2017年6月23日 (金)

なぜ、いま、「斎藤史」なのか~6月12日の「大波小波」に寄せて

「大波小波」では

 もう、十日以上も過ぎてしまったので、旧聞に属するが、612日『東京新聞(夕刊)』の匿名のコラム「大波小波(魚)」は「<濁流>に立つ言葉」と題して、斎藤史の『魚歌』(1940年)と『朱天』(1943年)の各一首を取り上げていた。前者の「濁流だ濁流だと叫び流れゆく末は泥土か夜明けか知らぬ」と後者の「御いくさを切に思ひて眠りたる夢ひとところ白き花あり」を引用して、史の「美しいイメージは権力に奉仕」する「一変ぶり」に「自立性」を失うことへの警告を発している。問われるのは、史ばかりではないとして「第二の<濁流>の中で立ち続ける言葉を持てるかどうかなのだ」と結んでいる。

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『東京新聞(夕刊)』2017年6月12日




  安倍政権が推し進めた特定秘密保護法(
201412月施行)成立、そして「テロ等準備罪」新設への疑問は、依然として根深い。しかも、テロ等準備罪に関しては、衆議院法務委員会で強行採決を経て、本会議で可決、参院では法務委員会の審議を打ち切り、委員長による「中間報告」をもって、即、本会議の採決とするなどの異例の手段で、可決、成立させた。法務大臣はじめ、曖昧な答弁が続き、解明されないままである。質疑は参議院に移っても、法務大臣がまともな答弁が出来ず、疑問は解明できず、「テロ等準備罪」の必要性がどんどんと崩れていった。組織的犯罪集団の解体、テロ防止、オリンピック開催に役立つどころか、監視社会の強化により市民の活動や言論は萎縮をもたらすだろう。短歌という小さな世界にかかわる表現者としても、このコラムでの指摘は、重く受け止めねばならない。

 

斎藤史研究の基礎的な作業は

斎藤史は、194112月の「開戦」を境に「一変」したというより、彼女が短歌や時代に向き合う姿勢に問題があったのではないかと思う。というのは、私自身、作歌とともに近現代短歌史に関心を持ったころから、著名歌人の戦争責任に触れないわけにはいかなくなって、斎藤史に着目した。彼女の短歌は、老若を問わず、その作品の魅力や生き方を賞賛してやまない歌人たちや読者が多い。そうした人々には、「一変」したのは時代の流れで、だれもが遭遇した、致し方のないことだったとする論調が多い。

 しかし、斎藤史に関しては、短歌にかかわる「事実」を、きちんと整理しておかなければならないことに気が付いた。もう20年以上も前のことになるが、私は『風景』という短歌同人誌に「斎藤史 戦時・占領下の作品を中心に」と題して連載していたことがある。「『斎藤史全歌集』への疑問」として、「大波小波」(東京新聞1998115日)に紹介された。基本的な作業として、史が、いつどのようなメディアに、どんな作品を発表していたかを明確にしておかなければと思った。当時に比べると、現在は、資料をめぐる環境も随分変わった。古本は、なかなか入手しにくくなる一方、国立国会図書館で、雑誌のデジタル化が進み、プランゲ文庫の新聞雑誌の検索可能になり、遠隔コピーの利用もたやすくなった。しかし、例えば、史が属していた『心の花』は復刻版もあるのでありがたいが、いわゆる短歌総合雑誌も欠号なく所蔵している図書館が少ない。父親の斎藤瀏と立ち上げた『短歌人』、さらに『原型』などを所蔵する図書館や文学館があっても欠号が多い。前川佐美雄らとの雑誌「日本歌人」「オレンジ」などになると、さらに難しい。最近思いがけず『灰皿』がデジタル化されているのを見つけたりした。
 
 史は、短歌総合雑誌だけでなく、さまざまな文芸誌、女性雑誌、業界雑誌や地方雑誌、児童雑誌、そして新聞と、その寄稿対象が広いので、網羅的な著作目録作成は不可能に近いかもしれない。これまで私は、作品を含めてほそぼそと著作目録の作成を続けて来たが、何ほどのものが集められたか心細い。史の場合は、同じ作品を、さまざまなメディアに、組み合わせを変えたり、あるいは、そっくり同じ作品を、再録との注記もなく、題を変えて、同時に発表したりすることもある。さらに、次に述べるように、歌集収録や『全歌集』収録の際の削除、改作にいたっては、夥しい数にのぼる。歌集収録に当たっての取捨や改作は、「歌集」自体を一冊の文学的な結実として評価するところから、普通によく行われていることであろう。その異同などが、作品鑑賞や研究、作家研究などの対象になることも多い。

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『朱天』1943年7月15日発行の初版の奥付けと「後記」の末尾。出版会承認3000部とある。スキャンすると、どうしても歪んでしまって・・・

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『朱天』1944年1月15日発行の再版の表紙とカバー。奥付けには出版会承認3000部とある。初版・再版ともに櫻本富雄氏から頂戴したものである

二つの『朱天』が意味することは

ところで、1977年刊行の『全歌集』に収録された『朱天』は、初版『朱天』より、つぎのような神がかり的な戦意高揚短歌を含む17首が削除されていたことが分かったのである。それは、『全歌集』刊行時、編集にあたった史が、どういう評価をし、どういう意図で、17首を削除したかは、定かではない。

多くの著名な歌人たちには、生前だったら自らの手で、没後は、遺族の手で、あるいは弟子や第三者の手で、さまざまな編集過程を経て、刊行される≪全歌集≫や≪全集≫を持つ。刊行の折には、明確な編集方針を示すとともに、その意図、理由をも示してほしい、というのが読者の願いでもある。そうすることが、≪全歌集≫や≪全集≫の資料的価値の決め手になるのではないかと思うからだ。歌集は、「てにをは」のミス訂正はともかく初版の原本が基本だろう。編集時の改作、作品の加除は、なすべきではないと、私は考えている。もし、どうしても、その必要があるならば、異同が生じた理由や経緯を明らかにしておくことが重要かと思われる。

 歌集『朱天』は、作歌時期によって、大きく「戦前歌」「開戦」に分かれるのだが、『全歌集』に『朱天』を収録する際に、斎藤史は、「戦前歌」という表題の下方に、「昭52記」と添え書きをして、次の1首を付記したのである。 

はづかしきわが歌なれど隠さはずおのれが過ぎし生き態なれば 昭52 

 

 そして、初版1943年、再版1944年の「後記」は、「昭和十八年二月」付で、364首を集めた、と記している。『全歌集』の収録時には、この「後記」と同じ頁に、「昭52付記今回三百四十八首」と付記した。これだけを読むと、16首(364348首)を削除したことが推測されるが、その理由などは示されていない。その上、初版の『朱天』の収録歌数の実数は、365首だったので、実際の削除は17首であることが分かったので、照合してみると、たしかに、『全歌集』に収録されていない作品が17首あり、その中に、つぎのような作品があったのである。

國大いなる使命(よざし)を持てり草莽のわれらが夢もまた彩(あや)なるを(『朱天』6頁)


 初出は『日本短歌』19412月号、「秋より冬へ」15首の内の1

首であった。さらに、「使命」の部分は「理想」であった。




現(あき)つ神在(ゐ)ます皇国(みくに)を醜(しこ)の翼つらね来るとも何かはせむや(『朱天』95頁)



 初出は、『公論』19423月号「四方清明」5首の内の1首であり、『日本短歌』19424月号「春花また」6首の中にも見出すことができる。




神怒りあがる炎の先に居て醜の草なすがなんぞさやらふ
(『朱天』
147頁)

 

初出は『文芸春秋』194212月号、「北の防人を偲びて」10首の内の1首であった。『文芸春秋』の短歌のコラムは、現在も続いている、歌人も注目のコラムであるが、斎藤史の登場は、戦前戦後を通して、他の歌人に比べれば、例がないほど、その頻度は突出している。当時、1940年以降、平均すれば、年に1回は作品を寄稿していることになるのである。 

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『朱天』初版・再版とも頁割は同一で、最終の2頁5首の内、4首が『全歌集』から削除され、収録されたのは、最後の1首であった。綴じが崩れている個所もあって・・・


 『全歌集』刊行の
1977年以降、「昭和52付記」の「はづかしき・・・」の一首は、削除した作品を検証することもなく、独り歩きをした格好で、史が戦時下の歌集を隠すことなく、さらけ出した「勇気」や「覚悟」を称揚する論調が拡散した。

それは、戦時下においては、斎藤史が歌壇内外で“人気”の若手女性歌人であったからだろう。しかし、それは、歌人の父、斎藤瀏が226事件の反乱将校たちを幇助したとして服役し、1938年仮釈放された後、『心の花』を離れ、『短歌人』立ち上げたのが1939年であった。娘の史は、親しかった反乱将校たちを銃殺刑で失うという、“悲劇”を背負った歌人の父娘であったことと、瀏が、仮釈放後、歌壇に復帰したのが、軍国主義が強化され、軍による言論統制が露骨になった時期であり、歌壇のファッショ化の先陣を切る形での活動が始まったことと無関係ではなかった。その華々しい活動は、著作目録から見ると、他の女性歌人と比べて、そのメディア進出頻度は破格だったことが分かる。

さらに、戦後の斎藤史は、戦前の歴史的な検証というよりは昭和天皇との確執という「物語」を背負い、疎開地の長野にとどまって、父を看取り、長きにわたった母の介護に続き、夫の介護をも担うことになる。初版の『全歌集』が刊行されたのは、夫が亡くなった直後でもあった。

占領下、その後の斎藤史については、別稿としたい。


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2017年6月22日 (木)

国会が終わり、世論調査も出そろった、忘れてはいけない!

