2026年5月30日 (土)

木原実歌集『笑う海』再読、天皇制を考える

 「皇族数確保」の二案について、当ブログ記事でも何度か触れているように、多数決で行けば、今国会で可決成立、「立法府の総意」として、皇室典範は改正される運びである。しかし、議員たちは、皇室典範改正の運用の先を本気で考えたことがあるのだろうか。そして、リベラルと称する人たちが、「愛子天皇」への期待や容認にざわついているが、天皇制という身分制度を持続するかぎり、皇族たちの人権、とくに女性皇族の基本的人権、結婚の自由を侵害し続けることをどう考えているのだろうか。また、全国紙などのメディアは、この皇室典範改正には熟議が必要、改正後の課題などを示し始めながら、一方で、『旧皇族の宗家・伏見宮家に生まれて』(伏見博明著 中央公論新社 2022年1月)、『女性皇族の四季(アエラ・ムック)』(朝日新聞出版 2026年3月)『神国日本』(毎日ワンズ 2026年1月、1976年平凡社版復刻、第一書房版は1927年以降幾度も版を改めている)など、時流に乗った自社系列?の出版の宣伝が目立つ。今週の週刊誌は、二案の矛盾をついているかのようであるが、「愛子天皇待望論」の変形だろうか。

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  木原実さん(1916~2010)の歌集には、存分に天皇を詠んだ短歌があったはずである。ひさしぶりに木原実歌集『笑う海』(潮汐社 1994年12月)を読みだしたら、止まらなくなってしまった。

 木原実(以下敬称略)は、今の木原某官房長官とは同姓ながら(実と稔ちがい)、1967年から1980年まで、社会党の衆議院議員を五期務め、詩人でもあり、歌人でもあった政治家である。戦前には労働運動にかかわり、1935年に治安維持法違反で逮捕、1942年に応召、ソ満国境で敗戦を迎えている。

 上記の歌集には、ベルリンの壁崩壊、ソ連邦解体前後のドイツやソ連を主題にした臨場感あふれる作品が多く、昭和天皇死去前後の日本の思想状況をも活写している。そして何より、戦前からの組合、農民運動の再興を目指して社会党議員として活動してきた実績と天皇制反対の意思は固い。

天皇制

襟もとふかく天皇をみた二十歳の未決監房赤い煉瓦みち

地獄が天皇を待つと書いたザ・サンの記事読みつづける雨のなか

象徴不信の声もなく早鐘を打つように戦後が終わる

高速道路に車の影はなく 堵列する亡霊二百十八万八千二百五名の雨しぶく

 『笑う海』に収録の「短歌のある風景」において、一首目について「私は十九歳から二十歳にかけての一年を未決の独房ですごした。当局は二十歳の私の『思想が悪い』と言いたてたが、その思想を「納得するまで勉強してやろうと、二十歳のプライドが考えたりした。それまで思うてもみなかった天皇について、あれこれ考えたのもその獄だった」と記している。

ベルリンの壁崩壊前後のドイツ

ヒットラー消えて五十年 幻影のなかの塔つぎつぎにたつ

石畳に沿って花を植えるヒットラーの支持者にこやかに老いている

 ・ソ連邦解体

すりへった赤の広場の石畳ふみかためふみかためロシア人の血の色

モスクワは五月ライラックの花陰に割れ鐘と青銅の大砲と

マルクス・E・レーニン主義研究所木漏れ日の堅い窓を閉ざす

薄明をきてロシア知識階級ユートピアの旅は終わったようだ

 著者は向坂逸郎を師と仰いでいたのだが、自身の活動基盤からして、知識階級への不信感は強く、「大きく細く民主という文字にじんで歩いてくる 学園都市の雨」といった作品もある。

 ・社会党の変遷

行ったりきたり 境涯のなか 組織の暗闘 声もたてず 

政治はむなしいなあといって死んだ人の忘れていた命日がくる

なんどか終わりをみてきた汽車の旅 東京に連立政権が生まれる冷夏

野合ではないよといって転がった線香花火の火の玉を拾いにゆく

鮮明な旗をあげよ 暗緑色の闇にゆれている夏コスモス

 1980年6月の衆参同日選挙で、自民党大勝、著者は、千葉県1区次点で落選している。全体では、衆院で自民284、社会104、公明33、民社32、共産29議席。参院で自民69、社会22、公明12、共産7、民社5議席という時代であった。1981年脳溢血に倒れ、一時言葉を失い「行ったりきたり 境涯のなか 組織の暗闘 声もたてず」と自らの身体の組織の働きを詠み、「言葉を惜しめこの饒舌の世に石は一つずつ空にむいてたつ」と詠む。
  議員引退後の社会党は、1986年土井たか子委員長就任、1989年の参院大勝、1994年自民党、さきがけとの連立内閣により村山富市首相が誕生しているが、「自衛隊合憲、安保条約堅持、原発容認」と社会党の政策を大転換させた。こうした社会党の動向をも反映し、その変貌を慷慨している作品も多い。戦前の社会大衆党から戦後、今日の社民党に至るまでの社会党の歴史については、正直、私などには複雑すぎてわかりにくかったが、著者が今の社民党の凋落ぶりを知ったら、何と言って嘆くだろうか。

