2024年6月17日 (月)

1960年6月15日、その頃何を考えていたか・・・。

 数年前にも、当ブログに以下の記事を書いた。状況としては、何も変わってはいない。内閣支持率が10%台になっても(6月の時事通信世論調査16.4%)、国の行方に対して、危機感というものがなく、議員たちは自分の選挙での当落だけを考え、お金の算段に血眼なのである。政党資金規正法改正にしても、パーティー券購入先の氏名・職業公表がなぜ5万円以上なのか、政策活動費の公開がなぜ10年後なのか、委員をいつ誰が選ぶのかわからない第三者機関設置なのか、施行が2年以上先の2027年1月1日なのか、目くらましにもならない法案で決着を図りたい自民・公明・維新なのである。議会の多数決だけで「政治」が動く。                                                                                                                                   

615日、思い起すこと(2019616日)
http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2019/06/post-fd0e28.html

  64年前の6月、あの時の社会の、時代の雰囲気は、どうしたら伝わるのか、私自身、どう受け止めていたのか、いつも考えてしまう。「安保反対」「岸を倒せ」闘争のきわめて個人的な体験と感想をくり返すにとどまっている。これまでの記事と重なる部分もあるのだが。

 1960年5月19日、夜10時過ぎ、衆院安保特別委員会の質疑打ち切り、新安保条約、日米地位協定などを単独可決、警官隊を導入、午前0時直前に衆院本会議で会期延長を自民党の単独採決、日付が変わった0時06分からの衆院本会議で日米相互協力・安保条約、駐留・地位協定、関連法案が討論なしで、自民単独、全員起立で可決している。直ちに参議院に送られているが、いずれにしても1か月後には自然承認されてしまうのだ。

 6月以前にも、学内でのクラス討論、学内集会、全学連反主流派集会へ出向き、安保阻止国民会議の請願デモ。私は少なくとも「請願」するという「自覚」もなく参加していたと思う。参加者の流れに添って、議員面会所にタスキをかけて立って迎える議員の前で、気勢をあげた。誰かが請願書なるものを渡していたのだろうか。背後の車道では、全学連主流派と呼ばれる学生たちの列の先頭の数人は一本の棒を握り、隊列をびっしり整え、ジグザグ行進を始める。その息の荒さと熱気に圧倒されていた。5月19日の深夜まで議事堂を囲んでいたデモには参加した記憶がない。

 私が何度も参加していた請願デモは、聞き知ってはいたが、後に知る、清水幾太郎の「いまこそ国会へ―請願のすすめ」で、われわれの手に何が残されているのか、「今こそ国会は行こう。請願は今日にも出来ることである。誰にでも出来ることである。・・・国会議事堂を幾重にも取り巻いたら・・・、そこに、何物も抗し得ない政治的実力が生まれて来る」(『世界』5月号特集<沈黙はゆるされるか>1960年4月)という呼びかけに影響を受けていたらしい。そして、規制のゆるい車道では、手をつないで車道いっぱいに広がって行進する「フランスデモ」になることが多かった。たいていは右も左も学友だったのだが、見ず知らずの人と手をつなぐこともあった。なんで<フランス>デモだったのか、近年のフランスでのデモは、いっそう過激になっているのに。

 私の記憶が鮮明なのは、「ハガチー事件」と称されるものだ。6月10日、羽田空港出口の弁天橋近くに、アイゼンハワー米大統領の来日を控えて、大統領秘書広報担当ハガチーの到着を待つべく、自治会の支持のもと、道路わきに座り込みをしていた。ハガチーが乗っている車は道をふさがれ、車の上にかけ上がる者もいて混乱、立ち往生していたが、意外と早く、米軍のヘリコプターがやって来て、マッカーサー駐日大使らとの一行は脱出した。ヘリコプターの着地や発着のときに巻き起こす風は強烈で、多くの参加者は、仰向けに吹き倒され、私は恐怖すら感じた。それくらい近くに座り込んでいたのだろう。帰宅して肘に擦り傷を負っているのに気づいた。私が目の当たりにした現場の光景は、いったい何だったのか。計画的な行動だったのか、偶発的なものだったのか。いまでもわからないが、翌日の新聞は、こうした暴力的行為は、国の恥、国際的にも非礼極まりないという論調であった。国論を二分する日米安保条約であったし、議会が機能していないこの時期に、アメリカの大統領を招くために、警備を強化するという政府こそ、暴挙に近いのではと素直に思ったものだ。

 6月13日夜、川崎市の日本鋼管川崎製鉄所労組事務所と東京教育大学自治会室に家宅捜索が入ったのを新聞で知った。在学の自治会室に「安保阻止東京都学生自治会連絡会」の事務局があったのも、初めて知ったのだった。

 そして、6月15日の樺美智子さんの惨事が起きる。その夜、私は別件で出かけていて遅い夕食のお蕎麦屋さんのテレビで事件を知って、そのショックは大きかった。それに加えて6月17日の朝刊一面の、在京新聞社七社の「共同声明」にも衝撃を受けた。「暴力を排し、議会主義を守れ」と題され「六月十五日夜の国会内外における流血事件は・・・」で始まり、「民主主義は言論をもって争わるべきものである。その理由のいかんを問わず、またいかなる政治的難局に立とうと、暴力を用いて事を運ばんとすることは断じて許されるべきではない」とし、政府の責任とともに、「社会、民社両党」の責任も問うていた。警官隊を導入しての単独採決は暴力ではなかったのか、国会周辺のデモ隊への機動隊の行動は暴力とは言えないのか。何とも納得しがたく、マスコミへの信頼が失墜した。

 その後、みずず書房の広報誌『みすず』で始まった小和田次郎の「デスク日記」を読んでいくと、ほぼ同時進行するマスコミ内部の様相、政治権力からの圧力にひれ伏しているのかも知るようになった。

 そして、私の最初の就職先、学習院大学政経学部研究室勤務により、清水幾太郎の実像の一端に接することになる。以下の当ブログの記事もご覧いただければと思うが、戦前からの足跡をたどれば、みずからも「マスコミ芸人」と称するだけあって、その変わり身のはやさに驚いたのであった。

 メデイアの中の「知識人」たち~清水幾太郎を通して考える(1)(2020年8月18日) 
http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2020/08/post-c87232.html

メデイアの中の「知識人」たちー清水幾太郎を通して考える(2)2020年8月18日
http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2020/08/post-6bcb67.html