政治への不信、安倍政権への憤りから、ともかく二つの一覧を作成してみた。政権は、国会が終わりさえすれば、共謀罪も、森友・加計問題も、国民は忘れてしまうだろうと、タカをくくっている。本当にそれでいいのか。

メデイア各社の6月の世論調査が出そろった。結果は以下の通りで、毎日新聞とテレビ朝日の結果で、安倍内閣支持率が逆転した。他の各社も軒並み内閣支持率は急落している。かつて安保関連法案を強行採決した時も、支持率は急落したが、徐々に戻っていたわけだ。だから、政府は、国民はすぐ忘れるもんだと、見守る構え。しかし、今回、私は内閣支持率と「テロ等準備罪」「加計問題」の結果も拾いあげてみた。

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「テロ等準備罪」について、新設自体の賛否で見れば、賛成が4割以上で反対を上回るのは、FNN産経、読売、日経東京テレビの三社の結果であり、他の五社は反対が上回る。質問の仕方・選択肢や調査方法・対象が若干異なるとは言うものの、いわゆる保守・政権よりのメディアが賛成多数となった。しかし、その「テロ等準備罪」の政府の説明や手続きが十分であったか否かについては、「不十分」とする回答が圧倒的に多くなり、64~80%を占める。また、「加計問題」も同様で、政府の説明に納得せず・不十分との回答が66~84.8%を占める、という状況であった。「テロ等準備罪」は成立しても、これから十分議論し、説明がなされるべきだし、それでも不十分ということになれば、廃案への手立ても考える必要がある。「加計問題」について納得できないという国民は、まずは国会を通じて、安倍首相がいう「丁寧な説明」を、臨時国会開催、証人喚問によって果たすべきだし、さらに内部文書の調査には第三者が入る必要も出てくるだろう。

つぎに、今日も、自民党の豊田真由子議員の秘書暴行・暴言事件が報じられ、明るみに出たが、除名とか、離党で処理する問題ではない。こうした事件が続く一方、今国会では、大臣や党要職の暴言放言事件が続いた。一覧表にしてみたが、まだまだ続くだろうし、私が失念しているものもあるかもしれない。教えていただければありがたい。ただただ、この表が膨れ上がらないことを願うばかりだ。「失言」とかミステークの問題ではなく、本音や隠蔽のなせる業で、政治家としての資質が問われる発言であって、その責任は重いはずで、大臣や要職に就いている場合ではないはずである。

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2017年6月10日 (土)

加計問題の行方、これでいいのか(1)(2)

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 今年のアジサイの花の色は、鮮やかなような・・・

 

加計問題の行方、これでいいのか

~はぐらかしの安倍首相答弁、文科省に責任を振る、二転三転の菅官房長官

答弁(1)

 肝心な時に国会中継をスルーするNHK 

NHKが中継する国会質疑を見ていると、ニュース番組では、なかなかわからないことも分かって来る。たとえば、65日の参院決算委員会での加計問題の質疑を見ていて、当方もいらだつことが多かったが、近頃の安倍首相も、かなりいらだっていることは明らかだった。答弁に窮する場面では、質問には答えず、聞かれてないことを延々としゃべる。ヤジが飛べば、「静かにしてくださいよ、人が誠実に話しているのに」「落ち着いて、落ち着いてくださいよ」「○○さん、ヤジはやめましょうよ」と名指しまでする。そのくせ、人の質問中には、自分の席からは、平気でヤジったり、指をさしたり、隣の麻生大臣とニヤニヤと私語を交わしたりする。首相たるもの、ヤジぐらいでオタオタするな。これほど、マナーも、教養も備えていない首相をいただいた不幸、しかし、歎いているばかりはいられない。

 第一、NHKが、この国会中継をするかしないかの基準は、随分と曖昧で恣意的なのである。問い合わせると、返ってくる答えは、国民の関心とNHKによる総合的判断の結果であるという。番組表に、中継表示がない場合、国会中継をするのか否かは、前日の夕刻までに判断するのだという。さらに、議事が延長した場合、中継を継続するか否かは、直前までその判断が伝えられない。これは、一昨年の安保関連法案の審議の時に知った。ことほど左様に、NHKは、国会中継に消極的である。国民の関心事より政府への配慮が顕著なのは明らかである。

 さらに、中継しても、午前中の分は12時のニュースでしか報道せず、7時や9時のニュースでは省略してしまう。また、まったく中継をしなかった場合は、ニュース番組内で伝えることは、めったにない。

 もっとも、以下の衆・参議院のインターネット中継のサイトでは、会議名をクリックすれば、開会中であれば、中継が見られるし、検索により録画も閲覧できる。(続く)

参議院インターネット中継

http://www.webtv.sangiin.go.jp/webtv/index.php

衆議院インターネット中継

http://www.shugiintv.go.jp/jp/index.php

 

加計問題の行方、これでいいのか

~はぐらかしの安倍首相答弁、文科省に責任を振る、二転三転の菅官房長官答弁(2)

NHK報道の現実

68日のNHK「ニュース7」は、以下のように、国会のニュースは皆無であった。菅官房長官の記者会見も一切報道されなかった。

その「ニュース7」のニュース項目で振り返ってみよう。カッコ内の時間は、私が録画の時刻表示によって計った。合計28分となり、そのあとの気象情報に続く。

①福岡の母子3人殺人事件(610秒)+⑦続報(120秒)

FBIコミー前長官、議会に文書提出・トランプ大統領の捜査妨害(510秒)

③日本原子力開発機構大原研究所での被ばく事故(350秒)

④イギリスの総選挙(420秒)

⑤渋谷暴動事件、容疑者の45年の逃亡生活(210秒)

⑥ホンダの自動運転技術実用化へ(110秒)

⑧宮里藍 ⑨村田諒太 ⑩プロ野球速報(合わせて350秒)

 

このNHK報道の現実を見て、どう思われるだろうか。公共放送のニュース番組なのだろうか。もともと、NHKのニュースは、必要以上に、事件・事故、災害、スポーツに関する報道に時間を取り、この日は北朝鮮のミサイル打ち上げこそなかったが、北朝鮮脅威とともに、宇宙・医療・ITなどの科学トピックスや街の話題的なネタも好んでというより、重大な政治・経済ニュースを避けたり、薄めたりするために、大々的に報道して、限られたニュース番組を占拠することもある。8日の「ニュース7」も典型的なパターンで、28分の枠の中で、730秒を殺人事件にあてた。そして⑥の自動運転技術の実用化などは、速報性もなく、この日の項目にする必然性はない。②や④の海外情報も大事ではあるけれど、国内の国会での重要な論議をすべて無視したのは、政府に不都合な情報は流さないという、「政府広報」に徹した証だろう。

世論の動向が一番だと思うが、この日の、菅官房長官の記者会見の答弁で窮地に立たされたことが、翌日69日の文科省の内部文書再調査に繋がったともいわれる重要なやり取りであったわけである。それを報道しなかったという、NHKの報道姿勢の劣化はぬぐいようもない。 

私は、この日68日、NHKの参議院国会中継がなかったので、参議院のインターネット中継で、いくつかの委員会の審議を閲覧した。加計学園問題や共謀罪が取り上げられるはずだったからであった。

 

68日、参議院インターネット中継を見た

国会では、共謀罪、加計学園問題などが、いくつかの参議院委員会で議論されていたにもかかわらず、結論的に言えば、NHKの国会中継は一切なく、上記のようにその日の夜のニュースでは一切報道されなかったのである。私は、この8日は、時間の都合もあって、午後からインターネット中継と録画で、以下のいくつかの委員会をハシゴする形となった。 もちろん断片的ではあるが、関心ある方は、録画でぜひ確かめていただきたい。これらの一部は、当然のことながら、民放の報道番組では、取り上げられていたのである。

 

内閣委員会(2017年6月8日):

山本太郎議員 昼過ぎに、参議院内閣委員会の中継を見ると、山本太郎議員が質問に立っていた。行政文書の情報公開が、民主主義の根幹であり、憲法の国政調査権に基づいての文書公開を迫っていた。後半は、「国家戦略特別区域法」がうたう岩盤規制の改革突破の名のもとに、いかに不透明な、理不尽な特区事業が実施されたことについてあらためて知ることになる。例に挙げたのは、安倍首相と加計学園ではなく、「解雇特区」とも呼ばれる労働者派遣事業の規制緩和の一つ、神奈川県、東京都で展開される家事代行サービスに外国人材導入を例に、特区諮問会議の民間議員竹中平蔵が人材派遣会社パソナの会長であることを質していた。パソナは、神奈川県、東京都でも、特区の事業者として認定されている。特区の民間議員は、首相の任命であることから、「お友達」であっても不思議はない。岩盤規制にドリルで穴をあけるどころか、首相指導の「利権特区」ではないのか。

山本議員の質問の後は散会となったので、録画で、さかのぼって、田村智子議員と桜井充議員の質問を閲覧した。こうした質疑を通して、政府関係者の答弁の無内容~記憶にありません、承知していません、差し控えさせていただきます、今治市の責任での文書でございます、などが繰り返され、山本幸三地方再生担当大臣に至っては、下を向いてボソボソと自信のない言語不明瞭な答弁が続く光景をまのあたりにする。 

田村智子議員は、201629日 今治市の市議たちが、内閣府の地方創生推進室を訪ね、藤原豊次長、審議官他と面談し、藤原次長が、今治市に獣医学部を新設しても、人口減の時代、学生が集まるのか、今治市の財政負担などについて懸念を示したという出張報告書を入手、その内容を、藤原次長に質せば、会ってはいるが、その内容は定かではない、との答弁。田村議員は、その後、119日の第25回諮問会議で特区今治市の獣医学部の事業者として加計学園が急に固まるまでに何が起きたのかに焦点を絞る。



桜井充議員も、情報公開法について質していた。審議過程に係る文書は公開できないが、審議終了後には公開しなければならないのに、なぜ公開しないのか、の質問には、佐々木基地方創生事務局長は、審議終了後であっても、検討・協議過程以外の文書であっても、それを公開することによって、国民に混乱を招き、将来同種の案件について悪影響を及ぼし、支障をきたす場合は、公開できないと、見当はずれの答弁をしていた。今や、国民の混乱を招くのは、むしろ公開しないからでであって、国民の大半は公開を望んでいる公文書ではないのか、とも思えるのだ。

