2025年8月18日 (月)

8月15日、天皇と首相の「言葉」の過大評価を考える

天皇の「語り継ぐ」とは

 8月15日、「全国戦没者追悼式」に臨んだ天皇の「おことば」の「戦中・戦後の苦難を今後とも語り継ぎ、私たち皆で心を合わせ、将来にわたって平和と人々の幸せを希求し続けていくことを心から願います。」の一文をとりあげて、翌8月16日の各新聞は社説や記事で一様につぎのように評価していた。 

読売新聞社説:「戦中・戦後の苦難を、語り継ぐ必要性にも初めて触れられた。」

日本経済新聞社説:「『語り継ぐ』という新たな要素を加えられた。上皇さまの平和への願いを受け継ぎ、次世代に継承することへの強い思いがうかがえた。」

毎日新聞:「天皇陛下、記憶の継承に言及」の見出しで「『戦中・戦後の苦難を今後とも語り継ぎ』の一節を新たに加えられた。記憶の継承に明確に言及。」

朝日新聞:「天皇陛下 次世代に託す思い」の見出しで「『戦中・戦後の苦難を今後とも語り継ぎ』という新たな表現で、継承への思いを示すものとなった」

 またNHKの15日の夜7時のニュースでは、「戦後生まれの天皇陛下は、戦争の記憶と平和への思いを、戦争を知らない世代に継承していくことの大切さについて、記者会見などで繰り返し語られていて、今回の追悼式のおことばにも『語り継ぐ』という表現が、初めて盛り込まれました。」また、「深い反省とともに」という表現を「深い反省の上に立って」と変えたことを報じている。 

 そして、ノンフィクション作家保阪正康のコメントとして、
「『語り継ぐ』というのは、かなり主体的な意味の強い言葉で、主体的に戦争のことを語る、苦しかった人たちの思いをつないでいくという強い意思を感じる。」さらに「戦中・戦後の苦難」という言葉については「戦争は昭和20年8月では終わっていない、原爆で傷ついている人が今もいるように、戦争の傷はずっと残っている。苦難と闘っている人がいるということを、私たちは忘れてはいけないと、おっしゃっている。天皇陛下の人生観や歴史観が凝縮されていて、戦争の傷あとに対する思いが深いと感じた」と語らせている。
 さらに、天皇の「おことば」が基本的な内容は変わらないことについては、「変わらないということは、祖父・昭和天皇、父・平成の天皇の気持ちを継いでいくと、戦争に対する反省や心の痛みを継いでいくということをおっしゃっていると思う。それが天皇家の強い意思」と感じたとする。

  以下は私の素朴な感想であるが、「語り継ぐ」を盛り込んだとする一点を、これほどことごとしく揃いも揃って、高く評価する点が不思議であった。すでに多くの戦争体験者や遺族は、必死の思いで語り継いできたことは、多様なドキュメント、映像や図書などでも残されてきた。それを、いまさら「おことば」にその言葉が登場したからと言って、大げさに報道するメディアもメディアだという思いである。これまでのメディアの営為に自負はないのかとも思ったのだが。

 

石破首相の「反省」とは

 NHKは8月15日当日のニュースで「全国戦没者追悼式での総理大臣の式辞で「反省」ということばが使われたのは2012年以来となります。」と伝えた。他のテレビニュースも13年ぶりの「反省」を強調するものが多かった。

 新聞にあっては、
東京新聞社説(8月16日):「首相の「反省」 個人でなく政府が示せ」の見出しで「近年の首相は、所属政党にかかわらず戦没者追悼式の式辞で、アジア諸国に対する加害への反省を表明してきたが、安倍晋三氏は2013年以降、反省の表現を使わず、菅義偉、岸田文雄両氏も踏襲した。石破氏が反省の文言を復活させたことをまずは評価する。ただ、石破氏も何を反省するのか、具体的には示していない。」

読売新聞社説(8月16日):「終戦の日 80年続いた平和を次の世代に」の見出しで「石破首相は式辞で、2012年の野田首相以来となる、先の大戦の「反省」に言及した。」

毎日新聞社説(8月16日):「首相は反省と教訓明示を」の見出しで、戦後80年の首相談話を見送った経緯に触れた後「大戦の『反省と教訓』に言及した。『反省』は村山氏の時から式辞に盛り込まれたが、2013年の安倍氏以降は消えていた。13年ぶりに復活させた形だ。しかし、何を反省し、教訓とするのかについては、『進む道を二度と間違えない』などと曖昧に述べただけだ」

朝日新聞社説(8月16日)「終戦の日と首相 平和国家未来像語る時」の見出しで「首相式辞は、93年に細川首相がアジア近隣諸国に『哀悼の意』を表し、翌年の村山首相が『深い反省』を加えた。その後、自民党政権時代を含め、長らく踏襲されてきたが、第2次政権下の安倍首相が13年に言及をやめ、その後は使われなくなった。『反省』が13年ぶりに復活したが、アジア諸国への加害責任には触れておらず、何を反省し、教訓とするのかは明確でない。短い式辞で意は尽くせない。戦後50年の村山談話、戦後60年の小泉談話、戦後70年の安倍談話と同様、首相談話を出すべきだった」

  ここでは、13年ぶりに復活した「反省」に着目している点が共通している。「評価」すると明言するのは、上掲のなかでは東京新聞だけである。戦争を知らない、戦争体験者でもない、当事者でありえない第三者が「反省」するって、どうなの?という突込みもある。今年の天皇の「おことば」にあって、「深い反省とともに」という表現を「深い反省の上に立って」に変えたことは、その辺のことを配慮してのことだろう。
 石破首相の式辞に寄せられた「反省」の中身がないことを、いずれの新聞も指摘しているが、これは、天皇の「おことば」にも当然言えることではないか。首相には、指摘して、注文するが、天皇の「おことば」を称揚することはあっても注文をつけないのが、いまも変わらぬメディアなのである。

