2017年3月26日 (日)

「~してございます」~霞が関と永田町の言語生活~森友問題を通じて

霞が関話法?

 森友学園問題の国会での質疑を聴いていると、政府や役人の答弁にまず腹が立ち、野党の質問の拙さにも苛立ってしまうことがある。テレビの前で座ってばかりいるので運動不足にもなり、精神衛生上もきわめて不健康な状況が続いている。

 その上、とくに役人の答弁の「~してございます」という表現が気になって仕方がない。「霞が関文学」ともいわれているそうだが、そんな上等なものではなく「霞が関話法」と名付ける価値もない。丁寧そうな言葉遣いながら、文法的にも誤用であり、その発言内容と相まって、慇懃無礼な、無責任答弁に多用されている。「してございます」は、官僚ばかりでなく、企業人も社外向けに使うことが多く、中高年男性に愛用されているようなのだ。

 「担当職員が対応させていただいてございます」「政治的な配慮をしてございません」など、324日衆参予算委員会に森友問題で出席した、財務省と国土交通省の参考人たちも連発していた。証人として招致したところで、「知らぬ、存ぜぬ」で通すのだろう。

永田町話法?

一方、政治家たちの責任逃れは、かつて「秘書が、秘書が・・・」であったことが揶揄されていたが、今回は「妻が、妻が・・・」「夫が、夫が・・・」かと思いきや、やはり「(首相夫人付)秘書が、秘書が・・・」ということにもなった。324日の国会の質疑や記者会見での次のような発言は、大いなる自己矛盾を、明白にもしている。 

安倍首相①「(妻が100万円寄付をしたかどうか)密室のやりとりなど反証できない事柄を並べ立て、事実と反することが述べられたことはまことに遺憾だ」

「(首相夫人付き秘書から籠池証人への報告ファックスについて)ゼロ回答なのだから妻が関与したことにはならない」

「(首相夫人の証人喚問要請について)今まで証人喚問に出られ方は、刑事罰がかかるかもしれない疑いの中で出られている。妻の行為は犯罪では全くない。名前を出された人たち全員証人喚問するというのか」

菅官房長官「(首相夫人付き秘書の谷氏の籠池理事長への報告ファックスについて)ゼロ回答のことわりのファックスなので、まったく問題はない」

竹下国会対策委員長「(首相夫人の寄付について)100%、200%あり得ないが、たとえあったとしてもても、まったく問題はない」

 首相①は、反証をというのならば、首相夫人を証人喚問すれば、籠池証人の答弁との比較において、議員や国民に判断の材料を提供できるし、決着がつかなければ司法の判断にゆだねることもある。首相は、別の日の答弁で「ないことの証明は<悪魔の証明>なので困難」とか言って質問をかわしていたが、そんな大げさなものではない。

首相②と官房長官の発言は、「ゼロ回答」「ことわり」だったからというが、ファックスの2枚目には、案件別に経緯が記され、その末尾には、つぎのようにある。

4)工事費立て替え払いの予算化について

一般には、工事終了時に清算払いが基本であるが、学校法人森友学園と国土交通省航空局との調整にあたり、「予算措置がつき次第返金する」旨の了解であったと承知している。平成27年度の予算での措置ができなかったため、平成28年度での予算措置を行う方向で調整中。」

このファックスは20151117日付であったが、工事費は、翌年の年度初め46日に支払われていることも判明している以上、まさに「関与」「口利き」の成果ではなかったのか。この文面をどう読んでも、問い合わせへの夫人付き秘書の「丁寧な対応」だけというには無理がある。さらに言えば、福山議員が言うように関与や口利きは「結果」「成果」がなくても成り立つものだろう。しかし、このくだりを、明確に切り込む質問がなされなかったのは残念だった。

「携帯水没後」の首相夫人と籠池夫人のショートメールの往復、316日参院予算委員会視察団に「寄付の中には、安倍首相からの100万円の寄付も入ってます」との籠池理事長の発言後、その大金の寄付の授受を「100万円の記憶がないのですが」などと悠長な文言で聞き返している首相夫人のメールには、やや驚いた。ここで、「記憶がない」という永田町の常套句、いわば「永田町話法」が、やはり登場してきたのだ。さらに、上記の首相夫人付き秘書の籠池理事長あてファックス文書は、これだけでも、公人による「働きかけ」の一端が浮上、「関与」の証拠になるはずである。

なお、首相③の発言は、憲法62条「両議院は、各々国政に関する調査を行い、これに関して、証人の出頭及び証言並びに記録の提出を要求することができる」という「国政調査権」の意味を理解していないのではないか。犯罪の嫌疑や容疑に係る者でないと喚問できないという大いなる誤解にすぎない。さらに、「名前の出た人全員・・・」云々の発言は、いつもの「民進党は支持率が上がらないじゃないですか」と同じで、「ほかにフって」しのごうとしているらしい。

竹下国対委員長の発言には、「開き直り」というか、語るに落ちた、の感がある。

安倍首相は、「私も妻も安倍事務所も、一切、国有地払い下げや学校認可にかかわっていない。関係していたら私は間違いなく首相も議員も辞めますよ」(217日衆院予算委員会)と啖呵を切っていた。いずれ、すべてが公開される日もあるかもしれないが、自民党による首相夫人と籠池夫人のメールの一部公開は、安倍首相擁護が裏目に出て、安倍夫妻への疑問はさらに深まったのではないか。今となっては、安倍首相の辞めない理由を探すのが、むしろ困難な状況に至ったようだ。

従来、政治が危機に直面したときは、冷たく「粛々と進める」冷酷さで突破するか、内外の批判には「前向きに検討し」「真摯に受け止め」「万全を期して」、「推移を見守る」と成り行きに任せることもできたのに、どうだろう、今回は。それにしても代わるべき受け皿がないのは、如何ともしがたい現実であるが、とりあえず「野党頑張れ」としか言いようがない。 

政治家の資質と人格

このところの安倍首相は、国会の質疑で「不愉快だ」「失礼じゃないですか」「まるで犯罪者扱い」「悪意に満ちている」など、感情的な言葉を口走り、政治家の資質が問われる発言を繰り返している。

324日の衆院予算委員会での質疑では、さらに驚いた場面があった。共産党が入手した鴻池事務所の「面談メモ」をめぐっての麻生財務大臣の答弁。当初は、だれのメモかを明かさないままだったのだが、当日31日の夜に鴻池議員が自ら記者会見に及んだ経緯がある、あのメモだ。宮本議員が、麻生大臣に、そのメモについて鴻池議員に確認した件で質問したところ、次のような発言が飛び出したのだ。「訳の分からないところから『メモを取った』と偉そうにいっていたじゃないか。偉そうに」との発言に野党側からのヤジが飛ぶと、麻生大臣はさらに声を張り上げ、「俺は偉そうに聞こえたんだからしようがないだろ」と。人を指さすジェスチャーをしながら「いつも人をこうやって指さしてワンワンしゃべってる。偉そうに。失礼だろ、それは」と言い切った。実際の発言は、もっと口汚い、まるで、チンピラやくざの口ぶりそのままで、再現できないのだが、聞くに堪えなかった。麻生大臣の品格のなさは、知っていたが、こんな人間がかつて首相をやっていたかと思うと、情けない。その発言を、笑いながら受けている野党も野党だ。山本一太委員長の「麻生大臣、ご表現には気を付けてください」で、当の大臣はじめ、大笑いで落着となったのだ。

麻生発言といえば、メディアでは問題にされなかったのだが、今年の、麻生大臣の地元、九州の飯塚市の成人の日の「来賓祝辞」だった。例の昼間から賭けマージャンをして「賭けないでマージャンする人はいないだろう」と豪語していた斎藤市長が辞任を表明した直後のことだ。さすがに成人を前に挨拶できなかったとみえ、有力支持者の一人だった市長に代わっての来賓としてよばれた麻生大臣だったのか。その挨拶が、これまたびっくりだったのである。「あんたたち、成人になったら、これまでと何が違うかといったら、強姦罪、賭博、麻薬・・・でつかまったら少年A じゃすまない。自分の名前が出るんだ」と。いや、もっと罪名をあげていたと思うし、言葉も汚かったし、あくまでも「要旨」なのだが。「責任を持て」という成人へのメッセージにしては、ひどい。ひどすぎる。

「劇場」のカーテンは降ろしてはいけない

小池劇場、トランプ劇場、籠池劇場とも呼ばれて、メディアを賑わしてきたが、今回の森友問題は、政治の根幹、安倍首相夫妻に大きくかかわる問題だけに、このままの幕引きは許されない。この間、共謀罪の法案も閣議決定された。こちらの国会審議もしっかり、丁寧にした上で、廃案に追い込んで欲しい。追い込まなくてはいけない。テロ対策ができない?オリンピックが開催できない?一般人には関係がない?から共謀罪新設が必要であるというのだが、その目指すところを見極めなければならない。テロ集団か一般人とはだれが何を以て判断するのか。要するに国民全体への監視のシステムが合法化することになるのだ。天皇退位をめぐる動向、南スーダンPKO部隊派遣問題にしても、課題は山積みである。