今治市側から入手した複数の行政文書に「内閣主導にて不透明に進行する」「内閣府が考えているスケジュール感に対応するために」という文言がでてきたり、20184月の加計学園獣医学部開学のスケジュールが先行したりする文書の存在を示せば、それは、あくまでも今治市の責任で書いた文書で、自分たちは承知していない、その内容は不正確だと藤原次長は答える。また、201542日には、内閣府を訪ねた今治市の職員が、予定を変更して、首相官邸にいたことが伺われ、その時間帯の「首相動静」によれば、下村文科大臣と山中伸一事務次官が面談していることになっていることは何を意味するのか。特区の担当は内閣府なのに、なぜ、提案者側の今治市職員が官邸を訪ねるのか、の疑問に迫った。また、事業者が決まる前に、201610月には、今治市は、加計学園による予定地でのボーリング調査を承諾していることも不可解だとする。

さらに、中村時広愛媛県知事はこの4月の記者会見で、長年の大学誘致をあきらめていた頃「内閣府から助言があって、国家戦略特区で出したらどうかということだったので、出したら許可が下りたということですので、その国サイドのことについては、私は何があるのか、どういう議論があったのかは分かりません」の発言があり、後で、内閣府からは「誤解がある」とのクレームが付く一件も質された。答える藤原次長の痛々しい、苦しそうな姿は、財務省の佐川理財局長にも通じ、情けない。つい、それぞれのご家族の気持ちはいかばかりかと、思いを馳せてしまうのだ。どんなに出世したとしても。

 

法務委員会(2017年6月8日):

また、次に閲覧したのが、参議院法務委員会で、福山哲郎議員の「共謀罪」新設法案、「テロ等準備罪」新設法案についての質問がなされていた。政府が、盛んにいうのは、この法案が通らない以上、国際的組織犯罪防止国際連合条約=TOC条約が締結できない、締結国と組織犯罪についての情報が共有できない、従って、オリンピック開催時のテロが防止ができないという論法なのである。

福山哲郎議員は、そもそも、TOC条約は、趣旨・内容から、アメリカの911事件以前に成立し、その「立法ガイド」(解説)では、人身取引、密入国、銃器取引などを防止し、マネーロングを防止するのが目的の一つで、テロ等準備罪には触れていない、さらに、政治的な意味合いのあるテロ防止をこの条約の対象から除外するとまで記されている、というのだ。また、外務省条約局の職員が、その解説においても、「テロ防止」には一切触れていない、とも。この条約の批准のために「テロ等準備罪」を新設するのは論外だとし、法案の第62項、2項の2に見るように、集団に属していなくとも、捜査の対象になるということではないか、の質問には、金田法務大臣は答えらえず、刑事局長からは、集団に属していなくとも、周辺の者、密接な者、関わり合いのある者ものは対象になるという、驚くべき答弁であった。さらに、報道でも取り上げられていた、国連の特別報告者による今回の法案はプライバシーの見地から非常に問題があるとの安倍首相への書簡を個人的な意見だとして拒み、抗議し、安倍首相国連事務総長との懇談で、あの書簡は、国連の総意ではない、という言質を取り付けたという点に対して、その事実を問い質せば、岸信夫外務副大臣は外交上の発言なので回答は控えるとの対応であった。

 

農水委員会(2017年6月8日):

つぎに、見たのが参院農水委員会で、ここでは森裕子議員が奮闘していた。

森裕子議員は、内閣委員会の桜井議員との連携で、201542日の今治市幹部職員の内閣府・首相官邸への訪問、面談について質していた。ここでも、記録もないし、記憶もないというのが、藤原次長の答弁であった。森議員は、今治市サイドの行政文書の徹底的な情報公開をしていて、まだたくさんの文書が出てくるのではないか。また、文科省内部文書について職員の複数が命をかけて文書の存在について、上司に報告しているのに、なぜ、握りつぶすのか、部下を見捨てる気なのか、と迫っていた。相手は、常盤豊高等教育局長であり、義家副大臣である。

 

菅官房長官の記者会見

 68日の記者会見は、かなりひどいものだった。テレビ朝日の報道ステーションで、食い下がる記者たちとの質疑が長い間放映されていた。その答弁は、これまた、テープレコーダーのごとく「出所不明の文書であることには変わりなく、文科省が適切に調査して、報告した」と繰り返す。記者が、公益通報者保護法で、内部通報者はどう保護されるかを問えば、仮定の問題には答えない、というありさまだ。この質疑は、いつになく、30分にも及んだという。(続く)

 

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2017年5月 9日 (火)

ほんとに、何から言い出していいのかわからないほど(5)日銀話法の「先行き」は?

 前々回の記事で、内閣府発表の「月例経済報告」の景気判断の難解な?言葉について書いたが、先の記事にも登場した日銀は、景気判断情報として「短観」と「景気レポート」を公表する。いわばここでの「日銀話法」にも触れておきたい。

「短観」では
「短観」とは、正式名称を「全国企業短期経済観測調査」といい、日銀が全国の約11000社の企業を対象に行う調査で、471012月の4回発表される。その調査内容は、企業が自社をどう見ているか、業況や経済環境の現状・先行きなど企業活動全般にわたる。

「短観」は、数表ばかりなので、すぐには読み取れない。以下は、43日の公表時の新聞記事や金融機関のレポートの見出しと冒頭部分である。 

円安頼みの景気、先行き懸念根強く 3月日銀短観を解説」
 日本銀行が3日発表した3月短観で、大企業・製造業の景況感は2四半期連続で改善した。「トランプ相場」による円安が輸出を後押ししたが、最近のトランプ米大統領の政策運営は不安定さを増しており、円安や株高の勢いは弱まっている。国内の消費の力も弱く、企業の先行きへの見方は慎重だ。」
【朝日新聞デジタル】 
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 大企業製造業の景況感、2期連続改善 日銀3月短観 
日銀が3日発表した3月の全国企業短期経済観測調査(短観)は、企業の景況感を示す業況判断指数(DI)が大企業製造業でプラス12と、201612月の前回調査を2ポイント上回った。改善は2四半期連続。世界経済の回復を背景に、自動車やはん用機械など輸出企業の景況感が改善した。ただ、海外の政治情勢などが見極めづらく、先行きには慎重な見方も根強い。」
【日本経済新聞】 
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 日銀短観の概要/非製造業を中心に人材不足」
日本銀行が43日に発表した20173月(2017227日~331日)の全国企業短期経済観測調査(短観)では、企業の景況感が改善した一方で、先行きにはなお慎重さが滲み出るものとなりました。米国の新政権や欧州連合(EU)を離脱する英国などの先行き不透明感から、海外経済は依然として不安が残るようです。」
【ニッセイアセットマネジメント】201745

 いずれも、企業の「景況感」は「改善」しているが、「先行き」については、海外経済の不安定要因により慎重な見方が根強いことが伺われた。

 

「展望レポート」では

ところが、427日に、日銀から「展望レポート」が発表された折の黒田日銀総裁は、記者会見の冒頭部分で、つぎのように述べている。

「わが国の景気の現状については緩やかな拡大に転じつつあると判断しました。この点、やや詳しく申し上げますと、海外経済は新興国の一部に弱さが残るものの、緩やかな成長が続いています。そうした下で輸出は増加基調にあります。国内需要の面では設備投資は企業収益や業況感が業種の広がりを伴いつつ改善する中で緩やかな増加基調にあります。個人消費は雇用、所得環境の着実な改善を背景に底堅く推移しています。この間、住宅投資と公共投資は横ばい圏内の動きとなっています。」

朝日新聞は次のように伝えている。

「日銀、景気判断9年ぶり<拡大> 海外経済の堅調受け」

 日本銀行は27日の金融政策決定会合で、景気の基調判断を引き上げて「緩やかな拡大に転じつつある」として、約9年ぶりに「拡大」の表現を盛り込んだ。海外経済が堅調で輸出や生産が増え、円安が企業収益を後押ししている。ただ、海外頼みの強気な見通しだとの指摘もある。」
【朝日新聞デジタル】
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4月27日「NHKニュースウオッチ9」から。「輸出・生産を起点とする
前向きの循環が強まる中 労働(市場の)需給は着実に引き締まり」とは?!

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4月27日「NHKニュースウオッチ9」

  報道では、景気の基調判断をこれまでの「緩やかな回復基調にある」から「緩やかな拡大に転じつつある」になったとして、「拡大」が挿入されたことを強調していた。が、何をもって「拡大」?なのか。任期切れが見えて来た日銀総裁の「自己査定」?のようにも。これぞ、責任を取るつもりもない「日銀話法」に思えて来た。 先の「朝日新聞」の記事では、次のグラフとともに、つぎのように解説する。

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「17年度の物価上昇率見通しは従来の1・5%から1・4%へ引き下げたが、18年度は1・7%で変えず、新たに示した19年度は1・9%で、民間見通しより高い。目標の「2%」は18年度ごろに達成できるとの見方を維持した。 日銀は、海外需要に引っ張られる形で国内景気も持ち直し、賃金、物価は上がると予想する。ただ2月の物価上昇率は0・2%で、予想との差は大きい。」

朝日新聞デジタル】20174272340

 

  その民間見通しとのズレをつぎのように分析する記事もある。「民間エコノミスト40人の平均見通し(ESPフォーキャスト)は2018年度の物価上昇率が1.0%で、日銀の1.7%とは開きがある。景気拡大と言われても実感が伴わない面がある」というのである(「民間見通しとズレ シナリオに不信感根強く」)こうしてみてくると、日銀の景気判断および先行き予測にはかなり強引なものがあり、安倍政権の経済政策に寄り添い、その失策を助長し、日銀総裁自身、虚勢を張っている光景にしか思えないのである。

<参考>
〇「短観」とは何ですかhttps://www.boj.or.jp/announcements/education/oshiete/statistics/h12.htm/