・コンピューター・ロボット

コンピューターウイルス井戸を覗き手もとの闇を駆けぬけてゆく

ロボットをつくりだすロボット工場二十四時間操業休みなし

人脳よりすぐれた状況判断をするロボットができたと業務報告

 現在は、AIやロボットは、すでに市民生活にとってもなじみ深いものになっている。いずれも、1990年代初めの作品だが、現代でも十分訴える力を宿し、一首目など一種の不気味さを感じさせるものがある。

・短歌

傘を忘れた 軽薄短小の歌のおかげで 電車はずっとすいていたんだ

どれいの韻律ぜいぜいと漂うあたり 葱華輦かつぐ衛士らのよろめき

敗残の歌を詠みついで八月の雨に会う おう! 敗残兵塚本

 一首目は「Ⅰ部1988年―1990年」に収められている作品。1987年は、俵万智『サラダ記念日』がベストセラーになり、「ニューウェーブ」短歌が台頭してきた年でもある。二首目は、1989年2月24日、昭和天皇大喪の礼の異様な光景と敗戦直後、小野十三郎が短歌を「奴隷の韻律」と称した「短歌的抒情」が喘いでいる様をリンクすることで、天皇制への批判を強めたかったのではなかったか。三首目については、歌集に収録した前掲のエッセイで「悔いの思いが深い。生きのこったものの負い目は年とともに鮮烈でさえある。」と語っている。その文末に「われを撃て麦秋のその麦の間を兵士のわれが泳げるを撃て」の塚本の一首をあげている。生き残った負い目を詠んでも、木原、塚本とは、最近亡くなった岡野弘彦とは、詠み方も歩んだ道もずいぶんと異なるものとなったことがわかる。

 以下の作品において詠まれた状況は、現代においても変わってはいない。むしろ状況は劣化しているのではないか。

世界一周の鼠をつくづくとみた 円ははげしく買われ 戦火はやまず

国際貢献という政治造語に血を流す 現代風な夕焼け雲

活性化とはイヤな言葉だ 夏の正午のそうめんすする音とか

新書版「過労死」おくられてきて労働組合は無役という時代

 最近の高市首相が頻発する言葉、「安全保障政策の司令塔」、「包括的戦略的パートナー」など、よく考えると、基本的人権、国民の安全・安心より優先するものがあるかのような勢いである。目前の不都合は「目詰まり」だったり、「歯止め」が効かなかったりという、無責任な言葉が行き交うのである。

 最後に

きりきざんだ夢と知りながら野を走るものに惹かれる

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以下は、かつての『笑う海』の書評、重なる部分も多いが合わせてお読みくだされば幸いです。

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『芸術と自由』(1995年7月)初出。『現代短歌と天皇制』(風媒社 2001年)所収。

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2026年3月22日 (日)

「バイモ」を初めて見つけた。

 ベランダ先の枝垂れ桜が7分咲きくらいになったので、少し違う角度から写真を撮りたいと思って、庭に降りてうろうろしていると、クリスマスローズのようにうつむいている白い花をびっしりつけている草を見つけた。身近に草花に詳しい人がいればなあ、と。ともかく「細い葉で、クリスマスローズのような、うつむいている白い花」とネットで打ち込んでみたら、出た、出た「バイモ〈貝母〉」らしい。あらためて「バイモ」を検索、間違いなし。スマホの画像から植物名を知ることができるアプリがあるとのこと、何しろ当方はいまだにガラケーなもので。

 思い出して、鳥海昭子さんの『ラジオ深夜便誕生日の花と短歌365日』(NHKサービスセンター 2005年12月)を開いてみて、驚いた。なんと、きょう「3月22日 バイモ〈ユリ科〉才能」とあるではないか。そして彼女はつぎのように詠んでいた。

・ 放送の記念日と今朝聞きしよりバイモ一本柱に掛ける

  3月22日は、1925(大正14)年NHKの前身・社団法人東京放送局が日本初のラジオ放送を開始した日だったのである。いささかのご縁があった鳥海さん、この本の出版の2か月前に急逝され、ご遺族からお送りいただいた本だったのである。

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むらさきの花は何かな。

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 以下の過去記事もあわせお読みいただければ幸いです。

・鳥海昭子さんからの古い手紙が出てきて思い出すのは(2024年10月18日)
http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2024/10/post-dd2d97.html

 

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2026年2月 5日 (木)

「歌壇時評」を書きました。

『ポトナム』2月号に歌壇時評を書きました。「歌壇」はますます遠くなり、今回も、嘆き節となってしまったようです。

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節分には、一日早めでしたが、我が家の太巻きです。崩れそうな切れ端から先に食すのは、例年の私の習いです。

 

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2026年1月14日 (水)

「歌会始」の不思議~ことしもまたいろいろ

今日、1月14日は、皇居での「歌会始」であった。応募歌数は15000首を超えたが、有効だったのは14600首だったという。近年は、14000から16000首を推移している。

