2025年8月18日 (月)

8月15日、天皇と首相の「言葉」の過大評価を考える

天皇の「語り継ぐ」とは

 8月15日、「全国戦没者追悼式」に臨んだ天皇の「おことば」の「戦中・戦後の苦難を今後とも語り継ぎ、私たち皆で心を合わせ、将来にわたって平和と人々の幸せを希求し続けていくことを心から願います。」の一文をとりあげて、翌8月16日の各新聞は社説や記事で一様につぎのように評価していた。 

読売新聞社説:「戦中・戦後の苦難を、語り継ぐ必要性にも初めて触れられた。」

日本経済新聞社説:「『語り継ぐ』という新たな要素を加えられた。上皇さまの平和への願いを受け継ぎ、次世代に継承することへの強い思いがうかがえた。」

毎日新聞:「天皇陛下、記憶の継承に言及」の見出しで「『戦中・戦後の苦難を今後とも語り継ぎ』の一節を新たに加えられた。記憶の継承に明確に言及。」

朝日新聞:「天皇陛下 次世代に託す思い」の見出しで「『戦中・戦後の苦難を今後とも語り継ぎ』という新たな表現で、継承への思いを示すものとなった」

 またNHKの15日の夜7時のニュースでは、「戦後生まれの天皇陛下は、戦争の記憶と平和への思いを、戦争を知らない世代に継承していくことの大切さについて、記者会見などで繰り返し語られていて、今回の追悼式のおことばにも『語り継ぐ』という表現が、初めて盛り込まれました。」また、「深い反省とともに」という表現を「深い反省の上に立って」と変えたことを報じている。 

 そして、ノンフィクション作家保阪正康のコメントとして、
「『語り継ぐ』というのは、かなり主体的な意味の強い言葉で、主体的に戦争のことを語る、苦しかった人たちの思いをつないでいくという強い意思を感じる。」さらに「戦中・戦後の苦難」という言葉については「戦争は昭和20年8月では終わっていない、原爆で傷ついている人が今もいるように、戦争の傷はずっと残っている。苦難と闘っている人がいるということを、私たちは忘れてはいけないと、おっしゃっている。天皇陛下の人生観や歴史観が凝縮されていて、戦争の傷あとに対する思いが深いと感じた」と語らせている。
 さらに、天皇の「おことば」が基本的な内容は変わらないことについては、「変わらないということは、祖父・昭和天皇、父・平成の天皇の気持ちを継いでいくと、戦争に対する反省や心の痛みを継いでいくということをおっしゃっていると思う。それが天皇家の強い意思」と感じたとする。

  以下は私の素朴な感想であるが、「語り継ぐ」を盛り込んだとする一点を、これほどことごとしく揃いも揃って、高く評価する点が不思議であった。すでに多くの戦争体験者や遺族は、必死の思いで語り継いできたことは、多様なドキュメント、映像や図書などでも残されてきた。それを、いまさら「おことば」にその言葉が登場したからと言って、大げさに報道するメディアもメディアだという思いである。これまでのメディアの営為に自負はないのかとも思ったのだが。

 

石破首相の「反省」とは

 NHKは8月15日当日のニュースで「全国戦没者追悼式での総理大臣の式辞で「反省」ということばが使われたのは2012年以来となります。」と伝えた。他のテレビニュースも13年ぶりの「反省」を強調するものが多かった。

 新聞にあっては、
東京新聞社説(8月16日):「首相の「反省」 個人でなく政府が示せ」の見出しで「近年の首相は、所属政党にかかわらず戦没者追悼式の式辞で、アジア諸国に対する加害への反省を表明してきたが、安倍晋三氏は2013年以降、反省の表現を使わず、菅義偉、岸田文雄両氏も踏襲した。石破氏が反省の文言を復活させたことをまずは評価する。ただ、石破氏も何を反省するのか、具体的には示していない。」

読売新聞社説(8月16日):「終戦の日 80年続いた平和を次の世代に」の見出しで「石破首相は式辞で、2012年の野田首相以来となる、先の大戦の「反省」に言及した。」

毎日新聞社説(8月16日):「首相は反省と教訓明示を」の見出しで、戦後80年の首相談話を見送った経緯に触れた後「大戦の『反省と教訓』に言及した。『反省』は村山氏の時から式辞に盛り込まれたが、2013年の安倍氏以降は消えていた。13年ぶりに復活させた形だ。しかし、何を反省し、教訓とするのかについては、『進む道を二度と間違えない』などと曖昧に述べただけだ」

朝日新聞社説(8月16日)「終戦の日と首相 平和国家未来像語る時」の見出しで「首相式辞は、93年に細川首相がアジア近隣諸国に『哀悼の意』を表し、翌年の村山首相が『深い反省』を加えた。その後、自民党政権時代を含め、長らく踏襲されてきたが、第2次政権下の安倍首相が13年に言及をやめ、その後は使われなくなった。『反省』が13年ぶりに復活したが、アジア諸国への加害責任には触れておらず、何を反省し、教訓とするのかは明確でない。短い式辞で意は尽くせない。戦後50年の村山談話、戦後60年の小泉談話、戦後70年の安倍談話と同様、首相談話を出すべきだった」

  ここでは、13年ぶりに復活した「反省」に着目している点が共通している。「評価」すると明言するのは、上掲のなかでは東京新聞だけである。戦争を知らない、戦争体験者でもない、当事者でありえない第三者が「反省」するって、どうなの?という突込みもある。今年の天皇の「おことば」にあって、「深い反省とともに」という表現を「深い反省の上に立って」に変えたことは、その辺のことを配慮してのことだろう。
 石破首相の式辞に寄せられた「反省」の中身がないことを、いずれの新聞も指摘しているが、これは、天皇の「おことば」にも当然言えることではないか。首相には、指摘して、注文するが、天皇の「おことば」を称揚することはあっても注文をつけないのが、いまも変わらぬメディアなのである。

 首相の式辞について、朝日新聞の社説で「アジア諸国への加害責任」に触れていないことに言及するが、そもそも首相の式辞には「300万余の同胞の命」の「御霊安かれと、心より、お祈り申し上げます」であって、「植民地やアジア各地での加害責任」、そこで犠牲になった「同胞」以外への追悼は読み取れなかったのである。                     

 参考 10年前に『女性展望』(2015年11・12月号)に寄稿した文章です。
戦後70年、二つの言説は何を語るのか(2016111日)
http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2016/01/70-6a1c.html

資料1.天皇の「おことば」全文
 本日、「戦没者を追悼し平和を祈念する日」に当たり、全国戦没者追悼式に臨み、さきの大戦においてかけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い、深い悲しみを新たにいたします。
 終戦以来80年、人々のたゆみない努力により、今日の我が国の平和と繁栄が築き上げられましたが、多くの苦難に満ちた国民の歩みを思うとき、誠に感慨深いものがあります。戦中・戦後の苦難を今後とも語り継ぎ、私たち皆で心を合わせ、将来にわたって平和と人々の幸せを希求し続けていくことを心から願います。
 ここに、戦後の長きにわたる平和な歳月に思いを致しつつ、過去を顧み、深い反省の上に立って、再び戦争の惨禍が繰り返されぬことを切に願い、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、全国民と共に、心から追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります。