〇経済・物価情勢の展望(展望レポート)

http://www.boj.or.jp/mopo/outlook/index.htm/

 

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2017年4月28日 (金)

ほんとに、何から言い出していいのかわからないほど(1)政治家の「失言」とメディア

政治家の本音の世界

 政治家の場合本音かウソのどちらかであって、「失言」ということはあり得ないのではないか。本音かウソを言い放ち、誤解と言いつくろい、それでおさまらなければ、撤回と謝罪を繰り返すという処理が当たり前になってしまった。役職更迭・辞任はあっても、議員を辞職することはめったにない。

「貧乏人は麦を食え」 (池田勇人大蔵大臣、1950127日参議院予算委員会)、「中小企業の五人や十人自殺してもやむを得ない」「(池田通産大臣19521127日の衆院本会議)「バカヤロー」 (吉田茂首相、1953228日衆議院予算委員会)など、子供心にうっすらと記憶に残る政治家たちの本音発言は、今日に至るまで、幾度、聞いてきたことだろう。今回の今村元復興相の「帰還困難者の自己責任論」(201744日復興庁記者会見)「東北でよかった」(2017425日自民党二階派講演会)発言は、モラルとか「弛み」「緩み」、「感情的になった」の次元ではなく、彼らは、ふだん思っていることを正直にストレートに述べたに過ぎなかったのである。そこには、つねに「弱者切り捨て」政策の系譜が脈打っている。

さらに、記者の質問に対して、「出ていけ、二度と来るな」(前掲44日記者会見)という今村発言、さらに「あますとところなく記録を取って、一行でも悪いところがあったら首を取れとは、なんちゅうことか」と取材陣を指さし、「そんな人は(会場に)に入れないようにしないといけない」(2017426日東京都内の講演会)という二階自民党幹事長のメディア批判は、トランプ大統領のメディア攻撃以上に重大発言だった。アメリカには、まだ、司法やメディアによるチェック機能が歯止めとなっている。

 折しも、国際ジャーナリスト組織「国境なき記者団」は、426日、2017年の世界各国の報道自由度ランキングを発表した。日本は、180国中72位で、ランキングを始めた2010年の11位から年々順位を下げ、「先進国」では最下位、自由度最悪180位の北朝鮮を批判できる状況ではない。日本では、チェックすべきマス・メディアが、政府の意向をまさに「忖度」してテレビの報道番組のキャスターを降板、交代させてしまうのだ。森友問題でのキーワードともいえる、官僚たちの「忖度」をきびしく追及できるのだろうか。組織犯罪処罰法改正案に「共謀罪」新設の論議についても、個人のジャーナリストたちによる抗議は見受けられるけれども、マス・メディアとしては、社説や記事で法案の欠陥や審議についての言及、「一般人」に降りかかるリスクへの警鐘はあっても、メディア自体、わが身に降りかかる危険に対しては、あまりにも無防備ではないか。「一変」したとして、いつ「弾圧」されるかもしれないのである。「大逆事件」や「中央公論社解散」の時代に引き戻される「治安維持法」の世界にならないとも限らない。

 

近頃のNHKは何を伝えたのか

NHKは、会長が変わっても、その放送内容は、政府広報の色彩はますます濃厚になるばかりである。「視聴者の関心」という客観性のない、恣意的な選択による国会中継に始まり、ニュースは「編集権」と称して、その項目と時間配分における政治報道の偏向は目に余る。たとえば、国会質疑報道にしても、質問の方は、映像と読み上げで簡単に済ませ、整ったところの首相や閣僚、官僚の答弁を肉声で伝える。答弁につまったり、トラブったりしたところは省略する。これは国会中継や他局の報道を見ないことには分からずじまいである。

NHKは政治報道を、すぐに“政局”報道に論点をずらす。政府の政治日程に焦点を合わせる。自国より、他国の軍事・政治事情に重点を置く。北朝鮮、韓国、中国そして中東の軍事・戦局報道に力点を置き、日本の軍事的危機をあおる。国内に事件や災害が発生すれば、必要以上に事細かく報じ、落着すると被害者・被災者に寄り添い、立ち直るすがたを追うが、事件や災害の核心に迫る調査報道はしない。「専門家」や街の声の予定調和的な編集が、かえって信頼度を損なうこともある。一昨年の安保法案強行採決報道、昨年からの沖縄のオスプレイ墜落や基地関連報道、今年になっての、南スーダン派遣部隊の日報問題、森友学園への国有地払い下げ報道、閣僚たちの「失言」報道、共謀罪審議報道にも、あてはまる。仕方なく、民放や新聞報道の後追いとなった事例も多かった。

視聴者の手の届かないところで、受信料は、会長以下理事たち、経営委員たちの高い報酬となり、記者たちの取材費に、大河ドラマのロケ費用やタレントの出演料になる。なかには犯罪に手を染める職員たちの給与にもなった。民放のパクリのようなバラエティやクイズ番組、これでもかとタレントを並べる。新番組「ごごナマ」がいい例だ。語学番組や高校講座、音楽・美術・旅行・自然などの教養番組にすら、タレントを起用し、押しつけがましいコメントやナレーションが流される。なんか、もう「うんざり」という感を免れない。若者ばかりでなく、高齢者のテレビ離れも進むだろう。

受信機器を持っただけで受信料が発生するという放送法は、契約の自由を侵す。受信料未払いの実態は定かではないが、NHKと総務省がNHK放送の同時ネット配信を進めると、視聴の有無にかかわらず、住民税化への道につながる。だとすると、それをNHKだけが独り占めするということは、もはや国営放送となり、その肥大化は免れない。現実には、放送と通信の融合を前提に、民放やその他のマス・メディアとの競合や競争によって報道の質を高めることにつなげるにはどうしたらいいのか、無関心であってはならない。

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2017年3月26日 (日)

「~してございます」~霞が関と永田町の言語生活~森友問題を通じて

霞が関話法?

 森友学園問題の国会での質疑を聴いていると、政府や役人の答弁にまず腹が立ち、野党の質問の拙さにも苛立ってしまうことがある。テレビの前で座ってばかりいるので運動不足にもなり、精神衛生上もきわめて不健康な状況が続いている。

 その上、とくに役人の答弁の「~してございます」という表現が気になって仕方がない。「霞が関文学」ともいわれているそうだが、そんな上等なものではなく「霞が関話法」と名付ける価値もない。丁寧そうな言葉遣いながら、文法的にも誤用であり、その発言内容と相まって、慇懃無礼な、無責任答弁に多用されている。「してございます」は、官僚ばかりでなく、企業人も社外向けに使うことが多く、中高年男性に愛用されているようなのだ。

 「担当職員が対応させていただいてございます」「政治的な配慮をしてございません」など、324日衆参予算委員会に森友問題で出席した、財務省と国土交通省の参考人たちも連発していた。証人として招致したところで、「知らぬ、存ぜぬ」で通すのだろう。

参考:「最近気になる放送用語―「~てございます」(2011年8月1日)

https://www.nhk.or.jp/bunken/summary/kotoba/term/145.html

永田町話法?

一方、政治家たちの責任逃れは、かつて「秘書が、秘書が・・・」であったことが揶揄されていたが、今回は「妻が、妻が・・・」「夫が、夫が・・・」かと思いきや、やはり「(首相夫人付)秘書が、秘書が・・・」ということにもなった。324日の国会の質疑や記者会見での次のような発言は、大いなる自己矛盾を、明白にもしている。 

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2017年2月17日

安倍首相①「(妻が100万円寄付をしたかどうか)密室のやりとりなど反証できない事柄を並べ立て、事実と反することが述べられたことはまことに遺憾だ」

「(首相夫人付き秘書から籠池証人への報告ファックスについて)ゼロ回答なのだから妻が関与したことにはならない」

「(首相夫人の証人喚問要請について)今まで証人喚問に出られ方は、刑事罰がかかるかもしれない疑いの中で出られている。妻の行為は犯罪では全くない。名前を出された人たち全員証人喚問するというのか」

菅官房長官「(首相夫人付き秘書の谷氏の籠池理事長への報告ファックスについて)ゼロ回答のことわりのファックスなので、まったく問題はない」

竹下国会対策委員長「(首相夫人の寄付について)100%、200%あり得ないが、たとえあったとしてもても、まったく問題はない」

 首相①は、反証をというのならば、首相夫人を証人喚問すれば、籠池証人の答弁との比較において、議員や国民に判断の材料を提供できるし、決着がつかなければ司法の判断にゆだねることもある。首相は、別の日の答弁で「ないことの証明は<悪魔の証明>なので困難」とか言って質問をかわしていたが、そんな大げさなものではない。

首相②と官房長官の発言は、「ゼロ回答」「ことわり」だったからというが、ファックスの2枚目には、案件別に経緯が記され、その末尾には、つぎのようにある。

4)工事費立て替え払いの予算化について

一般には、工事終了時に清算払いが基本であるが、学校法人森友学園と国土交通省航空局との調整にあたり、「予算措置がつき次第返金する」旨の了解であったと承知している。平成27年度の予算での措置ができなかったため、平成28年度での予算措置を行う方向で調整中。」

このファックスは20151117日付であったが、工事費は、翌年の年度初め46日に支払われていることも判明している以上、まさに「関与」「口利き」の成果ではなかったのか。この文面をどう読んでも、問い合わせへの夫人付き秘書の「丁寧な対応」だけというには無理がある。さらに言えば、福山議員が言うように関与や口利きは「結果」「成果」がなくても成り立つものだろう。しかし、このくだりを、明確に切り込む質問がなされなかったのは残念だった。

「携帯水没後」の首相夫人と籠池夫人のショートメールの往復、316日参院予算委員会視察団に「寄付の中には、安倍首相からの100万円の寄付も入ってます」との籠池理事長の発言後、その大金の寄付の授受を「100万円の記憶がないのですが」などと悠長な文言で聞き返している首相夫人のメールには、やや驚いた。ここで、「記憶がない」という永田町の常套句、いわば「永田町話法」が、やはり登場してきたのだ。さらに、上記の首相夫人付き秘書の籠池理事長あてファックス文書は、これだけでも、公人による「働きかけ」の一端が浮上、「関与」の証拠になるはずである。