福島県はじめ東日本大震災の実質的な復興がなかなか進まない実態、熊本地震も同様だし、沖縄の高江・辺野古基地建設問題、原発再稼働が始まった川内と伊方、再稼働を控えている地での安全対策というより原発・エネルギー政策、東京都の豊洲市場問題は、一地域の問題ではなく、国民一人一人、自分の問題として考えなければならないはずではないか。

地元では、千葉県知事選挙が展開されているはずだったが、今日は投票日。冷たい雨となった。佐倉朝日健康マラソンの日でもある。森田健作知事は、ミス〇〇とかアスリートの表敬訪問でガッツポーズをしている写真ばかりが報道され、何をしているのかがわからない。役人にとってはありがたい知事だという。県庁への出勤状況は、石原元都知事といい勝負かもしれないが、投票率は如何。

 

 

 

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2017年3月20日 (月)

「天皇の退位」は実現する見込みだが~衆参両院正副議長の「とりまとめ」をめぐって

「とりまとめ」への経過

201688日には、天皇の「生前退位」の「お気持ち表明」が一斉にテレビ放映された。先立つ713日にはNHKのスクープとして、天皇が「生前退位」の意向を宮内庁関係者に示していたと報じられた。これまで、政府は、面倒な問題として先送り、避けて来た問題が浮上し、慌てての対策が、コントロールが効く政府の諮問機関「有識者会議」なるものを立ち上げた。その中間報告が政府の意向を受けたものだったので、両院の議長が事前協議の形で、各党・会派の協議を行い、317日、与野党は、衆参両院正副議長による「議論のとりまとめ~特例法の制定によって退位を可能にする~に合意し、首相に提示した。4月下旬、有識者会議の「最終提言」を経て、5月の連休後に国会に提出、成立する見込みとなった。昨年11月の段階で、私なりの情報の整理を試みたので、ご覧ください。 

天皇「生前退位」の行方~天皇制の本質については語られない(1)(2

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2016/11/post-dd45.html20161129日)

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2016/11/post-e43f.html (20161130日)

 現在も、上記の段階から基本的な方向が変わったとは言えない中で、官邸の意向を十分忖度した上での10の各党・会派の妥協の産物ではなかったかと思う。「とりまとめ」自体にも矛盾点がいくつかある。しかも、これとて、今後の有識者会議の最終提案、国会での法案審議と進行する中で、何が起こるかわからない。安倍首相は、特例法に「今上天皇」を書き込むことにこだわり、女性宮家創設の検討と退位が先例になることを極力さけたい意向だったという。今回の提案には、ともかく「今上」の文言はなくなり、あとの二つについては皇室典範付則などで、その可能性を残した。さらに、典範付則には特例法との一体化を明記し、憲法との整合性をはかり、特例法には、今回の天皇の意向表明が広く国民の理解を得たという経緯を書き込むことで、天皇の気持ちが反映されることを確保したということだ。 

「とりまとめ」と付された「政党の意見」

この「とりまとめ」は、あくまでも「国会」「立法府」としての見解ではなく、「衆参正副議長による議論のとりまとめ」であったということである。この見解への各党の対応がどうだったのかでも、今回の問題点が浮き彫りになるだろう。安倍首相は、「重く受け止め、直ちに法案の立案に取りかかりたい」旨の発言が報じられた。また、この「とりまとめ」には7つの党・会派の意見も合わせて付された。朝日新聞によれば(5面、「7党・会派の意見(要旨)」、民進党は、主張してきた「恒久法に規定されるべき退位」が事実上制度化されと理解する、などの意見を付した。共産党は、①特例法の立法理由が退位を認めることについて広く国民の理解が得られていることに置かれるならば、憲法にてらして適合的だ②「おことば」を政治の側が「重く受け止めて」立法措置をとるとなると、憲法に背いた政治的機能の行使になりかねず不適切であり同意できない③「象徴としての行為」のすべてを肯定的に評価する記述は同意できない④「とりまとめ」は、全会派を拘束する文書すべきではない。今後の国会審議を縛るものとしてはならない、とする意見を付した。

今回の「見解」自体が不透明で、文意が曖昧な個所がある上に、付された意見を読むと、さらに、混迷が深まる。民進党の意見は、念押しや確認のつもりなのかもしれないが、これってたんなる「勝手な期待」としか読めない。共産党は、見解への「反対意見」ではなかったのか。「とりまとめ」に、これだけの問題点があるのに、なぜ合意したのだろう、というのが素朴な疑問である。318日の「赤旗」では、全体会議での小池書記長の「発言」として、「天皇退位の立法化の理由が退位を認めることについて広く(主権者である)国民の理解が得られていることに置かれるならば、憲法にてらして適合的であり、了としうる」と「とりまとめには問題点があり、全会派を拘束する文書とすべきではない」の2点をあげ、「意見」としては、上記「朝日」の「意見(要旨)」②をあげている。③は、「発言」としても「意見」としても、記事には登場しない(2面「全会派拘束するべきではない 天皇退位『とりまとめ』小池書記局長問題点指摘」)。それにしても、小池発言の「天皇退位の立法理由が…了としうる」という仮定の問題を想定しての「期待」にすぎず、意見としてどんな意味があるのだろうか。要するに、この際、天皇のことなので「仲良きことは美しきことかな」の発想なのか。こと、天皇の件となると、「突出」したくなかったのか。憲法上の疑義がある「とりまとめ」に、こうした意見を付すくらいなら、なぜ反対しなかったのだろうと。もっとも、このブログでも何回か記事にしているように、共産党は、天皇制へのスタンスを、確実に転換したのにもかかわらず、きちんとした説明責任を果たさないまま、ポピュリズムへと雪崩れていく姿に戸惑い、驚いている。

一方、今回の「とりまとめ」報道、新聞各社の社説をのぞいてみると、いずれも、「とりまとめ」への一定の評価を踏まえ、皇位の安定的継承のための課題を残し、法案審議の過程に着目する、という姿勢のようだ。

毎日新聞:退位の議長見解 政治の土台は固まった 

朝日新聞:天皇退位 「総意」が見えてきた

読売新聞:「退位」特例法案 一本化を促した「国民の総意」(いずれも318日朝刊) 

天皇に、憲法上疑義のある発言をさせた責任~原武史氏の発言

また、さまざまな識者のコメントや発言も溢れた。その中で、私が注目したのは、原武史へのインタビュー「『お気持ち』と政治」(「朝日新聞」318日)であった。天皇の退位の意向を受けて、立法に動くこと自体が憲法に反する、という。こうした疑義が憲法学者から出ないこともおかしな事態だと。現実として、国民の多くが高齢の天皇夫妻の言動を見て、退位容認に傾いていると思うが、どういう過程をとるべきだったのか、を記者に問われて、まず憲法上の「摂政」で対応した上で、国民の多くの声に動かされ結果、政治が動くか、天皇からの意向を早くより伝えられていた政府が動くかして、立法審議へと進むべきだったと。保守派・伝統派の一部での「摂政」での対応を可とする考え方との相違を問われて、「退位のよしあしよりも、過程全体が憲法や皇室典範など現行法にのっとっているかどうかです。次元の違う問題です」と答えていた。

さらに、原は、昨年の天皇の「お気持ち」表明を敗戦後の「人間宣言」と重ねて、リベラルと言われる人からも評価されていたが、あの「人間宣言」は、『昭和天皇実録』の記述によれば「万世一系イデオロギーを継承していた、と指摘、比較というならば敗戦時の「玉音放送」との比較にこそ意味がある、と主張する。「いったん天皇からその意思が示されるや、圧倒的多数の国民が受け入れました。これが天皇と国民の関係です。この点で458月と現在は変わっていません」と結論付ける。

今の時期、こうした明確な発言は、貴重であると思った。護憲や立憲主義を主張するリベラル派と称される識者や護憲政党までも、皇室典範改正や特例法を可とする風潮を理解しがたく、高齢の天皇への同情や言動への敬意・親近感をそのまま「国民の総意」としていることへの不安に思っていたので、大いに共鳴したのだった。

また、どのような文脈での発言からなのか、インタビュー記事からでは不明ながら、皇居前の肖像写真のコメントに「天皇に会えば、どうしても感情が入る。研究者として、会うべきではないと思います」の言葉にも説得力があった。

というのも、私が、これまで様々な機会で述べてきたように、「歌会始」選者となった歌人たち、「歌会始」に陪聴者として招かれた歌人たち、それに連なる、もしかしたら声がかかるかもしれない歌人たちの短歌作品や発言に目を止めるだけでも、親天皇、親天皇制へと傾いていく現実を目の当たりにしてきたからである。それが、研究や文芸にかかわる者、表現者としての自律性を大きくゆがめているのではないか、の疑問が増幅していく昨今なのである。

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2017年3月14日 (火)

今年の「建国記念日」は、甲府へ〰石橋湛山記念館、山梨県立文学館と美術館と(1)

 やや旧聞に属するが、211日午後、夫が甲府での集会で話をするというので、ついていくことにした。一泊して、久しぶりに山梨県立文学館と美術館を訪ねようという計画もまとまった。

 