 首相の式辞について、朝日新聞の社説で「アジア諸国への加害責任」に触れていないことに言及するが、そもそも首相の式辞には「300万余の同胞の命」の「御霊安かれと、心より、お祈り申し上げます」であって、「植民地やアジア各地での加害責任」、そこで犠牲になった「同胞」以外への追悼は読み取れなかったのである。                     

 参考 10年前に『女性展望』(2015年11・12月号)に寄稿した文章です。
戦後70年、二つの言説は何を語るのか(2016111日)
http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2016/01/70-6a1c.html

資料1.天皇の「おことば」全文
 本日、「戦没者を追悼し平和を祈念する日」に当たり、全国戦没者追悼式に臨み、さきの大戦においてかけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い、深い悲しみを新たにいたします。
 終戦以来80年、人々のたゆみない努力により、今日の我が国の平和と繁栄が築き上げられましたが、多くの苦難に満ちた国民の歩みを思うとき、誠に感慨深いものがあります。戦中・戦後の苦難を今後とも語り継ぎ、私たち皆で心を合わせ、将来にわたって平和と人々の幸せを希求し続けていくことを心から願います。
 ここに、戦後の長きにわたる平和な歳月に思いを致しつつ、過去を顧み、深い反省の上に立って、再び戦争の惨禍が繰り返されぬことを切に願い、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、全国民と共に、心から追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります。

資料2.首相の式辞
 天皇皇后両陛下のご臨席を仰ぎ、戦没者のご遺族、各界代表のご列席を得て、全国戦没者追悼式を、ここに挙行いたします。
 先の大戦では、300万余の同胞の命が失われました。 祖国の行く末を案じ、家族の幸せを願いながら、戦場に斃(たお)れた方々。広島と長崎での原爆投下、各都市への空襲並びに艦砲射撃、沖縄での地上戦などにより犠牲となられた方々。戦後、遠い異郷の地で亡くなられた方々。今、すべての御霊(みたま)の御前(おんまえ)にあって、御霊安かれと、心より、お祈り申し上げます。
 今日の我が国の平和と繁栄は、戦没者の皆様の尊(とうと)い命と、苦難の歴史の上に築かれたものであることを、私たちは片時たりとも忘れません。改めて、衷心より、敬意と感謝の念を捧(ささ)げます。
 未(いま)だ帰還を果たされていない多くのご遺骨のことも、決して忘れません。一日も早くふるさとにお迎えできるよう、全力を尽くします。
 先の大戦から、80年が経(た)ちました。今では戦争を知らない世代が大多数となりました。戦争の惨禍を決して繰り返さない。進む道を二度と間違えない。あの戦争の反省と教訓を、今改めて深く胸に刻まねばなりません。
 同時にこの80年間、我が国は一貫して、平和国家として歩み、世界の平和と繁栄に力を尽くしてまいりました。 歳月がいかに流れても、悲痛な戦争の記憶と不戦に対する決然たる誓いを世代を超えて継承し、恒久平和への行動を貫いてまいります。未だ争いが絶えない世界にあって、分断を排して寛容を鼓(こ)し、今を生きる世代とこれからの世代のために、より良い未来を切り拓(ひら)きます。
 結びに、いま一度、戦没者の御霊に平安を、ご遺族の皆様にはご多幸を、心よりお祈りし、式辞といたします。    
  令和7年8月15日      内閣総理大臣 石破茂                                                                                                        

                                                                                                                        

 

 

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2025年5月28日 (水)

きょう、朝日新聞がようやく社説「皇室制度のあり方」を掲載したが。

 朝日新聞は、今日、ようやく、「皇室制度のあり方 女性・女系将来の道閉ざさずに」を掲載した。社説で「皇室制度のあり方」が論じられるのは、昨年の5月7日以来である。これで、全国紙3紙と産経、東京(中日)新聞の社説が出そろった。産経は別として、読売新聞の女性・女系天皇容認を論じた記事や社説は、保守系の「読売」がと話題にもなった。以下の当ブログの記事もご参照ください。

皇室情報氾濫の中で、見失ってはならないもの(2025年5月23日)
http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2025/05/post-98bae1.html

 朝日新聞は、与野党協議の結論にはまだ至ってないが、中間報告についてまとめ、所見を述べているので、やや長文となっている。中間報告では、①秋篠宮の長男までの皇位継承の流れ、にはおおむね賛同、②女性皇族の結婚後も身分を保つ、 には共通認識があり、③皇統に属する男系男子を養子に向かえる、には積極論も反対論もある、とまとめている。②については、本人の選択を尊重する、にはおおむね一致したとする。一方、女性皇族の配偶者と子供の身分については、意見が分かれている。男系男子を主張する自民は皇族の身分を与えてはならないとし、立憲は、身分を与えないと政治的な中立性など保てないとする。

 社説としては、②の本人の選択を尊重した点を評価、③の配偶者に皇族の身分付与する道を閉ざしてはならない、としている。また、旧宮家の男系男子を養子にする案は、幅広い国民の理解を得ることの困難と門地による差別にもあたるとしている。

 ただ、今回の社説で、他社と若干異なるのは「根本の論理深めたい」としている点である。これまでも、朝日の紙面では、識者等による、同様の論調はなされてきたが、社説として以下のように述べていることである。