なお、首相③の発言は、憲法62条「両議院は、各々国政に関する調査を行い、これに関して、証人の出頭及び証言並びに記録の提出を要求することができる」という「国政調査権」の意味を理解していないのではないか。犯罪の嫌疑や容疑に係る者でないと喚問できないという大いなる誤解にすぎない。さらに、「名前の出た人全員・・・」云々の発言は、いつもの「民進党は支持率が上がらないじゃないですか」と同じで、「ほかにフって」しのごうとしているらしい。

竹下国対委員長の発言には、「開き直り」というか、語るに落ちた、の感がある。

安倍首相は、「私も妻も安倍事務所も、一切、国有地払い下げや学校認可にかかわっていない。関係していたら私は間違いなく首相も議員も辞めますよ」(217日衆院予算委員会)と啖呵を切っていた。いずれ、すべてが公開される日もあるかもしれないが、自民党による首相夫人と籠池夫人のメールの一部公開は、安倍首相擁護が裏目に出て、安倍夫妻への疑問はさらに深まったのではないか。今となっては、安倍首相の辞めない理由を探すのが、むしろ困難な状況に至ったようだ。

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2017年3月16日




従来、政治が危機に直面したときは、冷たく「粛々と進める」冷酷さで突破するか、内外の批判には「前向きに検討し」「真摯に受け止め」「万全を期して」、「推移を見守る」と成り行きに任せることもできたのに、どうだろう、今回は。それにしても代わるべき受け皿がないのは、如何ともしがたい現実であるが、とりあえず「野党頑張れ」としか言いようがない。
 

政治家の資質と人格

このところの安倍首相は、国会の質疑で「不愉快だ」「失礼じゃないですか」「まるで犯罪者扱い」「悪意に満ちている」など、感情的な言葉を口走り、政治家の資質が問われる発言を繰り返している。

324日の衆院予算委員会での質疑では、さらに驚いた場面があった。共産党が入手した鴻池事務所の「面談メモ」をめぐっての麻生財務大臣の答弁。当初は、だれのメモかを明かさないままだったのだが、当日31日の夜に鴻池議員が自ら記者会見に及んだ経緯がある、あのメモだ。宮本議員が、麻生大臣に、そのメモについて鴻池議員に確認した件で質問したところ、次のような発言が飛び出したのだ。「訳の分からないところから『メモを取った』と偉そうにいっていたじゃないか。偉そうに」との発言に野党側からのヤジが飛ぶと、麻生大臣はさらに声を張り上げ、「俺は偉そうに聞こえたんだからしようがないだろ」と。人を指さすジェスチャーをしながら「いつも人をこうやって指さしてワンワンしゃべってる。偉そうに。失礼だろ、それは」と言い切った。実際の発言は、もっと口汚い、まるで、チンピラやくざの口ぶりそのままで、再現できないのだが、聞くに堪えなかった。麻生大臣の品格のなさは、知っていたが、こんな人間がかつて首相をやっていたかと思うと、情けない。その発言を、笑いながら受けている野党も野党だ。山本一太委員長の「麻生大臣、ご表現には気を付けてください」で、当の大臣はじめ、大笑いで落着となったのだ。

麻生発言といえば、メディアでは問題にされなかったのだが、今年の、麻生大臣の地元、九州の飯塚市の成人の日の「来賓祝辞」だった。例の昼間から賭けマージャンをして「賭けないでマージャンする人はいないだろう」と豪語していた斎藤市長が辞任を表明した直後のことだ。さすがに成人を前に挨拶できなかったとみえ、有力支持者の一人だった市長に代わっての来賓としてよばれた麻生大臣だったのか。その挨拶が、これまたびっくりだったのである。「あんたたち、成人になったら、これまでと何が違うかといったら、強姦罪、賭博、麻薬・・・でつかまったら少年A じゃすまない。自分の名前が出るんだ」と。いや、もっと罪名をあげていたと思うし、言葉も汚かったし、あくまでも「要旨」なのだが。「責任を持て」という成人へのメッセージにしては、ひどい。ひどすぎる。

「劇場」のカーテンは降ろしてはいけない

小池劇場、トランプ劇場、籠池劇場とも呼ばれて、メディアを賑わしてきたが、今回の森友問題は、政治の根幹、安倍首相夫妻に大きくかかわる問題だけに、このままの幕引きは許されない。この間、共謀罪の法案も閣議決定された。こちらの国会審議もしっかり、丁寧にした上で、廃案に追い込んで欲しい。追い込まなくてはいけない。テロ対策ができない?オリンピックが開催できない?一般人には関係がない?から共謀罪新設が必要であるというのだが、その目指すところを見極めなければならない。テロ集団か一般人とはだれが何を以て判断するのか。要するに国民全体への監視のシステムが合法化することになるのだ。天皇退位をめぐる動向、南スーダンPKO部隊派遣問題にしても、課題は山積みである。

福島県はじめ東日本大震災の実質的な復興がなかなか進まない実態、熊本地震も同様だし、沖縄の高江・辺野古基地建設問題、原発再稼働が始まった川内と伊方、再稼働を控えている地での安全対策というより原発・エネルギー政策、東京都の豊洲市場問題は、一地域の問題ではなく、国民一人一人、自分の問題として考えなければならないはずではないか。

地元では、千葉県知事選挙が展開されているはずだったが、今日は投票日。冷たい雨となった。佐倉朝日健康マラソンの日でもある。森田健作知事は、ミス〇〇とかアスリートの表敬訪問でガッツポーズをしている写真ばかりが報道され、何をしているのかがわからない。役人にとってはありがたい知事だという。県庁への出勤状況は、石原元都知事といい勝負かもしれないが、投票率は如何。

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2017年3月20日 (月)

「天皇の退位」は実現する見込みだが~衆参両院正副議長の「とりまとめ」をめぐって

「とりまとめ」への経過

201688日には、天皇の「生前退位」の「お気持ち表明」が一斉にテレビ放映された。先立つ713日にはNHKのスクープとして、天皇が「生前退位」の意向を宮内庁関係者に示していたと報じられた。これまで、政府は、面倒な問題として先送り、避けて来た問題が浮上し、慌てての対策が、コントロールが効く政府の諮問機関「有識者会議」なるものを立ち上げた。その中間報告が政府の意向を受けたものだったので、両院の議長が事前協議の形で、各党・会派の協議を行い、317日、与野党は、衆参両院正副議長による「議論のとりまとめ~特例法の制定によって退位を可能にする~に合意し、首相に提示した。4月下旬、有識者会議の「最終提言」を経て、5月の連休後に国会に提出、成立する見込みとなった。昨年11月の段階で、私なりの情報の整理を試みたので、ご覧ください。 

天皇「生前退位」の行方~天皇制の本質については語られない(1)(2

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2016/11/post-dd45.html20161129日)

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2016/11/post-e43f.html (20161130日)

 現在も、上記の段階から基本的な方向が変わったとは言えない中で、官邸の意向を十分忖度した上での10の各党・会派の妥協の産物ではなかったかと思う。「とりまとめ」自体にも矛盾点がいくつかある。しかも、これとて、今後の有識者会議の最終提案、国会での法案審議と進行する中で、何が起こるかわからない。安倍首相は、特例法に「今上天皇」を書き込むことにこだわり、女性宮家創設の検討と退位が先例になることを極力さけたい意向だったという。今回の提案には、ともかく「今上」の文言はなくなり、あとの二つについては皇室典範付則などで、その可能性を残した。さらに、典範付則には特例法との一体化を明記し、憲法との整合性をはかり、特例法には、今回の天皇の意向表明が広く国民の理解を得たという経緯を書き込むことで、天皇の気持ちが反映されることを確保したということだ。 

「とりまとめ」と付された「政党の意見」

この「とりまとめ」は、あくまでも「国会」「立法府」としての見解ではなく、「衆参正副議長による議論のとりまとめ」であったということである。この見解への各党の対応がどうだったのかでも、今回の問題点が浮き彫りになるだろう。安倍首相は、「重く受け止め、直ちに法案の立案に取りかかりたい」旨の発言が報じられた。また、この「とりまとめ」には7つの党・会派の意見も合わせて付された。朝日新聞によれば(5面、「7党・会派の意見(要旨)」、民進党は、主張してきた「恒久法に規定されるべき退位」が事実上制度化されと理解する、などの意見を付した。共産党は、①特例法の立法理由が退位を認めることについて広く国民の理解が得られていることに置かれるならば、憲法にてらして適合的だ②「おことば」を政治の側が「重く受け止めて」立法措置をとるとなると、憲法に背いた政治的機能の行使になりかねず不適切であり同意できない③「象徴としての行為」のすべてを肯定的に評価する記述は同意できない④「とりまとめ」は、全会派を拘束する文書すべきではない。今後の国会審議を縛るものとしてはならない、とする意見を付した。

今回の「見解」自体が不透明で、文意が曖昧な個所がある上に、付された意見を読むと、さらに、混迷が深まる。民進党の意見は、念押しや確認のつもりなのかもしれないが、これってたんなる「勝手な期待」としか読めない。共産党は、見解への「反対意見」ではなかったのか。「とりまとめ」に、これだけの問題点があるのに、なぜ合意したのだろう、というのが素朴な疑問である。318日の「赤旗」では、全体会議での小池書記長の「発言」として、「天皇退位の立法化の理由が退位を認めることについて広く(主権者である)国民の理解が得られていることに置かれるならば、憲法にてらして適合的であり、了としうる」と「とりまとめには問題点があり、全会派を拘束する文書とすべきではない」の2点をあげ、「意見」としては、上記「朝日」の「意見(要旨)」②をあげている。③は、「発言」としても「意見」としても、記事には登場しない(2面「全会派拘束するべきではない 天皇退位『とりまとめ』小池書記局長問題点指摘」)。それにしても、小池発言の「天皇退位の立法理由が…了としうる」という仮定の問題を想定しての「期待」にすぎず、意見としてどんな意味があるのだろうか。要するに、この際、天皇のことなので「仲良きことは美しきことかな」の発想なのか。こと、天皇の件となると、「突出」したくなかったのか。憲法上の疑義がある「とりまとめ」に、こうした意見を付すくらいなら、なぜ反対しなかったのだろうと。もっとも、このブログでも何回か記事にしているように、共産党は、天皇制へのスタンスを、確実に転換したのにもかかわらず、きちんとした説明責任を果たさないまま、ポピュリズムへと雪崩れていく姿に戸惑い、驚いている。