石橋湛山記念館

家を出るときも寒かったが、八王子を過ぎたあたりから、沿線の斜面や林に少し雪が残り、笹子トンネルを抜けるとブドウ棚がびっしりと続いていた。甲府駅には、今日の集会「歴史に学び平和を考える・211山梨県民集会」実行委員会のお世話役の浅川保さんが迎えてくださった。浅川さんは、高校の先生の在職中から甲府一高出身の石橋湛山研究に打ち込むと同時に、地元の平和運動の活動に取り組み、2007年からは、山梨平和ミュージアム・石橋湛山記念館の理事長をされている。集会の前後にわたって、ミュージアムを案内していただく。丹念に収集した湛山関係の資料と県下の空襲関係の資料が充実していた。ご自身も、山梨ふるさと文庫、山梨日日新聞社などから歴史書や湛山の評伝を刊行されている。近著に『地域に根差し、平和の風を』(平原社2015年)がある。

私は、湛山の政治家としての活動もさることながら、ジャーナリストとして『東洋経済新報』で健筆をふるっていた活動に関心があった。なお、昨年、1960年湛山から岸首相あての書簡が見つかったという。その内容は衝撃的なものだった。同時に、さもありなん、といった内容でもあったのだ。すなわち、湛山は、首相時代のある出来事を振り返って、1960年、岸信介にあてた書簡は次のような内容であった。昨年10月の『サンダー毎日』スクープ記事でもあったのだが、湛山が「ある一人の人」に閣僚名簿を提示したところ、「かの人」は、名簿にある「岸信介は、先般の戦争の責任としては東条英機よりも重大である」と述べたあと、岸首相の「安保問題」の対応に対して「これ以上、あの人に心配を掛けぬよう」という趣旨の文面であった。「ある人」とは、ほかでもない昭和天皇であったという考証であった

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 石橋湛山の展示は、いくつものコーナーに分かれていた

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甲府空襲コーナーにて

 

昔の職場の友人との出会い

 集会での演題は「今、問われるメディアの姿勢と役割~理性を育むNHKを目指した」という長さで欲張っていたのだが、南スーダンの治安状況などを例に、テレビの報道番組、NHKと民放との比較などを交えながら、公共放送のあるべき姿と現況、制度を中心にした話となった。

 会場は立派な総合市民会館の一室で、参加者は約100人とのこと。なんと会場には、かつての職場のSさんらしい姿を発見、部局が違っていたので直接話をするようなことはなかったのだが、奥さんとは同期で、課も同じフロアであった。Sさんは、1982年に、甲府市内の大学に転出されて、すでに退職、地元では、専門分野での活躍とともに、九条の会の世話人もされているようだった。何しろ、40年ぶりにもなろうか。集会の途中からは、思いがけず奥さんも駆けつけてくれて、終了後のお茶の会では、席の隅で、私たち3人の話は弾んだ。夫も、かつて同じ審議会メンバーで、役人とやりあった仲だった元主婦連のKさんとの出会いも十数年ぶりだったということであった。

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2017年1月 6日 (金)

『琉球新報』の「県民意識調査」結果~その天皇観は何を語るのか

元旦に、ネット上で今回の「意識調査」のことを知ったが、11日の『琉球新報』が届いて、詳しく知ることができた。昨年の拙稿『沖縄における天皇の短歌は何を語るのか』(『社会文学』44号(20168月)において、NHK放送文化研究所の沖縄県並びに全国を対象とした「世論調査」を利用したり、このブログでも、天皇の「生前退位」についての新聞社各社の世論調査のことにも触れたりしたので、類似の質問の回答が比較できるのではないかと思った。

『琉球新報』では5年に一度、「県民意識調査」を実施していたそうで、今回は、20161015日から1125日、55地点の対象世帯を調査員が訪問面接した1047人の回答結果であった。遠く離れた私には、意外な回答結果があったりしたが、ここでは、県民の「天皇・皇室観」についてみてみようと思う。

*以下の表をPDFにしました。こちらの方が読みやすいかもしれません

http://dmituko.cocolog-nifty.com/yorontyosateno.pdf

 

世論調査「天皇観」の動向

 

201716日、内野光子作成)

 

『琉球新報』<天皇、皇室に親しみを持っていますか >               

 沖縄201611月         

9.1

 

強く持っている 

31.7% 

 

まあ持っている

 

29.8

 

余り持っていない

 

6.4
全く持っていない 

14.9

 

どちらともいえない

 
 6.0 

 

わからない

0.1 % 
無回答
 

 「沖縄県民意識調査」『琉球新報』201711日、より作成  

 

NHK<天皇は尊敬すべき存在か> 

沖縄1982年                       

 41 そう思う 

37 そうは思わない

 

16どちらともいえない 

 

7%
わからない無回答

沖縄1987  

45% そう思う

 

29 そうは思わない

 
 19% どちらともいえない 

7%わからない無回答 

 沖縄1992  

34 % そう思う

 
 32% そうは思わない 

28%どちらともいえない

 
7% わからない無回答  

沖縄2002 

30% そう思う        

 33% そうは思わない 

 

 

27% どちらともいえない

11%

 わからない無回答

沖縄2012   

51%  そう思う

 

 

 

19% 

そうは思わない

 

24% 

どちらともいえない

 

6%

わからない+無回答

全国2012                                 

72 そう思う

 

13そうは思わない

 

13どちらともいえない

 

0.2  わからない

無回答

 「復帰40年の沖縄と安全保障~沖縄県民調査と全国意識調査から」『放送研究と調査』20127月、より作成

 

 

NHK<あなたは、皇室に対して親しみを感じていますか、それとも感じていませんか> 

全国2009                                                  わからない+無回答1%

 15とても感じている    46 ある程度感じている 

29% あまり感じていない

 

9まったく感じていない

 

1%

  

 「平成の皇室観~即位20年 皇室に関する意識調査から」『放送研究と調査』20102月、より作成

 

NHK<天皇は尊敬すべき存在だ>(そう思う)の全国・沖縄の動向 

   1978 

1982

 
 1987   1992 

1995

 

1996

 
 2002   2012 
 

沖縄

 
 

36

 
 

41

 
 

45

 
 

34

 
 

29

 
 

32

 
 

30

 
 

51

 
 

全国

 
 

56

 
 

 
 

 
 

56

 
 

 
 

51

 
 

 
 

72

 

 「本土復帰後40年間の沖縄県民意識」「NHK放送文化研究所年報2013」より作成

 

『朝日新聞』<あなたは天皇に対してどのような感じを持っていますか>

全国201611      反感を持つ0.5%、その他0.3%、わからない・無回答1.2%⤵    

 

14.8%尊くて恐れ多い

 
 

47.1% 

 

親しみを感じる

 
 

19.5%

 

すてきだと思う

 
 

16.6 何とも感じない

 
 

2

 

%

 

 『朝日新聞』20161120日朝刊、より作成  

 

 

*以上の表をPDFにしました。こちらの方が読みやすいかもしれません 

http://dmituko.cocolog-nifty.com/yorontyosateno.pdf

 

上記のように、『琉球新報』沖縄県民意識調査における「親しみを強く持っている」「まあ持っている」を合わせると40.8%になり、「余り持っていない」「全く持っていない」を合わせると36.2%になる。40%以上の県民が、天皇に「親しみ」を持っているというのが、私などはむしろ意外であった。NHK放送文化研究所の調査での設問は「天皇は尊敬すべき存在だと思いますか」とあり、「親しみ」「尊敬」とのニュアンスは若干が異なるが、『放送研究と調査』(20127月)の調査での51%と、過去の分も含めて見ると、昭和天皇の晩年と平成に入っての前半期とその後の動向が興味深い。これらの結果は、大きく、二つの視点から分析してみる必要がある。一つは、時系列の動向と全国と沖縄という地域の違いである。

 沖縄県民の天皇観の動向
 
沖縄における天皇観については、さらに、時代の変化自体と昭和から平成への天皇の代替わり、とくに平成の天皇周辺による意識の変化及びメディアの対応が影響しているとみられる。時代の変化は、沖縄の場合、昭和晩期の「そう思う」が40%超えているのも意外であったが、平成に入って、「そう思う」が30%前後に減少し、「そう思わない」が漸増して、拮抗することになる。その要素としては、戦前の教育を受けた世代の減少と日本国憲法における象徴天皇制の経年などがあげられるだろう。天皇への畏敬の念や尊敬の気持ちが薄れていくのは、その数字だけでなく、平成期の「どちらともいえない」「わからない・無回答」という、いわば深く考えない、無関心層を合計すると、その割合が、351992)、382002)、302012)と約3分の1前後を推移し、根強いことからも分かる。

沖縄において、こうした状況が劇的に変化を見せるのは、2012年の「そう思う」が51%、「そう思わない」が19%という数字である。全国の場合を見ても、1978年、1992年、1996年の推移を見ると、50%台だったのが、2012年に72%に上がっている。この理由として、「復帰40年の沖縄と安全保障~沖縄県民調査と全国意識調査から」(『放送研究と調査』20127月)は、「11年の東日本大震災後の被災地訪問などの活動も少なからず影響していると思われる」(6頁)と分析している。NHK在位20年の世論調査における「天皇の役割として意義あるものも」として、国際親善、戦争犠牲者慰霊、障がい者・高齢者・災害被災者激励などが上位を占めていたこと(「平成の皇室観~即位20年 皇室に関する意識調査から」『放送研究と調査』20102月、26頁)や「これからの皇室に望むこと」として、国民との触れ合い・国際親善・伝統文化の継承が上位を占めていたこと(前掲27頁)との整合性は理解できよう。さらに、最新の朝日新聞の調査でも、「天皇の重要な活動」として国際親善・被災地見舞いが上位を占めていたこととも、その方向性を一にする。天皇の「国民との触れ合い」「被災地見舞い」への「努力」が、調査の結果に大きく影響していることが推測される。 