象徴天皇制と、「個人の尊重」や「法の下の平等」など憲法全体に流れる「人類普遍の原理」と。憲法には異質なものが同居しており、完全に整合させることは難しい。
 新しい制度が、その不整合を逆に大きくしないか。国民統合の象徴としての天皇を支えるためのよりふさわしい方向なのか。現憲法のもと培われてきた現代社会の価値観に合致するのか。根本的な論点を、深めてもらいたい。

  なんとも慎重な、まどろっこしい文章に思えた。 「女性・女系将来の道閉ざさずに」という新しい制度が実現したとしても、その「新しい制度」が、「その整合性を逆に大きくしないか」という問いかけこそが、みずからの社説への問いかけではないのか。

 産経を除いた他紙の社説も、「国民の総意」や世論調査の結果などを盾として「女性・女系天皇」へと傾いているが、「国民の総意」「世論」ほど作られやすいものはない。日本の戦時下のメディアの翼賛体制、安保闘争報道における1960年6月15日直後の「在京七社共同宣言」などから学んでは来なかったのかと、振り返るのであった。

 

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2025年5月23日 (金)

皇室情報氾濫の中で、見失ってはならないもの

 皇室情報はなぜ増えたのか

 新聞、テレビ、ネット情報の中で、最近、とみに拡大してきたのは、皇室情報である。当ブログ記事でも何度か触れてきたが、2023年4月1日に宮内庁に広報室が新設されて以来、皇室情報は一気に増した。24年4月1日にはインスタグラムが、25年3月28日にはユーチューブの公式チャンネルが開設され、皇室行事の動画が配信されるようになった。ヤフーやニフティを開くと、desktopには必ずと言っていいほど、愛子さん、佳子さん、悠仁さんの画像が散見できる。どうしてこんなことになったのか。

 毎日新聞は5月17、18日に全国世論調査を実施し、皇室への関心の有無を聞いている。それによれば、「今の皇室に関心がある」は「大いに」と「ある程度」を合わせて66%、「あまり」と「全く」を合わせた「関心がない」の33%の2倍に達した。ただ、年齢層別にみると、18~29歳では「ない」が50%で、「ある」の49%をわずかに上回った。年齢層によって関心の度合いは違い、年齢層が上がるほど関心も高くなる傾向があった。女性天皇容認は70%という結果だった。

 若い人の皇室への関心が薄れている傾向がよくわかる。18~29歳、10代・20代の層にいかにアピールするかが広報室の課題であり、今の皇室情報の氾濫は、宮内庁広報室の焦りにも感じられる。若い皇族たちの皇室行事への参加、視察先、外遊先などの模様に加えて、今春からは、悠仁さんのキャンパスライフにかかる情報も多くなった。

 それにしても、彼らの動線の前後や脇は厚い警備が巡らされているのである。視察先の受け入れ側の警備や対応は、むしろ負担なのではないか。国民と触れ合う、寄り添うと言っても、あらかじめ用意された人々との無難な交流や会話は、いかにも仕組まれたという感は免れない。

 

皇族数確保策はまとまるのか

 今国会の会期末が一カ月後の6月22日に迫る中、国会の場での取りまとめを、今国会中には何とかまとめるように必死であった両院正副議長。皇位継承を維持するための、皇族数確保に向けて、各党の協議がなかなかまとまらない。そんな中、5月15日の読売新聞の社説と特集記事「皇統の安定と現実策を」によって、安定的な皇位継承の確保を求めて「皇統の存続を最優先に」「象徴天皇制 維持すべき」「女性宮家の創設を」「夫・子も皇族に」の4項目の提言を行った。

 これに先立ち、4月11日、東京新聞の社説「皇位巡る議論 安定的な継承のために」では「女性・女系天皇を認めることは、男女同権を目指す社会の在り方とも一致する」として「女性・女系天皇」容認を掲げた。さらに、4月19日の「社説」下の「ぎろんの森」では、さきの社説には読者から多くの意見が届き、「そのほとんどが『社説は国民の常識・感情に寄り添ったものだ』などと賛意を示すものだった」との記事。さらに、5月17日の「ぎろんの森」では、さきの読売の社説を受けて、「『女性・女系』提言を歓迎する」として、東京新聞は、日頃、読売新聞とは「憲法改正の是非や安全保障、原発などの問題を巡り主張が異な」るが、今回の読売新聞の提言は「本誌と主張をまったく同じ内容であり、歓迎する」としている。

 一方、毎日新聞は、社説「皇族確保の政党間協議 もう先送りは許さない」(2024年4月10日)「皇族確保の与野党協議 安定継承を念頭に結論を」(2025年3月16日)、朝日新聞の社説「皇位の継承 国民の声踏まえ協議を」(2024年5月7日)も、関連記事を報道する中で、世論調査や研究者などの意見などの形で、男系男子による皇位継承に固執した案では、国民の幅広い理解を得られるものとは言いがたく、女性・女系天皇を後押しして来たともいえる。従って、主要メディアは、女性・女系天皇容認へと傾く中で、4月19日の産経新聞の社説<主張>は「<皇統と読売提言>分断招く「女系継承」は禁じ手だ(論説委員長 榊原智)」と近年の持論を展開した。もっとも、森暢平によれば「女性天皇推しだった『産経新聞』の変節」(週刊エコノミスト Online サンデー毎日 2025年1月27日)したという。2001年小泉純一郎政権下の「国家戦略本部」により女性天皇を含む皇室典範改正が検討される中、産経新聞は社説<主張>において「女性天皇 前向きな論議を期待する」と発表していたのである(2001年5月11日)。

 おりしも、自民党の「安定的な皇位継承の確保に関する懇談会」(麻生太郎会長)は皇族確保策を巡り「女性皇族の夫と子『皇族とせず』」との見解を示した( 2025年5月21日)。これまでの、いわゆる<保守>が分断の様相を見せ始めたのである。