資料2.首相の式辞
 天皇皇后両陛下のご臨席を仰ぎ、戦没者のご遺族、各界代表のご列席を得て、全国戦没者追悼式を、ここに挙行いたします。
 先の大戦では、300万余の同胞の命が失われました。 祖国の行く末を案じ、家族の幸せを願いながら、戦場に斃(たお)れた方々。広島と長崎での原爆投下、各都市への空襲並びに艦砲射撃、沖縄での地上戦などにより犠牲となられた方々。戦後、遠い異郷の地で亡くなられた方々。今、すべての御霊(みたま)の御前(おんまえ)にあって、御霊安かれと、心より、お祈り申し上げます。
 今日の我が国の平和と繁栄は、戦没者の皆様の尊(とうと)い命と、苦難の歴史の上に築かれたものであることを、私たちは片時たりとも忘れません。改めて、衷心より、敬意と感謝の念を捧(ささ)げます。
 未(いま)だ帰還を果たされていない多くのご遺骨のことも、決して忘れません。一日も早くふるさとにお迎えできるよう、全力を尽くします。
 先の大戦から、80年が経(た)ちました。今では戦争を知らない世代が大多数となりました。戦争の惨禍を決して繰り返さない。進む道を二度と間違えない。あの戦争の反省と教訓を、今改めて深く胸に刻まねばなりません。
 同時にこの80年間、我が国は一貫して、平和国家として歩み、世界の平和と繁栄に力を尽くしてまいりました。 歳月がいかに流れても、悲痛な戦争の記憶と不戦に対する決然たる誓いを世代を超えて継承し、恒久平和への行動を貫いてまいります。未だ争いが絶えない世界にあって、分断を排して寛容を鼓(こ)し、今を生きる世代とこれからの世代のために、より良い未来を切り拓(ひら)きます。
 結びに、いま一度、戦没者の御霊に平安を、ご遺族の皆様にはご多幸を、心よりお祈りし、式辞といたします。    
  令和7年8月15日      内閣総理大臣 石破茂                                                                                                        

                                                                                                                        

 

 

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2025年5月28日 (水)

きょう、朝日新聞がようやく社説「皇室制度のあり方」を掲載したが。

 朝日新聞は、今日、ようやく、「皇室制度のあり方 女性・女系将来の道閉ざさずに」を掲載した。社説で「皇室制度のあり方」が論じられるのは、昨年の5月7日以来である。これで、全国紙3紙と産経、東京(中日)新聞の社説が出そろった。産経は別として、読売新聞の女性・女系天皇容認を論じた記事や社説は、保守系の「読売」がと話題にもなった。以下の当ブログの記事もご参照ください。

皇室情報氾濫の中で、見失ってはならないもの(2025年5月23日)
http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2025/05/post-98bae1.html

 朝日新聞は、与野党協議の結論にはまだ至ってないが、中間報告についてまとめ、所見を述べているので、やや長文となっている。中間報告では、①秋篠宮の長男までの皇位継承の流れ、にはおおむね賛同、②女性皇族の結婚後も身分を保つ、 には共通認識があり、③皇統に属する男系男子を養子に向かえる、には積極論も反対論もある、とまとめている。②については、本人の選択を尊重する、にはおおむね一致したとする。一方、女性皇族の配偶者と子供の身分については、意見が分かれている。男系男子を主張する自民は皇族の身分を与えてはならないとし、立憲は、身分を与えないと政治的な中立性など保てないとする。

 社説としては、②の本人の選択を尊重した点を評価、③の配偶者に皇族の身分付与する道を閉ざしてはならない、としている。また、旧宮家の男系男子を養子にする案は、幅広い国民の理解を得ることの困難と門地による差別にもあたるとしている。

 ただ、今回の社説で、他社と若干異なるのは「根本の論理深めたい」としている点である。これまでも、朝日の紙面では、識者等による、同様の論調はなされてきたが、社説として以下のように述べていることである。

象徴天皇制と、「個人の尊重」や「法の下の平等」など憲法全体に流れる「人類普遍の原理」と。憲法には異質なものが同居しており、完全に整合させることは難しい。
 新しい制度が、その不整合を逆に大きくしないか。国民統合の象徴としての天皇を支えるためのよりふさわしい方向なのか。現憲法のもと培われてきた現代社会の価値観に合致するのか。根本的な論点を、深めてもらいたい。

  なんとも慎重な、まどろっこしい文章に思えた。 「女性・女系将来の道閉ざさずに」という新しい制度が実現したとしても、その「新しい制度」が、「その整合性を逆に大きくしないか」という問いかけこそが、みずからの社説への問いかけではないのか。

 産経を除いた他紙の社説も、「国民の総意」や世論調査の結果などを盾として「女性・女系天皇」へと傾いているが、「国民の総意」「世論」ほど作られやすいものはない。日本の戦時下のメディアの翼賛体制、安保闘争報道における1960年6月15日直後の「在京七社共同宣言」などから学んでは来なかったのかと、振り返るのであった。

 

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2025年5月25日 (日)

短歌の世界でも、「皇室」利用がまかり通る?

  もはや斜陽の週刊誌が、ここぞと攻勢をかけているのが、著名人のスキャンダルと高齢者向けの健康志向・相続対策ネタと並ぶ「皇室ネタ」ではないか。

 私が、永らく「下手の横好き」でかかわってきた「短歌」に限ってみても、最近は、いわゆる「お硬い」岩波書店が美智子前皇后の歌集『ゆふすげ』(2025年1月)を出版した。『ゆふすげ』は、歌会始選者で、御用掛でもある永田和宏のぜひにと強い勧めで出版に至ったという、未発表歌集である。また、永田和宏による『人生後半にこそ読みたい秀歌』(朝日新聞出版 2025年4月)は、下記の広告のように「皇室和歌相談役で美智子さまの歌集『ゆふすげ』の解説者による、中高年の日々を楽しく生きるヒント集」との宣伝文句が添えられていた。

2025521
2025年5月21日「朝日新聞」広告より

2025522
2025年5月22日「週刊文春」より

ご参考までに

当ブログの過去記事

・岩波、お前もか~美智子前皇后の新刊歌集出版をめぐって(2025年1月23日)

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2025/01/post-93b30d.html

・「美智子皇后の短歌」について書きました。(2024年12月 7日 )

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2024/12/post-a13602.html

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2025年5月23日 (金)

皇室情報氾濫の中で、見失ってはならないもの

 皇室情報はなぜ増えたのか

 新聞、テレビ、ネット情報の中で、最近、とみに拡大してきたのは、皇室情報である。当ブログ記事でも何度か触れてきたが、2023年4月1日に宮内庁に広報室が新設されて以来、皇室情報は一気に増した。24年4月1日にはインスタグラムが、25年3月28日にはユーチューブの公式チャンネルが開設され、皇室行事の動画が配信されるようになった。ヤフーやニフティを開くと、desktopには必ずと言っていいほど、愛子さん、佳子さん、悠仁さんの画像が散見できる。どうしてこんなことになったのか。

 毎日新聞は5月17、18日に全国世論調査を実施し、皇室への関心の有無を聞いている。それによれば、「今の皇室に関心がある」は「大いに」と「ある程度」を合わせて66%、「あまり」と「全く」を合わせた「関心がない」の33%の2倍に達した。ただ、年齢層別にみると、18~29歳では「ない」が50%で、「ある」の49%をわずかに上回った。年齢層によって関心の度合いは違い、年齢層が上がるほど関心も高くなる傾向があった。女性天皇容認は70%という結果だった。