沖縄県民と全国の天皇観の乖離

このような沖縄県民の意識の動向の特色は、全国の数字にはもっと如実に表れる。直近、いずれも昨年201611月、88日の天皇の「生前退位」表明以後の調査結果で、『琉球新報』の親しみを「強く持っている・まあ持っている」の40.8%と『朝日新聞』の「親しみを感じる・すてきと思う」合わせて66.6%で、「尊くて恐れ多い」を入れると81.4%という数字を比べてみると、歴然とする。こうした傾向は、NHKの長いスパンでの調査結果にも表れている。こうした乖離の要因は、明治時代からの沖縄の近代史において天皇の果たした役割にある。おおざっぱに言ってしまえば、琉球処分に始まり、長い間、本土の人間との差別に苦しんだ挙句、捨て石作戦の結果としての沖縄戦による多大な犠牲者、昭和天皇メッセージによって米軍占領を容認したことへの天皇への不信が根底にあると思う。そして、いまだに、日本の安全保障のためと称して米軍基地4分の3を担わされ、沖縄県民の人権、財産や自然が大きく侵害されている現実を思えば、当然のことであろう。40%以上の県民が天皇に「親しみ」を持っていることの方が、不思議に思われたのであった。 

天皇への「尊敬」や「親しみ」はどのように形成されたか

まずいえることは、『琉球新報』も分析しているように、県民の世代構成の変化が見て取れるのは、近代の重要な出来事に『沖縄戦』をあげた人の割合が最多であることには変わりがないものの、200152.8%から201645.7%に下がっていること(201713日)。また、在沖米軍基地はどうあるべきだと思いますか」の「撤去・縮小」をあげた割合は、

2038.7%、3048.0%、4060.7%、5071.6%、6071.9%、70代以上72.4%であり、20代・30代では「どちらともいえない」が3分の1を超える、という結果を「中高年は革新的、若者、基地問題で戸惑い」と、分析している。こうした結果の分析は、「天皇観」においても共通するところがある。NHK2012年の調査結果の分析においても、「天皇は尊敬すべき存在か」の「そう思う」と答えた世代別の割合が、

2012%、3014%、4022%、5032%、6052%、70代以上63

という(「復帰40年の沖縄と安全保障~沖縄県民調査と全国意識調査から」『放送研究と調査』20127月、7頁)、全世代平均での40.8%の内訳をみて、理解できるだろう。

 こうした、天皇観が形成されていったのは、昨年、88日、天皇の「生前退位」表明の翌日の『琉球新報』の社説が、つぎのように述べていることに象徴されるような、メディアの論調が大きく影響していると思う。

就任以来、平和憲法を重んじてきた陛下は「象徴天皇の地位と活動は一体不離」との信念を貫いてきた。国事行為以外にも、「常に国民と共に」「声なき国民の苦悩に寄り添う」という思いを忘れず、とりわけ、沖縄など、太平洋戦争の犠牲者の慰霊に心を砕いてきた。

 広島、長崎の原爆犠牲者に黙とうをささげ、中国や韓国の苦難に「深い悲しみ」を表明してきた。阪神淡路大震災や東日本大震災などの被災地にも小まめに足を運び、被災者を激励した。

 沖縄には即位前から10回も訪れ、琉歌で戦没者を哀悼している。父の昭和天皇が米国に差し出すことを認めた沖縄の痛みに触れ、昭和天皇と戦争責任、民主主義の関係に葛藤しながら、象徴天皇としての自らを磨き上げたのだろう。

 多くの国民が敬意と共感を抱き、昭和天皇には厳しい沖縄県民の間でも好意的な人が多い要因だろう。(「社説」『琉球新報』201689日) 

 沖縄のメディアにさえ、こうした天皇観が披瀝されている現実、とくに、下線部分のような、天皇への評価は、本土の、全国メディアと呼応しているかのようにも思え、その結果が、高齢世代からの高い支持につながっていると考えられる。平成に入っての在位10年、20年のイベント、戦没者慰霊、障がい者や高齢者施設への見舞い、被災地への見舞いや励ましの映像と関係者の感動や感謝のことばが繰り返し報道される「天皇報道」あるいは、周辺の皇室報道との相乗効果によって、形成されたものと思われる。

 しかしよく考えてみると、天皇のこうした行為は、象徴天皇制のもとでは、憲法で定められた国事行為でもなければ、もちろん私的な行為でもない。今回の「生前在位」表明で、個人としての自由な行動や発言も許されない基本的な人権が認められない、生まれながらの存在を前提にしている「象徴天皇制」の矛盾が、照射されたといってもいいだろう。天皇の表明は憲法違反だ、皇室典範を改正して恒久的に対処すべきだ、今回限りの特例法での対応が望ましいとの議論に矮小化され、天皇制と日本国憲法、民主主義との乖離自体に着目する議論がなされないのはどうしてなのか。敗戦直後の昭和天皇退位論、昭和天皇の戦争責任論が活発になされた状況を、いま思い起こし、日本の戦後史の原点に立って見つめなおしていい時が来たということではないのだろうか。いま、天皇の個人的な資質や性格が問題なのではない。

現政府の「未来志向」なる「無責任」体制のなか、「日本国憲法」の護憲派やリベラル派と称される人たちさえも、「天皇制論議」は「さておき」、ぎごちなくも「陛下」といい、敬語をあやつる報道人、知識人や文化人のなかにも、「天皇」の権威にすがろうとする人たちがいる。

本ブログの関連記事以下もご覧いただければと思います。

天皇「生前退位」の行方~「天皇制」の本質については語られない(1)(2

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2016/11/post-dd45.html20161129日)

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2016/11/post-e43f.html20161130日)

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2016年12月 8日 (木)

全国紙では、伝わってこない沖縄のこと~私たちは、まず知ることから始めなければならない

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『琉球新報』2016年11月29日の記事より、高江に飛ぶオスプレイMV22



 一日遅れで『琉球新報』を購読しているが、刻刻入る基地関係のニュースには、購読している他の全国紙
4紙では、伝えられないことも多い。辺野古や高江のニュースはもちろんだが、嘉手納や普天間の飛行場を遠望、周辺を歩いた時のことを思い出しながら、その記事は、なるべく丹念に読むようにしている。

伊江島の米軍補助飛行場の改修工事進む

今年6月に訪ねた伊江島では、8月から米軍の伊江補助飛行場の拡張工事が着々進んでいる記事にも目が留まる。どれも胸が痛くなるような内容である。

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2016122日『琉球新報』一面から

「強襲揚陸艦」(上陸用舟艇の搭載・発進機能とヘリコプターによる空輸上陸機能を併せ持つ軍艦)の甲板を模した着陸帯「LHDデッキ」、写真左上の白く砂利を敷いたところは、ステルス戦闘機F35とオスプレイMV22の離着陸訓練を行うためとされる。既存の広さの2倍の10.7万㎡となり、来年8月完成予定という。そもそも、伊江島の35%が米軍基地なのだ。伊江島は「銃剣とブルドーザーによる接収」の経緯があり、1990年代に入っても、民有地の契約拒否地主が生み出された。ちょうど20年前の1996122日からSACO(沖縄に関する特別行動委員会)で、読谷補助飛行場で行われていたパラシュート降下訓練の伊江島移転が合意されたのである。

 那覇市に住む『琉球新報』客員編集委員の(元毎日新聞記者)の藤原健さんのエッセイはつぎのような文章で締めくくられているのに出会った。米軍の土地収用を非暴力で抵抗した阿波根昌鴻の団結小屋の壁に書かれた「陳情規定」や「平和の最大の敵は無関心である」「戦争の最大の友は無関心である」などの言葉を引用した後に続く。

今、米軍伊江島補助飛行場周辺で騒音発生が激化している。8月から強襲楊陸艦の甲板を模した着陸帯<LHDデッキ>の拡張工事が進む。高江のヘリパッド建設と連動している。こんなときに接した重い言葉の束。柔らかにして、しかし、迷うことなく、私たちの覚悟を迫っているように聞こえる。

(「人間が作る平和を~伊江島 民の言葉」『琉球新報』2016124日)

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団結道場の壁に書かれた「陳情規定」、伊江村真謝にて、20166月写 

 本ブログ、伊江島関係記事も合わせてご覧ください:

ふたたびの沖縄、慰霊の日に摩文仁の丘へ(4~7)伊江島14

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2016/07/post-2b26.html

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2016/07/post-4891.html

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2016/07/post-a2b2.html

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2016/07/post-9129.html

 

高江ヘリパッド、知事は容認したのか?

