2023年1月17日 (火)

天皇家の「令和流」って? 宮内庁に広報室新設

 元旦の新聞に、天皇・皇后の短歌が載らなくなって、私は、正直言ってほっとしている。平成期の天皇・皇后は、必ず、天皇五首、皇后三首の短歌が掲載されていたのである。

平成の天皇・皇后 元旦発表短歌平成2~30年
https://www.kunaicho.go.jp/joko/outa.html

 代が替わり、コロナ禍と重なったこともあって、元旦の天皇家の集合写真は、家族ごとの写真となり、宮内庁のホームぺージでは、何葉もの写真が掲載されるようになった。さらに、平成期と令和期の違いとして、少しく話題になったのは、二〇二一年と二〇二二年には「新年ビデオメッセージ」として、天皇は皇后と並び、「おことば」を述べたことだった。皇后もひと言ふた言の挨拶をした後、隣で、にこやかにうなづいたりするビデオが流されたのである。夫妻ともどもビデオに収まるのが<令和流>と、一部で、もてはやされもしたが、今年は、どうしたことか、文字だけの「天皇陛下のご感想(新年に当たり)」と元に戻った形である。

 そして、その二〇二三年のメッセージ冒頭に「昨年も、地震や台風、大雪などの自然災害が各地で発生したほか、新型コロナウイルス感染症が引き続き社会に大きな影響を与えた年になりました。また、物価の高騰なども加わり、皆さんには、御苦労も多かったことと思います。」のくだりを受けて、「令和の徳仁天皇は『家庭天皇』 専門家たちを驚かせた天皇の“お言葉”」という記事が現れたのである。その冒頭は、「驚いたのは、『物価の高騰』という言葉が、入っていた点でした。まさに『家庭天皇』です」という、象徴天皇制の研究者、名古屋大学の河西準教授の発言だった(AERAdot 2023年1月14日)。「家庭天皇」?驚いた「専門家」! 驚いたのは私の方だった。

 これまでも、天皇家では衣裳やティアラを使いまわしをしているとか、皇族の「お出まし」の折のティアラはつけないことにしたとか、その<倹約ぶり>が喧伝されたことはあったが、「おことば」が「物価高騰」に触れたからと言って、何が変わるというのか、私には理解できないでいる。8月15日の戦没者追悼の「おことば」に「反省」が盛り込まれたかを云々するむなしさに共通するのではないか。

 宮内庁は、新年度予算に向けて、かねてから検討していたようだが、昨年12月23日、SNSの発信などによる情報発信を強化するため、今年四月から広報室を新設すると発表した。 たしかに、平成期と比べて、皇室のメデイアへの登場、露出度は低くなり、コロナ禍により、皇族の活動も激減した。宮内庁は、一部メディアのゴシップや中傷に悩まされた上、国民の皇室自体への関心が薄れてゆくことに危機を感じているのも確かであろう。しかし、私の知る限り、天皇は、時の政治権力と利用・利用される関係の存在でしかないのではないか。現憲法下という制約の中で、天皇や皇室の在り方を考えるとき、私は、なるべく、ひそやかに、つつましく、暮らしてもらうしかないと思っている。跡継ぎがいなければいないでよいではないか。

 新設の広報室には、せめて、”電通“が入ったりしなければいいがと願う。

 

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2022年12月18日 (日)

怒りの年末、次からつぎへと(2)国民に執拗に迫るマイナカード

 マイナンバーカードについては当ブログでも何度も書いてきた。政府がこれほどまでに執拗に、マイナンバーカードで迫ってくるのはなぜなのか。“丁寧に”説明すればするほど、政府への不信は募るばかりである。

 10月13日、河野太郎デジタル大臣が、健康保険証を2024年秋に廃止し、マイナンバーカードへ一体化した形に切り替えると表明したのを受けて、NHKは直ちに、その日の夜のニュースでつぎのように報道している。登場した、関係閣僚や官房長官の発言は、日頃の言動から直ちに信じられない思いで見ていた。

「政府 再来年秋 健康保険証を廃止 マイナカード一体化発表」(2022年10月13日 18時56分) 
岸田総理大臣は13日、河野デジタル大臣や加藤厚生労働大臣、寺田総務大臣と、マイナンバーカードについて協議しました。

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この人、コロナワクチン担当時は、「来週にもお示しします」を連発、デジタル化すればすべてが解決するような発言を覚えてますよ。

河野デジタル大臣が記者会見を開き「デジタル社会を新しく作っていくための、マイナンバーカードはいわばパスポートのような役割を果たすことになる」と述べ、2024年の秋に現在使われている健康保険証を廃止し、マイナンバーカードへ一体化した形に切り替えると発表しました。

松野官房長官「よりよい医療 受けてもらうこと 可能に」

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この人、記者会見では、めったに顔をあげず、ひたすら朗読が続く。メディアは、記者との質疑を決して伝えないのはどうしたわけか。

 松野官房長官は、午後の記者会見で「マイナンバーカード1枚で医療機関を受診してもらうことで、健康・医療に関する多くのデータに基づいた、よりよい医療を受けてもらうことが可能となる。こうしたことから、マイナンバーカードと健康保険証の一体化を進めるため、再来年秋に保険証の廃止を目指すことにした」と述べました。

加藤厚生労働相「理解得られるよう丁寧に取り組んでいく」

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この人、安倍政権時代の厚労大臣のとき、「働き方改革法案」の基礎データのデタラメを追及されていましたね。

加藤厚生労働大臣は、記者会見で「システム改修などの対応に必要な予算は経済対策に盛り込んでいく。岸田総理大臣からは国民や医療関係者から理解が得られるよう丁寧に取り組んでいく必要があると指示があった。医療関係者や関係省庁などと連携して取り組みを進めていきたい」と述べました。