題は「明」、入選者10人の短歌と選者栗木京子、召人ピーター・J・マクミランさんの短歌に続いて、愛子さん、紀子さん、皇后、天皇の歌が朗詠された。

入選者は、17歳の高校生、18歳の大学生から、81歳まで、男女各5人、教員・元教員が3人、青森県での東日本大震災、石川県の熊本地震の被災者の歌が各一首、さまざまなバランスを配慮した、全体的に素直で、伝統的な歌いぶりの十首に思えた。20代、40代がゼロ、30代1人、ほか50代以上が7人で、応募者も偏在していると推測される。また、「新潟日報」(1月14日)によれば気になるのは、高校生の入選者は、おなじみの東京学館新潟高校の生徒で、佳作14人の中にも3人いるそうだ。組織的な大量応募の結果で、私学の広報に利用されてはいないか。いや、歌壇や選者たちが「歌会始」自体を利用している実態も否定できない。

 「歌会始」を国民と皇室を結ぶ文化的、伝統的な行事と位置づける向きもあるが、身分制度をあらわにしたイベントの一つにはちがいない。応募者の短歌はすべて天皇に「詠進」されるものであって、入選者、選者、皇族たちの歌が朗詠される間、当事者は立ち上がる。皇后も同様である。天皇の歌が朗詠されるときは、天皇以外全員起立する。天皇の歌が3回朗詠されるが、皇后は2回、その他は1回という。果たしてこれが日本国憲法下の文化的行事と言えるのだろうか。

 NHKの中継が始まったのは、1962年からで、「歌会始」当日発表されるまで、作品の報道は「禁止」されているが、NHKは入選者、入選歌関係の事前の取材は怠りなく、当日の中継で披露される不思議。まさに国営放送ではないか。

 <参考>

「歌会始の儀 「明」お題に、陛下 新年の平安への祈り詠まれ、悠仁さま初めてご参列」(産経新聞オンライン 2026年1月14日12時50分)
https://www.sankei.com/article/20260114-QRMYMLCJHRNQXNRJ6FZVT64YL4/

「歌会始選者5人決まる 宮内庁」(共同通信 2025年7月1日)
三枝昂之(81)=山梨県立文学館館長、日経歌壇選者▽永田和宏(78)=京大名誉教授、歌誌「塔」選者▽今野寿美(73)=現代歌人協会会員、歌誌「りとむ」同人▽栗木京子(70)=読売歌壇選者、歌誌「塔」選者▽大辻隆弘(64)=現代歌人協会会員、未来短歌会理事長
https://news.yahoo.co.jp/articles/62aaca23022b7f7878f1e3244c4f877e57fbacc8
ちなみに、永田は、朝日歌壇の選者でもあるし、栗木とは同じ「塔」の選者であることがわかる。三枝は「りとむ」の発行人で、今野は「りとむ」編集人で、
夫婦である。

 

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2025年9月 3日 (水)

今どきの中学生が出会う短歌~国語教科書に登場の歌人たち、その作品は(3)

 各社の中学校国語の二年生の教科書を中心に調査した結果であり、わかる範囲で、一年・二年生教科書にも触れている。二年生教科書の短歌の収録状況は以下の手順で示している。短歌作品の作者は、作品に続いて(  )で示し、さらに、前回2016年版の収録教科書の調査結果を(  )内で示している。さらに⇒によって、2025年版の収録 結果を、三省堂、教育出版、光村、東京書籍の順で収録状況を記した。新しく収録したものは緑のマーカーで示している。ややわかりにくい整理になってしまったが、お気づきの点は、よろしくご教示くださるようお願いする次第です。

 東京書籍『新編新しい国語2』

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 全体で8単元に分かれているが、各単元の扉の一頁に、目次とつぎの短歌一首とそれをイメージする写真が載せられている。表紙裏の谷川俊太郎の詩「未来へ」の裏に「扉の短歌八首」として、一頁にまとめられている。この頁の写真は小さいが、扉では、半分くらい占める。歌のイメージとしては分かり易い写真か(前半4首が上段、右から、後半4首が下段)

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1.桜ばないのち一ぱいに咲くからに生命をかけてわが眺めたり(東書)⇒東京書籍

2.さみしくて見にきたひとの気持ちなど海はしつこく尋ねはしない(杉崎恒夫)⇒東京書籍*新

3.よく晴れた夏をゆったり曲がってくバスすみずみまで蝉の声(岡野大嗣)⇒東京書籍しん*新

4.幸福と呼ばれるものの輪郭よ君の自転車のきれいなターン(服部真理子)⇒東京書籍しん*新

5.距離を置く作戦実行中ですが月がきれいで話がしたい(千原こはぎ)⇒東京書籍しん*新

6.君待つと我が恋ひをれば我がやどの簾動かし秋の風吹く(額田王)(⇒東京書籍三年生)

7.ほんとうにおれのもんかよ冷蔵庫の卵置き場に落ちくる涙は(穂村弘)(東書)⇒東京書籍

8.卒業生の最後の一人が門を出て二歩バックしてまた出ていった(千葉聡)(東書)⇒東京書籍

 
 道浦母都子「短歌を楽しむ」は、書下ろしの短文であるがつぎの三首を鑑賞している。編集者の意向もあったのだろうが、書き手自身の作品が登場していない。その方が説得力があるように思うのだが、これまでの三省堂の俵、教育出版の穂村、光村の栗木での鑑賞文では、自作を登場させているが、なんだかなと、どこか抵抗があったのであるが。
   