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『図書新聞』【2010年7月31日】所載の江刺昭子『樺美智子 聖少女伝説』。この書評を通じて、私の中で、少し整理されたかなと思う、50年前のできごとであった。

樺美智子 聖少女伝説』
等身大の活動家から何を引き継ぐべきか

 偶像化への異議申立て、なるか 

副題の「聖少女伝説」、帯の「60年安保 悲劇の英雄(ヒロイン)の素顔」の文言にも見られるように、没後五〇年、六〇年安保世代を当て込んだような出版元の宣伝が目についた。が、本書の著者は、資料や関係者の証言に添う形で、樺美智子の実像に迫り、「60年安保闘争の唯一の死者として、伝説の人物として、聖化され、美化され」(14頁)半世紀を越えることへの異議申立てを試みたと言えよう。

本書は6章からなり、1・2章では、一九三七年生れの美智子の恵まれた生い立ちと一九五七年東京大学に入学、二〇歳で日本共産党に入党し、活動家としての出発までが描かれる。3章・4章では、共産党内の分派活動家たちによる「共産主義者同盟」(ブント)へ参加、一九六〇年六月一五日の死の直前までが検証される。教養学部時代は、地域の労働者の勤務評定反対運動などを支え、国史学科へ進む。警職法反対闘争に加えて、日米安保改定反対運動が国民的にも盛り上りを見せるなか、美智子は、一九六〇年一月岸首相の訪米阻止のため空港食堂に籠城、検挙を体験、政治的な使命感をさらに強めることになる。5章「六月一五日と、その後」6章「父母の安保闘争」では、美智子の死の前後と周辺の動向が検証される。その死をめぐっては、国会構内での学生・警官隊の動き、解剖結果の死因―圧死か扼死―を巡る対立、実在しない至近学生の証言報道などの問題が提起される。「国民葬」の経緯や活動家のその後などと遺された両親の苦悩と各々の死まで担った政治的な役割についてたどる。

美智子自身の思想形成、当時の学生運動における革新政党や分派による主導権争いなどに触れている部分はあえて割愛した。まじめで勉強好きな女子学生が自覚的に傾倒してゆく社会主義的思想、正義感や使命感が格別強かった青年の行動を、私は否定することができない。同時に、二年ほど年下にあたる評者には、六〇年の日米安保改定反対闘争の結末が樺美智子の死だけに集約され、当時の多くの市民たちの多様な行動や声が掻き消されてしまうことに危惧を覚えたのも事実である。

「聖少女伝説」化がなされた過程への考察が、本書ではやや不明確なのが気になった。伝説形成の基底には二つの要素が絡み合っているのではないか。まず、一九六〇年六月一七日の朝刊に掲げられた「暴力を排し 議会主義を守れ」という在京新聞七社共同宣言について、本書では「新聞論調は全学連に批判的であった」(241頁)とあっさりとしか触れられていない。この「共同宣言」に象徴されるマス・メデイアの大きな転換、マス・メディアの責任が問われるべきだろう。宣言の「その事の依ってきたる所以を別として」「この際、これまでの争点をしばらく投げ捨て」の文言に見られるように、「事件の原因を探求し、責任の所在を突きとめ、解決の道を明らかにすべきジャーナリズムの基本姿勢を放棄」し、時の政府を免罪し、暴力批判という形で大衆運動を抑圧する側にまわった、という重大な転機(小和田次郎ほか『戦後史の流れの中で 総括安保報道』 現代ジャーナリズム出版会 一九七〇年 二六九頁)への自覚や反省が薄れていることを指摘したい。五月一九日の暴力的な日米安保改定強行採決を目の当たりにした国民の危機感が高まるなか、政府、財界からのマス・メディア工作・統制、さらには自主規制さえ露骨になった事実と皇太子の婚約に始まる皇室慶事祝賀モードへの流れの結果でもあった。以降、マス・メディアは、六月一九日に条約が自然承認された後の「挫折感」がことさら強調され、さらに今日まで「新日米安保条約」の内容自体についての論議が遠ざけられ、樺美智子の追悼と偶像化を一種の逃避として利用してきた欺瞞性はなかったか。

また、当時「新日米安保条約」に反対した人々のなかには、高度経済成長の担い手となり、その恩恵を享受する過程で、贖罪をするかのように樺美智子を美化する人も少なくない。美智子への称賛を惜しまなかった活動家や知識人たちが、保守派の論客になったり、会社経営や大学行政に携わったりしながら、その一方で「伝説化」に加担している場面に出会うことにもなる。また、当時、まったくの傍観者であったか、無関心であった人たちまでが、たんなる感傷やノスタルジィに駆られて、その偶像化に酔うこともある。こうした風潮が、今日まで「日米軍事同盟」の本質的な論議を回避し、沖縄の基地を放置し、「抑止力」なる幻想をいまだに引きずる要因になってはいないだろうか。

筆者は、現代の若者たちに、一九六〇年前後、日本の未来を真剣に考えていた青年たちや市民たちの等身大の姿を伝えたいと思った。本書が、自身を含め、多くの読者が自らの足跡を真摯に省み、今後なにをすべきなのかを考える一冊になればと願う。

(『図書新聞』2010年7月31日号所収)

 

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2024年5月 1日 (水)

「天皇制はない方がよい」3%、そこに留まる一人として

  4月29日は、天皇誕生日、いや、みどりの日だった。いや、いまは、なんと「昭和の日」だった。2007年から、みどりの日は5月4日に移動して、「昭和の日」になっていたのだった。そして、もう忘れかけそうな、4月30日には、どんな事情があったのだろう、5年前の、この半端な時期に、平成の明仁天皇が退位し、2019年5月1日に徳仁天皇が即位している。きょうの 朝刊を見ると、天皇家の令和の5年間を振り返る記事が並んでいる。「時代や社会に応じ<象徴>を模索/国民と苦楽を共にする」(東京)「国民の中に広がる活動」(朝日)、「苦難と向き合い 国民と歩み」(毎日)という見出しであった。「国民とともに」といわれてみても、私たち国民にその実感はない。訪問先や被災地でのふれあいは、限定的でもあり、一過性でもある。歌会始や園遊会、文化勲章など国家的な褒章制度などは、国民の栄誉欲と権威付けが伴う活動の場となっているのではないか。