私が不思議に思うのは

 ところが、これらの社説を読んでいて、私がいつも不思議に思うのは、各社、その冒頭に、前提としてつぎのように述べていることだ。
 『朝日』は「憲法が定める国の重要な制度に関わる問題だ。広範な合意のないまま、数の力で押し切ることはあってはならない。」と。「毎日」は「皇室制度の維持は、国のかたちにかかわる重要な問題だ。安定的な皇位継承の実現を念頭に議論を進めることが欠かせない。」としている。

 国の決め事に際して議論を尽くせという一般論は当然のことだが、「皇位継承問題」が「憲法が定める国の重要な制度に関わる問題」、「皇室制度の維持は、国のかたちにかかわる重要な問題」という認識は、国民共通のものになっているのだろうか。たしかに、憲法の「第一章」は「天皇」である。いま、この「第一章」を失ったとしても、「国のかたち」が変わるのだろうか、国民生活に何ほどの影響があるのだろうか。むしろ国民にとっては、「主権在民」の基本原則がすっきりとした形で腑に落ちるのではないか。

 また、『読売』は、「日本の伝統、文化を守り伝え、常に国民に寄り添ってきた皇室を存続させていくことは、多くの人の願いだろう。」「だが、皇族数の減少は深刻で、このままでは皇室制度そのものが行き詰まる恐れがある。何よりも重視すべきは、皇統の存続だ。」と断定する。前の文章では、世論調査などを念頭にしているのかもしれないが、日本の皇室が「日本の伝統、文化を守り伝え、常に国民に寄り添ってきた」とするが、皇室が守って来た伝統、文化は、宗教色の濃厚な、基本的人権に反するものも多々あり、伝統といっても、たかだか明治以降に形成されたものでしかないものもある。「国民に寄り添ってきた」というが、いわゆる、法的根拠のない「公的行為」を拡張してきた平成期以降の皇室に過ぎないのではないか。「何より重視すべきは、皇統の存続だ」という一文に至っては、「存続のための存続」となり、主権者たる「国民」の姿が見えてこない。

 『産経』に至っては、政権により変節するという都合のよさに加えて、「歴代の天皇と日本人が大切に守ってきた、この男系継承こそ現憲法が記す『世襲』の根幹だ。これを守らなければ、天皇の正統性は損なわれ、皇統の土台が崩れてしまう。女系継承の容認は日本の皇統断絶を意味する。」と。長い日本の歴史の中で、そもそも、守らなければならない「天皇の正統性」が担保されているかも危ういのではないか。

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旧堀田邸内の門から「さくら庭園」を望む。

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施設内、中庭の柿の木の下で。こんなに実を落としてしまって、秋は実をつけるのだろうか。

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2025年4月14日 (月)

女性天皇・女系天皇に期待する人たちへ、その先を考えてみたい。

  4月11日の『東京新聞』の社説の一つが「皇位継承を巡る議論 安定的な継承のために」と言うものだった。国会での議論がなかなか決着を見ない中、社説は、「世論調査では女性天皇を容認する人は約9割、女系天皇は約8割に上る」として「世界では女性の王位継承はすでに一般的。日本でも女性・女系天皇を認めることは、男女同権を目指す社会のあり方とも一致する。何より、皇位の安定的な継承と国民の支持を優先して考えたい。」と結んでいる。

  しかし、天皇制自体が、男系男子を強固に守って、といっても婚外子男子でつなげてきた実にあやしげな「万世一系」の皇統ではないか。日本国憲法における「皇位の継承」は「世襲」とのみと記され、あとは「皇室典範」に委ねているわけだから、女性天皇も女系天皇も、皇室典範の改正で可能ではある。といって、そこに女性天皇が出現したとしても、たとえば、ひたすら前例を踏襲するばかりであった即位礼、大嘗祭などにおいて「男女」を置き換えて実現しようとしたらどうなるのかなど、ちょっと想像しがたい。世論調査における女性天皇・女系天皇を「容認」する人たちの多くは、まさに「容認」であって、「男女平等なんだから女性天皇・女系天皇があってもいいじゃない」といった流れでの回答ではなかったか。

  2021年の有識者会儀のまとめた二案(①女性皇族が結婚しても皇族の身分を残す ②旧宮家の男系男子を養子に迎える)は、どちらにしても、安定的な皇位継承には直結するものではない。いずれも、女性皇族の基本的人権、第14条1項の「法の下の平等」と第24条1・2項の「家族生活における個人の尊厳と両性の平等」違反するものであって、国会での議論に値する案とは言えない。②案について各党の対応が分かれているというが、第14条2項の「華族その他の貴族の制度は、これを認めない」との整合性をどう考えているのか。この二案を前に議論しているという超党派の「天皇の退位等に関する皇室典範特例法案に対する附帯決議に基づく政府における検討結果の報告を受けた立法府の対応に関する全体会議」は結論を出せるのか。

 『東京新聞』の社説も、憲法の平等原則に立ち返ることなく「日本でも女性・女系天皇を認めることは、男女同権を目指す社会のあり方とも一致する。」と主張するのは余りにも拙速ではないのか。

  同日の4月11日『朝日新聞』のオピニオン欄で「国連委拠出金除外の波紋」について3人の論者に語らせている。国連女性差別撤廃委員会から「女性差別に該当する皇室典範の改正」を勧告された報復として拠出金使途から除外するという外務省の対応について、「憲法学者」西村裕一は、「皇室と女性差別を考える時」と題して「外務省の対応の是非はともかく」と留保して「皇室典範の規定が女性差別に該当しないという政府の説明それ自体は、憲法学の有力な立場に沿う」そうだ。一方、「天皇制自体が差別的なのだから、その中での女性差別は憲法や条約の問題ではない」という奥平康弘説が憲法学界では有力」だ という。メディアによく登場する長谷部恭男や木村草太などは、天皇制を憲法の「番外地」としているのだが、有力だという奥平説との関係はどうなのだろうか、素人にはわかりにくい。