・金色のちひさき鳥のかたちして銀杏ちるなり夕日の岡に(東書)⇒東京書籍

・海を知らぬ少女の前に麦藁帽のわれは両手をひろげていたり(東書・光村)⇒光村、東京書籍

・観覧車回れよ回れ想ひ出は君には一日我には一生(東書・学図・三省堂・教育・光村) ⇒三省堂・教育・光村、東京書籍     

  次の五首のうち、茂吉の晩年の作品以外の子規、牧水、啄木の作品が全四社、上記エッセイに登場した、栗木の全四社、俵の「寒いね」の三社収録作品は、いわゆる「教科書短歌」の定番ともいえよう。茂吉と晶子は、収録作品が一首に集中しないところがさすがと興味深い。

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「短歌五首」

・くれなゐの二尺伸びたる薔薇の芽の針やはらかに春雨のふる(正岡子規)(学図・東書・三省堂・光村)⇒三省堂・教育・光  村、東京書籍

・最上川の上空にして残れるはいまだうつくしき虹の断片(斉藤茂吉)(東書)⇒東京書籍

・白鳥は哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ(若山牧水)(東書・三省堂・教育・光村)⇒三省堂、教育、光村、東京書籍

・不来方のお城の草に寝ころびて/空に吸はれし/十五の心(石川啄木)(東書・学図・三省堂・光村)⇒三省堂、教育、光村、東京書籍

・「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ(俵万智)(東書・三省堂・教育)⇒三省堂、光村、東京書籍

  なお、単元8「描写を味わう」で、これも定番の太宰治「走れメロス」に続いて「短歌から始まる物語」と題する章があって、「物語を創作するための出発点として、詩歌や絵画などの作品から想像を広げていくやり方がある」として、気に入った短歌一首から想像を膨らませて、短歌の要素を整理して「物語を創作しよう」というものである。現代の生徒たちにどのように受け止められているのか、知りたいと思った。

 2016年版と比べて、気になったことの一つに、2025年版の教育出版の3年生の教科書に、佐佐木幸綱「古典の歌、現代の歌」が見当たらなかったことである。そこには、正田篠枝(1910~1965)と竹山広(1920~2010)のそれぞれ広島と長崎の被爆者歌人の作品が掲載されていたのである。

・太き骨は先生ならむそのそばに小さきあたまの骨あつまれり(正田篠枝) 

・死屍いくつうち越こし見て瓦礫より立つ陽炎に入りてゆきたり(竹山広)

 正田の短歌は、今年の8月6日、広島の平和記念式典での挨拶の折、最後に引用されたことで、話題になった。1947年12月にGHQの検閲厳しい中、発行された私家版『さんげ』からの一首である。後、平凡社から出版された『耳鳴り 原爆歌人の手記)』(1962年11月)の中に収録された。1971年平和公園内の「原爆犠牲国民学校教師と子どもの碑」に刻まれている。アメリカの核の傘の下、核保有国と持たない国との橋渡しをするとか、核兵器禁止条約締結国会議にオブザーバーとしての参加にも慎重な石破首相に引用された正田さんはあの世でどんな思いで聞いただろう。竹山さんの「核兵器廃絶を見ずわれは死なむその兆しさへ見るなくて死ぬ(『空の空』 )の悔しさも、若い人たちにはぜひ伝えたいものである。

 それにしても、「短歌甲子園」などの入選作などを見ていると、これまで見てきたような、収録数が多い歌人、収録が集中している短歌作品との乖離が大きく、もはや「古典」の部類になっているのではないか、と思ってしまう。そして、いまの短歌ブームを支えている世代のあまりにも細部の気づきだったり、ただただ難解だったり、性愛にこだわっていたりする短歌に出会うと、私は、戸惑ってしまうことも多い。自分が詠んできた短歌って何だったのだろうと、脱力感が大きい昨今である。

 



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2025年8月26日 (火)

今どきの中学生が出会う短歌~国語教科書に登場の歌人たち、その作品は(2)

光村図書出版『国語2』

 この教科書には、中学3年間で、古典の和歌、近・現代短歌への格別の配慮がみられる。詩については1年生で、短歌については2年生で、俳句と古典和歌について3年生でという学習指導要領に従い、基本的には各社共通ではあるが、光村の場合は、各年に、コラム「四季のたより」として、和歌・短歌や俳句などを掲載している。また、一年生の教科書にも「百人一首を味わう」として、20首を収録している。

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 2年生では、栗木京子の書下ろしエッセイの「短歌に親しむ」に以下の五首を掲載している。

・くれなゐの二尺伸びたる薔薇の芽の針やはらかに春雨のふる(正岡子規)(学図・東書・三省堂・光村)⇒三省堂、教育出版、光村

・夏のかぜ山よりきたり三百の牧の若馬耳吹かれけり(与謝野晶子) ⇒光村*新

・死に近き母に添寝のしんしんと遠田のかはづ天に聞こゆる(斉藤茂吉)(学図・三省堂・教育)⇒光村*新

・鯨の世紀恐竜の世紀いづれにも戻れぬ地球の水仙の白(馬場あき子) ⇒光村*新

・蛇行する川には蛇行の理由あり急げばいいってもんじゃない(俵万智)⇒光村*新

  