 若い人の皇室への関心が薄れている傾向がよくわかる。18~29歳、10代・20代の層にいかにアピールするかが広報室の課題であり、今の皇室情報の氾濫は、宮内庁広報室の焦りにも感じられる。若い皇族たちの皇室行事への参加、視察先、外遊先などの模様に加えて、今春からは、悠仁さんのキャンパスライフにかかる情報も多くなった。

 それにしても、彼らの動線の前後や脇は厚い警備が巡らされているのである。視察先の受け入れ側の警備や対応は、むしろ負担なのではないか。国民と触れ合う、寄り添うと言っても、あらかじめ用意された人々との無難な交流や会話は、いかにも仕組まれたという感は免れない。

 

皇族数確保策はまとまるのか

 今国会の会期末が一カ月後の6月22日に迫る中、国会の場での取りまとめを、今国会中には何とかまとめるように必死であった両院正副議長。皇位継承を維持するための、皇族数確保に向けて、各党の協議がなかなかまとまらない。そんな中、5月15日の読売新聞の社説と特集記事「皇統の安定と現実策を」によって、安定的な皇位継承の確保を求めて「皇統の存続を最優先に」「象徴天皇制 維持すべき」「女性宮家の創設を」「夫・子も皇族に」の4項目の提言を行った。

 これに先立ち、4月11日、東京新聞の社説「皇位巡る議論 安定的な継承のために」では「女性・女系天皇を認めることは、男女同権を目指す社会の在り方とも一致する」として「女性・女系天皇」容認を掲げた。さらに、4月19日の「社説」下の「ぎろんの森」では、さきの社説には読者から多くの意見が届き、「そのほとんどが『社説は国民の常識・感情に寄り添ったものだ』などと賛意を示すものだった」との記事。さらに、5月17日の「ぎろんの森」では、さきの読売の社説を受けて、「『女性・女系』提言を歓迎する」として、東京新聞は、日頃、読売新聞とは「憲法改正の是非や安全保障、原発などの問題を巡り主張が異な」るが、今回の読売新聞の提言は「本誌と主張をまったく同じ内容であり、歓迎する」としている。

 一方、毎日新聞は、社説「皇族確保の政党間協議 もう先送りは許さない」(2024年4月10日)「皇族確保の与野党協議 安定継承を念頭に結論を」(2025年3月16日)、朝日新聞の社説「皇位の継承 国民の声踏まえ協議を」(2024年5月7日)も、関連記事を報道する中で、世論調査や研究者などの意見などの形で、男系男子による皇位継承に固執した案では、国民の幅広い理解を得られるものとは言いがたく、女性・女系天皇を後押しして来たともいえる。従って、主要メディアは、女性・女系天皇容認へと傾く中で、4月19日の産経新聞の社説<主張>は「<皇統と読売提言>分断招く「女系継承」は禁じ手だ(論説委員長 榊原智)」と近年の持論を展開した。もっとも、森暢平によれば「女性天皇推しだった『産経新聞』の変節」(週刊エコノミスト Online サンデー毎日 2025年1月27日)したという。2001年小泉純一郎政権下の「国家戦略本部」により女性天皇を含む皇室典範改正が検討される中、産経新聞は社説<主張>において「女性天皇 前向きな論議を期待する」と発表していたのである(2001年5月11日)。

 おりしも、自民党の「安定的な皇位継承の確保に関する懇談会」(麻生太郎会長)は皇族確保策を巡り「女性皇族の夫と子『皇族とせず』」との見解を示した( 2025年5月21日)。これまでの、いわゆる<保守>が分断の様相を見せ始めたのである。

私が不思議に思うのは

 ところが、これらの社説を読んでいて、私がいつも不思議に思うのは、各社、その冒頭に、前提としてつぎのように述べていることだ。
 『朝日』は「憲法が定める国の重要な制度に関わる問題だ。広範な合意のないまま、数の力で押し切ることはあってはならない。」と。「毎日」は「皇室制度の維持は、国のかたちにかかわる重要な問題だ。安定的な皇位継承の実現を念頭に議論を進めることが欠かせない。」としている。

 国の決め事に際して議論を尽くせという一般論は当然のことだが、「皇位継承問題」が「憲法が定める国の重要な制度に関わる問題」、「皇室制度の維持は、国のかたちにかかわる重要な問題」という認識は、国民共通のものになっているのだろうか。たしかに、憲法の「第一章」は「天皇」である。いま、この「第一章」を失ったとしても、「国のかたち」が変わるのだろうか、国民生活に何ほどの影響があるのだろうか。むしろ国民にとっては、「主権在民」の基本原則がすっきりとした形で腑に落ちるのではないか。

 また、『読売』は、「日本の伝統、文化を守り伝え、常に国民に寄り添ってきた皇室を存続させていくことは、多くの人の願いだろう。」「だが、皇族数の減少は深刻で、このままでは皇室制度そのものが行き詰まる恐れがある。何よりも重視すべきは、皇統の存続だ。」と断定する。前の文章では、世論調査などを念頭にしているのかもしれないが、日本の皇室が「日本の伝統、文化を守り伝え、常に国民に寄り添ってきた」とするが、皇室が守って来た伝統、文化は、宗教色の濃厚な、基本的人権に反するものも多々あり、伝統といっても、たかだか明治以降に形成されたものでしかないものもある。「国民に寄り添ってきた」というが、いわゆる、法的根拠のない「公的行為」を拡張してきた平成期以降の皇室に過ぎないのではないか。「何より重視すべきは、皇統の存続だ」という一文に至っては、「存続のための存続」となり、主権者たる「国民」の姿が見えてこない。

 『産経』に至っては、政権により変節するという都合のよさに加えて、「歴代の天皇と日本人が大切に守ってきた、この男系継承こそ現憲法が記す『世襲』の根幹だ。これを守らなければ、天皇の正統性は損なわれ、皇統の土台が崩れてしまう。女系継承の容認は日本の皇統断絶を意味する。」と。長い日本の歴史の中で、そもそも、守らなければならない「天皇の正統性」が担保されているかも危ういのではないか。

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旧堀田邸内の門から「さくら庭園」を望む。

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施設内、中庭の柿の木の下で。こんなに実を落としてしまって、秋は実をつけるのだろうか。

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2025年4月14日 (月)

女性天皇・女系天皇に期待する人たちへ、その先を考えてみたい。

  4月11日の『東京新聞』の社説の一つが「皇位継承を巡る議論 安定的な継承のために」と言うものだった。国会での議論がなかなか決着を見ない中、社説は、「世論調査では女性天皇を容認する人は約9割、女系天皇は約8割に上る」として「世界では女性の王位継承はすでに一般的。日本でも女性・女系天皇を認めることは、男女同権を目指す社会のあり方とも一致する。何より、皇位の安定的な継承と国民の支持を優先して考えたい。」と結んでいる。

  しかし、天皇制自体が、男系男子を強固に守って、といっても婚外子男子でつなげてきた実にあやしげな「万世一系」の皇統ではないか。日本国憲法における「皇位の継承」は「世襲」とのみと記され、あとは「皇室典範」に委ねているわけだから、女性天皇も女系天皇も、皇室典範の改正で可能ではある。といって、そこに女性天皇が出現したとしても、たとえば、ひたすら前例を踏襲するばかりであった即位礼、大嘗祭などにおいて「男女」を置き換えて実現しようとしたらどうなるのかなど、ちょっと想像しがたい。世論調査における女性天皇・女系天皇を「容認」する人たちの多くは、まさに「容認」であって、「男女平等なんだから女性天皇・女系天皇があってもいいじゃない」といった流れでの回答ではなかったか。