 記事では、論者は「数年前に起きたある女性皇族の離脱劇」として、眞子さんを例として「問われるべきは、女性を犠牲にして成立している現在の皇室制度が“平和で民主的な日本国”の象徴を支える制度としてふさわしいと言えるかでなければならない」と続ける。しかし、“平和で民主的な日本国”にふさわしい「皇室制度」はあり得るのだろうか。もはや制度の問題ではなく、「日本国憲法第第一章天皇」と「平和で民主的な日本国」が両立し得るのかが問われるべきではないのか。この「第一章」があることによって、様々な場面で「平等」はなし崩し的にひずみを来し、「国事行為」という名のもとに、「公的行為」拡大の過程で、時の政府は、その「権威」を利用して来たと言ってもいいのではないか。それを受け入れてしまっている国民もいる。

 「憲法学者」には、「第一章」の位置づけと今後あるべき姿を明確に示してほしい、と願ってやまない。同時に、私たち国民も「いいんじゃない」で済ますことなく、真摯に向き合いたい。 

以下の当ブログ記事もご参考までに。
「皇族数の“確保”って、いうけれど・・・。」2025年3月21日

 「“安定的な”皇位継承というけれど・・・会議はどうなる?」2025年3月22日

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4月8日、ベランダ先の枝垂れ桜は満開を迎えるとあっという間に散り始めた。

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4月14日、芽吹き始めた木々の下で。

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2025年3月22日 (土)

“安定的な”皇位継承というけれど・・・会議はどうなる?

 秋篠宮家の長男は

 3月3日、昨年の12月11日に筑波大学への進学も確定し、高校生活も終わろうとしたタイミングなのか、秋篠宮家の長男が成人になったとして、初めての会見がおこなわれた。肉声が公けになるのは初めてということで、注目されていた。昨年9月6日の誕生日で、すでに18歳になっていたが、学業優先とのことで、この日になったのだろう。宮内庁の記者クラブからの質問はあらかじめ知ってのことで、その回答は宮内庁の広報室はもちろん、官邸にまで届いているかもしれない。
 広報室や両親の指導のもと本人の努力の末、臨んだ会見だったように見えた。しかし、当然のことながら、象徴天皇制に踏み込むはずもなく、その内容は当たり障りのないもので、全体的に「よく暗記できました」というのがまずもっての印象であった。天皇の「おことば」に習って、冒頭、岩手県の山林火災に言及し、見舞いの言葉が語られた。
  3月18日、筑波大付属高校卒業式直前の校内での「お声かけ」による会見は、“人払い”と警備が伺われる中で、「高校生活はどうでしたか」という記者の質問に「授業や課外活動など充実した3年間を過ごすことができました。また、忘れられない思い出も作ることができました。先生方や友人たちをはじめとするお世話になった方々に深く感謝申し上げます」と。
  同日、宮内庁が作成、発表した文書は、高校卒業までの成長記録で、末尾には、この会見についての言及もある。「懸命に準備を重ねられて、緊張感をお持ちになりながらもご自身のお考えを述べられました。ご成年を機に、自らのお立場を改めて認識され、お考えをまとめられる貴重な機会になったものと拝察しております。」とあり、同時に写真も発表されている。
  それにしても、筑波大学には、原則的に車で通学するというが、その警備は莫大なものとなり、様々なリスクもともなうのではないか。一般学生と同様に寮で一人住まいするのが、現在の憲法にかなうというものである。

  天皇家の長女は

 2020年3月22日、天皇家の長女が、学習院女子高等科卒業にあたっての「お声かけ」による記者の質問には「とても楽しく、とても充実した学校生活で、かけがえのない思い出ができました」と答えていた。また、宮内庁からは、本人の「文書」も発表されている。
 2022年3月17日には、成人会見が行われた。彼女は、あらかじめ質問が知らされていることも明かしながら、かなり具体的なエピソードをまじえて語っていた。ときに、ちょっとつかえ、短い沈黙があったりしたが、しっかりとシナリオ通り、話し果せたという感があった。 彼女はいっとき不登校の時期もあったが、どう乗り越えたのか。幼少時代、母と手をつなぎながらも、ひとり横を向き、出迎えた報道陣を不思議そうに、しかも、しかと見つめ返している一枚の写真を思い起こす。           

 この悠仁さんと愛子さんの二人は、メディアなどでよく比べられるもし、愛子天皇待望の向きもあるようだが、衆参両院の正副議長の主催する「天皇の退位等に関する皇室典範特例法案に対する附帯決議に基づく政府における検討結果の報告を受けた立法府の対応に関する全体会議」という長い名の会議で、長い「協議」を経て、条件付きで女性皇族が結婚しても皇室に残る、といった辺りに落着するのではないかと思う。ただし、これは、安定的な皇位継承策とは直結するものではない。

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敷地内のあちこちでアセビは花ざかり

 

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2025年3月21日 (金)

皇族数の“確保”って、いうけれど・・・。 

 ”確保“とは、逃走中の容疑者の身柄を「確保」、食料の「確保」、避難路の「確保」、などというときに使用することが多いのではないか。たしかに人材「確保」というのも聞くけれど、「〇〇数の確保」にしても、皇族方にしてみれば、どこかもの扱いされていると感じてはいないかと余計な心配をしてしまう。