 同じく栗木の「短歌を味わう」では、つぎの六首を鑑賞の対象としている。

・白鳥は哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ(若山牧水)(東書・三省堂・教育・光村)⇒三省堂、光村

・不来方のお城の草に寝ころびて/空に吸はれし/十五の心(石川啄木)(東書・学図・三省堂・光村)⇒三省堂、教育出版*新、光村

・のぼり坂のペダル踏みつつ子は叫ぶ「まっすぐ?」、そうだ、どんどんのぼれ(佐佐木幸綱)(学図)⇒光村*新

・ぽぽぽぽと秋雲浮き子供らはどこか遠くに遊びに行けり(河野裕子)⇒光村*新

・観覧車回れよ回れ想ひ出は君には一日我には一生(栗木京子)(東書・学図・三省堂・教育・光村)⇒三省堂、教育出版、光村

・一本の道をゆくとき風は割れぼくの背中で元に戻った(木下龍也)⇒光村*新

  ここでは、中学校国語教科書のいわば定番の短歌と併せて、河野裕子と木下龍也の短歌が登場する。木下は、近年の短歌ブームの渦中にある若手であって、その評価には異論もあるが、栗木は、作品として定着したとみたのだろう。光村出版の編集は上記、栗木の「短歌に親しむ」「短歌を味わう」に見るように、その重用が顕著である。

 2年生の「広がる読書」には、近・現代短歌に関しては、以下をあげている。

栗木京子『短歌を楽しむ』岩波書店 1999年(12月)
栗木京子『短歌をつくろう』岩波書店 2010年(11月)
東直子『短歌の時間』春陽堂書店 2022年(3月)

 

 以下は「季節のしおり」に収録された近・現代短歌で、学年と季節を示す。このコーナーでは、俵万智を除いて、光村出版としては、これまでとっていなかった、伝統的な近代の歌人の短歌を意識的に収録したのかもしれない。

・なつかしき冬の朝かな。湯をのめば、湯気がやはらかに、顔にかかれり(石川啄木)<1年・冬> ⇒光村*新

・やはらかに柳あをめる 北上の岸辺目に見ゆ 泣けとごとくに(石川啄木)<2年・春>(教育)⇒ 光村*新

・清水へ祇園をよぎる桜月夜今宵逢ふ人みなうつくしき(与謝野晶子)<2年・春>⇒ 光村*新

・海を知らぬ少女の前に麦藁帽のわれは両手をひろげていたり(寺山修司)<2年・夏>(東書・光村)⇒光村

・葛の花 踏みしだかれて、色あたらし。この山道を行きし人あり(釈迢空)<2年・秋>(三省堂)光村*新

・街をゆき子供の傍を通る時蜜柑の香せり冬がまた来る(木下利玄)<2年・冬>  ⇒ 光村*新

・「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ(俵万智)<2年・冬>(東書・三省堂・教育)⇒三省堂、光村*新

  

 さらに、3年生の教科書の巻末には、「郷土ゆかりの作家・作品」ということで、文学全般にわたって、北海道から沖縄県まで、都道府県ごとにリスト化している。近・現代短歌が採られている都道府県名を記した。こうしてみると、茂吉の「みちのくの・・・」を除いて、他社の教科書にない短歌を「郷土ゆかり」のいわば「ご当地短歌」として登場させていることに注目すべきだろう。

・みちのくの母のいのちを一目見ん一目みんとぞただにいそげる(斎藤茂吉)<山形県>(教育)⇒三省堂*新、教育出版、光村*新

・陸奥をふたわけざまに聳えたまふ蔵王の山の雲の中に立つ(斎藤茂吉)<山形県> ⇒光村*新

・海恋し潮の遠鳴りかぞへては少女となりし父母の家(与謝野晶子)<大阪府>⇒光村*新

・ふるさとの和泉の山をきはやかに浮けし海より朝風ぞ吹く(与謝野晶子)<大阪府>⇒光村*新

・幾山河越えさり行かば寂しさの終てなむ国ぞ今日も旅ゆく(若山牧水)<宮崎県>光村*新

・ふるさとの尾鈴の山のかなしさよ秋もかすみのたなびきて居り(若山牧水)<宮崎県> ⇒光村*新 

 

 また、3年では、「君待つと」と題して、萬葉、古今、新古今からの名歌が収録され、さらに古典の名作としても古典和歌が取り上げられている。

 以上みたように、光村出版の中学校国語教科書は、和歌・短歌を全学年通じて、さまざまな工夫で、さまざまな個所で取り上げ、和歌・短歌への関心と理解を深めさせようとする意図が見えるのが特色と言えよう。

  つぎに、東京書籍の「新編新しい国語2」を検討したいが、参考のため、当ブログの過去記事と2016年版の概要一覧をご覧ください。

<参考>

中学校国語教科書の中の近代・現代短歌と短歌作品~しきりに回る「観覧車」(2011年11月30日)
http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2011/11/post-de32.html

<中学校国語教科書における「近代・現代短歌」の概要(2016年度版)>
201576日作成 内野光子)
http://dmituko.cocolog-nifty.com/tyuugakkkokokugoitiran.pdf