  2021年の有識者会儀のまとめた二案(①女性皇族が結婚しても皇族の身分を残す ②旧宮家の男系男子を養子に迎える)は、どちらにしても、安定的な皇位継承には直結するものではない。いずれも、女性皇族の基本的人権、第14条1項の「法の下の平等」と第24条1・2項の「家族生活における個人の尊厳と両性の平等」違反するものであって、国会での議論に値する案とは言えない。②案について各党の対応が分かれているというが、第14条2項の「華族その他の貴族の制度は、これを認めない」との整合性をどう考えているのか。この二案を前に議論しているという超党派の「天皇の退位等に関する皇室典範特例法案に対する附帯決議に基づく政府における検討結果の報告を受けた立法府の対応に関する全体会議」は結論を出せるのか。

 『東京新聞』の社説も、憲法の平等原則に立ち返ることなく「日本でも女性・女系天皇を認めることは、男女同権を目指す社会のあり方とも一致する。」と主張するのは余りにも拙速ではないのか。

  同日の4月11日『朝日新聞』のオピニオン欄で「国連委拠出金除外の波紋」について3人の論者に語らせている。国連女性差別撤廃委員会から「女性差別に該当する皇室典範の改正」を勧告された報復として拠出金使途から除外するという外務省の対応について、「憲法学者」西村裕一は、「皇室と女性差別を考える時」と題して「外務省の対応の是非はともかく」と留保して「皇室典範の規定が女性差別に該当しないという政府の説明それ自体は、憲法学の有力な立場に沿う」そうだ。一方、「天皇制自体が差別的なのだから、その中での女性差別は憲法や条約の問題ではない」という奥平康弘説が憲法学界では有力」だ という。メディアによく登場する長谷部恭男や木村草太などは、天皇制を憲法の「番外地」としているのだが、有力だという奥平説との関係はどうなのだろうか、素人にはわかりにくい。

 記事では、論者は「数年前に起きたある女性皇族の離脱劇」として、眞子さんを例として「問われるべきは、女性を犠牲にして成立している現在の皇室制度が“平和で民主的な日本国”の象徴を支える制度としてふさわしいと言えるかでなければならない」と続ける。しかし、“平和で民主的な日本国”にふさわしい「皇室制度」はあり得るのだろうか。もはや制度の問題ではなく、「日本国憲法第第一章天皇」と「平和で民主的な日本国」が両立し得るのかが問われるべきではないのか。この「第一章」があることによって、様々な場面で「平等」はなし崩し的にひずみを来し、「国事行為」という名のもとに、「公的行為」拡大の過程で、時の政府は、その「権威」を利用して来たと言ってもいいのではないか。それを受け入れてしまっている国民もいる。

 「憲法学者」には、「第一章」の位置づけと今後あるべき姿を明確に示してほしい、と願ってやまない。同時に、私たち国民も「いいんじゃない」で済ますことなく、真摯に向き合いたい。 

以下の当ブログ記事もご参考までに。
「皇族数の“確保”って、いうけれど・・・。」2025年3月21日

 「“安定的な”皇位継承というけれど・・・会議はどうなる?」2025年3月22日

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4月8日、ベランダ先の枝垂れ桜は満開を迎えるとあっという間に散り始めた。

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4月14日、芽吹き始めた木々の下で。

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2025年3月28日 (金)

4月7日、天皇が硫黄島訪問~石破総理は明日29日、日米合同慰霊祭に参列~

  トランプと石破について、もはや語るのも忌々しいし、斉藤某知事の無表情な往生際の悪い顔は見たくもない。一方で、マス・メディアやネット上では、皇室ネタというか若い皇族ネタがあふれ、笑顔が振りまかれている。

  そんな中で、見過ごすことができないニュースがあった。今年の1月から調整されて来た、天皇夫妻の硫黄島訪問が4月7日と決定したことである(「両陛下、来月7日硫黄島へ 戦後80年で戦没者慰霊―宮内庁」時事通信配信2025年3月21日)。さらに上記記事によれば、当日は「羽田空港から政府専用機で硫黄島入りし、2万人余りの日本人戦没者を慰霊するため国が建立した「天山慰霊碑」(硫黄島戦没者の碑)①、軍属として徴用された島民の慰霊のため小笠原村が整備した「硫黄島島民平和祈念墓地公園」②、日米双方の戦没者を慰霊する都の施設「鎮魂の丘」③を訪れ拝礼。遺族団体などとも面会する」という。(数字は下記の地図参照)なお、島には住民はおらず、自衛隊のみ常駐している。羽田から、航空機で2時間なので、日帰りも可能だが、観光は一切行っていない。

 天皇訪問に先立って、硫黄島で、毎年3月下旬に実施されている「日米硫黄島戦没者合同慰霊追悼式」が、今年は、明日3月29日に実施されるが、石破総理は今日の参院予算委員会で参列することを表明した。そして翌3月30日には、中谷防衛大臣とアメリアのヘグセス国防長官の会談が控えている。

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矢印の辺りにある「再会記念碑」は、1985年の「硫黄島戦闘四十周年に当たり、曾つての日米軍人は本日茲に、平和と友好の裡に同じ砂浜の上に再会す。(中略) 昭和六十年二月十九日  米国海兵隊/第三第四第五師団協会/硫黄島協会」を記念し、1995年に建てられた碑で、この碑の前で、「日米合同慰霊追悼顕彰式」がおこなわれた。2000年からは、毎年おこなわれるようになった。地図は上記時事通信配信記事から借用編集した。

 折も折、私たちには唐突に思えたのだが、3月24日、陸海空の三自衛隊を平時から有事まで一元的に指揮する「統合作戦司令部」が、防衛省に240人体制で設置された。唐突とはいえ、2022年末、例の安保関連三文書に、「統合作戦司令部」の新設が明記されていたのである。毎日新聞は、今回の「統合作戦司令部」設置の狙いを次のように報じている。

「これまでは自衛隊トップの統合幕僚長が、防衛相を補佐しながら部隊運用の指揮などにあたっていた。業務が集中しがちだったため、今後は統合作戦司令官が専任で部隊運用にあたる。防衛任務や災害に迅速に対応する狙いがあり、22年に閣議決定された安全保障関連3文書に創設が明記されていた。同時に複数の案件への対処が必要となる複合事態が増えていることも背景にある。」(社説「自衛隊に統合司令部 一元化の内実が問われる」2025年3月27日)

この一文の前段からは、いわゆる「文民統制」がなし崩しになる不安が募る。また、大規模災害などでの自衛隊派遣の遅れ、初動の遅れには、被災者でなくともやきもきした記憶があるが、そんな事態が解消されるのか。

昨年の7月に発表されていた在日米軍の「統合総司令部」の設置も近い中、先の日米両国の防衛トップの会談では、何が話されるのだろう。両国の作戦面での協力といっても、日本の「敵基地攻撃能力?」にしても米軍の情報の方が圧倒的に多いわけで、米軍の指揮下に入らざるを得なくなるのではないか。米軍が他国への攻撃に突入した場合、日本の自立性が維持できるのか、など課題は多いが、どんなことになるのか。