  『読売新聞』は、2月1日、「衆参両院の正副議長と各党・会派の代表者らは31日、安定的な皇位継承に関する与野党協議を衆院議長公邸で開き、議論を再開した。各党・各会派は皇族数の確保策について今国会中に一定の結論を得ることで一致したが、主張の隔たりは大きく、議論は難航することも予想される(「皇族数の確保策、今国会中に結論…これ以上先延ばしできないの認識で一致も主張には隔たり」2025年2月1日)と報じた。

  『毎日新聞』は、3月16日の「社説」で「皇族確保の与野党協議 安定継承を念頭に結論を」と題して「皇族数の確保策を検討する与野党協議が再開された。2021年に政府の有識者会議が出した報告書を踏まえ、昨年5月に議論を始めたが、意見がまとまらず事実上中断していた。このままでは皇族の数が減り、皇室活動が先細りするばかりだ。今国会中に一致点を見いだす必要がある」とし、末尾では「有識者会議の報告書は政治的対立を懸念し、皇族数確保に論点を絞っていた。喫緊の課題について結論を急ぐのは当然だが、与野党は皇位継承の観点を踏まえて協議に臨む必要がある。天皇の地位は憲法に「国民の総意に基づく」と明記されている。持続可能な皇室像について正面から議論し、国民が納得できる結論を得る。それこそが政治の責務である。」と結んでいる。

   記事中にある2021年の有識者会議、「皇位継承に関する有識者会議」が、①女性皇族が結婚しても皇族として残る  ②女性皇族と旧宮家の男子と養子縁組をする、という、ほんとに中途半端な、曖昧とした案をまとめたものだから、「全体会議」でも、男系にこだわり、女性天皇・女系天皇につながる①案に反対す保守派がいる限り一致は見られないだろうし、②に至っては、時代錯誤も甚だしく、現実性に乏しいだろうし、他の「妙案」とて、あろうはずがない、と私は考えている。

  その後、「全体会議」は、開かれているのだろうか。結論が出たというニュースはみあたらない。会期が迫っている今の国会は、石破総理の商品券問題や何やかやでそれどころではなく、また見送られる可能性が高い。

 私は、皇位継承者がいなくなるというのならばそれでいいのではないか、とも。残る皇族方には、お引き取り願って、自立の道を拓く努力をしてもらい、それまでは国の責任で必要最小限度の支援をしなければならないだろう。おのずと憲法の第一章は不要となり、削除されることになる。あの世から、そんな日が来ることを願うことになるのだろう。

 いや、今からできることもある、と考えているのですが、どうお考えでしょうか。以下もご参照ください

「私の言いたかったこと」を報告しましたが~大嘗祭に思うこと: 内野光子のブログ
【2025年3月10日】
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北側の庭には、トサミズキが何本か植えられて、かわいらしい黄色い花房を揺らしている。
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そばによると、黄色いだけではない花房だった。

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2025年2月 2日 (日)

皇室はもはや「無法地帯」?~皇室における女性の基本的人権は

「皇族は男女平等番外地」(東京都 長谷川節)
(朝日川柳 2025年1月31日)

 天皇制が憲法の「番外地」というならば、皇族の人権も「番外地」ということになるのだろうか。皇室はもはや「無法地帯」と言っていいかもしれない。
 1月31日の上記の川柳が目についた。日本国憲法の「第一章 天皇」を、天皇制を、憲法の「番外地」と称して容認する識者もいる。上記の川柳は、皇室において男女平等が認められないこと、憲法の男女平等条項は皇室の女性に及ばないことを「番外地」と詠んだ川柳。「番外地」のなかでさらに「番外地」となると、「無法地帯」に等しいのではないか。

 2024年10月29日、 女性差別の撤廃を目指す国連の女子差別撤廃委員会は、日本政府に対して、男系男子による皇位継承を定めた日本の皇室典範の改正や、選択的夫婦別姓の導入に向けた民法改正を勧告していた。ところが、2025年1月29日、外務省は、これに抗議して、国連の女性差別撤廃委員会を、日本の拠出金の使途から除外することを決めたというではないか。女性差別撤廃どころか、なんとえげつないことをするのだろう。その理由として「皇位につく資格は基本的人権に含まれていないことから、皇室典範において皇位継承資格が男系男子に限定されていることは女性に対する差別に該当しない」「皇位継承のあり方は国家の基本に関わる事項であり、女性差別撤廃条約に照らし、取り上げることは適当でない」とするのである。要するに皇位、皇位継承者には基本的人権の適用外、皇位継承事項は国家の重要事項であって、女性差別撤廃条約の適用外、外からとやかく言われる筋合いはないというのである。

 また、2021年12月22日、政府に提出された皇位継承に関する有識会議の報告書では、皇族数の確保策として、


〈1〉女性皇族が結婚後も皇族の身分を保持
〈2〉旧宮家の男系男子が養子として皇族に復帰

の二案が示されたことを思い出す。一案では、女性皇族に結婚後の身分保持―眞子さんのように自由になれない。二案では、女性皇族は旧宮家男系男子と養子縁組をさせられることになるかもしれないのである。しかも、いずれの案も皇位継承者の確保には直結はしない。「有識者」の人選もさることながら、彼らは、女性皇族たちの人権について思いは至らなかったらしい。

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どのメンバーも、各省庁の審議会などの常連であって、「皇位継承」ないし「皇室」についての有識者とは思えない。富田(1951~)清家(1954~)
宮崎(1958~)細谷(1971~)中江(1973~)、大橋(1975~)ということで、従来の有識者会議メンバーより若返ったというが、彼らとて、大方はイエスマンで、上昇志向の高い人ばかりに見受けられた。