一方、今回の「とりまとめ」報道、新聞各社の社説をのぞいてみると、いずれも、「とりまとめ」への一定の評価を踏まえ、皇位の安定的継承のための課題を残し、法案審議の過程に着目する、という姿勢のようだ。

毎日新聞:退位の議長見解 政治の土台は固まった 

朝日新聞:天皇退位 「総意」が見えてきた

読売新聞:「退位」特例法案 一本化を促した「国民の総意」(いずれも318日朝刊) 

天皇に、憲法上疑義のある発言をさせた責任~原武史氏の発言

また、さまざまな識者のコメントや発言も溢れた。その中で、私が注目したのは、原武史へのインタビュー「『お気持ち』と政治」(「朝日新聞」318日)であった。天皇の退位の意向を受けて、立法に動くこと自体が憲法に反する、という。こうした疑義が憲法学者から出ないこともおかしな事態だと。現実として、国民の多くが高齢の天皇夫妻の言動を見て、退位容認に傾いていると思うが、どういう過程をとるべきだったのか、を記者に問われて、まず憲法上の「摂政」で対応した上で、国民の多くの声に動かされ結果、政治が動くか、天皇からの意向を早くより伝えられていた政府が動くかして、立法審議へと進むべきだったと。保守派・伝統派の一部での「摂政」での対応を可とする考え方との相違を問われて、「退位のよしあしよりも、過程全体が憲法や皇室典範など現行法にのっとっているかどうかです。次元の違う問題です」と答えていた。

さらに、原は、昨年の天皇の「お気持ち」表明を敗戦後の「人間宣言」と重ねて、リベラルと言われる人からも評価されていたが、あの「人間宣言」は、『昭和天皇実録』の記述によれば「万世一系イデオロギーを継承していた、と指摘、比較というならば敗戦時の「玉音放送」との比較にこそ意味がある、と主張する。「いったん天皇からその意思が示されるや、圧倒的多数の国民が受け入れました。これが天皇と国民の関係です。この点で458月と現在は変わっていません」と結論付ける。

今の時期、こうした明確な発言は、貴重であると思った。護憲や立憲主義を主張するリベラル派と称される識者や護憲政党までも、皇室典範改正や特例法を可とする風潮を理解しがたく、高齢の天皇への同情や言動への敬意・親近感をそのまま「国民の総意」としていることを不安に思っていたので、大いに共鳴したのだった。

また、どのような文脈での発言からなのか、インタビュー記事からでは不明ながら、皇居前の肖像写真のコメントに「天皇に会えば、どうしても感情が入る。研究者として、会うべきではないと思います」の言葉にも説得力があった。

というのも、私が、これまで様々な機会で述べてきたように、「歌会始」選者となった歌人たち、「歌会始」に陪聴者として招かれた歌人たち、それに連なる、もしかしたら声がかかるかもしれない歌人たちの短歌作品や発言に目を止めるだけでも、親天皇、親天皇制へと傾いていく現実を目の当たりにしてきたからである。それが、研究や文芸にかかわる者、表現者としての自律性を大きくゆがめているのではないか、の疑問が増幅していく昨今なのである。

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2017年3月14日 (火)

今年の「建国記念日」は、甲府へ〰石橋湛山記念館、山梨県立文学館と美術館と(1)

 やや旧聞に属するが、211日午後、夫が甲府での集会で話をするというので、ついていくことにした。一泊して、久しぶりに山梨県立文学館と美術館を訪ねようという計画もまとまった。

 

石橋湛山記念館

家を出るときも寒かったが、八王子を過ぎたあたりから、沿線の斜面や林に少し雪が残り、笹子トンネルを抜けるとブドウ棚がびっしりと続いていた。甲府駅には、今日の集会「歴史に学び平和を考える・211山梨県民集会」実行委員会のお世話役の浅川保さんが迎えてくださった。浅川さんは、高校の先生の在職中から甲府一高出身の石橋湛山研究に打ち込むと同時に、地元の平和運動の活動に取り組み、2007年からは、山梨平和ミュージアム・石橋湛山記念館の理事長をされている。集会の前後にわたって、ミュージアムを案内していただく。丹念に収集した湛山関係の資料と県下の空襲関係の資料が充実していた。ご自身も、山梨ふるさと文庫、山梨日日新聞社などから歴史書や湛山の評伝を刊行されている。近著に『地域に根差し、平和の風を』(平原社2015年)がある。

私は、湛山の政治家としての活動もさることながら、ジャーナリストとして『東洋経済新報』で健筆をふるっていた活動に関心があった。なお、昨年、1960年湛山から岸首相あての書簡が見つかったという。その内容は衝撃的なものだった。同時に、さもありなん、といった内容でもあったのだ。すなわち、湛山は、首相時代のある出来事を振り返って、1960年、岸信介にあてた書簡は次のような内容であった。昨年10月の『サンダー毎日』スクープ記事でもあったのだが、湛山が「ある一人の人」に閣僚名簿を提示したところ、「かの人」は、名簿にある「岸信介は、先般の戦争の責任としては東条英機よりも重大である」と述べたあと、岸首相の「安保問題」の対応に対して「これ以上、あの人に心配を掛けぬよう」という趣旨の文面であった。「ある人」とは、ほかでもない昭和天皇であったという考証であった

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 石橋湛山の展示は、いくつものコーナーに分かれていた

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甲府空襲コーナーにて

 

昔の職場の友人との出会い

 集会での演題は「今、問われるメディアの姿勢と役割~理性を育むNHKを目指した」という長さで欲張っていたのだが、南スーダンの治安状況などを例に、テレビの報道番組、NHKと民放との比較などを交えながら、公共放送のあるべき姿と現況、制度を中心にした話となった。

 会場は立派な総合市民会館の一室で、参加者は約100人とのこと。なんと会場には、かつての職場のSさんらしい姿を発見、部局が違っていたので直接話をするようなことはなかったのだが、奥さんとは同期で、課も同じフロアであった。Sさんは、1982年に、甲府市内の大学に転出されて、すでに退職、地元では、専門分野での活躍とともに、九条の会の世話人もされているようだった。何しろ、40年ぶりにもなろうか。集会の途中からは、思いがけず奥さんも駆けつけてくれて、終了後のお茶の会では、席の隅で、私たち3人の話は弾んだ。夫も、かつて同じ審議会メンバーで、役人とやりあった仲だった元主婦連のKさんとの出会いも十数年ぶりだったということであった。

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2017年1月 6日 (金)

『琉球新報』の「県民意識調査」結果~その天皇観は何を語るのか

元旦に、ネット上で今回の「意識調査」のことを知ったが、11日の『琉球新報』が届いて、詳しく知ることができた。昨年の拙稿『沖縄における天皇の短歌は何を語るのか』(『社会文学』44号(20168月)において、NHK放送文化研究所の沖縄県並びに全国を対象とした「世論調査」を利用したり、このブログでも、天皇の「生前退位」についての新聞社各社の世論調査のことにも触れたりしたので、類似の質問の回答が比較できるのではないかと思った。

『琉球新報』では5年に一度、「県民意識調査」を実施していたそうで、今回は、20161015日から1125日、55地点の対象世帯を調査員が訪問面接した1047人の回答結果であった。遠く離れた私には、意外な回答結果があったりしたが、ここでは、県民の「天皇・皇室観」についてみてみようと思う。

*以下の表をPDFにしました。こちらの方が読みやすいかもしれません

http://dmituko.cocolog-nifty.com/yorontyosateno.pdf

 

世論調査「天皇観」の動向

 

201716日、内野光子作成)

 

『琉球新報』<天皇、皇室に親しみを持っていますか >               

 沖縄201611月         

9.1

 

強く持っている 

31.7% 

 

まあ持っている

 

29.8

 

余り持っていない

 

6.4
全く持っていない 

14.9

 

どちらともいえない

 
 6.0 

 

わからない

0.1 % 
無回答
 

 「沖縄県民意識調査」『琉球新報』201711日、より作成  

 

NHK<天皇は尊敬すべき存在か> 

沖縄1982年                       

 41 そう思う 

37 そうは思わない

 

16どちらともいえない 

 

7%
わからない無回答

沖縄1987  

45% そう思う

 

29 そうは思わない

 
 19% どちらともいえない 

7%わからない無回答 

 沖縄1992  

34 % そう思う

 
 32% そうは思わない 

28%どちらともいえない

 
7% わからない無回答  

沖縄2002 

30% そう思う        

 33% そうは思わない 

 

 

27% どちらともいえない

11%

 わからない無回答

沖縄2012   

51%  そう思う

 

 

 

19% 

そうは思わない

 

24% 

どちらともいえない

 

6%

わからない+無回答

全国2012                                 

72 そう思う

 

13そうは思わない

 

13どちらともいえない

 

0.2  わからない

無回答

 「復帰40年の沖縄と安全保障~沖縄県民調査と全国意識調査から」『放送研究と調査』20127月、より作成

 

 

NHK<あなたは、皇室に対して親しみを感じていますか、それとも感じていませんか> 

全国2009                                                  わからない+無回答1%

 15とても感じている    46 ある程度感じている 

29% あまり感じていない

 

9まったく感じていない

 

1%

  