寺田総務相「保険証と一体化 格段に普及が進む」

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この人、何で総務大臣を辞めさせられたのでしたっけ。

寺田総務大臣は、記者団に対し「日本は国民皆保険制度であり、保険証と一体化するということは、ほぼすべての国民にマイナンバーカードが行き渡るということで、格段に普及が進む。ただ、生まれてすぐの0歳児にどうやってカードを取得してもらうかや認知症の方への対応など、いろいろクリアすべき点がある。(中略)マイナンバーカードは非常に安全なものだ。ナンバーが仮に他人に知られたとしても個人情報が流出することは一切ない。」と述べました。

 さらに新聞各社は、つぎのような社説を掲載している。その主張は、見出しを見ても分かるように、毎日・朝日・東京の三紙と日経・読売ときれいに分かれた。

毎日「マイナ保険証に一本化 国民不在の強引な普及策」【10月14日】
朝日「マイナ保険証 あまりに拙速、乱暴だ 」【10月15日】
東京「マイナ保険証 強引な義務化許されぬ」【10月15日】
日経「もっと使えるマイナンバーカードに」【10月15日】
読売「マイナ保険証 丁寧な説明で普及を図りたい」【10月20日】

 三紙は、政府の強引な手法に疑問を呈してはいるものの、結論的には、「利用者の理解と納得があっての話である」(朝日)、「導入を急がず、制度への不信感と誠実に向き合うことが先決」(東京)、「国民に対し丁寧に説明し、理解を得る手続きを怠ってはならない」(毎日)と、要するに「丁寧な説明」と「国民の理解」を求めるにとどまり、マイナンバー制度そのものには、決して切り込まない。それはそうでしょう、マイナポイントの全面広告をあれだけ掲載しているのだから。NHKは、各党の反応、専門家・街の声・現場の声を取材するものの、メインのニュース番組では、中立・公正どころか、編集次第、「残る課題」「動向を注視」の指摘で終わる<政府広報>となるのが現状なのだ。

【こちらで詳しく】健康保険証がなくなる… “マイナ保険証”導入の現場では

 の後、従来から指摘されてきたさまざまな問題点や新しいトラブルが浮上してきた。私のような一般市民の素朴な疑問が投書欄に見かけない日がないくらい寄せられている。

情報管理への不安
 一つは、マイナンバー制度そのもの、情報一元管理への不安である。政府は、カード自体に情報が蓄積されているわけではない上に、暗証番号が必要だし、情報は国や自治体が分散管理しているから、芋づる式に情報い洩れが生じない、としている。すでに社会保障・税番号として機能しているわけだが、自治体の事務上の作業は、2021年度の個人情報保護委員会の報告によると、45%以上が外部の業者に委託し、再委託もあることが分かっている。この個人情報の拡散は、さまざまな重大な漏えい―データの誤送付、不正アクセス、職員による違法収集・・・も報告されている(朝日新聞22年10月30日)。さらに、民間での利用拡大の方針をすでに打ち出しているのである。

交付、普及を急ぐ拙速
 カードの交付は2016年から始まっているが、2017年3月には8.4%であって、20年9月から21年12月にわたって、カード申請すれば特定のキャッシュレス決済に限って2万円に5000円のポイントが付くというキャンペーンを実施した。第2弾として、22年1~12月までは、公金受取口座に紐づけなど含め、2万円のポイントを付けるというキャンペーンを実施の末、22年11月現在53.9%にたどり着いたようだ。この間のすさまじいほどのネットやテレビでのCM、度重なる新聞の全面広告は記憶に新しい。なぜここまで、政府は躍起になるのか、逆に不信を招いたのではないか。
 しかも、このマイナポイント事業には、第1弾に2979億円、第2弾に1兆8134億円を計上していることが、12月1日の参院予算委員会の質疑で判明した。いわゆる宣伝費はここに含まれていたわけである。さらに、カード交付の申請サポートを民間施設に委託拡大、その費用を加えると今年度だけで2兆円を超える。

医療現場の混乱、利用者の不安
 2021年11月からマイナ保険証の運用ははじまっているが、2022年11月現在、システム導入の医療機関・薬局は35.7%である。顔認証のカードリーダーの不具合、トラブルが続出して、その原因も未解明なのが現状であり、全国の開業医約11万人が加盟する全国保険医団体連合会の調査によれば、保険証廃止に反対が65%、システムを導入しない・できないと回答した1279件の内、その理由のトップはセキュリティ対策の不安で、多額の費用の発生、オンライン請求をしていないが続く。スタッフが少ない・いない、高齢で数年後に閉院予定などという切実な理由も挙げられている。詳しくは以下の記事をご覧ください。

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『全国保険医新聞』2917号(2022年12月15日)、調査は10月14日から11月20日、回答数は8707件(医科診療所5186、歯科診療所2668、病院449、無回答ほか)

 マイナンバーカードやマイナ保険証について、国民の受け止めについてのある調査によれば、「健康保険証の廃止」について、全体では概ね、約25%が肯定的、約45%が否定的、約30%が「わからない・どちらともいえない」であった。以下のようにまとめている。
「現段階では反対の割合が高いと言えよう。ここでも、マイナンバーカードの取得有無によって、考えが異なる。既にマイナンバーカードを取得している層は、約30%が肯定的、約40%が否定的となるが、マイナンバーカードを取得するつもりがない層は、約7%が肯定的、約67%が否定的と、強い抵抗感が窺える」。SMPOインスティチュート・プラスhttps://www.sompo-ri.co.jp/2022/11/15/6126/

 かつて私は、自治体に、マイナンバーの付与を拒否する要望書を出したことがあるが、自治体判断のマターではないとの回答を得ている。残念ながら、番号は付与されている。そもそも、マイナンバーカードの交付は法律上任意のはず、強制、義務化されるいわれはない。利用者としての私は、マイナ保険証を登録しない最大の理由は、やはり、セキュリティへの不安である。現に、カードを持つことの必要性もメリットも感じない。身分証明は、保険証やパスポートで用が足りるし、薬情報はくすり手帳で用が足りている。公金の入金口座は登録している。現在、保険証の確認は月一であるが、マイナ保険証は毎回提示しなければならない。乳幼児や未成年のカードの交付、カードの保管、利用のこと、紛失や災害時、停電のことなど想定するとリスクは際限がない。