なお、遡っては、以下の記事と比較表もご覧ください。

中学校国語教科書の中の近代・現代短歌と短歌作品~しきりに回る「観覧車」(2011年11月30日)
http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2011/11/post-de32.html

<中学校国語教科書平成18年度・24年度比較表>
http://dmituko.cocolog-nifty.com/hikakuhyou.pdf

(つづく)

20258

8月25日、ベランダに出ると小さな「朝の訪問者」、カメラを向けると顔を隠した雨蛙。昨夜の「夜の訪問者」ヤモリは、さすがに写真を撮る気にはならなかったが。

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2025年8月25日 (月)

今どきの中学生が出会う短歌~国語教科書に登場する歌人たち、その作品は(1)  

   2025年4月から中学校の教科書が新しくなった。2016年から採用の中学校の国語教科書、2年生で扱われる「近・現代の短歌」について調べたことがある。この10年間にもう一回の検定を挟むが、今回の検定で、どう変わっているのか、変わっていないのか、調べてみようと思う。十年前には、三省堂、東京書籍、教育出版、学校図書、光村出版の五社であったが、今回は学校図書が撤退して四社となった。学校図書は、親会社の数研出版の伝統もあって理系に重点を置きたかったのかなとも。

 三省堂『現代の国語2』

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 「第3章ものの味方・感性を養う」に登場するのが短歌で、俵万智「短歌の世界」という書下ろしのエッセイが冒頭に置かれている。ここでは、短歌は、伝統のある定型の詩形であること、短いこととリズムが特徴であり、自作と栗木の二首をあげ、いずれのも「恋の歌」と紹介されている。「心の揺れ」が作歌の第一歩とする2頁ほどの短い文章。 
 以下、短歌の作者名あとの(括弧内)は、2016年度版の収録教科書を示し、⇒三省堂教科書の収録の新旧を示す。調査対象教科書が初めて収録した短歌については緑のマーカーで示した。

・「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ(俵万智)(東書・三省堂・教育)⇒三省堂
・観覧車回れよ回れ想ひ出は君には一日我には一生(栗木京子)
(東書・学図・三省堂・教育・光村)⇒三省堂

     

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「短歌十首」
では

・くれなゐの二尺伸びたる薔薇の芽の針やはらかに春雨のふる(正岡子規)(三省堂・学校図書・東京書籍・光村)⇒三省堂

・その子二十櫛にながるる黒髪のおごりの春のうつくしきかな(与謝野晶子) (三省堂)⇒三省堂

・みちのくの母のいのちを一目みん一目みんとぞたたにいそげる(斎藤茂吉)(教育出版)三省堂*新

・草わかば色鉛筆の赤き粉のちるがいとしく寝て削るなり(北原白秋) (東書・三省堂)⇒三省堂

・白鳥は哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ(若山牧水)(東書・三省堂・教育・光村)⇒三省堂

・不来方のお城の草に寝ころびて/空に吸はれし/十五の心(石川啄木)(東書・学図・三省堂・光村)⇒三省堂

・列車にて遠く見ている向日葵は少年のふる帽子のごとし(寺山修司)(三省堂)⇒三省堂

・シャボンまみれの猫が逃げ出す午下り永遠なんてどこにもないさ(穂村弘)(三省堂)⇒三省堂

・空をゆく鳥の上には何がある 横断(ゼブラ)歩道(ゾーン)に立ち止まる夏(梅内美華子) 三省堂*新

・細胞のなかに奇妙な構造のあらわれにけり夜の顕微鏡(永田紅)(三省堂)⇒三省堂

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 2016年版と比べると、茂吉の「死に近き母に添寝のしんしんと遠田のかはづ天に聞こゆ
(学図・三省堂・教育)」が上記と入れ替わり、釈迢空「葛の花 踏みしだかれて、色あたらし。この山道を行きし人あり」が除かれ、梅内の作品が新規に入ったことになる。俵「「寒いね」・・」と栗木「観覧車・・・」は俵のエッセイで触れているからか、「十首」には二人とも登場しない。今回新しく収録された歌人は、迢空と入れ替わった梅内のみで、これはかなり大胆な変更であったが、作品が替えられたのは茂吉だけという異動であって、全体的には、オーソドックスな人選と選歌がなされているのではないか。

 また、歌人の顔写真がモノクロとカラーの違いがあるのは、まさに世代の違いを表していて興味深い。「私の本棚広がる短歌の世界」として、以下の3冊が書影入りで紹介されている。参考のため、(  )で、初版発行年月を示した。

俵万智『あなたと読む恋の歌百首』朝日新聞社(1997年8月)
栗木京子『短歌をつくろう』岩波書店(2010年11月)
枡野浩一『ドラえもん短歌』小学館 (2005年9月)

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 巻末の「小さな図書館」42冊の中には、村上しいこ「歌うとは小さないのちのひろいあげ」(講談社 2015年5月)をあげ、短歌甲子園を目指す高校生の物語が紹介されている。
 なお、三年生で、俳句と古典和歌―萬葉集、古今集、新古今集を学ぶのは変わらない。