そんなカレンダーを踏まえ、しかも、「安定的な皇位継承の在り方」に関するか各党の見解が出そろった4月28日、共同通信社は「皇室」に関する世論調査結果を発表した。

 近年の皇室に関する世論調査には、女性天皇、女系天皇の賛否を問う質問が必ず登場するようになった。上記の世論調査でも、全体で20の質問事項の中で、2問への結果はつぎのようであった。どちらも圧倒的に賛成と出た。

 問7女性天皇の賛否:

 賛成52%、どちらかといえば賛成38%、 併せて90%
 反対3%、 どちらかといえば反対  6%、 併せて 9%

問10女系天皇の賛否:

 賛成38%、どちらかといえば賛成46%、 併せて84%
 反対  5%、どちらかといえば反対 9%、 併せて14 %

(2024年4月 共同通信社世論調査)

  なお、4年前の共同通信社の世論調査結果は以下のようであった。

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「女性・女系天皇 「支持」が高く 天皇に「親しみ」58%」東京新聞 2020年4月26日 

  これは、高齢者にとっては男女平等、若年層にとっては、ジェンダーによる差別なくそうとする考え方がある程度浸透してきたことと女性皇族—美智子さん、雅子さん、愛子さんらの行動とその報道などが反映されていると思う。

 しかし、このことは、当ブログでも何度も述べているように、天皇制自体が平等を前提としておらず、男女を問わず皇族たちのごく当たり前の基本的人権が認められていない仕組みなので、女性天皇、女系天皇で皇位をつなげたとしても、その平等・人権に反する状況は何も変わらない。

 今回の世論調査で、私が着目したのは、以下の問3であった。

 問3あなたは、日本に天皇制があった方がよいと思いますか、ない方がよいと思いますか

 あった方がよい:        44%
 どちらかといえばあった方がよい:44%
 どちらかといえばないほうがよい: 7% 
 ない方がよい:          3%
   無回答:             1%

   この種の世論調査で、「天皇制」の存否をストレートに問う質問事項が登場するのは稀である。さらに、その回答は、私にとっては、“どちらかといえば” 想定外なものであった。これほどまでの差があるとは思わなかった。あわせて88%があった方がよい、であり、ない方がよい、10%という低さだったのである。私は、この質問をするならば、その理由も聞いてみたかった。が、別の問15において、即位後の活動について、評価する活動の二択において、以下のような結果だった。

海外訪問や外国賓客のもてなしなど国際親善53%、
訪問先での国民とのふれあい42%、
被災地のお見舞い38%、
憲法の定める国事行為18%
戦没者の慰霊、宮中祭祀が各8%

 ここに、あった方がよいとする理由を垣間見ることができるような気がする。国事行為の18%をのぞいては、法的根拠のない、公的行為か、私的行為に過ぎない。平成期の天皇夫妻が、拡大してきた「公的行為」であり、「私的行為」の広報や公務化を、令和期の天皇夫妻も踏襲してそのままに報道するようになった。そうしたことが、問15や問3の回答結果に反映しているのではないかと思う。

 「天皇制」はない方がよい3%にとどまって何ができるのか、どちらかといえばない方がいい7%とともに、進む道はあるのか、心細いながら考えていきたい。

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 「「皇室」世論調査の詳報」(一部) 東京新聞 2020年4月26日
読みにくいのですが、クリックすると拡大します。

 

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2024年4月24日 (水)

苗字を持たない人たちの人権はどうなるのか、しかし、その前に

  先に、安定的な皇位継承の在り方についての有識者会議報告書をめぐる各党、メディアの対応を当ブログ記事にまとめた。そのあと、断捨離の一環で、袋詰めの資料を整理していたが、皇室関係の切り抜きの一袋を開いたところ、つぎの記事の見出しが飛び込んできた。「うーん、これって、いったい、いつのこと?」と読んでみると、自民党が「女性天皇」と「自らの退位可能」=生前退位を認める方針を固め、皇室典範改正の検討を開始した、というのである。2001年5月9日の読売新聞だった。20年以上前、そういえば小泉首相の時代だったかも。紙もだいぶ劣化しているので、背景処理してコピーしたものだ。

 先週4月23日には、春の園遊会が開かれた。最近のメディアは、もっぱら愛子さんにスポットを当てているのを見ていると、世論調査の結果や今回の女性皇族は結婚しても皇族として残る案への傾斜を示しているように思われた。

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自民党が皇室典範改正の検討を早めたのには、前年の2000年に皇太子妃の雅子さんが流産したことがきっかけになったと思われる。

  今般、4月19日、皇位継承に関する自民党の懇談会では、2021年にまとめた有識者会議の二案 ①皇族女子が結婚後も皇族に残る ②旧皇族男子との養子縁組による皇籍復帰できる、の両案を妥当とするものだった。これまで、自民党の態度が決まらなかったのは、①案が女系天皇・女性天皇につながりかねないという懸念からだった。しかし、20年以上前は、「女性天皇」を認める方針だったことになる。
 おおよそ時代ごとになっている袋を開いていくと、皇位継承をめぐる記事がいくつか出てきて、その経緯を、あらためて知ることになった。こうしてみると、皇族たちは、なんと時の政府に翻弄されてきたことかがよくわかる。

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 2001年5月には、雅子さんの懐妊が発表され、12月に愛子さんが誕生する。2005年11月、小泉首相の私的諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」の報告書は、女性天皇、女系天皇を容認するものだったが、 2006年2月秋篠宮の紀子さんの懐妊の発表、9月に男子悠仁さんを出産すると、即日、皇室典範改正は見送りとなった。つぎの安倍首相はもともと男系維持論者であったため、以降、皇室典範改正は棚上げされた。

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現行の皇室典範によれば、当時の徳仁皇太子から文仁秋篠宮、悠仁さんへと皇位は継承される。もし、皇室典範改正されて、第一子優先の女系天皇・女性天皇が実現されていたら、徳仁、愛子、文仁、眞子、佳子、悠仁さんの順位となるはずであった。

  2009年9月、政権交代で民主党鳩山内閣に続いて、11年、野田内閣のもと、女性宮家創設を検討し始めた。小泉時代の「皇室典範に関する有識者会議」の報告書を下敷きに、「女性宮家」は一代限りの皇族となることを前提で、子どもが生まれても皇位継承権はないというものだった。しかし、2012年12月、第二次安倍政権が発足すると、「女性宮家」は、検討対象とはしない方針を固めている。安倍首相は自らの持論も踏まえ、自民党内保守派の男系維持論に与したことになる。

