遅すぎないか、「天皇制自体を問う論議」―朝日新聞のインタビュー記事に想う
きのう9月25日の朝日新聞のオピニオン欄「交論」は、憲法専攻の西村裕一氏と社会学専攻の上野千鶴子氏による「天皇制と憲法一条」論だった。こうした論議が、なぜ、今になってなされるのか。7月17日の皇室典範の改定成立への長い過程にあって、多くのマス・メデイアは、今回のような天皇制自体の論議はスルーして、女性・女系天皇論を盛り上げ、改定手続きなどを問題視してきた。
それでも、朝日新聞は、皇室典範改定が確実視される段階になった7月10日の社説で、「象徴天皇制と、法の下の平等や個人の尊重など〈人類普遍の原理〉という異質なものが憲法に同居しており、完全に整合させることは難しい」と論じ、改定案成立後の7月19日に、有田哲文記者による「日曜に想う 天皇制〈なぜ〉続けるのかを問う」を掲載した。そして、きのうの両氏によるインタビュー記事だったのである。それにしても、遅すぎたのではないか。皇室典範改定が国会やメディア、ネット上で問題になっているさなかに、こうした問題提起がなされなかったのか。政権への忖度、皇室への配慮があったとしか思えない。後述の『世界』の岩波書店にも同様のことが言えそうである。
西村氏の論旨は、憲法一条は、天皇の地位は国民の総意に基づく、となっているが、その「総意」を単なる法律に過ぎない皇室典範の改正に持ち出す必要がないということ、天皇制に憲法の平等原理が及ばないのは「飛び地」だからという論は、皇室典範という法律を憲法原理が及ばない領域にしてしまうのは問題であるというに二点にあると理解した。「国民の『総意』に問われているのは、女性差別をはじめとする様々な差別を内包させた天皇制というシステムを、これ以上存続させるかどうかのはず」だと語る。
上野氏は、『世界』の8月号の寄稿の「憲法一条改憲」の真意を問われ「象徴天皇制に幕を引こうという提案です。なので第一条を中心にした憲法改正が必要になります」とし、天皇制は国民の出自によって身分格差を設ける仕組みで、憲法の定める平等原則に反し、加えて、皇族や天皇の人権を無視した非人間的な制度でもある、と語る。
両者の発言は、まさに、現憲法上の天皇制自体の存否を問うものであり、貴重な発言であった。
西村氏による現在なされている天皇制存続論議は現憲法にてらしても基本的な不備があり、整合性に欠くとの指摘は重要だと思う。上野氏は、これまで天皇制について「発言を断ってきたのは天皇制への関心が薄れ、いつか制度としてフェードアウトしていけばいい」と思ってきたからという消極的対応も、どこかメディアの姿勢と通ずるものがあったのではないかと思えてしまう。彼女は、池田香代子のインタビューでも、天皇制について語っているが、『世界』よりかなりリラックスした発言もあるので、一見のほどを。ここでは、天皇制は政権にとってはコスパのいいシステムだとも語っている。少なくとも、1945年敗戦後以降の天皇制は、GHQ、政権による政治的利用のためだけに存在しているとしか考えられない私も同意見だが、「安上り」かどうかは、いま一つ検討を要しよう。
<参考>
①上野千鶴子「わたしが女性を歓迎しないこれだけの理由」『世界』2026年8月号 (WEB世界 https://websekai.iwanami.co.jp/posts/9748) (2026年7月10日)
②シン池田香代子世界を変える100人の働き人41人目・上野千鶴子「続けますか?<人権の飛地>頼みの権威主義」
https://www.youtube.com/watch?v=vednP4QxceE2 (2026年7月2日収録)
③当ブログ記事「『愛子天皇待望論』って、何だったのか~地元の九条の会のニュースに書きました(2026年9月 6日)
http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2026/09/post-8a8fa3.html












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