 伊江島のニュースの三日前、1129日の『琉球新報』一面の見出しに驚いた。 「知事  ヘリパッド容認」と横に、縦には「〈苦渋のさいたるもの〉事実上の公約撤回」と読めたのである。就任2周年の記者会見での「質疑(要旨)」のつぎのような個所を捉えてのことであるとわかった。

―北部訓練場は地元が求める形での返還の進め方でない―

北部訓練場なども苦渋の選択の最たるものだ。約4千ヘクタールが変えてくることに異議を唱えるのはなかなか難しい。現実には高江に、新しいヘリパッドが6カ所も造られ、環境影響評価などもされないままオスプレイが飛び交って、状況は大変厳しい。

―知事選の公約会見では高江のヘリパッド建設に反対した。<苦渋の選択>

  は後退では―

オスプレイの全面撤回があればヘリパッドも運用しにくいのではないか。SACO合意の着実な実施と地元2村との信頼関係を考える中で、オスプレイの配置撤回で物事は収れんされるのではないか20161129  2 

 同じ1129日の紙面には、つぎのような落胆の反響が記事となった。

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『琉球新報』20161129日の紙面から

 1130日の『琉球新報』社説では、つぎのように強い語調で、知事発言に抗議している。
・県民を裏切る重大な公約違反と断じざるを得ない。過重な米軍基地負担軽減 を求める民意に背くものであり容認できない。
・北部訓練場も米軍によって奪われた土地である。本来ならば全面返還を求め                                    しかるべきである。「異議を唱えるのは難しい」とすること自体理解に苦しむ。
・オスプレイ配備撤回があればヘイパッドの運用がしにくいとは楽観的過ぎる。
・県民要求を実現させることが知事の務めである。原点に立ち返り、ヘリパッド容認を撤回すべきだ。

  (「知事ヘリパッド容認 原点に立ち返るべきだ 基地負担軽減に逆行する」『琉球新報』1130日 2面)

ところが、知事は122日の記者会見で、米軍北部訓練場のオスプレイパッドの建設については、「着陸帯の容認はしていない」と説明したとして、「『着陸帯容認せず』知事『反対』明言なし」との見出しで、つぎのように報じた。

翁長知事は「北部訓練場の約4千ヘクタールの返還に異議を唱えるのは難しいこととオスプレイが使用するヘリコプター着陸帯は容認できないこと、そのはざまで県政を担う状況を『苦渋の選択』と言った。決して容認したわけではない」と説明した。

(『琉球新報』2016123日 1面)

 しかし、1128日、122日の記者会見の場で、質疑をした記者は、つぎのように書く。

沖縄の政治で「苦渋の選択」は、基地負担の受け入れを表明する際に保守系知事や首長が多用してきた言葉だ。稲嶺元知事も、比嘉氏、岸本、島袋氏の3元名護市長も米軍普天間飛行場の名護市辺野古への県内移設受け入れの際に使った。沖縄で記者をしていれば翁長知事の言葉はヘリパッドの事実上の容認と映った。

(政治部滝本匠「記者の窓・翁長知事会見 理解できぬ『苦渋の選択』(『琉球新報』2016123日 8面)

 記者は、2日の会見で、翁長知事は、「ヘリパッドは容認していない」と繰り返したが「反対」とは言わなかったことへの疑問を呈していた。
 
また、125日の『琉球新報』の社説では、翁長知事は「ヘリパッド建設について『苦渋の選択』と述べ、事実上容認したとの報道を否定した、が反対するとは明言しなかった」とした上で、「歯切れの悪さは、ヘリパッドに反対することで、北部訓練場を含めた在沖米軍基地の返還を定めた日米特別行動委員会(SACO)最終報告をほごにされかねないという懸念があるからだろう」と前回の社説とはややトーンは異なるが、さらに、日本政府が、そこを突き、脅して、翁長知事の支持基盤のヘリパッド反対派と県政に亀裂を生じさせることを想定しているとして、社説は、つぎのように続ける。
新設されるヘリパッドはSACO合意時は明らかにされていなかった垂直離着陸機MV22オスプレイが利用する。ヘイパッドは東村高江集落に近すぎ、生活環境や自然への負荷は大きい。前提条件が変わっているのだ。県は前提条件が変わったことでSACO最終報告に或る「沖縄県民の負担を軽減し」という目的に反すると主張すべきだ。
(「知事容認否定 県内移設ない返還計画を」『琉球新報』125日 2面)

「返還」を人質にするような基地機能強化が進められる中で、知事は「ヘリパッド建設に反対し、県内移設を前提としない、新たな返還計画を日米両政府に、求めるべきだ」と結ぶ。

全国紙ではほとんど報じられなかった、これらの経緯。その上、「歯切れの悪い」知事の発言直後の1129日、沖縄県警は、辺野古の市民の抗議拠点でもある「沖縄平和運動センター」を捜索し、同センターの山城博治議長ら4人を逮捕した。10か月前のキャンプシュワブゲート前での工事車両侵入を妨害したとする、威力業務妨害容疑の事案であった。いま、なぜなのか。知事発言の翌日のタイミングであった。その捜査の異常さも伝えている(「県警、平和センター捜索 辺野古抗議拠点も」「10か月前事案 弁護士<異常>」1面、「萎縮狙い 捜査執拗」「運動弾圧許さない」2627面 『琉球新報』1130日)。 

 『沖縄タイムス』や『琉球新報』を購読しなくても、ネット検索して、主要な記事やニュースを閲覧することができるし、沖縄から発信しているソシアルメディアもあり、グループや個人のホームページやブログもある。「知りたい」という意思さえあれば、手立てはいくらでもある、はずである。その上で、私たちは、率直な気持ちと意見を発信していかなければならない。

私自身も、沖縄については、まだまだ知らないことばかりである。しかし、今回の翁長知事の発言を、沖縄で長い間、基地反対運動を続けてきた人々、辺野古、高江で日々、抗議活動を続けている人々、そして、全国で支援している人たちはどう受け止めただろうか。発言直後の官憲の勢いづいた活動拠点の捜査、リーダーたちの逮捕という流れを見ると、その影響を見逃すわけにはいかない。翁長知事は、苦しいかもしれないが、公約実現のため、毅然とした姿勢で臨むべきだ。

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「えぐられるいのちの森 ヘリパッド着工から3か月」「『琉球新報』2016年10月22日

オスプレイMV22の大きさと事故

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←――――   プロペラ含めた巾25.8m          ―――→
機体の長さ   ←11.6m    →
機体の巾           ←4.7m→

 Photo_2 高さ6.7m
←―――     尾翼までの長さ17.5m          ―――→

 垂直離着陸輸送機<MV22>オスプレイ(24名乗り・貨物9100㎏・最大速力520㎞)は、開発途上で30名が死亡、量産後の重大事故で、2009年以降2015年までの間に、重大事故として、ノースカロライナ、アフガニスタン(4名)、モロッコ(2名)、フロリダ、ハワイ(2名)の5回の事故で8名が死亡、40数名の負傷者を出している。(防衛省資料「MV22オスプレイ事故率について」2012年、他参照)

・MV22オスプレイ事故率について(2012年9月19日)

http://www.mod.go.jp/j/approach/anpo/osprey/pdf/dep_5.pdf

 

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2016年12月 5日 (月)

今晩のNHK「ニュース7」ご覧になりましたか~許してはいけない、あまりにも露骨な安倍広報!

 オバマ大統領が年末休暇でハワイに滞在するタイミングで、安倍首相が、オバマ会談を兼ねて、真珠湾の米軍犠牲者の慰霊に出かける由のニュースが流れた。実は、7時直前に天気予報を見ようとしてテレビをつけたところ、安倍首相のぶら下がり記者会見で上記ライブ映像が流されていたのである。7時からのトップニュースでは、長々と例の安倍御用女性記者とアナウンサーの質疑応答も流し、5分以上に及んだ。そして、その後、流された項目は、イタリアの国民投票・オーストリアの選挙結果、福岡の自動車事故、ネット上のまとめ記事サイト問題、超高層ビルの雷被害と続き、参議院TTP特別委員会のニュースになったと思ったら、公明党議員と安倍総理の一問一答のほんの一部分だけが流されたのだ。続いて、大谷選手の契約更改のニュースが続いて、そして、なんと、安倍首相の会見の模様が再度流されたのである。合わせると8分を超えた。

 NHKがここまでやるとは、驚いた。これでは、再任されないとの報道のある籾井会長の資質の問題というよりは、NHK自体がここまで腐敗しきったことの現れである。

来年1月には辞める大統領に、その直前に会って、何を話すのだろうか。就任前のトランプのもとにいそいそ出かけて行って、話した内容は明らかでないが、TPP脱退を覆させることなど到底できない力関係だったのだ。オバマ大統領は、安倍首相に真珠湾訪問が「あなたにとって強いられるものではないように」と伝えたそうだが、NHKは、「政府に強いられる前に」、安倍首相の「真珠湾訪問を日米和解の価値を知らしめる発信にしたい」という言葉に倣えば、NHKは、「(NHKと政府の)親密の価値を知らしめる発信」をしたことになる。オバマ大統領にとっては休暇中の一出来事に過ぎないというのに。日米同盟のさらなる強化のため、トランプへのご機嫌伺にもとれる。TPPのアメリカ脱退宣言、北方領土問題の行き詰まりや国内経済の悪循環、失政の続く安倍内閣は、国民に向けて目くらましを仕掛けたのではないか。

 

 参議院TPP特別委員会は、今日7会派による質疑がなされたのであるにもかかわらず、なぜ公明党だけなのか、なぜあれほど短い時間しか取れなかったのか。記事まとめサイト、雷被害のニュースは、まさに「ヒマネタ」といってもよく、ワイド番組で流せばいい程度の項目で、30分枠のニュース番組で流す必然性がない。