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  そして、2016年8月、明仁天皇の生前退位の意向表明がなされたのを機に、2017年6月には、生前退位特例法成立、2019年5月1日に徳仁皇太子が天皇になり令和期に入る。

その後も、皇位を継げる男子皇族は秋篠宮文仁、悠仁さんの二人であることには変わりがなく、「安定的」な皇位継承対策は、重要課題となっていて、2021年11月の有識者会議報告書の二案に至ったわけである。
 しかし、その内容は、当ブログ記事にも書いたように、何ともお粗末な、時代離れしたもので、二案とて、「安定的」な皇位継続が見通せるものではない。

 現在の皇室典範自体が憲法に定める人権に抵触しているし、二案による改正がなされれば、天皇家の人々、皇族の人たちの人権はむしろ広く縛られることになるのではないか。そうまでして皇位を継承して、天皇制を維持しようとする人たちは、皇族たちをなんとか利用しようと企んでいるようにも思えてくる。国民の多くは、特に若年層にとっては無関心、あるいは週刊誌的興味からながめているのではないか。

 皇位継承問題が浮上した今こそ、私たちは、憲法の基本原則と両立しがたい「第一章天皇」を持っていることを、真剣に考えなければならない時だと思う

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2024年4月18日 (木)

安定的な皇位継承って何?~「天皇家」の存続を願う人たち

各党の対応

 2021年12月、安定的な皇位継承の在り方について検討した有識者会議の報告書が政府に提出された。22年1月には国会に提出されている。昨年末、衆議院議長より、各党に見解を早急にまとめるよう要請した。

有識者会議の報告書に示された二案というのが、(一)女性皇族が結婚後も皇室に残る案、(二)旧皇族の男系男子を養子に迎える案であった。各党はにわかに意見書をまとめ、議長に提出し始めた。

しかし、上記の二案では、安定的な皇位継承ができるかの具体策は見えない。その二案と言っても、よそ様の家に向かって、女性は結婚後も実家に残って仕事をせよ、(直系の男子がいなければ、)血のつながった男系の親類から男子を養子に迎えなさい、と言っているに等しい。天皇家の各人に、法律でそんなことを強制できるのか。結婚の自由や人権の番外地と言って済むものなのか。

 にもかかわらず、各党が議長に提出した意見書などによると、上記二案への対応は以下の通りと理解した。

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この表を作成のさなか、「読売新聞」オンライン記事で以下の表を見つけた。ご参考までに。
「政府有識者会議報告書2案に対する主な与野党の立場」(2024年4月16日)
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 なお、自民党は、4月19日の懇談会で、両案妥当の方針が固まった。それを踏まえて、毎日新聞は、以下のような表にまとめた。シンプルで見やすいかもしれない。

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 まとめてみて、あらためて驚いた。こんなにまでして、「天皇家」をまもりたい人たちがいるということだった。長い歴代の「天皇家」の継承が、グダグダであったことは、歴史的にも明らかなのに、これから先も、旧皇族の男系男子にこだわる(二)案、さらに国民民主党や自民党のいう「直接皇族」の付与など、皇族を離脱して80年近くにもなる旧皇族の子孫をたどることになるのだろうか。この時代に、現実離れした案としか言いようがない。立憲が、(二)案について、「法の下の平等」の観点から憲法との整合性を検討すべきなどとの見解をしめすが、むしろ滑稽にも思える。「天皇家」の存在、天皇制自体と憲法との整合性が問われなければならないのに。

メディアの対応

メディアは、有識者会議の二案と各党の見解をどう報じ、論じているのかを「社説」でたどってみたい。

「日本経済新聞」は、開かれた議論の必要性を説き「皇室への国民の視線は時代とともに変化してきた。近年のいくつかの世論調査で女性天皇の容認論が多数を占めていることも、多様性を重んじる現代社会の考え方の表れだろう」とし、「皇室の伝統と安定、皇族の方々の理解をどう調和させるのか。日本社会として制度を大事に守るのなら、私たち一人一人がその将来像を真剣に考える必要がある」と結ぶ(「皇室の将来見据えた継承策を」2024年1月2日)。ここでは、「皇族たちの理解」に言及し、「日本社会として制度を大事にまもるのなら」と、国民に対して「制度」自体への問題提起をしているようにもとれる結語であった。

「読売新聞」は、「皇族数の減少は、皇室制度の存続にかかわる問題だ。令和も6年となった。政府と与野党は様々な課題を放置せず、結論を出すべき時期にきているのではないか」とし、皇族女子は、「歌会始や国民の幸せを祈る 祭祀さいし など宮中行事に参加」「海外訪問を通じた国際交流」「スポーツ団体の名誉総裁などの立場で競技の普及」などを担っている現状から「皇族女子の離脱が続けば、様々な公務の継続は難しくなる。婚姻後も皇族の身分を保持できるようにすること」は、検討に値すると、(一)案を支持する。(二)案については「長く民間人として暮らしてきた旧宮家の子孫が、唐突に皇室の一員となることに国民の理解は得られるのだろうか。本人の意向を確認する作業も必要だろう」と懸念を示している(「皇族数の減少 多様な公務を担う策考えよ」2024年3月24日)。

「毎日新聞」は「国のあり方に関わる問題である。政治の責任で速やかに結論を出すべきだ」と大上段に論じ始める。皇位継承の維持が、果たして「国のあり方」に関わる問題なのか。(二)案ついては「旧宮家が皇室を離れたのは70年以上も前にさかのぼる。その子孫の民間人が唐突に皇族となることに、国民の理解が得られるのか」と疑問視する。「両案が実現したとしても、一時的に皇族数を確保するための、その場しのぎの策にとどまる」とし、「皇位継承権を女性に広げるかどうか」の議論も避けられないとする。憲法では、天皇は日本の象徴と定められ、「その地位は「国民の総意に基づく」と明記される。与野党は、国民の幅広い支持が得られる制度改正の道筋を示さなければならない」と結ぶ(「皇族確保の政党間協議 もう先送りは許されない」2024年4月10日)。
 皇位継承が途絶えたとして、現在の国のあり方が大きく変わるとも思えない。たしかに憲法第一章を削除しなければならないが、国民の暮らしが変わるとは想像しがたい。困るとすれば誰たちなのだろう。「毎日新聞」は、毎週金曜日に「皇室スケッチ」あるいは「識者に聞く皇室」という記事を連載するが、天皇家のエピソードや秘話などの紹介であり、登場する「識者」たちも象徴天皇制を前提にしての解説の域を出ない。