 これ等の事案は、「台湾有事」を念頭に進められてきたことである。日本が巻き込まれるとしたら、日本に米軍の基地があるからではないか。トランプ政権は在日米軍強化を停止すると言い、日本の軍事予算も増額をと主張しているらしい。沖縄海兵隊のグァムへの移転もその一環だと思うが、どうぞ、どうぞ撤退してくだい、そうしたら嘉手納基地も新辺野古基地も不要になるのではないか。日本の「敵基地攻撃能力?」のために、いくら自衛隊を増強したところで、中国の軍事力や北朝鮮のアメリカを目標にしての、国民生活を犠牲にしてまでの軍事力強化に追いつきはしないのだから、軍事費の膨張は、無意味なのではないか。「専守防衛」と「敵基地攻撃能力」という言葉からしても矛盾する日本の軍事政策がまかり通るのか、というのが素朴な疑問である。

 ところが、日本政府は、きのう3月27日、中国が台湾に武力攻撃する事態を想定して、沖縄県・先島諸島から避難する約12万人の受け入れ計画概要なるものを内閣官房が発表した。受け入れ先の山口県、九州各県は、その移動手段、宿泊施設、就学問題など課題は山積みで、各自治体は困惑しているという(「台湾有事 沖縄12万人避難」『東京新聞』2025年3月28日)。
まさに、机上の空論、画に描いた餅に過ぎないというのが、現地からの声だという。

 こうした流れの中での、天皇夫妻の硫黄島訪問なのである。戦後80年の「慰霊の旅」の最初にあたるとも言われている。石破総理の「戦後80年談話」は諸般の事情?で見送られるということだが、天皇は、ひたすら平成の天皇の「慰霊の旅」を踏襲することになるのだろう。その最初にして、あまりにも政治的なタイミングでの硫黄島訪問であると思えてならない。

 平成の天皇夫妻は、1994年2月、硫黄島を訪問している。以下は、拙著において、硫黄島で詠んだ天皇と美智子皇后の短歌について書いている部分だが、ご参考までに。

*****

「一九九四年二月、天皇夫妻は、六月のアメリカ訪問に先立って小笠原諸島を訪問、硫黄島の戦没者の碑、鎮魂の碑に参拝、天皇は「精根を込め戦ひし人未だ地下に眠りて島は悲しき」とやや儀礼的に詠んだが、皇后はつぎのように詠む。

・慰霊地は今安らかに水をたたふ如何(いか)ばかり君ら水を欲(ほ)りけむ(「硫黄島」一九九四年)

硫黄島は、アジア・太平洋戦争末期、一九四五年二月一六日に米軍の砲撃が始まり、三月二六日制圧され、日本軍「玉砕」の島として知られる。戦死者は、日本軍約二一九〇〇名、米軍六一四〇名に達した。生き残った兵士たちや島民たちの生の証言は、筆舌に尽くしがたい凄惨を極め、テレビ番組やNHKアーカイブスの「戦争証言・硫黄島の戦い」、厚生労働省の「硫黄島証言映像」などで知ることができる。兵士たちは、水や食料、武器を絶たれた中での戦いであった。 大岡信は、「立場上の儀礼的な歌ではない。豊かで沈痛な感情生活が現れている。(中略)最新作まで一貫して気品のある詠風だが、抑制された端正な歌から、情愛深く、また哀愁にうるおう歌の数々まで、往古の宮廷女流の誰彼を思わせる」と絶賛する(「折々のうた」『朝日新聞』一九九七・七・二三)。だが、この一首は、死の間際に水を求める兵士たちの壮絶な姿を情緒で包み込み、美化してはいまいか。」拙著「美智子皇后の短歌」(『現代女性文学論』翰林書房 2024年)より。

 

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2025年3月22日 (土)

“安定的な”皇位継承というけれど・・・会議はどうなる?

 秋篠宮家の長男は

 3月3日、昨年の12月11日に筑波大学への進学も確定し、高校生活も終わろうとしたタイミングなのか、秋篠宮家の長男が成人になったとして、初めての会見がおこなわれた。肉声が公けになるのは初めてということで、注目されていた。昨年9月6日の誕生日で、すでに18歳になっていたが、学業優先とのことで、この日になったのだろう。宮内庁の記者クラブからの質問はあらかじめ知ってのことで、その回答は宮内庁の広報室はもちろん、官邸にまで届いているかもしれない。
 広報室や両親の指導のもと本人の努力の末、臨んだ会見だったように見えた。しかし、当然のことながら、象徴天皇制に踏み込むはずもなく、その内容は当たり障りのないもので、全体的に「よく暗記できました」というのがまずもっての印象であった。天皇の「おことば」に習って、冒頭、岩手県の山林火災に言及し、見舞いの言葉が語られた。
  3月18日、筑波大付属高校卒業式直前の校内での「お声かけ」による会見は、“人払い”と警備が伺われる中で、「高校生活はどうでしたか」という記者の質問に「授業や課外活動など充実した3年間を過ごすことができました。また、忘れられない思い出も作ることができました。先生方や友人たちをはじめとするお世話になった方々に深く感謝申し上げます」と。
  同日、宮内庁が作成、発表した文書は、高校卒業までの成長記録で、末尾には、この会見についての言及もある。「懸命に準備を重ねられて、緊張感をお持ちになりながらもご自身のお考えを述べられました。ご成年を機に、自らのお立場を改めて認識され、お考えをまとめられる貴重な機会になったものと拝察しております。」とあり、同時に写真も発表されている。
  それにしても、筑波大学には、原則的に車で通学するというが、その警備は莫大なものとなり、様々なリスクもともなうのではないか。一般学生と同様に寮で一人住まいするのが、現在の憲法にかなうというものである。

  天皇家の長女は

 2020年3月22日、天皇家の長女が、学習院女子高等科卒業にあたっての「お声かけ」による記者の質問には「とても楽しく、とても充実した学校生活で、かけがえのない思い出ができました」と答えていた。また、宮内庁からは、本人の「文書」も発表されている。
 2022年3月17日には、成人会見が行われた。彼女は、あらかじめ質問が知らされていることも明かしながら、かなり具体的なエピソードをまじえて語っていた。ときに、ちょっとつかえ、短い沈黙があったりしたが、しっかりとシナリオ通り、話し果せたという感があった。 彼女はいっとき不登校の時期もあったが、どう乗り越えたのか。幼少時代、母と手をつなぎながらも、ひとり横を向き、出迎えた報道陣を不思議そうに、しかも、しかと見つめ返している一枚の写真を思い起こす。           

 この悠仁さんと愛子さんの二人は、メディアなどでよく比べられるもし、愛子天皇待望の向きもあるようだが、衆参両院の正副議長の主催する「天皇の退位等に関する皇室典範特例法案に対する附帯決議に基づく政府における検討結果の報告を受けた立法府の対応に関する全体会議」という長い名の会議で、長い「協議」を経て、条件付きで女性皇族が結婚しても皇室に残る、といった辺りに落着するのではないかと思う。ただし、これは、安定的な皇位継承策とは直結するものではない。

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敷地内のあちこちでアセビは花ざかり

 

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2025年3月21日 (金)

皇族数の“確保”って、いうけれど・・・。 

 ”確保“とは、逃走中の容疑者の身柄を「確保」、食料の「確保」、避難路の「確保」、などというときに使用することが多いのではないか。たしかに人材「確保」というのも聞くけれど、「〇〇数の確保」にしても、皇族方にしてみれば、どこかもの扱いされていると感じてはいないかと余計な心配をしてしまう。