教育出版『伝え合う言葉中学国語2』

 短歌は、「第六章想像を広げる」に含まれる。穂村弘の書下ろしエッセイ「短歌の味わい」では、つぎの自作を含めた四首の鑑賞がなされている。斎藤史の登場はいささか唐突にも思えた。教師も生徒も、この一首の時代的背景を理解するのは、容易ではないかもしれない。

・白鳥は哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ(若山牧水)(東書・三省堂・教育・光村)⇒三省堂、教育出版
・濁流だ濁流だと叫び流れゆく末は泥土か夜明けか知らぬ(斎藤史) ⇒教育*新
・観覧車回れよ回れ想ひ出は君には一日我には一生(栗木京子)(東書・学図・三省堂・教育・光村)⇒三省堂、教育出版
・春のプール夏のプール秋のプール冬のプールの星が降るなり(穂村弘) 教育出版*新

 「短歌十首」ではつぎの作品を挙げている。

・くれなゐの二尺伸びたる薔薇の芽の針やはらかに春雨のふる(正岡子規)(三・学・東・光)⇒三省堂、教育出版

・ああ皐月(さつき)仏)蘭西(フランス)の野は火の色す君も雛罌粟(コクリコ)われも雛罌粟(コクリコ)(与謝野晶子) ⇒教育出版*新

・みちのくの母のいのちを一目見ん一目みんとぞたたにいそげる(斎藤茂吉)(教育)⇒三省堂*新、教育出版

・不来方のお城の草に寝ころびて/空に吸はれし/十五の心(石川啄木)(東書・学図・三省堂・光村)⇒三省堂、教育出版*新

・日本を脱出したし 皇帝ペンギンも皇帝ペンギン飼育係りも(塚本邦雄) 教育出版*新

・海を知らぬ少女の前に麦藁帽のわれは両手をひろげていたり(寺山修司)(東書・光村)⇒教育出版*新

・俺は帰るぞ俺の明日へ 黄金の疲れに眠る友よおやすみ(佐佐木幸綱)  ⇒教育出版*新

・自転車のカゴからわんとはみ出してなにか嬉しいセロリの葉っぱ(俵万智) ⇒教育出版*新

・おねがいねって渡されているこの鍵をわたしは失くしてしまう気がする(東直子) 教育出版*新

・もう二度とこんなに多くのダンボールを切ることはない最後の文化祭(小島なお) ⇒教育出版*新

  2016年版は、「近代の短歌」として晶子2首、茂吉3首、白秋1首、牧水1首、啄木2首、合計9首が収録されていたのが、「短歌十首」として、大幅に世代交代が行われ、新しく塚本邦雄、寺山修司、佐佐木幸綱、東直子、小島なおの短歌が採られ、その異動が顕著であった。
 作品としては、晶子の「なにとなく君に待たるるここちして出でし花野の夕月夜かな」「小百合さく小草がなかに君まてば野末にほひ虹あらはれぬ」が上記の1首に。
 啄木は「やはらかに柳あをめる北上の岸辺目に見ゆ泣けとごとくに」「ふるさとの訛なつかし停車場の人ごみの中にそを聴きにゆく」の2首に替わって「不来方・・・」が入り、俵は「『寒いね』・・・」に替わって、上記の作品が採られている。

 穂村のエッセイに登場する4人の短歌は、ここには入っていない。

 なお、穂村はもう一本「少しだけ変えてみる」というエッセイで、啄木の「ふるさとの訛なつかし停車場の人ごみの中にそを聴きにゆく」などを例に、一文字、一語変えるだけで、一首の世界が変わり、広がることを説いている。

 各章ごとに「広がる本の世界」という読書案内が付されているが、第六章では以下が紹介されている。
小島なお・千葉聡「短歌部、ただいま部員募集中!」(岩波書店2022年4月)

 コラムの「四季のたより」では、古典和歌一首と俳句が掲載されている。また、三年生になると、俳句と古典和歌の単元があり、萬葉集、古今集、新古今集を学ぶようになっている。さらに評論として、穂村弘「青春の歌―無名性の光」が登場する。
 教育出版は、穂村の重用が目立つほか、若手歌人の起用が顕著であることもわかる。ちなみに、私が住む佐倉市は、この国語教科書を採用して久しい。

 なお、巻頭に掲げられた詩は、二社ともに、新川和江の「名づけられた葉」であった。
(つづく)

 

 

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2025年8月15日 (金)

戦後80年、私の8月15日 八首

『現代短歌新聞』に5首、『うた新聞』に3首寄稿いたしました。わずかな記憶も忘れないうちにという思いです。

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「オキナワ」という名のさつまいも(5首)              

疎開地の馬市場跡に居を得れば馬柵(ませ)というもの焚き木となりて

容赦なく変電所にも突き刺さる焼夷弾を見たり父にすがりて

共同の井戸より母は戻り来て「負けたんだって」とバケツを放つ

ふとんには青大将の落ち来たる敗戦の夜は兄たち黙しぬ

「やっとこさ」手に入れたると「オキナワ」を父は掲げて土を払いぬ 

五歳の夏 (3首)                 

兵士らは馬上の一人に従いて馬市場跡に列をなしゆく

行進の靴音止みて号令のあとの晩夏の闇は深まる

農婦らに哀れまれたか収穫後の畝に残れるニンジン拾う

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2025年8月 6日 (水)