「朝日新聞」は、有識者の報告書が政府に提出された直後の時点の社説で。両案とも「皇位は男系男子が継がねばならない」という考えが前提で、国民の間に一定の支持がある「女性・女系天皇」の芽を摘んでしまっていると指摘する。
「価値観の一層の多様化が見込まれるなか、報告書の考え方で皇室は安定して活動・存続できるのか」、いずれの案にせよ、「(皇族)本人意思の尊重をどう考えるか」、「与野党の立場を超えた真摯(しんし)な議論が求められる」としている(「皇位の報告書 これで理解得られるか」2022年1月13日)。(二)案は、養子になれるのは男系男子に限るとし、戦後改革で皇籍を離れた旧十一宮家の男子と明記したことについて、「門地による差別を禁じた憲法に違反する恐れ」に応えていないことも指摘しているが、ここには、両案の欠陥、批判はあるが、提案や方向性が見えない。
 「朝日新聞」の不明確な論調を補う意図があったのかどうか、3月13日のオピニオン欄に原武史へのロングインタビュー記事がある。皇位継承問題にかかわり、記者の石川智也の「では、どう皇室の存続を図ってゆけばよいのでしょう」の問いに、「どう存続させるか、ではなく、そこまでして象徴天皇制を維持する必要性があるのか、もはや存廃に踏み込んで議論すべき段階です」と答えている。また、「むしろ右派が逆説的に存廃の話をしているのに、左派リベラルは存続が前提の議論ばかりしています。平成流を過度に理想化し、上皇を戦後民主主義の擁護者かのように仰いでいるのも主に左派です」という指摘も重要である。

 上記の各党の対応でみるように、日本共産党が、天皇制(天皇制度?)を前提に女性天皇、女系天皇を認めるべきだとの見解を示していることでも明らかである。

 私も、最近、ある研究会で、多くは文学におけるジェンダー論やフェミニズムの研究をしている研究者たちから「女性天皇を認めないのはジェンダー平等に反する」とか「女性天皇や女系天皇を否定するのは偏狭ではないか」といった意見が出ていたのを聞いて、マスメディアの論調や世論調査結果などの影響が大きいのではないか、左右されているのではないか、と驚いた。天皇制自体の存廃には踏み込もうとしないマスメディアの責任の重さを思うのだった。

 

 

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2024年4月16日 (火)

“春風のようなお手振り”って何なの?

 宮内庁は昨年度から、「広報室」を新設、4月1日からは、インスタグラムをスタートさせた。皇室への関心を高めようと必死といってもよい。

 昨年から今年にかけて、天皇夫妻、秋篠宮夫妻の外国訪問はじめ、佳子さん、愛子さん、悠仁さん情報の発信が活発になり、それを右から左に流すメディアは、横並びである。

 一時は秋篠宮家の佳子さん情報が目立ったが、今は、愛子さんにシフトしているようである。今年一月以降の愛子さんに触れた記事を拾ってみたい。正月の一般参賀は、能登半島地震のため中止となった。「歌会始」は、学業優先のため欠席していたが、大学卒業以降は、急増し、一人での行動も増えた。現段階では「公務」は皆無だし、「公的行為」にもなり得ず、ほとんどが私的行為である。広報室は、これでもか、これでもかと発信し続けている。それを報じる記事は、愛子さんの服装や笑顔に触れる横並びには違いないのだが、文面には若干の違いがある。なかには、あまりにも情感たっぷりの、思い入れの著しい記事、例えば、下記にあげたような、朝日新聞系列の「AERA dot.」(朝日新聞出版)の「堂々たる品格」「春風のような初々しいお手振り」「格式高い三つ紋の本振袖と凛とした紺袴で花のような美しさ」とまでの手放しの「称賛」となると読者の方が気恥ずかしくもなる。こんな情報が拡散していくのを見過ごしてしまっていいのだろうか。

<今年の1月から4月までの愛子さんの動向>

1月1日  新年祝賀の儀に参加後、一家で上皇夫妻に挨拶、女性皇族のティアラ着用復活
1月11日 「講書始」初めて出席
1月17日  一家阪神大震災への黙祷

2月6日  一家で能登半島地震の救助活動や復旧状況の説明を聞く
2月9日  ケニア大統領夫妻との昼食会デビュー、スワヒリ語で挨拶
    「堂々たる品格」AERA dot. (太田裕子)
2月23日  天皇誕生日お手振り「春風のような初々しい」AERA dot.(永井貴子)

3月9日  一家で日赤による能登半島地震被害地の支援活動の説明を聞く
3月11日  一家で東日本大震災への黙祷
3月20日  学習院大学卒業式
          「格式高い三つ紋の本振袖と凛とした紺袴で花のような美しさ」
    「春風のようなほほ笑み」AERA dot。(永井貴子)
3月26日・27日 単独で伊勢神宮、神武天皇陵参拝(大学卒業報告)
    「本物の笑顔」AERA dot.(太田裕子)

4月1日  日赤入社(嘱託職員、青少年・ボランテイア課)
4月10日  明治神宮初参拝(昭憲皇太后没後110年祭)
    「オフホワイトのロングドレスに帽子姿で」FNNニュース
    「まばゆく映えるロングドレス姿」AANnews
4月11日 大学卒業・就職報告のため上皇夫妻を訪問
4月14日 単独で雅楽鑑賞
    「めがね取り出し熱心に鑑賞」 朝日新聞デジタル(中田絢子)   

 

<関連過去記事>
女性皇族は皇室の広告塔?生き残りをはかる天皇制!20231218日)
http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2023/12/post-cfe584.html

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はや、庭のツジが咲き出した

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蕾のまま終わるかと思いきや、今年は一気に咲き出した、気まぐれツバキ

 

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2023年12月24日 (日)

引退されたはずではなかったのですか~「上皇」の卒寿報道に見る

 12月23日は、平成期の明仁天皇の誕生日であった。購読紙の朝日新聞は、「上皇さま90歳に」「平成流 求めた旅」(多田晃子)の見出しで、毎日新聞は、「上皇さま 卒寿」(高島博之)「平和願う心 変わらず」(高島博之・村上尊一)の見出しで、それぞれ二カ所で報じられた。読売新聞WEB版では、「上皇さま90歳、規則正しく穏やかな日々…沖縄や戦争と平和への思い今も強く」と報じられている。