 さらに、この二案を示された政府も、誰も関わりたくなかったかのように、積極的に論議せずに今日まで手付かずであった。ところが、この1月31日、衆参両院の各党派代表者による皇室課題に関する全体会議が開かれ、今国会中に結論を得たいとすることに多くの党が賛成したという。

 有識者会議報告の一案については、各党派の賛成が多いが、女子皇族の結婚後の夫や子供の身分をどうするとか、二案の旧宮家男系男子の養子縁組による皇室復帰させるかについては、各党派での違いがあるという。この先の議論で、皇室典範の改正ができたとしても、憲法の基本的人権条項に反することになり、違憲は明らかながら、皇室のタブー化は進むに違いない。

 皇族の「国事行為」以外の外国訪問、被災地訪問、戦跡訪問はじめ、さまざまな行事参加は、まったく法的根拠がないまま実施されて来た。また、大嘗祭はじめ皇位継承の様々な儀式についても、明治時代の太政官令を持ち出し、伝統の名のもと前例踏襲のまま実施してきたのが実態である。日本は法治国家であるはずなのに。

 にもかかわらず、近年の宮内庁は、「公的行為」を拡張して、皇族たちの露出度を高め、必死になって広報し、国民の関心をつなぎとめようとしている。それらの情報をひたすら拡散しているのが、いまのマス・メディアの姿といえるのではないか。

 

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2024年12月22日 (日)

大嘗祭違憲訴訟の東京高裁での陳述書が掲載されました

 11月12日、大嘗祭違憲訴訟の控訴審、東京高裁に提出した私の陳述書が「即位・大嘗祭違憲訴訟の会NEWS」24号に掲載されました。この陳述の概略については、以下の当ブログ記事に書きましたが、今回は、提出した陳述書全文が収録されています。代替わりの一連の儀式、とくに大嘗祭関連の儀式についてはにわか勉強ではありましたが、調べて分かった限りのことを書きました。どう考えても、民主主義国家が国費を使ってなすべき儀式とは到底思えませんでした。天皇家の宗教「神道」に則って代替わりの儀式を行うこと自体、「国民統合の象徴」である天皇である以上、違憲と考えざるを得ないと思ったのです。

生まれて初めて法廷に立った! 即位礼・大嘗祭はなぜ違憲なのか : 内野光子のブログ
(2024年11月13日)

 

「即位・大嘗祭違憲訴訟の会NEWS」24号(2024年12月11日)は以下の2頁からご覧ください。

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 なお、11月12日、法廷での陳述は、提出した陳述書とは、若干異なり、自分なりに少し整理したり、補ったりしたこともありましたが、これは裁判記録に残るとのことです。

 

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2024年11月13日 (水)

生まれて初めて法廷に立った! 即位礼・大嘗祭はなぜ違憲なのか

 即位礼・大嘗祭違憲裁判は、平成から令和への天皇代替わりの即位礼の諸儀式と大嘗祭の違憲性を問うもので、2024年1月31日、東京地裁の一審判決は、憲法判断を回避、政教分離原則や信教、思想の自由について、憲法は制度的に保障したもので、個々の私人の信教の自由を直接保障するものではないとして棄却するものでした。私たち原告は、東京高裁に控訴、といっても、私などは、8月31日の集会に初めて出て、話をさせてもらった程度のことながら、事務局の勧めで、11月12日、控訴審の第1回口頭弁論で、陳述することになりました。

 8月31日の集会で話したことは「短歌と勲章~通過点としての歌会始」でした。事務局の方は、ご自由に思いのたけを書いてよいとは言うものの、それでは陳述にはなりそうもありません。さてと、ということで、分厚い「控訴理由書」を何度読んでも、むずかしい。それならばと、開き直って、代替わり当時の諸儀式を、テレビや新聞で見る限りではあるが、なんとも、時代離れした、あるときは滑稽にも思えたり、あるときは新天皇夫妻が気の毒になったり、付き合っている参列者たちって、どうなの?と思ったりしたことを書いてみてもいいのではないかと。
 儀式を三つほどに絞って、あらためて思い出しながら、いったいこの儀式の法的根拠はあるのかと調べてみて、驚くことばかりでした。 

 以下が私の陳述の要旨で、約15分、実際は、「ですます調」で丁寧に?話したつもりです。なお、冒頭には、自己紹介的なもので、なぜ即位礼・大嘗祭に関心を持ったかも述べました。傍聴席には30人以上いたように思います。

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「剣璽等承継の儀」 2019年5月1日の映像で見るかぎり、三権の長など二十数人がひかえた松の間に式部官長と宮内庁長官の先導で新天皇、秋篠宮、常陸宮が入り、壁際にしつらえた壇上の中央に天皇が立ち、壇の下の左右に秋篠宮、車いすの常陸宮が控えている。そこへ剣と璽をそれぞれ捧げ持った侍従たちが、天皇の前の二つの「案」と呼ばれる台に恭しく置く。さらに、国事行為で使われる御璽(天皇の印)と国璽(国の印)が捧げられた後、直ちに、侍従たちが台の上から引き取り、ふたたび捧げ持ち、天皇たちとともに部屋を退出する。男性たちの床を打つ靴音ばかりが響く6~7分間ほどの無言の儀式であった。女性の皇族は参列できないのが慣例で、今回は参列者側に、当時の安倍内閣の閣僚、片山さつき議員が女性として初めて参列したと報じられている。

 皇位の継承の証である「三種の神器」のうちの剣は熱田神宮に、鏡はは伊勢神宮に収められ、宮中にある剣と鏡は、形代(かたしろ)と呼ばれるレプリカだ。その鏡は賢所に、剣と勾玉は、吹上御所の「剣璽の間」に置かれているそうだ。しかし、代々の天皇すら、それらの包みを開いて中身を見てはならないものとされている。