  『読売新聞』は、2月1日、「衆参両院の正副議長と各党・会派の代表者らは31日、安定的な皇位継承に関する与野党協議を衆院議長公邸で開き、議論を再開した。各党・各会派は皇族数の確保策について今国会中に一定の結論を得ることで一致したが、主張の隔たりは大きく、議論は難航することも予想される(「皇族数の確保策、今国会中に結論…これ以上先延ばしできないの認識で一致も主張には隔たり」2025年2月1日)と報じた。

  『毎日新聞』は、3月16日の「社説」で「皇族確保の与野党協議 安定継承を念頭に結論を」と題して「皇族数の確保策を検討する与野党協議が再開された。2021年に政府の有識者会議が出した報告書を踏まえ、昨年5月に議論を始めたが、意見がまとまらず事実上中断していた。このままでは皇族の数が減り、皇室活動が先細りするばかりだ。今国会中に一致点を見いだす必要がある」とし、末尾では「有識者会議の報告書は政治的対立を懸念し、皇族数確保に論点を絞っていた。喫緊の課題について結論を急ぐのは当然だが、与野党は皇位継承の観点を踏まえて協議に臨む必要がある。天皇の地位は憲法に「国民の総意に基づく」と明記されている。持続可能な皇室像について正面から議論し、国民が納得できる結論を得る。それこそが政治の責務である。」と結んでいる。

   記事中にある2021年の有識者会議、「皇位継承に関する有識者会議」が、①女性皇族が結婚しても皇族として残る  ②女性皇族と旧宮家の男子と養子縁組をする、という、ほんとに中途半端な、曖昧とした案をまとめたものだから、「全体会議」でも、男系にこだわり、女性天皇・女系天皇につながる①案に反対す保守派がいる限り一致は見られないだろうし、②に至っては、時代錯誤も甚だしく、現実性に乏しいだろうし、他の「妙案」とて、あろうはずがない、と私は考えている。

  その後、「全体会議」は、開かれているのだろうか。結論が出たというニュースはみあたらない。会期が迫っている今の国会は、石破総理の商品券問題や何やかやでそれどころではなく、また見送られる可能性が高い。

 私は、皇位継承者がいなくなるというのならばそれでいいのではないか、とも。残る皇族方には、お引き取り願って、自立の道を拓く努力をしてもらい、それまでは国の責任で必要最小限度の支援をしなければならないだろう。おのずと憲法の第一章は不要となり、削除されることになる。あの世から、そんな日が来ることを願うことになるのだろう。

 いや、今からできることもある、と考えているのですが、どうお考えでしょうか。以下もご参照ください

「私の言いたかったこと」を報告しましたが~大嘗祭に思うこと: 内野光子のブログ
【2025年3月10日】
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北側の庭には、トサミズキが何本か植えられて、かわいらしい黄色い花房を揺らしている。
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そばによると、黄色いだけではない花房だった。

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2025年3月10日 (月)

「私の言いたかったこと」を報告しましたが~大嘗祭に思うこと

  3月8日、新・フェミニズム批評の会の例会で、即位・大嘗祭違憲訴訟の東京高等裁判所での陳述において「私が言いたかったこと」を報告することができました。私のパソコンのzoomの不調で、ご迷惑かけましたが、なんとかお話しすることができました。質問や感想も多く出されました。とくに印象に残ったのは、私の陳述では直接触れていませんが、皇室典範を改正して、女性天皇、女系天皇をまず実現する方がよいのではないか、と言うものでした。昨年5月の毎日新聞の世論調査でも、女性天皇容認が81%を占めています。

  一見、平等原則に近づくようには思えますが、陳述で述べたように宗教色の濃厚な違憲性の高い儀式や伝統ならざる“伝統”的な皇室行事に放り込まれるわけですし、法的根拠のない伝統・慣例という名による基本的人権が損なわれるという厚い壁に直面するのは明らかです。

  もう1件は、まったく実現性のない議論をしても仕方がないのではないか、今日の議論は余り参考にならなかったという趣旨の発言でした。

 以下は、今回、話したわけではないのですが、日頃思っていることなので、そんな気持ちが、報告にも出てしまったかもしれません。たしかに、少し古い2019年4月の毎日新聞の世論調査でも天皇制の廃止に賛成する人は、わずか7%に過ぎません。他の世論調査でも5%前後を推移しています。一挙に廃止するのは、たしかに困難かと思うのですが、現在の皇族方の特権を外し、基本的人権を保障し、同時に予算も縮小し、皇居も有効活用し、一般国民の生活に近づき、しずかに暮らしていく中で自活の道を切り開いもらいたいです。そうした過程で、憲法第一章を無化し、憲法改正を進めることくらいしか、私には思い浮かびません。

 天皇制を維持しようとする人たちには、それを利用しようとする人たちと、なんとなくあってもいい、愛子天皇も悪くない程度に考えている人たちとがいて、後者が多いのです。しかし、皇族たちの暮らしやあちこち出かけて一流のホテルに宿泊し、慰霊や祈念をしたり、イベントで挨拶したりしている姿を目の当たりにするうちに、それらの費用は、すべて私たちの税金、国費でささえていることに気づくはずではないでしょうか。となると、天皇ってなに?あの広い皇居ってなに?とその存在意義が問われてくるのではないかと思います。

 報告が終わってから、そう、今日は国際女性デーだったことに気づき、旧居近くのお宅の庭をはみ出して、咲いていたミモザの樹を思い出したのです。

 当日、配布した報告概要と参考資料なのですが一部補充しました。
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<報告概要>

    (新・フェミニズム批評の会 202538日)

「即位・大嘗祭違憲訴訟」の陳述で言いたかったこと〈報告概要〉     

1.即位・大嘗祭違憲訴訟の裁判の経過

2018年1210日 東京地裁に提訴(原告241名)

2024年1月31日 東京地裁判決棄却

 政教分離原則は、制度的保障であって私人の信教の自由を直接保障しない。
 政教分離原則違反の国の行為が直ちに、私人の信教の自由を侵すものではない

2025年228日 東京高裁判決棄却

 諸儀式に国費を支出したことは、憲法201項の信教の自由は制度的保障であって個人の信教の自由を保障するものではない。諸儀式へ     の参加の強制には当たらず、宗教的活動したとはいえず、諸儀式が個人の宗教的感情や思想と相容れないものであり、内心の葛藤があ    ったとしても、国が不当な圧迫や干渉があったというのは余りにも間接的であって損害賠償の対象とはならない。

2.剣璽等承継の儀【1951日】の違憲性

  神話等にもとづく三種の神器の承継(宗教性が高い):信教の自由の侵害
  儀式の法的根拠がない:主権在民原則違反、政教分離原則違反

「天皇陛下の御退位及び皇太子殿下の御即位に伴う国の儀式等の挙行に係る基本方針について 」「閣議決定」【1843日】その内容は:

 ・ 憲法の趣旨に沿い皇室の伝統等を尊重
 ・ 基本的な考え方や内容は平成の代替わりを踏襲=1909年公布「登極令」
 ・ 国事行為(国費)

3.即位礼の違憲性

賢所大前の儀:賢所(天照大神を祀る)・皇霊殿・神殿各所でのお告げ文(宗教性が高い):信教の自由の侵害
即位礼正殿の儀:儀式の根拠は「閣議決定」のみ(法的根拠がない):主権在民原則違反
高御座・御帳台/首相が天皇仰ぐ祝辞と萬歳三唱:平等原則、主権在民原則違反