 2016年8月、生前退位の意向を公表したテレビでの心痛な面持ちの画面を思い出す。法令上根拠のない、「公的行為」、「公務」を拡大してきた結果でもあったのだろう。例を見ない事態に直面し、私もいささか驚いたが、この高齢社会にはいずれやってくる事案であろうと思ったものある。政府は、慌てて特例法で対処し、同時に表面化した後継者問題は置き去りに、ともかく改元は実現した。現実は別として、当初は、天皇、上皇による二重権威が懸念されていたためか、退位した天皇のメディアの登場は少なくなったかに見えた。その内、コロナ禍にみまわれ、皇室自体の出番は減少した。それが、どうしたことだろう、Cobit19が五類に移行すると、皇族たちの活動報道が増え、明仁前天皇夫妻の動向を報ずるニュースも多くなり、今日に至っている。
 いずれも、「穏やかな日々」を送っているはずの夫妻の静養や旅行の再開、家族との交流、平和を願い、国民を思いつつ、過ごしている様子、そして病状までも、宮内庁提供や代表撮影の夫妻の写真を添えて報ずる紙面構成であった。
 ともに、宮内庁発のあたらしい情報と平成期の天皇夫妻の動向を辿るものであった。朝日、毎日とも、上皇御用掛としてのハゼ研究を支える林公義とのインタビュー記事も同じである。朝日が、羽毛田信吾元宮内庁長官のインタビューを「国民に寄り添う姿 象徴の役割の一つでは」の見出しで伝えている。

 12月1日の愛子さん、9日の雅子皇后の誕生日に続いての記事であったから、宮内庁詰めの記者は忙しかったというより、宮内庁広報室からの情報に、若干のエピソードなどを補っているに過ぎない。

 前のブログ記事で、宮内庁は、焦っているのはないか、とも書いた。皇室への関心が日々薄れてゆく歯止めとして、佳子さんや愛子さんの姿を追い、引退したはずの明仁前天皇夫妻のいわばプライベートに属する情報、画像や映像までも流している。報道されることが分かっているのなら、ご本人たちは、それを拒んでもいいはずなのに、なぜ?である。もともとガードが堅い宮内庁なのだから。

 明仁前天皇の誕生日12月23日、1947年12月23日、当時の皇太子の誕生日に、東京裁判により死刑が確定したA戦犯7人の死刑が執行された日であった。昭和天皇の戦争責任が問われないことになったのも、この東京裁判のさなかであった。 

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2023年11月28日、横浜三渓園の落葉でした。

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急にヒヨドリが立ち寄り始めました。メジロもヒヨのいる合間を縫って、時々やってきます。先日の雨あがり朝、近くの駐車場の水たまりには、ムクドリが群れていました。

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2023年12月18日 (月)

女性皇族は、皇室の広告塔? ~生き残りをはかる天皇制!

                                                                                                                                                                                      

近頃の皇室報道

 12月に入って、皇室の記事がやたら目につくようになった、一年を振り返るということもあるのか。この4月には、宮内庁に広報室が新設されたことにも拠るのだろう。雅子皇后が12月9日に60歳になり、12月1日には愛子さんが22歳になった。私の目にした範囲でも、大きく報道されていたが、皇后については、12月9日、公表された文書での感想と略年表、写真などを付した特集が組まれたりしている。

朝日新聞:「絆と歩む 自らの道」と題して、「誓った社会に貢献」「覚悟と努力の日々」1頁全面と社会面「皇后さま60歳≺また新たな気持ちで一歩を>」の記事(多田晃子)
毎日新聞:「<人の役に>たゆまぬ歩み」と題して、「苦労実り 大輪の花に」「雅子さま60歳 陛下の支えとともに」1頁全面と社会面「<新たな気持ちで一歩> 皇后雅子さま60歳に」の記事(高島博之)
東京新聞:社会面「皇后さま60歳に」「新たな気持ちで歩む」(山口登史)、4面「皇后さま60歳 感想要旨」の2か所の記事

 特集記事の表題や小見出しを見ても明らかなように、皇后の文書での感想をベースに、結婚以来の曲折を踏まえ、勤めに励んできたことを称えるスタンスであった。朝日、毎日では、ともに、皇后の中学時代からの同じ友人を登場させて、その友情にまつわるエピソードを紹介していた。その点、東京新聞の記事は短く、淡々とした報道に思えた。

 さらに、今年の4月に、宮内庁に広報室が新設して以来、皇室記事、とくに私的な動向を伝える報道が増えたような気がする。このところの推移は、前の記事に追加して、以下のような表にしてみた。

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<参考過去記事>
天皇はどこへ行く、なぜインドネシアだったのか(2023年7月28日)
http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2023/07/post-1eb3c3.html

宮内庁広報室全開?!天皇家、その笑顔の先は(2023年6月12日)
http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2023/06/post-9183da.html

 

佳子さんの奮闘は、何を意味するか

 ネット上の朝日とNHKのデータをもとにして、調べて分かったことだが、ほぼ、同じ傾向を示している。一つ違うといえば、秋篠宮家関係が、朝日51件に比べNHKが68件と多いことである。皇位継承者上位二人がいることが配慮されているのだろう。記事内容を見ると、秋篠宮家の佳子さんの記事がかなりの数を占めていることもわかる。

 それというのも、宮内庁のホームページに登載の天皇家と秋篠宮家の「ご活動」をみると、なお明確になる。広報室からの発信と思われるが、ちなみに一家を含め佳子さんの活動件数をみてみると、4~11月において31件、この中には、イベントやペルー訪問に先立っての説明や進講を受けたりした場合も含まれ、10件近く、ほぼ3分の1を占める。これらは記事やニュースにほとんどならない。それにしても、佳子さんの参加イベント、公的な活動と思われるものが記事になり、ニュースになり、もしかしたら、単独活動では一番多いかもしれない。そもそも、女性皇族に「公務」はないので、あくまでも「公的な、純然たるプライベートではない」程度のことではある。