 私は、マイナンバーカードの交付も申請しないし、当然、マイナ保険証の登録も出来ない、しないことになる。

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2022年11月30日 (水)

二冊の遺稿集に接して(2)長沼節夫著『ジャーナリストを生きる 伊那谷から韓国・中国そして世界へ』

 長沼節夫(1942-2019)さんの名前を知ったのはいつのことだったのだろう。何がきっかけだったのかが思い出せないでいる。ともかく、今回、遺稿集が出されたと聞いて、求めたのが457頁に及ぶ大冊であった。飯田高校同窓生、京大吉田寮生、ジャーナリストの方々による渾身の遺稿集である。

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長沼節夫著作集編纂委員会編 南信州新聞社 2022年7月

 長沼さんは、京都大学在学中の「京都大学新聞」の記者時代から、いわばジャーナリストであり、アメリカ留学を経て、ヨーロッパ・中東・アジアなどを歴訪、大学新聞に寄稿を続け、院生時代には京都ベ平連での活動、韓国大統領選取材に始まる金大中との交流、「天皇の軍隊」の執筆などの傍らフリーの記者や予備校講師をしていたが、1972年時事通信社に入社している。経済部、社会部配属の記者として、時にはプライベートの取材を重ね、ポーランドの「連帯」取材、日本の原発取材、「第3回天皇マッカーサー会見録」の発掘などについて執筆、2002年60歳で時事通信社を退社している。在職中には、組合運動を理由に記者職をはずされたため不当配転無効確認訴訟を起こし、賃金差別の東京都労働委員会への救済申し立てなどの活動を続けた。退職後も、「生涯ジャーナリスト」を貫いた。

 その長沼さんが、短歌を詠み始めたのである。私の属するポトナム短歌会に入会されたのが、今回の遺稿集の年譜では、2001年、小学校の恩師代田猛男さんの勧めすすめとあった。今年の4月、創刊100周年記念の『ポトナム』の年表によれば、長沼さんは、すでに2000年8月には「五七五七七のミッシング・リンク」を寄稿している。2011年退会するまでに、つぎのようなエッセーを寄せていた。

五七五七七のミッシング・リンク     2000年8月
「大事件」と短歌「9・11テロ」を巡って 2002年4月
漢字短歌の面白さ            2004年8月
イラク派兵と「サマワ詠」        2005年2月
諏訪・岡谷の空気を深呼吸…忘年歌会に参加して
                    2007年2月*
私の歌枕 日比谷公園          2009年7月*
白秋のパレット             2010年6月*
国際ペンのシンポ「短歌とTANKA」傍聴記 2010年12月*
*は遺稿集にも収録されている

 何しろこのあたりの『ポトナム』を最近、近代文学館に寄贈してしまったもので、確かめられない。短歌も同様で、いつから発表して始めたのかも、定かではないが、ブログ「チョーさん通信」では、2006年から2010年まで、「ポトナム詠草」として残されている。遺稿集にも厳選された68首が「源流」と題されて収録されている。

 いま手元にある、長沼さんからのはじめての手紙(2001年2月27日)によれば、やはり入会は、2000年小学校時代の恩師代田猛男・直美夫妻の勧めに拠ったとの記載があった。猛男さんは2004年に、直美さんは2022年1月94歳で亡くなられた。若い時、『ポトナム』の全国大会などで代田夫妻にはお目にかかってはいるのだが、晩年は、作品を読むにとどまってしまった。いまから思えば長沼さんの話も伺っておきたかったなどと思う。その長沼さんの手紙には、私が出版したばかりの『現代短歌と天皇制』(風媒社 2001年)をお送りした折のお礼と感想が書かれていた。簡易封筒いっぱいの文字、身に余る励ましの言葉が綴られていたので、私も大事にしていたのである。さらに、翌日日付のはがきの追伸もあり、これも裏表に綴られている。和歌の時代からの天皇制の呪縛、歌壇の一笑に付すべき文章などに触れていた。またもう一通は、私の第二歌集『野の記憶』(ながらみ書房 2004年)への礼状であった。この頃、『ジャーナリスト同盟報』をお送りいただいており、手紙と一緒にファイルに収めてあった。さらにメールでは、「メディアウオッチ100」も何度かお送りいただいたことなどを思い出す。
 それにしても、お会いしたことはただの一度、2004年以降だと思うが、議員会館での集会で、初対面の挨拶だけをした記憶がある。たぶん、連れ合いが集会の主催者側で、私もあたふたとしていて、ゆっくりお話しすることができなかったのではないか。また別の集会でも、参加者としてお名前がありながら、お目にかかれなかったこともあった。
 あらためて、ご冥福をいのるとともに、残された短歌の一部を紹介したい。ブログの短歌詠草300首近い中から、私の気になった、そして共感する短歌は多すぎるのだが・・・その思いに重ねて。とくに注記がない作品は、『ポトナム』詠草である。