 

 

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2016年11月30日 (水)

天皇「生前退位」の行方~天皇制の本質については語られない(2)

政府の対応

ビデオメッセージ放送の直後、安倍首相は、天皇の国民に向けての発言を重く受けとめ、年齢や公務の負担を考え、どのようなことができるのか、しっかりと考えていかなければいけない、と文書を読み上げた。

菅官房長官は、臨時に記者会見し、公務の在り方について憲法の規定を踏まえたうえで、引き続き、考えていくべきものだという認識と天皇のお言葉が、国政に影響を及ぼすようなご発言ではなく、憲法との関係で問題になるというふうには考えていない、と述べた。

宮内庁の風岡長官は、宮内庁での記者会見で、今後の天皇の在り方について、個人としての心情を憲法上の立場を考えての発言だった。お気持ちが、広く国民に理解されることを願っていると述べた。

天皇の希望する「譲位」が可能なのかどうか、政府筋や各党、「有識者」らの考えるところも伝えられている。現在は、安倍首相の私的諮問機関「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」の論議、ヒアリングによる意見聴取が続けられている。ヒアリングは、117日(皇室制度分野)、14日(歴史分野)に行われ、あと1130日の憲法の専門家による1回を残すのみとなった(議事録公表はそれぞれ15日、24日)。「有識者会議」の会議名「天皇の公務の負担軽減等に関する」にも象徴されるように、そして任命されたメンバーは、財界人やこれまで各種の審議会委員の常連で「おなじみ」の名が多く、政府からの独立性には疑問を残す。すでに結論ありきで、若干の調整や妥協のもとに、政府の意向である「特例法」に落着させようとする思惑が感じられる。さらに、ヒアリング対象者のメンバーも、その意見の多様性というよりは、かなり偏向したものが予想される。ところが、現在までの議事録要旨、新聞記事などにより「意見聴取の概要」を作成してみると、その結果はかなり微妙である。第3回のヒアリングが今日30日に開催予定である。以下の表は後日補充したい。

これらのヒアリング結果を、有識者会議がどうまとめるかであり、内閣が、その結果をどう受け止めるかである。世論の動向もかなり重要な要素とはなり得るが、いまの安倍内閣では、当初の「特例法」による対応を強行するかもしれない。

 

天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議メンバー  

 

今井 

日本経済団体連合会名誉会長

小幡 純子

上智大学大学院法学研究科教授

清家 

慶應義塾長

御厨  

東京大学名誉教授

宮崎  

千葉商科大学国際教養学部長

山内 昌之 

東京大学名誉教授  

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/koumu_keigen/pdf/sechikonkyo.pdf

                                                                                                                        意見聴取の概要                  

 

対象者

 
 

肩書

 
 

生前退位

 
 

特例法

 
 

日程

 
 

平川祐弘

 
 

東大名誉教授 比較文化論

 
 

反対

 
 

反対 

 

1

 

117

 

 
 

古川隆久

 
 

日大教授 近現代史

 
 

容認

 
 

反対  

(皇室典範)  

 

保阪正康

 
 

ノンフィクション作家  

 

賛成

 

 
 

条件付容認  

(皇室典範)

 

大原康男

 
 

國學院大名誉教授 宗教学

 
 

反対

 
 

反対

 
 

所 功

 
 

京都産業大名誉教授  

日本法制史

 
 

賛成

 
 

条件付容認

  (皇室典範)  
 

渡部昇一

 
 

上智大名誉教授

 
 

反対

 
 

反対(摂政)

 
 

2

 

1114

 
 

岩井克己

 
 

ジャーナリスト

 
 

賛成

 
 

反対  

(皇室典範)

 
 

笠原英彦

 
 

慶応大教授 日本政治史

 
 

反対

 
 

反対

 
 

櫻井よし子

 
 

ジャーナリスト

 
 

反対

 
 

反対(摂政)

 
 

石原信雄

 
 

元官房副長官

 
 

賛成

 
 

容認

 
 

今谷明

 
 

帝京大名誉教授日本中世史

 
 

反対

 
 

反対

 
 

大石 真

 
 

京大教授 憲法 

 
 

賛成

 
 

反対  

(皇室典範)

 
 

3

 

1130

 
 

園部逸夫

 
 

元最高裁判事

 
 

賛成

 
 

賛成

 
 

高橋和之

 
 

東大名誉教授 憲法

 
 

賛成

 
 

賛成

 
 

百地 章

 
 

国士舘大客員教授 憲法

 
 

賛成

 
 

賛成

 
 

八木秀次

 
 

麗澤大教授 憲法 

 
 

反対 

 
 

反対 

1130日については、121日の新聞記事に拠り、補記した(123日)

 

国民はどう受け止めたか

では、国民は、どう受け止めたのだろうか。当然、メディアの社説や報道による情報操作が多分に反映されてはいるが、いくつかの世論調査結果を見てみよう。設問やの選択肢が異なるので、比較や推移を見るのは簡単ではないが、一つの目安とはなるだろう。

これらの数字を見る限りでは、今後の天皇を含めて、「生前退位」を認めたいとするのは6割から9割にもおよび、そのためには、現天皇に限らず、制度・法律の制定を望むという世論は根強く、、6割から7割を占めることが分かる。政府は、この民意をどう反映するのか、が課題となった。

 

日本経済新聞2016725日発表)

 生前退位表明は憲法上問題ない   80

  〃       問題ある   11

わからない、その他        9

 今後の天皇にすべてに認める制度を 65

現天皇一代限りの制度を      12

現行まま、摂政を         15

わからない、その他            8

 NHK82628日実施、95日公表)
* 生前退位認めた方がよい    84.4% ⇒
  生前退位認めない方がよい    5.2
  わからない          10.4

*⇒皇室典範を改正による     70.3

特別法による         24.5%  

わからない、その他   5.2%

出典:生前退位に関する世論調査2016826日~28日実施(NHK放送文化研究所)

file:///C:/Users/Owner/Desktop/生前退位/20160905_1.pdf

 日本経済新聞20161030日発表)
 生前退位を認める          63%⇒
〃 認めず摂政を置く          13
国事行為を委任する           11

*⇒皇室典範の改正による       61
  一代限りの特例法による      23
  その他              16%

東京新聞20161120日発表)

 生前退位をできるようにした方がよい 89.3

現行制度のままでよい        8.6

わからない・無回答         2.1

 生前退位の法整備は特例法でよい   25.9

〃今後すべての天皇を対象に    69.9

 わからない・無回答         4.2

(参考)
平成の皇室観 ~「即位 20年 皇室に関する意識調査」から~
放送研究と調査2010https://www.nhk.or.jp/bunken/summary/research/report/2010_02/100202.pdf

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2016年11月29日 (火)

天皇「生前退位」の行方~天皇制の本質については語られない(1)

あまりにも突然に

今年の713日、NHK「ニュース7」のトップで、天皇が宮内庁関係者に「生前退位」の意向を示しているという報道があり、突然のことで驚かされた。翌日の新聞やテレビはその後追い報道で埋め尽くされた。しかし、714日の定例記者会見で風岡宮内庁長官は天皇が具体的な制度に対して言及したことはない、と否定した。では、NHKの特ダネが誤報だったのか、ということになるが、日常的に、皇室報道には何かと神経をとがらせている宮内庁は、その報道にはなんらの抗議もコメントもしなかった。宮内庁と官邸、宮内庁のオクとオモテとかの攻防による情報操作の結果であったような報道も目にするが、国民には、その結果しかわからない。

折しも、710日の参院選で、改憲勢力が三分の二を超え、都知事選では、告示日直前に野党共闘の候補者が混迷のうちに決まったという時期でもあった。

 そして、88日午後3時、天皇の「お気持ち」表明のビデオメッセージが流されてから4か月になろうとしている。あの放送は、いったい何だったのか。法律的にはどういう位置づけだったのだろうと、いまでも疑問は去らない。記者会見でもない、メディアからの質問の回答文書でもない。行事における「おことば」でもない。11分間、テレビのキー局をすべて独占した「玉音」放送による メディアジャックのように思われた。放送をしないという選択をした放送局は一部の地方テレビ局だけだった。

 

メデイアは、どう伝えたか

その後のメディアには、天皇の「お気持ち」、憲法上の天皇、皇室典範上の天皇、天皇家の将来、天皇の健康状態、公務や「行幸」実績など膨大な情報が流れた。

NHK報道があった713日以降、全国紙を中心に、その社説や記事を概観してみた。手元の切り抜きだけでも膨大な量になるのだが、各紙の基調は、88日の天皇のビデオメッセージ直後の社説(いずれも89日付)に集約されるだろう。つぎのように、私はまとめてみた。なお、『公明新聞』と『赤旗』には「社説」らしきものが見つからなかったので、山口代表は政府の意向を見守ると言い、志位委員長は、政治の責任として生前退位について真剣な検討が必要だというにとどまっている(『赤旗』2016年8月9日)。各紙の*以降は、特徴的な主張とみられる事項を記した。