 一方、愛子さんは、ほとんどが天皇夫妻と一緒の活動であって、20件に満たないし、単独の活動は見当たらない。4月ウイーン少年合唱団の鑑賞、御料牧場静養、5月天皇夫妻の即位5年成婚30年記念展見学、8月那須静養、今井信子演奏会鑑賞、9月日本伝統工芸展見学、10月日本赤十字社関東大震災100年展見学、11月三の丸尚蔵館記念展、やまと絵展見学など、ほとんどが純然たるプライベートな活動にすぎない。これらの中には、一家で参加している養蚕関係行事も含むのだが、上記のほとんどが新聞、テレビなどで報道されている。「優雅で、文化的な、仲良し家族で結構ですね」との感想は持つが、報道の価値がいかほどあるものなのか、と思ってしまう。たんなるセレブ?の家族とはちがい、そんな暮らしを、国が、国民がストレートに支え続ける意味はどこにあるのだろうかと。しかし、憲法上存在する制度で、財政的に支えなければならないというのであれば、宮内庁は、全面的に情報を公開すべきであるし、新聞等での「首相の動向」のような欄でも公開すべきであろう。

 さらに、愛子さんの単独活動がないのは、共同通信配信記事「愛子さま、まだ単独公務の予定なし ほかの皇族に比べて遅いデビュー、その本当の理由は」(2023年12月10日)によれば、学業優先が主な理由として挙げられてはいるが、研究者河西秀哉によれば、皇位継承者秋篠宮悠仁の手前、現在皇位継承者ではない立場で、あまり目立ってはいけないという配慮があると言い、小田部雄次によれば、皇位継承問題が決着しない限り、単独公務はかなり難しいのではとの見解を紹介している。

 となると、佳子さんの今の活動ぶりは何を意味するのか。いわゆる公的活動を拡大して、さまざまな活動に積極的なのは、彼女自身の意向というよりは、宮内庁の方針で多様なオファーにつとめて応えているというのが実態なのではないか。

 皇位継承者と目されることもなく、いずれ皇室を離れるだろうから、いま一番人気の彼女にはどんどん励んでいただこう、広告塔のお役を果たしてもらおうというのが宮内庁、広報室の本音ではないかとも思えてくる。

 

たしかに宮内庁は、焦っている

 12月1日には、こんな記事も出ていた。「識者に聞く皇室」と題しての君塚直隆へのインタビューである(聞き手、須藤孝。『毎日新聞』2023年12月1日)。「生き残るため 国民の前へ」と題して「広報 隠すより赤裸々に」の見出しのもとに「政府や宮内庁の広報は発信(だけ)ではなく、隠したり抑えたりしています」、スキャンダルを恐れているのかもしれないが、スキャンダルはどの王室にもあるので、隠すのではなく、赤裸々に示して理解を求めた方がよい。さらに、政府の足らざるところ、弱者への対応を補っていくことを提案している。「赤裸々」だったかは別として、政府や宮内庁は、すでに、必死になって発信し、皇族たちも、戦争被害者、災害被災者、病者、障がい者など、いわゆる弱者と呼ばれる人々への「心のケア」を担ってきたことだろう。とくに、平成期の天皇夫妻が、見ていても痛々しいほど努力してきたことを垣間見てきたが、なぜ、これほどまでにして、天皇制は生き残らねばならないのだろうか。

 政府は、皇位継承者問題を先送りし、日本共産党も民主主義とは相容れない天皇制へのすり寄りを見せ、フェミニストたちでさえ、女系・女性天皇待望論を語り、差別の根源たる天皇制自体の問題から逃げているとしか思えない。宮内庁は、この難しい局面に立って焦っているのではないか。

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2023年9月21日 (木)

歌壇におけるパワハラ、セクハラ問題について、いま一度

 2019年末から翌年に下記の当ブログ記事において、短歌結社雑誌『未来』の選者の一人のパワハラ、セクハラ問題について触れていた。そんなこともあって、短歌史や資料の件で何かとご教示いただいている中西亮太さんとのご縁で、上記パワハラ、セクハラ問題ついて、当事者の加藤治郎氏とのツイートやnoteで追及されている中島裕介さんに中西さんと二人でお話を伺う機会があった。

・歌壇、この一年を振り返る季節(2)歌人によるパワハラ?セクハラ?~見え隠れする性差(2019年12月22日)
http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2019/12/post-b5862e.html

・歌壇における女性歌人の過去と現在(2020年3月 3日)
http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2020/03/post-d8f3d9.html

  インターネット上で、加藤・中島間のやり取りを見ていると、論理的な中島さんに感情的に答える場面も多いのだが、やはり、それだけでは、何が真実か、どの情報を信頼すべきか、正直、迷うこともあった。今回、私たち二人の疑問にもていねいに応える中島さんの話のなかで、わずかに伝えられた被害者の方々からの情報を間接的ながら知ることによっても、その全容が少し見えてきたように思う。

 『未来』のホームページによれば、2019年11月30日、理事会報告で 理事1人から提出されたハラスメントの事実確認をすることとハラスメントに関する委員会、相談会設置することなどを表明して以来、2020年1月19日に、ハラスメント相談窓口設置発表、2022年7月21日、「ハラスメント防止ガイドライン」「ハラスメント相談窓口フロー」を発表するにとどまり、表だった動きが見えない。『未来』の会員にも、公式には、これ以上の報告はないようである。『未来』会員の中島さんからに限らず、名指しされている選者の一人のセクハラ問題なのである。ハラスメント委員会はこれまでの間、どのような活動をしてきたのだろうか。理事(=選者)会には、女性も多いのに、何とか解決の糸口はなかったのだろうか。できれば表ざたになるようなことはしたくないという結社自体の保身、そして、理事たちの保身がこうした結果をもたらしているようにしか思えない。男女各1名のハラスメント相談窓口を開設以来、相談件数はゼロであったという、大辻隆弘理事長からの報告もある。結社内の人間が担当したのでは、非常にハードルが高く、機能は果たし得ないのではないか。

 また、短歌関係メディアは、「噂」としては知っていた、あるいは、少なくともネット上の情報で知り得ていた情報の真偽を確かめようとなかったのだろう。なぜ、そのまま放置して、当事者の起用を続けているのだろう。現に、起用を控えているメディアもあることは、誌面によりうかがい知ることもできる。決して、一結社の問題ではないはずである。

 ハラスメントを、セクハラを受けた側から考えれば、加害者の名前を見るのも、画像を見るのもいたたまれないのではないか、メディアはそうした想像力を働かせてほしい。ジャニーズ問題は、どんな組織にも起こり得た問題だったのである。

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2023年6月12日 (月)