ああ短歌なぜ「みそひと」だけなのか思い余りて行をこぼれる【2006年4月】

2005
・白日にさらせ特高の拷問を「横浜事件」の再審裁判 

・ブラジルに明日発つ午後の紀伊国屋で南の空の星座表探す

・提灯屋も下駄屋も炭屋も綿打ち屋も 町内会は屋号で呼び合う

・市長より「ふるさと大使」の委嘱受く我がふるさとは万緑の中

・地下鉄にイスラムの民乗り来れば不安よぎれりその我れを叱る

・自裁せし我が先達の死に顔の凛たるを見て襟を正せり

・取り入れを目前逝きし人の米四十九日の土産に賜ぶる

2006
・年明けて初出勤に急ぐ道心持ち胸を反らせて行かん

・残生もかくあれかしとこころもち胸張りて行く仕事場への道 

・我ら記者に定年などなし「生涯一記者」を自負する我ぞ

・木曽谷に隠れキリシタンの歴史あり首毀たれしマリア地蔵よ

・踏み場全くなきにはあらねども所狭(せ)き家いざ片付けん

2007
・残留孤児の老人たちにねぎらいの一語だに無き棄却判決

・まやかしの予測はあれど「もしかして」と沖縄密約裁判に並ぶ

・真実に目つぶる判決相次ぎて国の僕(しもべ)か司法危うし

・若者が死ぬるや哀れまして今みずから逝くはなお哀れ

2009
・記者皆が批判精神失せしより記者会見は空しくも過ぐ

・ごみでしょういや資料だと争いつつ我が家を埋める「切り抜き」の山

・大路往く金大中氏の国葬の列に手を振りて別れを告げる

・投獄や死刑判決拉致監禁乗り越えし人いま身罷りぬ

・去年まで気付かざりしに曼珠沙華窓の向かいの小暗き土手に

2010
・ああミレナあなたは真夏のダリアです、どこを切っても水のしたたる
(カフカの恋人)
・エッセーもルポもあなたの文章はそのまま短歌になりそうだね、ミレナ

・大丈夫これで治すと励ませる丸山ワクチンに夢をあがなう

・お互いに「否!」とう言葉を戒めるわれらの中の安保体制

・伊那路なる飯田市歴史研究所その静けさに風そっと行く

・化粧箱に入れ仕舞いたる母の骨時々振りて母を思えり

歌集『伊那』2015年版
・ 今日もまた国会前を埋め尽くす人らに交じりて抗議叫びぬ 

・ 朝礼のたびに倒れし傍にいて支えてくれし恩師を見送る
04年代田孟男氏死去)

・ 鶴見さんと「六・一五」に国会で花捧げしは十年前か
(05年7月鶴見俊輔氏 死去)

・ 鶴見さんに仕事課された幸せをかみしめており訃報聞きつつ

・「この夏を忘れないように」と呼びかける女子学生に未来の光

歌集『伊那』2019年版
・治りません。付き合うのですときっぱりと若き医師から励まされいる

・うず高き資料の山が部屋を埋め我が「平成」は未整理に逝く

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2022年10月19日 (水)

「マイナ保険証」義務化?ここまでやるの、バカにしないでョ!

 10月13日、河野デジタル大臣は、首相との面談後の記者会見で、現在の健康保険証を24年秋には廃止し、マイナンバーカードと一体化すると公表した。ついこの間の6月7日閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針 2022  新しい資本主義へ ~課題解決を成長のエンジンに変え、持続可能な経済を実現~」(タイトルからしてなんとも欲張った?「骨太の方針」)では、マイナンバーカードについて、以下のようにまとめられていた。

2.持続可能な社会保障制度の構築
(社会保障分野における経済・財政一体改革の強化・推進)
オンライン資格確認について、保険医療機関・薬局に、2023年4月から原則義務づけるとともに、導入が進み、患者によるマイナンバーカードの保険証利用が進むよう、関連する支援等の措置を見直す。2024年度中を目途に保険者による保険証発行の選択制の導入を目指し、オンライン資格確認の導入状況等を踏まえ、保険証の原則廃止を目指す

 要するに、保険証の原則全廃には期限が付されていなかったが、すでに、昨年21年10月からマイナンバーカードが保険証として利用可能になったところもある。一方、医療機関・薬局でのカード読み取り機の普及が進まないので、6月の段階では、そちらの方に期限が付けられていたのだ。それが、突然、24年秋という期限もって現行保険証の廃止が打ち出されたのである。
 これまでも、政府はマイナンバーカードの普及には躍起になって、コロナ対策の10万円一律給付にはカードがあった方が便利だとか、マイナポイント1弾では5000円分付与、第2弾では、カード取得自体で5000円分、保険証、銀行との紐づけで各7500円分と併せて20000円分のポイント付与というニンジンをぶら下げた。カードの普及率がようやく50%をこえたというので、今回の方針転換へと勢いづいたのかもしれない。第2弾のマイナポイント付与は9月末終了を12月末まで延長した。繰り返される、あの広告のいじましさ、一番喜んでいるのは、それこそ、広告代理店だろう。
 さらに、カードの普及率によって、政府は自治体への地方交付税の算定に反映させると明言しているのだ。自治体にも、交付税というニンジンをぶら下げて、「尻を叩く」という、暴力的にさえ思える手段に出たのである。
 ここまで来たのだから、意地でも、全国民にカードを持たせようというのか。この間は、近くのスーパーの前で、「ここで、カードが作れます」と呼び込みをやっていたし、これからは郵便局でも作れるようにするとか。ニンジンに目がくらんで?作ってはみたが、おそらく、大したメリットもないと思い知らされるのではないか。さまざまなリスクが潜んでいるというのに。
 保険証の利用者、患者側からすれば、まず、必要性がない。身分証明書代わりというけれど、これまでだって、健康保険証、運転免許証、パスポートで、用がたりる。
 健康保険証として使用できるというが、マイナカードと一体化したとしても大病院はともかく、現在、通院している近隣のクリニックなどでは使えない。読み取り機―オンライン資格確認システム―を導入している医療機関や薬局は少ない。

 マイナカードには住民の基本情報、氏名・住所・生年月日・性別が内蔵されている上に、医療情報が加わることになり、その情報漏れのリスクがある。マイナカードの管理は、昨年成立したデジタル改革関連法により、国と地方公共団体が共同して管理運営する法人に改められた。実際の管理作業は、ほぼ、民間への委託、再委託が実態であろう。情報の拡散、情報漏れのリスクは高まり、政府はさらに、民間のカードの利活用を目論んでいるから、カードに蓄積された個人情報のセキュリティの整備は一層困難になるにちがいない。

 上記「骨太の方針」では、このオンライン資格確認システムの義務化には、医療機関側から、さまざまな問題点が指摘されている。「全国保険医団体連合会」発行の『全国保険医新聞』のアンケート結果は以下のようであった。