4.大嘗祭【191022日~23日】の違憲性

 例年は皇室行事で行う新嘗祭が代替わりのときに限り大嘗祭となる

儀式の根拠:「閣議口頭了解」【1843日】、1989年の「閣議口頭了解」の踏襲。その内容は:
 ・ 皇位継承の一世一度の重要な儀式
 ・ 神への安寧・五穀豊穣・への感謝、国家・国民のため安寧・五穀豊穣祈 
   念は宗教上の儀式である
ことを否定できない
 ・ 国が立ち入ることできない性格の儀式なので国事行為とするのは困難
 ・ 国の関心と挙行への手立ては 当然なので公的性格あり
 ・ 皇室行事として宮廷費から支出

 悠紀殿・主基殿の秘事
 日付をまたいで、天皇と神とが寝食を共にすることによって皇位継承がなされる
 供え物の産地(都道府県)を決めるのは亀卜という占いによる

 儀式の根拠 宮内庁文書「大嘗祭について」【19102日】=「貞観儀式」「登極殿」の踏襲

 5.私の主張:以上の儀式は、廃止された「登極殿」などを踏襲する「閣議決定」「閣議口頭了解」を根拠とするもので、主権在民原則違反であり、これらの儀式が国費をもって実施されたことは政教分離原則違反、信教の自由の侵害による精神的苦痛は多大かつ持続しているので国に対する損害賠償を求める。

政教分離原則:憲法上にこの文言はないが、以下の規定を言う。

宗教団体に特別の法的地位、特権の付与の禁止及び宗教団体による政治上の権力の不行使(憲法第201項後段)
国の政治活動の禁止(第203項)
宗教上の組織に対する公金支出の禁止(第89条)

第二十条 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。
いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
② 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
③ 国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。
第八十九条 公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。

制度的保障:公権力、特に立法による人権制限がなされないよう、制度を守ること。「信教の自由」を守るために政教分離原則という制度を守る

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<参考資料(2025年3月8日新・フェミニズム批評の会配布資料)>

 1.類似裁判判決
1977年7月13日津地鎮祭最高裁(大法廷)判決:目的効果基準の採用

起工式は、宗教とかかわり合いをもつものであることを否定しえないが、その目的は建築着工に際し土地の平安堅固、工事の無事安全を願い、社会の一般的慣習に従った儀礼を行うという専ら世俗的なものと認められ、その効果は神道を援助、助長、促進し又は他の宗教に圧迫、干渉を加えるものとは認められないのであるから、憲法二〇条三項により禁止される宗教的活動にはあたらないと解するのが、相当である。(藤林益三裁判長、5人の少数意見藤林、団藤重光ほか)

199539日大阪市民による即位礼大嘗祭訴訟の大阪高裁判決:納税者基本権に基づく諸行事への国費支出差し止め、精神的苦痛の損害賠償請求(←19921124日大阪地裁)
(「反天皇制市民1700」創刊~)
即位礼支出差し止めは、すでに支出済み、納税者の地位にもとづいて国に対して国の具体的な行為是正などを求める訴訟提起することは制度として認められず、いずれも不適法。大嘗祭について、「大嘗祭が神道儀式としての性格は明白であり、これを公的な皇室行事として宮廷費をもって執行したことは、前記最高裁大法廷判(津地鎮祭判決1977年7月13日)が示したいわゆる目的効果基準に照らしても、少なくとも国家神道に対する助長、促進になるような行為として、政教分離規定に反するのではないかとの疑義は一概に否定できない」
 即位の礼についても 「国事行為として実施することは法令上の根拠にもとづくものと解せられる(憲法7条10号、皇室典範24条)。しかしながら現実に実施された本件即位礼正殿の儀は、旧登極令及び同附式を概ね踏襲しており、剣、璽とともに御璽、国璽がおかれたこと、海部首相が正殿上で萬歳三唱したこと等、旧登極令及び同附式よりも宗教的の要素を薄め、憲法の国民主権原則の趣旨の添わせるための工夫が一部為された。
*神道儀式である大嘗祭諸儀式・行事と関連づけて行われたこと、天孫降臨の神話を具象化したものといわれる高御座や剣や璽を使用したこと等、宗教的な要素を払拭しておらず、大嘗祭と同様の趣旨で政教分離原則に違反するのではないかとのうたがいを一概に否定できないし」**天皇が主権者の代表である首相を見おろす位置で、「お言葉」を発したこと、首相が天皇を仰ぎ見る位置で「寿詞」を読み上げたこと等、国民を主権者とする現憲法の趣旨に相応しくないと思われる点が存在することも否定できない。

 2.剣璽承継の儀 2019年5月1日(松の間写真/配置図)

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3.賢所大前の儀 2029年5月1日

賢所に向かう皇后
歯を食いしばっているようにも見えます。裾を持ってかがんだまま移動する女官の姿と言い、美しい姿には見えません。

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賢所に向かう皇族たち
2019年5月1日は雨風の強い日でしたから、ドレスの裾が汚れないか心配でもありました。2枚の写真のちぐはぐさには”伝統”なるものが感じられませんでした。

Photo_20250312000701

 

 4.代替わり関連予算/宮内庁関連予算 

費目

金額

参考事項

即位礼正殿の儀*

176700万  


国事行為(国費)

饗宴の儀

46600万  

祝賀御列の儀 

1億2800

大型モニター30

14900

オープンカー

  8000

賓客用滞在費

508000

警備費 

381900万 

儀仗など   

28700

大嘗祭

 271900

皇室行事(宮廷費)

総額

1674100

1239000万(昭和から平成)

「即位儀式と両陛下の歩み」jijicom201910月配信)より作成
195か国からの賓客などの接待費用で、前回の5倍超になる
**大嘗宮の設営関係費は解体費も含め19700万の予算がとられた

 2024年度宮内庁関係予算


宮内庁費*


                       126


皇室費


宮廷費


        95


内廷費


       3.2


皇族費


   2.6


合計


      226.8

*宮内庁には、別途国家公務員として特別職70人、一般職986人の職員がいる。二為に使用される

通常の宮内庁予算と比べてみて、代替わり予算がいかに多いのかがわかります。2019年10月22日・23日の2日間しか使用されない大嘗宮のために19億も支出されるとは。また通常の宮内庁関連予算と千人以上の国家公務員を抱える宮内庁と知って、少し驚きました。数少ない皇族方のため、いったい何をしているのかとも。皇居も含め、あちこちにある天皇陵や御料地などは国立公園などにして、緑を残し周辺の環境整備をし、御物と言うものがあるなら国立博物館として、開放してはどうかとなどとも思うのでした。

 

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2025年2月18日 (火)

「岩波の本は、返品できないんですよ、いいですね」~歌集『ゆふすげ』をめぐって

 転居先に出入りの本屋さんからの確認の電話だった。やはり、読んでおかねばと、注文した『ゆふすげ』(美智子著 岩波書店 2025年1月)の件である。著者「美智子」は、平成期の美智子皇后、美智子前皇后のこと。苗字のない著者というのも不思議な気もするが、苗字を持たない人たち、皇族たちがいることをあらためて思い知るのだった。

 「重版を待つので、少し遅れます」と本屋さんは言っていたが、意外と早く届いた。「昭和、平成の未発表歌四六六首」を収録、「昭和四十三年」(1968年)から「平成三十一年」(2019年)までの歌を暦年順に、年ごとに一首から十数首を収めている。一首もない年もある。