宮内庁広報室全開?!天皇家、その笑顔の先は

 新年度4月以降、宮内庁に広報室が新設されたのと、Coronaが2類から5類に移行し、感染対策の緩和がなされたことが重なり、一気に皇室報道が目立ち始めた。

 5月以降、私自身が新聞・テレビで目についた報道から天皇・皇后はじめ皇族の動向を拾い上げただけでも、以下のようになった。天皇には、内閣の助言と承認を得て行う国事行為について、憲法第三・四条・七条に定められており、国事行為は限定的であり、皇室典範に定めのある儀式は、即位・大喪の礼のみである。たとえば、以下、この一カ月余りの活動は、そのほとんどが私的活動とみてよい。いわゆる「公的行為」について、法律上の基準はなく、平成期における天皇は皇后とともに、この「公的行為」を創出、拡大してきた経緯があり、定着したかのような様相を呈していたが、代替わりとCorona禍により、そうした行為、活動は、中止や縮小、オンラインなどで実施されることが多かった。が、どうだろう、天皇家、皇族の写真や動画が溢れだしたのである。

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 上記の表の備考に、純然たる私的行為と思われるものに「私」を記してみた。そうでないものについて、例えば、戴冠式参列(1953年、エリザベス女王戴冠式に皇太子参列)、園遊会主催(1953年~)、植樹祭参加(1950年~)などにしても、法的な根拠はなく、新憲法下の昭和期、平成期において、たんに「恒例」として実施されてきた行事に過ぎない。行事の筆頭に、第○回と付されているものは、その限りの沿革であることがわかるし、備考欄に、「○年~」と記したものもある。
 今回、突如、発表されたインドネシア訪問は、即位後初めての親善訪問とされ、皇后も同行することが注目されている。この国が選ばれたのは、現在、外交的にも経済的にも密接な関係を保ち、対日感情も東南アジアの中では良好とされているからであろう。

 しかし、アジア・太平洋戦争時1942年から、日本の軍政下にあった三年半の間、コメの強制供出や労務者の強制徴用、さらには、日本語、日の丸、君が代などを強要された世代は、もちろん、犠牲となった現地人の遺族たちの存在も忘れてはならないはずである。彼らには、いったいどのように対応するのか、関係省庁と調整中なのであろう。

 こうした親善の訪問と戦争犠牲者のいわゆる「慰霊の旅」は、平成期に増大した。昭和・平成期において、皇太子時代を含めて明仁天皇夫妻は沖縄へ11回も訪ねていることでも明らかであろう。それに加えて、被災地訪問も随時実施され、「公務など」と括られ、拡大されていった。
 このような「公的行為」には、必ず訪問先や移動時の警備体制や訪問先の受け入れ準備に多大の業務と費用が伴うはずである。「国民に寄り添」うことによって「慰撫され」「励まされ」る人々を生み出したかもしれないが、実質的な解決や成果につながることは、まずなかった。
 令和期の今に至って、こうした「公的行為」の環境が整ったことになるのか。

 また「私的行為」によって、三代にわたる「理想的な」家族像を発信できたとしても、それがいったい何の意味があるのだろう。
 若い人たちは、非正規という不安定な働き方を強いられ、結婚も出産もできない。大事に育てられるべき子どもたちは、家庭や学校で不安定な日々を送っている。社会保険料は値上げされ、高齢者の年金は抑えられ、老後生活への不安は尽きない。
 この現実と天皇家の風景との落差は、何なのか。すべての差別の根源ともいえる天皇制、この辺で、じっくり立ち止まって考えてみなければ。

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2023年4月 3日 (月)

宮内庁の「広報室」って、何を広めようとするのか

 4月1日に、宮内庁総務課に「広報室」が新設され、その室長が決まったという。報道によれば、職員は、従来の記者クラブ対応の総務課報道室(15人)からの5人と兼務職員、増員3人と併せて9人、増員のうち1名は民間出身でのスタートで、室長が、警察官僚から起用された女性であった。茨城県警捜査二課、警視庁組織犯罪対策総務課長を経て、警察庁外事課経済安全保障室長からの転任である。暴力団、外国人犯罪対策、国際的な経済犯罪対策にかかわってきた経歴の持ち主が宮内庁へというのだから、ただならぬ人事といった印象であった。

 そもそも、広報室新設の背景には、秋篠宮家長女の結婚や長男をめぐっての情報が報道やネット上に氾濫したことや秋篠宮が記者会見で、事実と異なる場合に反論するための「基準作り」に言及したことなどがあげられる。

 現に、広報室は、皇室への名誉を損なう出版物に対応する専門官、あたらしい広報手法を検討する専門官も置き、SNSを含めた情報発信の強化を目指し、さらに1人、民間からの起用を予定しているという。

 ということは、裏返せば、皇室報道の規制強化、広報宣伝による情報操作をも意味するのではないか。

 象徴天皇制下にあっても、深沢七郎「風流夢譚」事件(1960年)、嶋中事件(1961年)、天皇制特集の『思想の科学』廃棄事件(1961年)、小山いと子「美智子さま」連載中止、(1963年)、富山県立美術館カタログ販売禁止(1987年)・・・にみるような皇室情報のメディア規制が幾度となく繰り返されてきた。その結果として、現在にあっても、メディアの自主規制、タブー化のさなかにあるともいえる。逆に、新聞やテレビが昭和天皇の在位〇年祝賀、昭和天皇重病・死去、平成期における天皇の在位〇年祝賀、生前退位表明・改元の前後の関係報道の氾濫状況を目の当たりにした。

 メディアの自主規制が日常化する中で、広報室長は、記者会見で「天皇陛下や皇族方のお姿やご活動について皆様の理解が深まるよう、志を持って取り組んでいきたい」と述べたそうだ。

 <マイナンバーカード普及宣伝>を民間の広告代理店にまかせたように、宮内庁も<電通>?人材を入れたりして、大々的にというより、格調高く、丁寧な?広報を始めるのだろうか。

 現在の天皇・皇后、皇族たちへの関心が薄弱になってきている現状では、情報が発信されれば、されるほど、「なぜ?」「なんなの?」という存在自体を考えるチャンスになること、メディアが確固たる自律性を取り戻すことを期待したい。

 

わが家の狭庭には桜はないけれど、春は一気にやって来た。 

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3月29日、黄スイセンは、かなり長いあいだ咲いていた。

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3月31日、レッドロビンを越え、モクレンは2階に届くほど。

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4月4日、奥のツバキは、ほぼ散ってしまったが

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