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 設備設置の経済的な負担は、助成金の30万程度では間に合わない場合が多く、ランニングコストもかかる。導入済みの機関では、トラブルにも悩まされているらしい。医師の高齢化によって閉院を予定しているケースも一割程度あって、義務化の必要性や助成金の返済などが課題になっている。これを機に閉院を早めるケースもあるという。
 私自身の周辺でも、当地に転居以来30年以上かかっていた内科のクリニックが、コロナの出現の直前に閉院した。コロナのさなかには、眼科クリニックが閉院してしまって、戸惑いもした。地域で親しまれた街のお医者さんが消えてゆく。近くの大学病院は、紹介状なしでは相手にしてもらえない。医療費も2割負担になってしまい、医療難民になりかねない様相になって来た。どうも長生きはさせてくれない国らしい。

 そもそも、マイナンバー法(行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律)17条1項では、個人番号カードは、住民の申請により交付するものとされており、カードの取得は任意なのに、保険証を原則廃止することは、カードの取得を事実上強制するものであり、法律に違反するのは明らかなのである。

 むかし、学校でならったことわざを思い出す。
You can take a horse to the water, but you can't make him drink.

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2022年7月22日 (金)

『朝日新聞』川柳欄への批判は何を意味するのか

 わたしは、長年、短歌を詠み、かかわってきた者ながら、新聞歌壇にはいろいろ物申したいこともあり、この欄でもたびたび書いてきた。最近は、毎日新聞や朝日新聞の川柳欄をのぞくことの方が多くなった。

・疑惑あった人が国葬そんな国

・利用され迷惑してる「民主主義」

・死してなお税金使う野辺送り

 7月16日の「朝日川柳」は「国葬」特集なのかな、とも思われた。短歌やブログ記事ではなかなか言えなかったことが、短い中に、凝縮されていると思った。

 安倍元首相の銃撃事件について、「民主主義への挑戦」といった捉え方に違和感を持ち、さらに、全額国費負担で「国葬」を行うとの政府にも疑問をもっていたからでもある。こうした川柳をもって、安倍元首相や政府方針を「揶揄」したのはけしからん、ということであれば、安倍批判や政府批判を封じることに通じはしまいか。政府への「忖度」が、言論の自由を大きく後退させ、自粛への道をたどらせたことは、遠くに、近くに体験してきたことである。  

 大手新聞社やNHKは、たださえ、安倍元首相と旧統一教会との関係、政治家と統一教会との関係に、深く言及しないような報道内容が多い。もっぱら週刊誌やスポーツ紙が取材や調査にもとづく報道がなされるという展開になっている。テレビのワイド番組が、それを後追いするような形でもあることにいら立ちを覚える昨今である。

 朝日新聞社は19日、J-CASTニュースの取材に対し「掲載は選者の選句をふまえ、担当部署で最終的に判断しています」と経緯について説明。「朝日川柳につきましてのご指摘やご批判は重く、真摯に受け止めています」と述べ、「朝日新聞社はこれまでの紙面とデジタルの記事で、凶弾に倒れた安倍元首相の死を悼む気持ちをお伝えして参りました」とし、「様々な考え方や受け止めがあることを踏まえて、今後に生かしていきたいと考えています」と答えたという。どこか腰が引けたようなスタンスに思えた。さらに7月22日には、重大な訂正記事が載っていた。上記「利用され迷惑してる『民主主義』」の作者名が編集作業の過程で間違っていたというのである。なんとも「シマラナイ」話ではないか。

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二句目のの作者が、「群馬県 細堀勉」さんだったとの訂正記事があった(『朝日新聞』2022年7月22日)

 また、今回のNHKの報道姿勢について、当ブログでも若干触れたが、視聴者団体「NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」は、7月19日、「犯罪捜査差の発表報道に偏せず、事件の社会的背景に迫る公正な調査報道を」とする要望書を提出した。番組のモニタリングから、容疑者の銃撃の動機についての解説や識者のコメント、安倍元首相の政治実績の情緒的な称揚、東日本大震災の復興政策、経済再生政策、安全保障政策において、事実と国民の意識とはいかに離反していたかの分析もない報道を指摘している。NHKはどう応えるのか。

 NHKには「政治マガジン」というサイトがある。事件後の関連記事には、安倍元首相と旧統一教会、政治家と旧統一教会の記事は一本も見当たらず、もっぱら警備体制、国葬に関する記事ばかりで、7月19日号の特集では「安倍晋三元首相銃撃事件<政治が貧困になる>」と題して、政治学者御厨貴へのインタビュー記事が掲載されている。「戦後日本が築き上げてきた民主主義が脅かされていると同時に、今後の政治全体の調和までもが失われる深刻な事態だと警鐘を鳴らした」という主旨で、今度の事件は「民主主義への挑戦」とのスタンスを展開している。NHKよ、どこへゆく。

 

 

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2022年7月18日 (月)

動機は明白になって来た~容疑者に「精神鑑定」は必要か

 安倍晋三元首相銃撃報道における容疑者と旧統一教会との関係、容疑者が「なぜ安倍をねらったのか」について、大手メディア、とくに、テレビの報道番組のスタンス、メインキャスターやコメンテイターの発言は、そろいもそろって、旧統一教会と安倍との関係を薄めよう、薄めようという意図が歴然としてきた。加えて、安倍の功績をたたえ、その上塗りをするものであった。安倍の銃撃事件と旧統一教会・政治家との関係は切り分けて考えないといけないとの論調も依然として有力である。