朝日新聞:気持ちを前向きに受け止め、国民「総意」への議論深めよう。政治に怠慢と不作為の責任がある。決めるのは国民で、皇室活動の再定義が必要である。

*一連の事態は、象徴天皇制という仕組みを、自然人である陛下とそのご一家が背負っていくことに伴う矛盾や困難を浮かびあがらせた。どうやってそれを解きほぐし、将来の皇室像を描くかが課題。

産経新聞:皇位の安定的継承のため、国の未来を見据えた丁寧で緊急な議論が必要だ。

*天皇と宮内庁、内閣との意見疎通は十分だったか、摂政、男子系継承、旧宮家復帰などにも踏み込むべきだ。

東京新聞:超高齢社会への備えも怠ってきた中で、皇室の在り方への問題提起と受け止め、天皇制永続のための改革にも踏み込むべきである。

*誇るべきは、男系・女系ではなく一系にこそ。

日本経済新聞:高齢化社会の象徴天皇制の在り方を考えよう。議論を怠ってきた政治責任は重い。

*特別な日時を設定したてビデオメッセージの形で表明する方法も適切であったのかの検証が必要である。

毎日新聞:気持ちを前向きに受け止めたい。各種世論調査でも共感が多く、高齢化社会での安定的な皇位継承は時代の要請でもあるから、多角的な国民全体の議論深めたい。

*政治的圧力による退位の排除、女性天皇も議論の対象になり得る。

読売新聞:思いを真摯に受け止め、象徴天皇の在り方幅広く議論する契機としたい。

*自発的退位と国民総意の矛盾、強制的退位の恐れなどの問題、負担の軽減・分担などによる方策の可能性もあり得るか。

琉球新報:生前退位を認め、議論を深めよう。

*訪沖10回及び昭和天皇の戦争責任、民主主義との葛藤のなかで、好意的な県民も多い。

 さまざまな発言の中で 

どの社説においても、憲法における象徴天皇制が国民の間に定着していることを前提に、今回の天皇の意向表明を契機に議論を深めていこうという趣旨は、共通しているように読めた。しかし、私がここで思うのは、象徴天皇制が定着している、というよりは、象徴天皇制についての無関心な要素が大きく反映しているのではないかという危惧なのである。これは、教育やメディアが、そして何よりも、政府や政治権力が、正面切って「象徴天皇制」について考える情報を提供してこなかったことによるものではないかと思うのだ。昭和天皇の死去及び即位の礼、在位10年、20年の折も、情緒的な報道に終始していたのではないか。

 象徴天皇制の特に皇位継承についての政治の怠慢を指摘する数紙があったことは、まず記憶にとどめておこう。また、明確ではないながら、今回、「朝日」の社説が「象徴天皇制という仕組みを、自然人である陛下とそのご一家が背負っていくことに伴う矛盾や困難」を指摘している点、また「日経」がビデオメッセージによる意向表明が一斉に行われたことへの疑問を投げかけていたことには注目したい。これまで、現憲法の象徴天皇制が憲法の基本理念とする民主主義・平等主義との内部矛盾に釈然としない思いを持つ者にとっては、大事な指摘だと思った。しかし、現実には、そこには、目が向けられそうにもない。公明党が、宗教上、「象徴天皇制」との関係については明言していないし、共産党も、近年は、象徴天皇制にすり寄っている感がぬぐえない。さらに、ジャーナリストや識者たちも、そこにはあえて触れようとしない。

 もちろん、多くを読み得てはいないし、断片的ながら、ビデオメッセージ直後の発言の中で、私が、注目したものをいくつか挙げておこう。

 西村裕一(憲法学者 北海道大学准教授 1981年生)「象徴天皇のあり方」『朝日新聞』201689日: 現天皇は積極的に「象徴としての務め」の範囲を広げてきました。とくに先の大戦にまつわる「慰霊の旅」ように「平成流」に好ましい効果があることは確かです。しかしそれは、民主的な 政治プロセスが果たすべき役割を天皇にアウトソーシングするものといえます。(中略)仮に 天皇に退位の自由を認めるとしても、別の「誰か」の人権が制約されることに変わりはありま せん。天皇制は、一人の人間に非人間的な生を要求するもので、「個人の尊厳」を核とする立 憲主義とは原理的に矛盾します。生前退位の可否が論じられるということは、天皇制が抱える こうした問題が国民に突きつけられる、ということを意味しています。

河西秀哉(神戸女学院大学准教授・日本近現代史 1977年生)「天皇と戦争をどう考える」『朝日新聞』2016823日: 戦争で犠牲になった人々全体を悼み、苦しみを分かち合う姿勢は海外でも受け入れられている反面、日本の責任が見えにくくなるところがある。また、韓国訪問はまだ果たせず、植民地支配の問題までは踏み込めていない。政治的な意味合いを帯びかねない天皇の海外慰霊は、そもそも憲法が想定していない(とも指摘)。こうした公的行為の拡大は、天皇の権威性を高めることになり問題だ。

北田暁大(東京大学教授 1971年生)・原武史(放送大学教授 1962年生)「北田暁大が聞く危機の20年・生前退位」『毎日新聞』2016827日:
北田;(ビデオメッセージによる意向表明は)政治・立法過程を吹っ飛ばして国民との一体性を表明する。今、天皇が憲法の規定する国事行為を超えた行動ができることについて、世の中が何も言わないというのは、象徴天皇制の完成を見た思いがします。
;今回衝撃的だったのは、憲法で規定された国事行為よりも、憲法で規定されていない宮中祭祀と行幸こそが「象徴」の中核なのだ、ということを天皇自身が雄弁に語ったということです。

辺見庸(作家1944年生)「『ご意向のにじむお言葉』について」『生活と自治』201612月:

 あのおかたは、父すなわち昭和天皇の戦争責任について、いちどでも言及したことがあっただろうか。そのような『ご意向のにじむお言葉』をもらしたことがあっただろうか。(中略)「深く思いを致」すというなら、現行憲法の第一章「国民」ないしは「人民」ではなく、なにゆえに「天皇」であるのか、その不条理についてなのであり、「伝統の継承」ではない。

①において「民主的な 政治プロセスが果たすべき役割を天皇にアウトソーシングするものといえます」のくだりは、私がこれまで拙著で述べてきたこと―天皇や皇族の障がい者施設の訪問、被災地視察、慰霊の旅から「おことば」や短歌の発信に至るまで、行政の行き届かない、福祉・防災・戦後対策などの補完の役目を果たしているという主旨を「アウトソーシング」とも指摘していて納得したものである。

③においては、北田は天皇制の問題について、とくにリベラル系の研究者による議論はあまりなく天皇制が必要なのかという、本格的な議論もせず、「平成の後がある」ことを忘れていたか、忘れたふりをしてきたと指摘する。

 以下、次の記事では、政府や国民はどう受け止めたのかを、有識者会議の動向や世論調査をもとに検証したい。

 

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2016年9月21日 (水)

[雑誌に見る占領期-福島鑄郎コレクションをひらく」展示会とシンポジウムに出かけました(2)

盛りだくさんだったシンポジウム、時間が足りなかったのでは!

シンポジウムは以下の通りだったが、どれも魅力的なテーマであったが、時間が足りなかったのでは。

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 記念シンポジウム日程:918() 午後13:0017:00

シンポジウム会場:3号館305号室

 司会:川崎賢子(日本映画大学)

 第一部:

①山本武利(早稲田大学名誉教授)「20世紀メディア研究所と占領期研究」

②ルイーズ・ヤング(ウィスコンシン大学)「新世紀における占領期再考」

 Rethinking Occupation History in the New Millennium

 通訳:鈴木貴宇(東邦大学)

③宗像和重(早稲田大学)「福島コレクションの由来」

 第二部:

④石川巧(立教大学) 「カストリ雑誌研究の現在」

⑤三谷薫(出版美術研究家)「占領期の少年少女雑誌:絵物語を中心に」

⑥土屋礼子(早稲田大学)「占領期の時局雑誌」

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 第一部の山本さんは、プランゲ文庫のデータベースの維持と有料による公開に至った理由について、縷々述べられていた。科研費による研究成果の活用が閉鎖的な学界の慣例を脱却して、公開して利用者に還元したいという思いが伝わってきた。
 
なお、会場には、福島鑄郎氏のご子息がいらしていて、写真の故福島氏の風貌そのままに、雑誌に囲まれた家族のエピソードや最近になって、お父様のやってこられた仕事が理解できるようになったことなどを話された。 

自国の研究者にも手厳しい「新世紀における占領期再考」

ルイーズ・ヤングさんの基調講演は、日本の占領期について研究史がテーマで、聞いているうちに、アメリカの研究者と日本の研究者の相違、そして変遷というものが、おぼろげながらわかってきたような気がした。日本における占領史研究については、竹前栄治「占領研究40年」(『現代法学』〈東京経済大学現代法学会〉8号 20051月)などで、おさらいをしていたつもりだったが、アメリカの研究者については、知日派、親日派と呼ばれながら、ライシャワーとジョン・ダワーでは、随分と違うんだな、くらいの関心しかなかったのが、正直なところであった。

アメリカ研究者による日本の占領期研究は、第二次世界大戦の戦中派であるライシャワーなどから始まり、アメリカによる占領の成功体験として語られ、冷戦下にあっては、リベラル知識人に繋がった。