「コメ クエ コメ クエ」の稲文字を偲ぶ~減反政策に一貫して反対し続けた人

   私たち家族が千葉県佐倉市のニュータウンの一角に転居してきたのは、1988年秋であった。家が建つまで、田んぼをまたぐ橋の上から見えた稲文字「コメ クエ コメ クエ」がめずらしく、見おろしながら渡っていた。「田んぼアート」などが流行る前のことだ。そして、翌年には、「コメハ ニホンノココロ」に変わった。そして、毎年、変わる稲文字を見るのが楽しみになった。いったいどんな人が、こんな手の込んだ方法で、政府の減反政策反対の意思表示をしているのかと思っていたが、10年ほどの後、その作成者に会うことができた。1998年末、地域の主婦たち4人で始めたミニコミ誌『すてきなあなたへ』の取材でお話を聞くことになったのである。四半世紀前のことにもなる。

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 こんなことを思い出したのも、きのう8月5日、石破総理、小泉農水相は、半世紀以上も続けてきた「減反政策」を見直し、コメの増産に踏みるとの発言があったからである。見直しの対策として、耕作放棄地の活用、農業経営の大規模化、農地の集約・大区画化などと一口に言っても、農業人口が激減している中、容易なことではない。農業従事者の高齢化、兼業農家対策として、すでに法人化などが進められているようだが、課題は多い。
 減反政策は、1960年代、コメの生産過剰を抑制、コメの価格調整のために、1970年から2018年まで続いた。現在も農水省が生産量目安を発表したり、主食用米からの転作費補助金を出したりして、実施的な減反政策がとられていたところに、今回のコメ不足、価格の高騰という「米騒動」に至ったわけである。

  稲文字の作成者石川昭次さんは、周辺の宅地造成が進み、残された50軒ほどの集落の中にある代々続く農家だった。集落の中には、開発業者に田畑を売って立派な家を建てたり、コメを作らなくなったり、農業をやめたりした人もいるそうだ。このあたりの田んぼは大雨のたびに水没していたが、印旛沼の開拓をした吉植庄亮が利根川と印旛沼の間の安食(印旛郡栄町)に関門を作ったことで水害はなくなったという。歌人吉植庄亮の名前が飛び出し、この地にも関係があることを知った。そして、「農家というのは田や畑があってのことなので、時代に流されず、目前のことに惑わされず地道に続けるのが一番」と語っていた。1993年の「米騒動」については、決して単純なコメ不足ではなく、農家がため込んでいたわけではない」とも語り、1994年からは稲文字をやめて、普通の田んぼに戻したという。

 この稲文字は、週刊誌やテレビにも登場していたそうだ。稲作のほか無農薬野菜にも挑戦、研究を続け、居間の本棚には、農業関係の本だけではなく、『世界』や『中央公論』が並んでいて、インタービューの後も『朝日新聞』の「声」欄にときどき登場するのを見かけたことがある、筆も立つ人である。
 その数年後、石川さんから電話をいただき、びっくりしたことがある。「オレのことが農業新聞に載っている」というのだ。はじめは何のことか分らなかったが、『日本農業新聞』の草野比佐男さんのコラムに、石川さんの稲文字を詠んだ拙作が載っていたのである。草野さんとは何のご縁で知り合ったのか、いまは思い出せないのだが、私の30数年ぶりの第二歌集『野の記憶』(2004年6月)をお送りしていたことはたしかであった。

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 石川さんには、いつもミニコミ誌を真っ先にお届けしていたが、農作業でお留守の時も多かった。お会いできたときは、長話になったり、お土産に野菜をいただいたりしたのも懐かしい思い出である。私たちのミニコミ誌も終刊し、石川さんの訃報は、しばらくたってから、お聞ききした。

石川さん!、減反政策はようやく見直されますよ!?

 

 

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2025年5月25日 (日)

短歌の世界でも、「皇室」利用がまかり通る?

  もはや斜陽の週刊誌が、ここぞと攻勢をかけているのが、著名人のスキャンダルと高齢者向けの健康志向・相続対策ネタと並ぶ「皇室ネタ」ではないか。

 私が、永らく「下手の横好き」でかかわってきた「短歌」に限ってみても、最近は、いわゆる「お硬い」岩波書店が美智子前皇后の歌集『ゆふすげ』(2025年1月)を出版した。『ゆふすげ』は、歌会始選者で、御用掛でもある永田和宏のぜひにと強い勧めで出版に至ったという、未発表歌集である。また、永田和宏による『人生後半にこそ読みたい秀歌』(朝日新聞出版 2025年4月)は、下記の広告のように「皇室和歌相談役で美智子さまの歌集『ゆふすげ』の解説者による、中高年の日々を楽しく生きるヒント集」との宣伝文句が添えられていた。

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2025年5月21日「朝日新聞」広告より

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2025年5月22日「週刊文春」より

ご参考までに

当ブログの過去記事

・岩波、お前もか~美智子前皇后の新刊歌集出版をめぐって(2025年1月23日)

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2025/01/post-93b30d.html

・「美智子皇后の短歌」について書きました。(2024年12月 7日 )

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2024/12/post-a13602.html

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