 「平成の皇室観~即位20年 皇室に関する意識調査から」『放送研究と調査』20102月、より作成

 

NHK<天皇は尊敬すべき存在だ>(そう思う)の全国・沖縄の動向 

   1978 

1982

 
 1987   1992 

1995

 

1996

 
 2002   2012 
 

沖縄

 
 

36

 
 

41

 
 

45

 
 

34

 
 

29

 
 

32

 
 

30

 
 

51

 
 

全国

 
 

56

 
 

 
 

 
 

56

 
 

 
 

51

 
 

 
 

72

 

 「本土復帰後40年間の沖縄県民意識」「NHK放送文化研究所年報2013」より作成

 

『朝日新聞』<あなたは天皇に対してどのような感じを持っていますか>

全国201611      反感を持つ0.5%、その他0.3%、わからない・無回答1.2%⤵    

 

14.8%尊くて恐れ多い

 
 

47.1% 

 

親しみを感じる

 
 

19.5%

 

すてきだと思う

 
 

16.6 何とも感じない

 
 

2

 

%

 

 『朝日新聞』20161120日朝刊、より作成  

 

 

*以上の表をPDFにしました。こちらの方が読みやすいかもしれません 

http://dmituko.cocolog-nifty.com/yorontyosateno.pdf

 

上記のように、『琉球新報』沖縄県民意識調査における「親しみを強く持っている」「まあ持っている」を合わせると40.8%になり、「余り持っていない」「全く持っていない」を合わせると36.2%になる。40%以上の県民が、天皇に「親しみ」を持っているというのが、私などはむしろ意外であった。NHK放送文化研究所の調査での設問は「天皇は尊敬すべき存在だと思いますか」とあり、「親しみ」「尊敬」とのニュアンスは若干が異なるが、『放送研究と調査』(20127月)の調査での51%と、過去の分も含めて見ると、昭和天皇の晩年と平成に入っての前半期とその後の動向が興味深い。これらの結果は、大きく、二つの視点から分析してみる必要がある。一つは、時系列の動向と全国と沖縄という地域の違いである。

 沖縄県民の天皇観の動向
 
沖縄における天皇観については、さらに、時代の変化自体と昭和から平成への天皇の代替わり、とくに平成の天皇周辺による意識の変化及びメディアの対応が影響しているとみられる。時代の変化は、沖縄の場合、昭和晩期の「そう思う」が40%超えているのも意外であったが、平成に入って、「そう思う」が30%前後に減少し、「そう思わない」が漸増して、拮抗することになる。その要素としては、戦前の教育を受けた世代の減少と日本国憲法における象徴天皇制の経年などがあげられるだろう。天皇への畏敬の念や尊敬の気持ちが薄れていくのは、その数字だけでなく、平成期の「どちらともいえない」「わからない・無回答」という、いわば深く考えない、無関心層を合計すると、その割合が、351992)、382002)、302012)と約3分の1前後を推移し、根強いことからも分かる。

沖縄において、こうした状況が劇的に変化を見せるのは、2012年の「そう思う」が51%、「そう思わない」が19%という数字である。全国の場合を見ても、1978年、1992年、1996年の推移を見ると、50%台だったのが、2012年に72%に上がっている。この理由として、「復帰40年の沖縄と安全保障~沖縄県民調査と全国意識調査から」(『放送研究と調査』20127月)は、「11年の東日本大震災後の被災地訪問などの活動も少なからず影響していると思われる」(6頁)と分析している。NHK在位20年の世論調査における「天皇の役割として意義あるものも」として、国際親善、戦争犠牲者慰霊、障がい者・高齢者・災害被災者激励などが上位を占めていたこと(「平成の皇室観~即位20年 皇室に関する意識調査から」『放送研究と調査』20102月、26頁)や「これからの皇室に望むこと」として、国民との触れ合い・国際親善・伝統文化の継承が上位を占めていたこと(前掲27頁)との整合性は理解できよう。さらに、最新の朝日新聞の調査でも、「天皇の重要な活動」として国際親善・被災地見舞いが上位を占めていたこととも、その方向性を一にする。天皇の「国民との触れ合い」「被災地見舞い」への「努力」が、調査の結果に大きく影響していることが推測される。 

沖縄県民と全国の天皇観の乖離

このような沖縄県民の意識の動向の特色は、全国の数字にはもっと如実に表れる。直近、いずれも昨年201611月、88日の天皇の「生前退位」表明以後の調査結果で、『琉球新報』の親しみを「強く持っている・まあ持っている」の40.8%と『朝日新聞』の「親しみを感じる・すてきと思う」合わせて66.6%で、「尊くて恐れ多い」を入れると81.4%という数字を比べてみると、歴然とする。こうした傾向は、NHKの長いスパンでの調査結果にも表れている。こうした乖離の要因は、明治時代からの沖縄の近代史において天皇の果たした役割にある。おおざっぱに言ってしまえば、琉球処分に始まり、長い間、本土の人間との差別に苦しんだ挙句、捨て石作戦の結果としての沖縄戦による多大な犠牲者、昭和天皇メッセージによって米軍占領を容認したことへの天皇への不信が根底にあると思う。そして、いまだに、日本の安全保障のためと称して米軍基地4分の3を担わされ、沖縄県民の人権、財産や自然が大きく侵害されている現実を思えば、当然のことであろう。40%以上の県民が天皇に「親しみ」を持っていることの方が、不思議に思われたのであった。 

天皇への「尊敬」や「親しみ」はどのように形成されたか

まずいえることは、『琉球新報』も分析しているように、県民の世代構成の変化が見て取れるのは、近代の重要な出来事に『沖縄戦』をあげた人の割合が最多であることには変わりがないものの、200152.8%から201645.7%に下がっていること(201713日)。また、在沖米軍基地はどうあるべきだと思いますか」の「撤去・縮小」をあげた割合は、

2038.7%、3048.0%、4060.7%、5071.6%、6071.9%、70代以上72.4%であり、20代・30代では「どちらともいえない」が3分の1を超える、という結果を「中高年は革新的、若者、基地問題で戸惑い」と、分析している。こうした結果の分析は、「天皇観」においても共通するところがある。NHK2012年の調査結果の分析においても、「天皇は尊敬すべき存在か」の「そう思う」と答えた世代別の割合が、

2012%、3014%、4022%、5032%、6052%、70代以上63

という(「復帰40年の沖縄と安全保障~沖縄県民調査と全国意識調査から」『放送研究と調査』20127月、7頁)、全世代平均での40.8%の内訳をみて、理解できるだろう。

 こうした、天皇観が形成されていったのは、昨年、88日、天皇の「生前退位」表明の翌日の『琉球新報』の社説が、つぎのように述べていることに象徴されるような、メディアの論調が大きく影響していると思う。

就任以来、平和憲法を重んじてきた陛下は「象徴天皇の地位と活動は一体不離」との信念を貫いてきた。国事行為以外にも、「常に国民と共に」「声なき国民の苦悩に寄り添う」という思いを忘れず、とりわけ、沖縄など、太平洋戦争の犠牲者の慰霊に心を砕いてきた。

 広島、長崎の原爆犠牲者に黙とうをささげ、中国や韓国の苦難に「深い悲しみ」を表明してきた。阪神淡路大震災や東日本大震災などの被災地にも小まめに足を運び、被災者を激励した。

 沖縄には即位前から10回も訪れ、琉歌で戦没者を哀悼している。父の昭和天皇が米国に差し出すことを認めた沖縄の痛みに触れ、昭和天皇と戦争責任、民主主義の関係に葛藤しながら、象徴天皇としての自らを磨き上げたのだろう。

 多くの国民が敬意と共感を抱き、昭和天皇には厳しい沖縄県民の間でも好意的な人が多い要因だろう。(「社説」『琉球新報』201689日) 

 沖縄のメディアにさえ、こうした天皇観が披瀝されている現実、とくに、下線部分のような、天皇への評価は、本土の、全国メディアと呼応しているかのようにも思え、その結果が、高齢世代からの高い支持につながっていると考えられる。平成に入っての在位10年、20年のイベント、戦没者慰霊、障がい者や高齢者施設への見舞い、被災地への見舞いや励ましの映像と関係者の感動や感謝のことばが繰り返し報道される「天皇報道」あるいは、周辺の皇室報道との相乗効果によって、形成されたものと思われる。

 しかしよく考えてみると、天皇のこうした行為は、象徴天皇制のもとでは、憲法で定められた国事行為でもなければ、もちろん私的な行為でもない。今回の「生前在位」表明で、個人としての自由な行動や発言も許されない基本的な人権が認められない、生まれながらの存在を前提にしている「象徴天皇制」の矛盾が、照射されたといってもいいだろう。天皇の表明は憲法違反だ、皇室典範を改正して恒久的に対処すべきだ、今回限りの特例法での対応が望ましいとの議論に矮小化され、天皇制と日本国憲法、民主主義との乖離自体に着目する議論がなされないのはどうしてなのか。敗戦直後の昭和天皇退位論、昭和天皇の戦争責任論が活発になされた状況を、いま思い起こし、日本の戦後史の原点に立って見つめなおしていい時が来たということではないのだろうか。いま、天皇の個人的な資質や性格が問題なのではない。

現政府の「未来志向」なる「無責任」体制のなか、「日本国憲法」の護憲派やリベラル派と称される人たちさえも、「天皇制論議」は「さておき」、ぎごちなくも「陛下」といい、敬語をあやつる報道人、知識人や文化人のなかにも、「天皇」の権威にすがろうとする人たちがいる。

本ブログの関連記事以下もご覧いただければと思います。

天皇「生前退位」の行方~「天皇制」の本質については語られない(1)(2

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2016/11/post-dd45.html20161129日)

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2016/11/post-e43f.html20161130日)

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2016年12月 8日 (木)

全国紙では、伝わってこない沖縄のこと~私たちは、まず知ることから始めなければならない

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『琉球新報』2016年11月29日の記事より、高江に飛ぶオスプレイMV22