 NHKは、容疑者は旧統一教会と安倍が密接な関係があると「思い込み」によって犯行に及んだと「7時のニュース」では言い続けている。旧統一教会と容疑者の母親の寄付・金銭トラブルや安倍との関係は極力触れず、旧統一教会の記者会見後も 「宗教団体(世界平和統一家庭連合)」というのがテロップでの表示である。7月12日の「ニュースウオッチ9」ではこともあろうに、第一次・第二次安倍政権で、防衛大臣や党の副総裁を務めた高村正彦を登場させ、安倍晋三の“政治的功績”をるる述べさせた。そして「(安倍への)批判も確かにあったが、その評価は後世の史家に委ねられる」と締めくくり、MCの田中正良もなんと高村と同様に「事件の判断は歴史に委ねられる」と言い放った。メディアの機能不全、自殺行為にも等しい。ちなみに、高村は、弁護士時代、旧統一教会の訴訟代理人だった人である。政権・政治家への擁護がここまで露骨だと、視聴者の疑問をかえって深めてしまうだろう。

  テレビ朝日「報道ステーション」の大越健介は、容疑者がなぜ安倍を狙撃したのかは「理解不能」とまで明言した。日テレ「ウエークアップ」(7月16日)の野村修也は、安倍元首相の銃撃事件を「教団を壊滅させようと道具として利用した面もあるかもしれない」などと述べる。複数の局の番組で、田崎史郎は「政治家は、選挙で一票でも欲しいから、頼まれれば、祝辞やメッセージ、行事への参加も断れない」などとぬけぬけというではないか。

 そして、政府は、警備体制の不備を強調し、今後の強化を進めるといい、捜査当局は、容疑者の銃や火薬の製造やその性能をしきりに究明するのに熱心で、挙句の果て、奈良地検は、容疑者の動機には「飛躍」があり、刑事責任能力を調べるために本格的な「精神鑑定」を実施する方針を固めたという(毎日新聞7月17日)。容疑者の動機の解明、政治家と旧統一教会との長期間にわたる密接な関係究明からはますます離れてゆく様相がみえてきた。

 さらに、岸田首相は、早々と全額国費で、秋には、安倍晋三の「国葬」を実施すると表明し、憲法改正を突破しようという魂胆である。コロナ感染が収まらず、物価高騰に歯止めがかからず、経営苦の中小企業、生活苦の非正規雇用の人たち、医療費の負担増額が強いられる高齢者たちは、事件や人の死を利用した税金の無駄遣いを許せるわけがない。

 

 

 

 

 

 

 

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2022年3月17日 (木)

NHKは、余分な解説をするな、事実を正確に伝えよ!

  NHKの7時のニュースに合わせての首相記者会見には、もう、うんざりである。NHKは官邸の広報か、国営放送かと紛うばかりである。会見の内容も相変わらず具体性のないものだし、記者たちの質問もゆるい。そしてそれをスタジオでは、解説という名の後追い、繰り返しでしかない。時間をそのために延長しているにすぎない。
 もちろん、NHKに限るわけではない。民放も含めて、報道番組全体に言えることなのだが、そこに登場するコメンテイターや専門家のコメントほど役に立たないものはない、とつくづく思うようになった。

・予報士の横でごちゃごちゃうざいアナ(勝浦 ナメロー)

「仲畑流万能川柳」(『毎日新聞』2022年2月26日)の入選作である。かねてより、7時のNHKニュースの最後の天気予報を見ていて、予報士が地図を見ながら解説している途中で、左側に立つアナウンサーが、合の手を入れるというか、言わずもがなのセリフを発するのが、まさにうるさく「うざかった」のである。「ふれあいセンター」にも伝えたが、いっこうに改まらなかった。それがなんと、今年の2月からか、そんな場面がぴたりとなくなったので、「晴々とした」?気持ちで予報を聞くことができるようになった。
 ついでながら、女性の予報士が、毎晩、とっかえひっかえの衣装や髪形で登場するのにも、私など不快感を覚えていた。コツコツとハイヒールで天気図のパネルに近づいたり、離れたりするのも気になっていた。そうかと思えば、マタニティ服で登場すること自体には応援したい気持ちなのだが、二度と同じ服は着ませんみたいなコンセプト?のファッションにも違和感があった。気象情報は、まさに淡々と正確な情報をわかりやすく伝えるのが命だろう。余分な情報発信はやめて欲しい。

 事件や情勢が深刻であればあるほど、マス・メディアの発する情報や言葉は重要になって来る。
 そして川柳はむずかしい!!ナメローさんから拝借して。

・現地からの画面にゴチャゴチャうざい“専門家”

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例年より少し遅く咲き出したスイセン、エサ台には、つがいの?ヒヨドリが交代でやってきた。

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2021年10月24日 (日)

眞子さんと小室さんの結婚騒動~「さま」と「さん」って、どういうこと ?

 多くのメディア、良心的な?とされる報道番組や新聞に至るまで、眞子さんと小室さんの結婚報道を見ていると、もう、男女平等、ジェンダーを語る資格があるのだろうかと思ってしまうし、結婚する二人、その家族らへのバッシング報道には、うんざりというよりは、怒りさえ覚える。

たとえば、直近の眞子さん30歳誕生日の記事を見てみよう。
「眞子さま30歳に 皇族としての最後の誕生日」『毎日新聞』(2021年10月23日)
「眞子さま30歳 26日に婚姻届 皇族最後の誕生日」『東京新聞』(同上)
「眞子さま30歳 皇族最後の誕生日」『朝日新聞』(同上)

 いずれの記事も、当然のことながら、10月26日に小室圭さんと結婚することに触れるが、眞子「さま小室圭「さん」という敬称の表記は変わらない。また、同日には、つぎのような記事もあった。どちらかといえば、皇室や小室圭さんバッシング報道にやや批判的な側面を見せる記事でも同様であった。
「眞子さまの結婚から見えたもの―自粛まとう皇室 もっとアピールを」(デーブ・スペクター談/聞き手・武田啓亮)『毎日新聞』
「週刊ネットで何が・・・〈小室さん〉扱えば〈ドル箱〉に」(ニュースサイト編集者・中川淳一郎)『東京新聞』