 これまで、美智子前皇后の歌集の代表的なものに以下がある。しかし、いずれの歌集の奥付にも、著者の名はなかった。

『ともしび 皇太子同妃両殿下御歌集』 宮内庁東宮職編 婦人画報社 1981年12月

『瀬音 皇后陛下御歌集』 企画・編集・刊行大東出版社 1987年4月(1959年~1996年作 367首 未公開191首)

  『ともしび』と『瀬音』とは重なる作があり『瀬音」と今回の『ゆふすげ』とは年代的には一部重なるが、これまでの未発表作が収録されている。また、平成期の歌は、『道』という十年ごとに刊行された明仁天皇の記録集(宮内庁編 NHK出版)の各最終章「陛下のお側にあって」のなかの「御歌(みうた)」に収められている。そこには、毎年一月一日のメディア向けに発表される三首と歌会始に発表された一首を加えて四首が、宮内庁の解説?つきで収められていた。ちなみに、元旦の新聞に載るのは皇后三首、天皇が五首と決まっていたし、『道』においては上記のように皇后は年に四首、天皇は年に十首前後と、その差は著しい。その差を埋めるべく、皇后本人の意もあって、単独の歌集が刊行される運びとなったのではと推測される。

これまで発表されてきた歌は、とくに『道』には、あくまでも「公的行事」――法的根拠がない――としてなされていた植樹祭、国民体育大会、豊かな海づくり大会のほか被災地、戦跡、訪問、福祉施設訪問などで詠んだ歌が主であったが、『瀬音』と『ゆふすげ』には、たしかにプライベートな歌が多い。明仁天皇を詠み、明治天皇、昭和天皇、香淳皇后など皇族たちへの追悼歌が散見するのは当然として、自らの父母への哀惜、自らの師や友人たちの追悼歌も多い。中でも、私が注目したのは、短歌に係る者として、美智子前皇后の歌がどのようにして形成されていったかの関心から、その指導者であった歌人五島美代子、佐藤佐太郎、佐藤志満への追悼歌であった。

 たとえば、『瀬音』の「昭和六十二年」には「佐藤佐太郎先生をいたみて」と題した三首の中につぎの歌がある。

・もの視(み)つつものを写せよと宜(の)りまししかの日のみ目を偲びてやまず

 また、『ゆふすげ』の「昭和六十二年」に「忍ぶ草 佐藤佐太郎先生をいたみて」と題した三首に中の一首である。

・みよはひを重ねましつつ弥増(いやま)せる慈(いつく)しみもて教へ給ひぬ

「平成二十一年」には「佐藤志満先生追悼三首」と題した中につぎの一首がある。

・「わが親族(うから)ゆめ誹(そし)らず」とかの大人(うし)の讃へし妻にありませし君

 佐藤夫妻への敬意と信頼をうかがわせる歌である。

  また、「お妃教育」における、五島美代子が担当した「和歌」は、週1回の2時間10回の日程であったという(『入江相政日記三』261頁)。五島美代子のエッセイによれば、開講に先立って、三つの目標、本当の気持ちをありのままに詠む、毎日古今の名歌を一首暗唱する、一日一首を百日間作り続ける、という約束を交わし、美智子前皇后はそのすべてをクリアしたという(『花時計』321~325頁)。彼女の歌には、文学的な才能や知性ばかりでなく、その努力も伺わせるエピソードである。 

   つぎに着目したのが、夫である明仁天皇を詠んだ歌であった。歌詠みにとって、濃淡はあるものの、「相聞」は、基本的なテーマでもある。憲法上特別な地位にある夫婦ではあるが、美智子前皇后は、最上級の敬語を使ってつぎのような歌を詠み続けるのだが、違和感を覚えざるを得なかった。夫婦の実態は知り得ないが、私などの世代でもそう思うのだから、若い人たちは、どう思うのか、聞いてみたい。

・高原に初めて君にまみえしは夏にて赤きささげ咲きゐし(「高原」と題して「平成四年」)

・初(うひ)にして君にまみえし高原(たかはら)にハナササゲは赤く咲きてゐたりし(「平成二十九年」)

 繰り返される最初の出会いの緊張感と胸ふたがれる思いが「赤いささげ」の花に託されているように、私には読める。

・大君に捧ぐと君は北風の中に楓の枝を手折(たお)らす(北風」と題して「昭和六十三年」)

 これは、昭和晩年の大君、昭和天皇と「君」との関係をうかがわせる。

・御列は夕映えの中ありなむか光おだやかに身に添ふ覚ゆ(「平成二年」「光」と題して。「御即位に伴ふ祝賀御列の儀」の註)

 即位後の安堵感が見て取れるが、彼女は、代替わりの諸々の儀式を乗り越えるにあたって何を思ったのだろうか。

・日輪は今日よみがへり大君のみ生まれの朝再びめぐる(「平成六年」「天皇陛下御還暦奉祝歌」と題して)
・君の揺らす灯(ともし)の動きさながらに人びとの持つ提灯揺るる(「平成十三年」「灯」と題して)

 「日輪」の歌には、いささかその大仰さに驚いたが、彼女は承知の上でのパフォーマンスにも思えるのだった。「灯」の歌も、行幸啓の先々での提灯による歓迎の模様を詠んでいる。提灯や日の丸の小旗は、地元の奉迎・奉祝の実行委員会のような組織や「日本会議」、神社庁などが配布する場合が多い。提灯を揺らしていたのは、いわば物見高い人たちや動員に近い形で集まった人たちだったのではないか。天皇と国民との交歓風景の演出だったり、創出であったりのようにも思える。。

・清(すが)やかに一筋の道歩み給ふ君のみ陰にありし四十年(よそとせ)(「平成十二年」「道」と題して)

 「君のみ陰に」「陛下のお側にあって」という表現が、天皇と皇后の関係を端的に示しているとしたら、これを認めてしまったら、憲法上象徴たる天皇、天皇家には男女平等がないことになりはしまいか。野暮なことをと言われそうだが、天皇、天皇家を、日本国憲法の「番外地」にしてはならない。

 なお、2月5日のNHK「歌人 美智子さま こころの旅路」の影響もあったのだろう、『ゆふすげ』は、共同通信によれば、10万部を超えるベストセラーになっているそうだ(「美智子さま歌集が10万部超 1月の刊行から大反響」2024年2月14日)。NHKの番組は、美智子前皇后の歌の紹介などを歌人永田和宏が行い、ゆかりのある人たちのインタビューなどにより構成されていた。もちろん、誰もが敬語を使って、その人柄や歌について語っていた。朝ドラに出演していた若い女優の語りとイメージ映像は、あまりにも情緒的であって、むしろわずらわしく思えたのだが。そういえば、2月16日の「朝日歌壇」の永田和宏選に、つぎのような一首があった。永田さんは『ゆふすげ』の解説者でもあったのである。これって、少しやり過ぎじゃないかしら?

・行きつけの小さな本屋に注文し重版待ちいる歌集『ゆふすげ』(埼玉県) 中里史子(2月16日)

また、一週間後に永田選でつぎの歌が掲載されていた。やっぱりこれって、投稿歌壇の私物化と言ってもいいのでは?

・カバーより透けて見えにしゆうすげは清らに咲きて歌集の扉(水戸市)佐藤ひろみ(2月23日)

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