 一日遅れで『琉球新報』を購読しているが、刻刻入る基地関係のニュースには、購読している他の全国紙
4紙では、伝えられないことも多い。辺野古や高江のニュースはもちろんだが、嘉手納や普天間の飛行場を遠望、周辺を歩いた時のことを思い出しながら、その記事は、なるべく丹念に読むようにしている。

伊江島の米軍補助飛行場の改修工事進む

今年6月に訪ねた伊江島では、8月から米軍の伊江補助飛行場の拡張工事が着々進んでいる記事にも目が留まる。どれも胸が痛くなるような内容である。

Img227
2016122日『琉球新報』一面から

「強襲揚陸艦」(上陸用舟艇の搭載・発進機能とヘリコプターによる空輸上陸機能を併せ持つ軍艦)の甲板を模した着陸帯「LHDデッキ」、写真左上の白く砂利を敷いたところは、ステルス戦闘機F35とオスプレイMV22の離着陸訓練を行うためとされる。既存の広さの2倍の10.7万㎡となり、来年8月完成予定という。そもそも、伊江島の35%が米軍基地なのだ。伊江島は「銃剣とブルドーザーによる接収」の経緯があり、1990年代に入っても、民有地の契約拒否地主が生み出された。ちょうど20年前の1996122日からSACO(沖縄に関する特別行動委員会)で、読谷補助飛行場で行われていたパラシュート降下訓練の伊江島移転が合意されたのである。

 那覇市に住む『琉球新報』客員編集委員の(元毎日新聞記者)の藤原健さんのエッセイはつぎのような文章で締めくくられているのに出会った。米軍の土地収用を非暴力で抵抗した阿波根昌鴻の団結小屋の壁に書かれた「陳情規定」や「平和の最大の敵は無関心である」「戦争の最大の友は無関心である」などの言葉を引用した後に続く。

今、米軍伊江島補助飛行場周辺で騒音発生が激化している。8月から強襲楊陸艦の甲板を模した着陸帯<LHDデッキ>の拡張工事が進む。高江のヘリパッド建設と連動している。こんなときに接した重い言葉の束。柔らかにして、しかし、迷うことなく、私たちの覚悟を迫っているように聞こえる。

(「人間が作る平和を~伊江島 民の言葉」『琉球新報』2016124日)

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団結道場の壁に書かれた「陳情規定」、伊江村真謝にて、20166月写 

 本ブログ、伊江島関係記事も合わせてご覧ください:

ふたたびの沖縄、慰霊の日に摩文仁の丘へ(4~7)伊江島14

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2016/07/post-2b26.html

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2016/07/post-4891.html

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2016/07/post-a2b2.html

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2016/07/post-9129.html

 

高江ヘリパッド、知事は容認したのか?

 伊江島のニュースの三日前、1129日の『琉球新報』一面の見出しに驚いた。 「知事  ヘリパッド容認」と横に、縦には「〈苦渋のさいたるもの〉事実上の公約撤回」と読めたのである。就任2周年の記者会見での「質疑(要旨)」のつぎのような個所を捉えてのことであるとわかった。

―北部訓練場は地元が求める形での返還の進め方でない―

北部訓練場なども苦渋の選択の最たるものだ。約4千ヘクタールが変えてくることに異議を唱えるのはなかなか難しい。現実には高江に、新しいヘリパッドが6カ所も造られ、環境影響評価などもされないままオスプレイが飛び交って、状況は大変厳しい。

―知事選の公約会見では高江のヘリパッド建設に反対した。<苦渋の選択>

  は後退では―

オスプレイの全面撤回があればヘリパッドも運用しにくいのではないか。SACO合意の着実な実施と地元2村との信頼関係を考える中で、オスプレイの配置撤回で物事は収れんされるのではないか20161129  2 

 同じ1129日の紙面には、つぎのような落胆の反響が記事となった。

Img225

『琉球新報』20161129日の紙面から

 1130日の『琉球新報』社説では、つぎのように強い語調で、知事発言に抗議している。
・県民を裏切る重大な公約違反と断じざるを得ない。過重な米軍基地負担軽減 を求める民意に背くものであり容認できない。
・北部訓練場も米軍によって奪われた土地である。本来ならば全面返還を求め                                    しかるべきである。「異議を唱えるのは難しい」とすること自体理解に苦しむ。
・オスプレイ配備撤回があればヘイパッドの運用がしにくいとは楽観的過ぎる。
・県民要求を実現させることが知事の務めである。原点に立ち返り、ヘリパッド容認を撤回すべきだ。

  (「知事ヘリパッド容認 原点に立ち返るべきだ 基地負担軽減に逆行する」『琉球新報』1130日 2面)

ところが、知事は122日の記者会見で、米軍北部訓練場のオスプレイパッドの建設については、「着陸帯の容認はしていない」と説明したとして、「『着陸帯容認せず』知事『反対』明言なし」との見出しで、つぎのように報じた。

翁長知事は「北部訓練場の約4千ヘクタールの返還に異議を唱えるのは難しいこととオスプレイが使用するヘリコプター着陸帯は容認できないこと、そのはざまで県政を担う状況を『苦渋の選択』と言った。決して容認したわけではない」と説明した。

(『琉球新報』2016123日 1面)

 しかし、1128日、122日の記者会見の場で、質疑をした記者は、つぎのように書く。

沖縄の政治で「苦渋の選択」は、基地負担の受け入れを表明する際に保守系知事や首長が多用してきた言葉だ。稲嶺元知事も、比嘉氏、岸本、島袋氏の3元名護市長も米軍普天間飛行場の名護市辺野古への県内移設受け入れの際に使った。沖縄で記者をしていれば翁長知事の言葉はヘリパッドの事実上の容認と映った。

(政治部滝本匠「記者の窓・翁長知事会見 理解できぬ『苦渋の選択』(『琉球新報』2016123日 8面)

 記者は、2日の会見で、翁長知事は、「ヘリパッドは容認していない」と繰り返したが「反対」とは言わなかったことへの疑問を呈していた。
 
また、125日の『琉球新報』の社説では、翁長知事は「ヘリパッド建設について『苦渋の選択』と述べ、事実上容認したとの報道を否定した、が反対するとは明言しなかった」とした上で、「歯切れの悪さは、ヘリパッドに反対することで、北部訓練場を含めた在沖米軍基地の返還を定めた日米特別行動委員会(SACO)最終報告をほごにされかねないという懸念があるからだろう」と前回の社説とはややトーンは異なるが、さらに、日本政府が、そこを突き、脅して、翁長知事の支持基盤のヘリパッド反対派と県政に亀裂を生じさせることを想定しているとして、社説は、つぎのように続ける。
新設されるヘリパッドはSACO合意時は明らかにされていなかった垂直離着陸機MV22オスプレイが利用する。ヘイパッドは東村高江集落に近すぎ、生活環境や自然への負荷は大きい。前提条件が変わっているのだ。県は前提条件が変わったことでSACO最終報告に或る「沖縄県民の負担を軽減し」という目的に反すると主張すべきだ。
(「知事容認否定 県内移設ない返還計画を」『琉球新報』125日 2面)

「返還」を人質にするような基地機能強化が進められる中で、知事は「ヘリパッド建設に反対し、県内移設を前提としない、新たな返還計画を日米両政府に、求めるべきだ」と結ぶ。

全国紙ではほとんど報じられなかった、これらの経緯。その上、「歯切れの悪い」知事の発言直後の1129日、沖縄県警は、辺野古の市民の抗議拠点でもある「沖縄平和運動センター」を捜索し、同センターの山城博治議長ら4人を逮捕した。10か月前のキャンプシュワブゲート前での工事車両侵入を妨害したとする、威力業務妨害容疑の事案であった。いま、なぜなのか。知事発言の翌日のタイミングであった。その捜査の異常さも伝えている(「県警、平和センター捜索 辺野古抗議拠点も」「10か月前事案 弁護士<異常>」1面、「萎縮狙い 捜査執拗」「運動弾圧許さない」2627面 『琉球新報』1130日)。 

 『沖縄タイムス』や『琉球新報』を購読しなくても、ネット検索して、主要な記事やニュースを閲覧することができるし、沖縄から発信しているソシアルメディアもあり、グループや個人のホームページやブログもある。「知りたい」という意思さえあれば、手立てはいくらでもある、はずである。その上で、私たちは、率直な気持ちと意見を発信していかなければならない。

私自身も、沖縄については、まだまだ知らないことばかりである。しかし、今回の翁長知事の発言を、沖縄で長い間、基地反対運動を続けてきた人々、辺野古、高江で日々、抗議活動を続けている人々、そして、全国で支援している人たちはどう受け止めただろうか。発言直後の官憲の勢いづいた活動拠点の捜査、リーダーたちの逮捕という流れを見ると、その影響を見逃すわけにはいかない。翁長知事は、苦しいかもしれないが、公約実現のため、毅然とした姿勢で臨むべきだ。

62e82df590151259223c0ff8b3ff4bf2
「えぐられるいのちの森 ヘリパッド着工から3か月」「『琉球新報』2016年10月22日

オスプレイMV22の大きさと事故

Photo_3
←――――   プロペラ含めた巾25.8m          ―――→
機体の長さ   ←11.6m    →
機体の巾           ←4.7m→

 Photo_2 高さ6.7m
←―――     尾翼までの長さ17.5m          ―――→

 垂直離着陸輸送機<MV22>オスプレイ(24名乗り・貨物9100㎏・最大速力520㎞)は、開発途上で30名が死亡、量産後の重大事故で、2009年以降2015年までの間に、重大事故として、ノースカロライナ、アフガニスタン(4名)、モロッコ(2名)、フロリダ、ハワイ(2名)の5回の事故で8名が死亡、40数名の負傷者を出している。(防衛省資料「MV22オスプレイ事故率について」2012年、他参照)

・MV22オスプレイ事故率について(2012年9月19日)

http://www.mod.go.jp/j/approach/anpo/osprey/pdf/dep_5.pdf

 

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