 週刊誌も、広告の見出しの限りだが、一様に「さま」「さん」である。あの「週刊文春」『週刊新潮』も同様であった。たまたま見ていた10月23日TBS「報道特集」の金平キャスターは「さん」と言いかけたように聞こえたが「眞子内親王」と言い換えていた。なお、敬称の限りでいえば、森まゆみ「寄稿—眞子さんの結婚に思う」(『朝日新聞』10月22日)では、「さん」で貫かれていた。
 この現象はたんなる些末にすぎないのだろうか。こだわる私がおかしいのだろうか。
 また、これも、冒頭の誕生日の記事で、いずれも「30歳」が主たる見出しになっていたことにも、違和感を覚えた。これらの記事に誘発されて思うのは、まじかに控えた「結婚」ということではないか。男性皇族の結婚の場合、年齢が見出しになることがあっただろうか。「皇族最後の誕生日」はいいとしても、とくに年齢を見出しにすることもなかったのではないか。内閣府の発表によれば2019年現在の結婚平均年齢は、男性が31.2歳、女性が29.6歳なのである。 

 先の敬称の差は、何を意味しているのだろうか。その根底には、天皇制という不平等の根源を、日本国憲法が擁していることにあるはずだ。こうした憲法のもとに、法律や政治、教育やメディアが、呪縛とも思わず動いてきたのではないか。支持基盤が高齢化して危機感を持ち、ひたすら自民党に縋り付きたい公明党の山口代表、共産党は「天皇制は憲法違反である」と主張する党だとの演説に、あわてて否定する共産党でもある。

 少なくとも、象徴天皇制といえど、政治に利用されてきた存在であって、民主主義とは相容れない制度であることを私たちは自覚し、天皇はじめ皇族方の政治利用を監視しつつ、皇族方には、なるべく、静かにしてもらいながら、私は、その終焉を願っている。

 

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2021年3月22日 (月)

それでも五輪は開催するのか、国民は延期や中止を望んでいる

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2020年3月23日のNHKの昼のニュースで伝えられた、新型コロナ感染者マップである
 
 いったい、だれのためのオリンピック・パラオリンピック(以下五輪と略す)なのだろう
 
つい一年前のことを思い出してみたい。安倍首相が、東京五輪の一年延期を決めたのが2020年3月24日だった。当時のコロナ感染状況を忘れてはいないだろうか。上のテレビ画面が、私のカメラに残っていた。そして、次の画像はNHKの「新型コロナ特設サイト」から得た最新の感染者マップである。こんな画面を、毎日毎日見ていたことになり、若干の一喜一憂はするものの、数字そのもの、数字も直近の比較ばかりに目が奪われて、その危機感も薄れていくようで恐ろしくもなる。

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2021年3月20日感染者マップ、NHK[新型コロナ特設サイト」より

 以下、下の表で、去年の3月20日と今年の3月20日の数字を単純に比較してみても、国内の感染者数は、1105⇒1517、東京の感染者数は、125⇒342、死者数は2人から19人であった。表にはないが、今年の3月20日の直前の死者数は、19日は33人、18日は32人、17日は43人、16日は57人であり、激増しているのである。下の表では、この一年の第1、第2、第3波と言われた時点を中心に、その推移をたどってみた。結構、手間がかかったのだが、見ていただきたい。PDF版にもしているので、そちらの方が見やすいかもしれない。

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東京五輪1年延期以降の感染状況と政府の動向年表
(カッコ内の数字は東京都の内数)          (内野光子作成)
 ダウンロード - e382b3e383ade3838ae5b9b4e8a1a8.pdf

 今日、3月22日の非常事態宣言解除にあたって、その根拠として言われているのが、病床のひっ迫状況の改善で、強調されていた。絶対数から言っても最も高いピークを示した今年1月の第3波の時点と解除直近3月18日の状況を次の表にまとめた。昨年の8月に分科会が公表した「6つの指標」の感染状況の段階で示すと、黄色の部分が感染状況の第3段階であって、「感染急増」段階なのである。埼玉県と東京都は6つの指標のうち3つがその急増段階を脱していないことになる。また、病床の確保といっても、文字通りベットの確保であって、安心してはいけないということは、病院関係者からよく聞く話である。医師・看護師などのスタッフが確保されているわけではないから、「絵に描いた餅」に近い。感染が激増段階に入ったら医療崩壊につながることが目に見えている。

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6つの指標、2117日(上段)と318(下段)の比較
黄色のマーカーの数値がステージ3(感染者急増段階、医療提供体制に支障)を示す
ダウンロード - e5b9b4e8a1a8.pdf

参考「感染状況の4段階と6つの指標」
ダウンロード - 2021e5b9b41e69c887e697a5.pdf

 その上、感染力が強いという変異種が増えているこのような状況の中で、いまだに、五輪開催を目指している政府は、なにを考えているのだろうか。海外からの観客は断念する至ったが、海外選手・関係者・メディアの入国・出国・宿泊・移動、国内選手関係者の宿泊・移動に伴う検疫・検査体制を支える医療スタッフ、もろもろの日本人スタッフの確保がいまだ明確ではない。聖火ランナーやボランティアの辞退者が相次ぐのも、国民の大多数が延期や中止を望んでいることの反映でもあろう。国内の観客数制限という以前に、試合会場やそもそも密なる競技の試合の管理など、素人でも、その困難さが予想できるが、それへの対策は聞こえてこない。IOC会長と都知事、組織委員会会長、五輪担当大臣らの協議からは見えてこない。オリンピック精神、その理念云々以前の問題である。
 はたして、海外からの選手やメディアは日本にやってくるのか。
 その上、感染が拡大したら、だれが責任を取るのだろう。

 地元の小さな会で、現役の病院勤務の医師からは、PCR検査はすでに縮小段階に入っていて、かつては感染者が出た病棟勤務者全員に検査がなされていたが、今は濃厚接触者だけになっているという話を聞いた。また、小学校に勤務する先生からは、クラスに感染者が出たら、かつてはクラス全員に検査がなされていたというが、いまはそれがなされていない、ということだった。私は10年近く通院していた大学病院からは、コロナ禍のため転医を迫られ、閉院のためかかりつけ医を失った今、途方に暮れている。