1960年から数年間、続いた日米の研究者による、日本語による「箱根会議」に発展し、占領は、日本の近代化に大きく貢献し、「資本主義国における近代化と第三世界の発展モデルとしての日本」というのも、かなり偏向した結論で、日本人研究者の意見が傾聴された様子が見えにくかったという。私は、「箱根会議」のことは、耳にしたことはあったが、その実態はよく知らなかった。今回、アメリカの研究者のヤングさんよる、その手厳しい評価を、私ははじめて聞いた。

1970年に入ると、アメリカでもベトナム戦争へ反対運動とともに、アメリカの帝国主義的侵略に批判的な研究が高まり、新左翼的な史観による研究者たちは、占領が日本の自力による再生と社会的な改革を起こす可能性を抑制したものとして、アメリカ外交の身勝手さとアメリカの理想の実現という初期の信念を否定した、として「考え直すアジア研究者たちの学会」などの成果を示した。

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「考え直すアジア研究者たちの学会」の研究者による著作、Joe Moore,Japanese Workers and Struggle for  Power 1945-47(1983) Michael Schaller,The American Occupation of Japan(1985)など

ここで示された「New Left」(日本語のレジメでは「新左翼」との訳)の語は、日本でいう「新左翼」とはその意味するところが、若干異なるのではないかというのが素朴な疑問だった。

80年代から90年代にかけては、日米の研究者による共同研究、日本人研究者の著作の翻訳が活発化し、その研究対象は大衆文化、社会的な相互体験など多様化し、より精密な事例研究にも及ぶようになった、とする。

そうした研究動向の中で、プランゲ文庫の位置づけも大きく変容してきたことにも着目、興味深いものがあった。1950年、マッカーサーの直属のスタッフだったゴードン・プランゲが、アメリカに持ち帰った日本における占領軍による検閲資料群であった。その保管は、アメリカ議会図書館東洋部を経て、メリーランド大学に落ち着いたが、保存状態は決していいといえなかった。プランゲ自身も、当初は、軍事秘話的な関心で『ミッドウェーの奇跡』『我らが眠っていた夜明け』『トラトラトラ』などを刊行、講義もそれらが中心だったらしい。カタログ化は、遅れて1963年から着手されている。このコレクションの存在が日本に紹介され始めたのが、60年代末から70年代にかけてだったのだろう。80年代になると、まず日本で「検閲資料」への関心が高まり、研究も活発になり、それがアメリカに波及した。その研究対象は、政治や経済分野ばかりでなく、現在では、文学、大衆文化、地方紙、社会史などへの広がりを見せている。日本での紹介の嚆矢は、前掲『戦後雑誌発掘―焦土時代の精神』にも詳しいが、松浦総三『占領下の言論弾圧』(現代ジャーナリズム出版会 1969年)や慶応大学からの派遣職員の一人森園繁「アメリカ大学図書館での経験」(『Kulic219716月)らによるものだった。さらに、1980年代になって、江藤淳が『閉ざされた言語空間』と題して、雑誌『諸君』に19822月から19866月まで断続的に4回連載された。

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邦訳:1967年

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邦訳:1984年

なお、最後に、戦争の前後を貫く「貫戦期」のアジアを射程にした植民地、占領地の歴史研究の必要を強調された。

 さらに、アメリカにプランゲ文庫というアーカイブが存在するということは、戦勝国の戦利品であったということと、占領軍の検閲政策の産物であったという認識も必要であるとも話したのだが、会場からは、「プランゲ文庫のおかげで、占領期の出版物や検閲の実態が分かってきたのだから、そこまで断定できないのではないか。もし、日本に残していたら、おそらく焼却処分されて、闇に葬られたのではないか」との質問が出ていた。「発禁図書」の国立国会図書館への返却、戦争絵画の国立近代美術館への無償貸与という実績もある。プランゲ文庫が日本に返却されるという交渉はなり立たないのだろうかと、ふと頭をかすめるのだった。

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メリーランド大学プランゲ文庫入り口、写真はプランゲの肖像

私自身は、1970年代の初め、職場の労働組合主催の松浦氏の講演会(19731月)を聞いたりして、大いに刺激を受け、「占領期における言論統制―歌人は検閲をいかに受けとめたか」(『ポトナム』19739月、後『短歌と天皇制』風媒社 198810月に所収)を書き急いだことが思い出される。その当時は、ゴードン・プランゲ(GordonWPrange)という名前の読み方も、「プランジ」と表記されていて、私もそれに倣っていた。短歌の検閲はどうであったのか、かつての当事者は、当時、あまり語りたがらない状況の中、プランゲ文庫自体のマイクロも閲覧できない中、それまで、戦時下の言論弾圧の延長線上で収集していた敗戦直後の短歌雑誌や歌集、あるいは、少しづつ語り始めた編集者や歌人のエッセイ等から、断片的に、占領検閲の実態を探ったものである。その後、国立国会図書館憲政資料室でのマイクロや早稲田大学の「占領期雑誌目次データベース」のおかげで、関係コピーを入手することができた。占領軍の言論弾圧の方向性が明確になってきた。その後、若干の検証をしたものの、本格的な論考は先送りになっている。

 

占領期の「時局雑誌」は、現代の「週刊文春」や「週刊新潮」?

石川さんのカストリ雑誌についても、福島コレクションのそれを上回るほどの収集量らしいので、その発言には説得力がある。ともかく、福島コレクションのデータベース化を急いでほしいと力説されていた。三谷さんの話は、「絵物語」に対する情熱がビンビンと伝わってきたが、明治以降の「絵物語」にだいぶ時間を取られたので、占領期の少年少女の「絵物語」や紙芝居については、短時間となった。私にとっては、リアルタイムで体験している部分もあったので、もう少し詳しく知りたかった。

最後の土屋さんの「時局雑誌」の話も、自分のかすかな記憶とも重なり、雑誌『真相』の実態なども知り、興味深かった。また、「時局雑誌」の定義も難しいが、現代にあっては、暴露、内幕、スキャンダルなど『週刊文春』や『週刊新潮』が「時局雑誌」的な役割を果たしているのではないかとの仮説も、なるほどの思い、定刻を過ぎるのを忘れるほどだった。

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時局雑誌『真相』の特集<天皇は箒である>天皇の巡幸は、訪問先の各地をきれいに整備することになるので、「箒」と称したらしい。<天皇特集>と銘打てば、必ず売り上げが伸びたという時代

懇親会は失礼して、外に出ると、雨こそ降っていなかったが、あたりはすっかり暮れていた。

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2016年9月19日 (月)

「雑誌に見る占領期-福島鑄郎コレクションをひらく」展示会とシンポジウムに出かけました(1)

雨も心配された918日、表記の20世紀メディア研究会百回記念企画展とシンポジウムに出かけました。私は、この「20世紀メディア研究会」には、この数年の間に数回しか参加していないが100回を越えていたのである。

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これが大隈タワーでした

コレクションの多様さに驚く

展示会は、早稲田大学の大隈タワー125記念室(大隈タワー10F)で、シンポ当日は日曜でも開催ということで、会場はかなりのにぎわいであった。

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タワー入り口

福島コレクションのオーナーであった福島鑄郎氏(19362006)は、種々の職業を経たのち、1960年ころから警備員という仕事をしながら、その休日を利用して、私財をもって、敗戦直後の雑誌を収集、研究されたという在野の研究者である。私も、1965年、国立国会図書館で働くようになって、どこの図書館も所蔵しないような、敗戦直後に創刊、短期間で廃刊になったような雑誌の収集をされているということは、先輩から聞かされていたから、求めたのであろう。今、私の手元には、氏の編著になる『戦後雑誌発掘―焦土時代の精神』(日本エディタースクール出版部 1972831日発行)があり、オビには「毎日出版文化賞」と書かれ、日高六郎の「この本は、戦後日本の再出発の時の日本の知識人・民衆の思想と精神を知るためのこの上ない案内書である。・・・」というコメントが載っている。197741歳で退職、本格的な研究生活に入り、メリーランド大学のプランゲ文庫にも出かけ、多くの書誌や資料集、研究書をなした。2005年、『福島鑄郎所蔵占領期雑誌目録:19458月~19523月』(文生書院)を出版、2006年に逝去されている。その所蔵は、6000冊に及び、2007年には、早稲田大学に図書館に収蔵され、公開に向けての準備と整理が進められているという国立国会図書館も、プランゲ文庫も所蔵されていない雑誌の数々が日の目を見るのも近い。

プランゲ文庫を利用してみて

私自身、最近、主に歌人斎藤史と阿部静枝の戦前・戦中・戦後の著作を追跡しているが、プランゲ文庫からの収穫は大きかった。2011年までは、無料で文庫のデーターベースが検索でき、名寄せによるリストもプリントアウトできた。そこから国立国会図書館にコピーを依頼していたのである。今回の会場には、検索コーナーがあったので、早速検索してみると、その後の整理も進んでいたようで、新しい文献が発見できた。プランゲ文庫では、地方発行の雑誌や様々な業界雑誌なども対象になっているので、思いがけない活動や執筆を知ることができたのである。プランゲ文庫については、基調講演のルイーズ・ヤングさんの講演の時に触れたい。

これに福島コレクションが利用できるようになったら、さらに占領期研究は進むかもしれない。

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