立つ。今週の週刊誌は、二案の矛盾をついているかのようであるが、「愛子天皇待望論」の変形だろうか。
木原実さん(1916~2010)の歌集には、存分に天皇を詠んだ短歌があったはずである。ひさしぶりに木原実歌集『笑う海』(潮汐社 1994年12月)を読みだしたら、止まらなくなってしまった。
木原実(以下敬称略)は、今の木原某官房長官とは同姓ながら(実と稔ちがい)、1967年から1980年まで、社会党の衆議院議員を五期務め、詩人でもあり、歌人でもあった政治家である。戦前には労働運動にかかわり、1935年に治安維持法違反で逮捕、1942年に応召、ソ満国境で敗戦を迎えている。
上記の歌集には、ベルリンの壁崩壊、ソ連邦解体前後のドイツやソ連を主題にした臨場感あふれる作品が多く、昭和天皇死去前後の日本の思想状況をも活写している。そして何より、戦前からの組合、農民運動の再興を目指して社会党議員として活動してきた実績と天皇制反対の意思は固い。
・天皇制
襟もとふかく天皇をみた二十歳の未決監房赤い煉瓦みち
地獄が天皇を待つと書いたザ・サンの記事読みつづける雨のなか
象徴不信の声もなく早鐘を打つように戦後が終わる
高速道路に車の影はなく 堵列する亡霊二百十八万八千二百五名の雨しぶく
『笑う海』に収録の「短歌のある風景」において、一首目について「私は十九歳から二十歳にかけての一年を未決の独房ですごした。当局は二十歳の私の『思想が悪い』と言いたてたが、その思想を「納得するまで勉強してやろうと、二十歳のプライドが考えたりした。それまで思うてもみなかった天皇について、あれこれ考えたのもその獄だった」と記している。
・ベルリンの壁崩壊前後のドイツ
ヒットラー消えて五十年 幻影のなかの塔つぎつぎにたつ
石畳に沿って花を植えるヒットラーの支持者にこやかに老いている
・ソ連邦解体
すりへった赤の広場の石畳ふみかためふみかためロシア人の血の色
モスクワは五月ライラックの花陰に割れ鐘と青銅の大砲と
マルクス・E・レーニン主義研究所木漏れ日の堅い窓を閉ざす
薄明をきてロシア知識階級ユートピアの旅は終わったようだ
著者は向坂逸郎を師と仰いでいたのだが、自身の活動基盤からして、知識階級への不信感は強く、「大きく細く民主という文字にじんで歩いてくる 学園都市の雨」といった作品もある。
・社会党の変遷
行ったりきたり 境涯のなか 組織の暗闘 声もたてず
政治はむなしいなあといって死んだ人の忘れていた命日がくる
なんどか終わりをみてきた汽車の旅 東京に連立政権が生まれる冷夏
野合ではないよといって転がった線香花火の火の玉を拾いにゆく
鮮明な旗をあげよ 暗緑色の闇にゆれている夏コスモス
1980年6月の衆参同日選挙で、自民党大勝、著者は、千葉県1区次点で落選している。全体では、衆院で自民284、社会104、公明33、民社32、共産29議席。参院で自民69、社会22、公明12、共産7、民社5議席という時代であった。1981年脳溢血に倒れ、一時言葉を失い「行ったりきたり 境涯のなか 組織の暗闘 声もたてず」と自らの身体の組織の働きを詠み、「言葉を惜しめこの饒舌の世に石は一つずつ空にむいてたつ」と詠む。
議員引退後の社会党は、1986年土井たか子委員長就任、1989年の参院大勝、1994年自民党、さきがけとの連立内閣により村山富市首相が誕生しているが、「自衛隊合憲、安保条約堅持、原発容認」と社会党の政策を大転換させた。こうした社会党の動向をも反映し、その変貌を慷慨している作品も多い。戦前の社会大衆党から戦後、今日の社民党に至るまでの社会党の歴史については、正直、私などには複雑すぎてわかりにくかったが、著者が今の社民党の凋落ぶりを知ったら、何と言って嘆くだろうか。
・コンピューター・ロボット
コンピューターウイルス井戸を覗き手もとの闇を駆けぬけてゆく
ロボットをつくりだすロボット工場二十四時間操業休みなし
人脳よりすぐれた状況判断をするロボットができたと業務報告
現在は、AIやロボットは、すでに市民生活にとってもなじみ深いものになっている。いずれも、1990年代初めの作品だが、現代でも十分訴える力を宿し、一首目など一種の不気味さを感じさせるものがある。
・短歌
傘を忘れた 軽薄短小の歌のおかげで 電車はずっとすいていたんだ
どれいの韻律ぜいぜいと漂うあたり 葱華輦かつぐ衛士らのよろめき
敗残の歌を詠みついで八月の雨に会う おう! 敗残兵塚本
一首目は「Ⅰ部1988年―1990年」に収められている作品。1987年は、俵万智『サラダ記念日』がベストセラーになり、「ニューウェーブ」短歌が台頭してきた年でもある。二首目は、1989年2月24日、昭和天皇大喪の礼の異様な光景と敗戦直後、小野十三郎が短歌を「奴隷の韻律」と称した「短歌的抒情」が喘いでいる様をリンクすることで、天皇制への批判を強めたかったのではなかったか。三首目については、歌集に収録した前掲のエッセイで「悔いの思いが深い。生きのこったものの負い目は年とともに鮮烈でさえある。」と語っている。その文末に「われを撃て麦秋のその麦の間を兵士のわれが泳げるを撃て」の塚本の一首をあげている。生き残った負い目を詠んでも、木原、塚本とは、最近亡くなった岡野弘彦とは、詠み方も歩んだ道もずいぶんと異なるものとなったことがわかる。
以下の作品において詠まれた状況は、現代においても変わってはいない。むしろ状況は劣化しているのではないか。
世界一周の鼠をつくづくとみた 円ははげしく買われ 戦火はやまず
国際貢献という政治造語に血を流す 現代風な夕焼け雲
活性化とはイヤな言葉だ 夏の正午のそうめんすする音とか
新書版「過労死」おくられてきて労働組合は無役という時代
最近の高市首相が頻発する言葉、「安全保障政策の司令塔」、「包括的戦略的パートナー」など、よく考えると、基本的人権、国民の安全・安心より優先するものがあるかのような勢いである。目前の不都合は「目詰まり」だったり、「歯止め」が効かなかったりという、無責任な言葉が行き交うのである。
最後に
きりきざんだ夢と知りながら野を走るものに惹かれる
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以下は、かつての『笑う海』の書評、重なる部分も多いが合わせてお読みくだされば幸いです。
『芸術と自由』(1995年7月)初出。『現代短歌と天皇制』(風媒社 2001年)所収。
























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