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ヒヨドリのつがいが、イチジクのえさ台の「しらぬい」を上と下で見張って
いるようにも見える.。東側の紫モクレンがつぼみをつけ始めた。スイセンは
昨日の雨に打たれて倒れそうにもなっていたが、続いて、チューリップがつ
ぼみをつけ始めている。球根のまま放置していたアムステルダムの花市で
買ってきたのはどれだったのか。いつ植えたのかわからない球根も、毎年
花を咲かせてくれる。
年が明けてから、植えた球根もある。なまけ者の庭にも
春は確実にやってくる。

 

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2021年3月10日 (水)

十年目の3月11日、どうしたらいいのか

 3月5日、山本宣治の命日だった。3月8日は、国際女性デーであった。そして、首都圏の非常事態宣言は2週間延長された日でもある。千葉県などは、いまだに、三桁の新規感染者が続くこともある。

 そして、今日は、東京大空襲の日であった。10万人の犠牲者を出し、東京の下町を焼き尽くしていた炎が遠い西の空を染めていたのをたしかに見ていた、かすかな記憶がよみがえる。疎開地の千葉県佐原から、母に促されてみたのだろう。店を守っていた父と専門学校の学生だった長兄が残っていた池袋の生家が無事だったのもつかの間、4月14日の未明、その我が家も城北大空襲で焼失、命からがらに憔悴して疎開地にやってきた父と兄、私は父に、いつものようにお土産をねだっていたという。何もわかっていなかったのである。

 そして、明日は3月11日、まず、思い起こすのは、あの日の私自身の記憶につながることではある。しかし、その後、次から次へと伝えられたテレビや新聞で報道された画像や記事、そして、10年にわたって、さまざまな人たちの証言や専門家による検証であった。津波に襲われることなく、福島の原発から遠く離れた、この地にあっても、強烈な恐怖となって迫ってくるのは、原発事故の眼に見えない、収束のない被害と津波の恐ろしさである。自身のわずかな体験ながら、津波に襲われ、多くの命と街を奪われた石巻、津波の被害に加え、原発を擁する女川の地を訪ねて、その感を一層強くしたのだった。その思いの一端を、このブログでも記してきた。

 昨3月9日の閣議で「東日本大震災復興の基本方針」の改定が決定されたという。そのポイントというのが、
①復興庁の設置は、10年間延長し、その前半5年間は第二期の「復興・創生期間」とする
②地震と津波の被災者の心のケアなどソフト事業に重点を置く
③原発事故の被災地では、避難指示が解除された地域への帰還や移住を促進し、国際的な教育研究拠点を整備する
④原発の汚染水処理の処分については、先送りできない課題だとして、風評対策も含め、適切なタイミングで結論を出す

 それに先立ち「第29回復興推進会議及び第53回原子力災害対策本部会議の合同会合」を開催し、上記の基本方針を議論したというが、首相は次のように述べたという(首相官邸ホームページ)。

「間もなく、東日本大震災から10年の節目を迎えます。被災地の方々の絶え間ない御努力によって、復興は着実に進展しています。
 昨年12月、岩手・宮城では、商業施設や防潮堤などを視察し、まちづくりやインフラ整備の進捗を実感しました。今後、これらの地域における被災者の心のケアやコミュニティ形成といったソフト面の施策に注力してまいります。
 昨年9月に続いて、先週末も福島を訪問し、地元の方々と移住されてきた方々が協力して、新しい挑戦を行う熱い思いに触れることができました。福島の復興のため、その前提となる廃炉の安全で着実な実施、特定復興再生拠点区域の避難指示解除に向けた取組と区域外の方針検討の加速、さらに移住の促進など、取り組んでまいります。
 こうした状況を踏まえ、来年度から始まる復興期間に向けて、『復興の基本方針』を改定いたします。
 福島の復興なくして、東北の復興なし。東北の復興なくして、日本の再生なし。 この決意の下に、引き続き政府の最重要課題として取り組んでいく必要があります。閣僚全員が復興大臣であると、その認識の下に、被災地の復興に全力を尽くしていただきたいと思います。」

 この日のNHK夜7時のニュースは、基本方針のポイントと、閣議前の復興会議の議論を踏まえての発言の最後のフレーズだけを放映していた。「福島の復興なくして、東北の復興なし。東北の復興なくして、日本の再生なし。」とはなんと白々しい、と思うことしきりであった。

  災害や痛ましい事件のあとに、被災者や被害者、その周辺の人たちへの「心のケア」の大切さが言われるが、少なくとも、東日本大震災の被災者には「心のケア」より、何より大切なのは、生活再建、経済支援なのではないか。いくら避難指示が解除されたからといって、仕事が確保され、生活環境が整わないかぎり、「望郷の念」だけでは戻れないだろう。首相がインフラ整備の一部を視察したからと言って、災害公営住宅の家賃の値上げや廃炉・汚染水処理が進まないなかのエネルギーミックスなど言われては、不信感は募るばかりだろう。
  その一方で、聖火ランナーの辞退者が続き、途切れてしまうし、海外からの一般客は断念しながらも開催するというのだから、福島復興の証としての五輪は、幻想でしかなかったのだ。
  それを質すべき野党の体たらくに、期待することはできない。政府も野党もアテにならない。客観性に欠けるマス・メディアの報道、テレビや新聞に登場する常連のコメンテイターたちも、自分の“居場所大事”な人が多い。たまにまともなことを言うと、すぐに炎上し、自粛へと傾いていく。若い人は、新聞もテレビさえ見ない、まして本を読まない人が多いらしい。

  ならば、私たちはどうしたらいいのか。自分と異なる人の意見もしっかりと聞く。悩みは増えるけれど、自分が感じたり、思ったり、考えてたりしたことを、率直に発信していくほかないのかもしれない。そして、先人の残した知見から少しでも学ぶことなのだろうか。平凡なことながら、それが難しい。高齢者にはつらい日が続く。3月は、私の誕生月でもあったのである。

 

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