 少なくとも「三種の神器」の「剣」に関していえば、これらの由来は、古事記・日本書紀にある、素戔嗚尊の八岐大蛇退治の折、尻尾から出てきた剣であり、後に天照大神に献上したのが「草薙剣」であるといった神話が由来です。この神話は寓話であり得ても、裏付けのある史実でもなく、伝統でもない、荒唐無稽な、グロテスクなフィクションではないでしょうか。天皇自身も「天照大神」の「子孫」であるとは信じていないでしょうし、国民の大かたも信じられない中で、見てもいない「剣」を大真面目に承継したとして、演じなければならない「剣璽等承継の儀」での姿は滑稽に思えてしまう。

「剣璽等承継の儀」の法的根拠は、皇室典範にも日本国憲法にもなく、根拠というならば、「天皇陛下の御退位及び皇太子殿下の御即位に伴う国の儀式等の挙行に係る基本方針について 」という長い件名の「閣議決定」(2018年4月3日)だ。時の政府によっていかようにもできるという証左ではないか。その「閣議決定」では、「各式典は、憲法の趣旨に沿い、かつ、皇室の伝統等を尊重したものとすること」、「各式典についての基本的な考え方や内容は平成の代替わりを踏襲されるべきものであること」と記され、「剣璽等承継の儀」については国事行為である国の儀式として、宮中において行う。」とされている。

 承継されるべき「三種の神器」なるものがもっぱら「神話」にもとづいたものもあり、長い歴史の中での承継、移転の経緯にも疑問が多い。「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」の地位継承の儀式を、「国事行為」の中の「儀式を行ふこと」に含めるという「閣議決定」は、憲法第7条十項を拡大解釈したものと言わざるを得ない。

 今回の各式典は、基本的に昭和から平成の代替わりにおける「考え方や内容は踏襲されるべきもの」とされた。1915年の大正、1928年の昭和、1989年の平成への代替わりの儀式は、明治42年、1909年2月11日に公布された「登極令」によって実施されたことになる。令和の代替わり儀式が、1947年廃止されたはずの「登極令」と内容的に変わらない2018年の「閣議決定」によって実施されたことは、形式的にも、内容的にも新憲法下では認めがたいもので、違憲性が高いと考える。

即位礼正殿の儀 2019年10月22日に行われた「即位礼」の最初の儀式は、「賢所大前の儀」。賢所は、「天照大神」が祀られているというところ。天皇は、格式の高いという白の束帯姿、剣と勾玉を捧げ持つ侍従たちに先導されて賢所への回廊を進み、さらに皇霊殿、神殿を巡り、皇后も白の十二単姿で続く。侍従や女官が長い裾を、腰をかがめて移動する姿は、決して美しい姿とは言い難い。天皇は、その各所で「お告げ文」なるものが読まれているそうだが、その声を聞いた者はない。そして、秋篠宮を先頭にロングドレスの女性皇族の7人が傘をさして、あの日は雨風の強い日だったので、砂利道を賢所に向かう姿のちぐはぐな光景には、「伝統」なるものの異様さに気づかされる。

 続いて午後に行われた「即位礼正殿の儀」は、松の間に設えた天皇用の「高御座」、皇后用の「御帳台」が並ぶ。高御座の正面から束帯姿の天皇、御帳台から皇后も異なる色鮮やかな十二単で現れた。ここでも、天皇の前には剣と璽が置かれ、ここで発する天皇の「お言葉」といえば、「日本国憲法及び皇室典範特例法の定めるところにより皇位を継承」したことを内外に宣明し、これに対して安倍首相が祝辞「寿詞」(よごと)を述べ、首相の万歳三唱に、参列者が唱和していた。
  ここで、6.5mの高御座、5.7mの「御帳台」、天皇は、床上1.3mの位置から「お言葉」を述べ、首相が天皇を見上げて読む祝辞は「私たち国民一同は、天皇陛下を日本国及び日本国民統合の象徴と仰ぎ」とあり、「令和の代(よ)の平安と天皇陛下の弥栄(いやさか)をお祈り申し上げます」との言葉で結んでいる。

この一連の流れの中にはつぎのような問題点があると考える。
・これらの儀式は、憲法、皇室典範、皇室典範特例法上の定めにもなく、あるのは「閣議決定」(2018年4月3日)のみ。
「高御座」「御帳台」の設えの違いは何なのか。これら二つの設えも時代によって異なり確固たる伝統なるものはないうえ    に憲法上の平等規定に違反。
・憲法第一条「日本国及び日本国民統合の象徴」であり、「主権の存する日本国民の総意に基く」天皇は仰ぐ存在ではない。にもかかわらず、首相の祝辞は、「大日本帝国憲法」の「天皇制」を引きずっているとしか思えず。

 大嘗祭 毎年11月に行われる皇室行事の新嘗祭は、天皇の代替わりの折には大嘗祭として行われていた歴史上記録もあるが、永らく中断したり、その儀式としてのあり様も様々な変遷をたどったりしている。
 今回、大嘗祭以外の諸行事「剣璽承継の儀」「即位後朝見の儀」「即位礼正殿の儀」「祝賀御列の儀」「饗宴の儀」は、2018年4月3日「閣議決定」の基本方針により「国事行為」とされた。大嘗祭は、同日の「内閣口頭了解」という3行ほどの文書で決められた。それも、平成への代替わりのときの大嘗祭についての 「閣議口頭了解」(1989年12月21日)を踏襲する、とだけ記されている。
 その踏襲された「閣議口頭了解」では、つぎのような理由で、宮内庁が取り仕切る皇室行事として宮廷費からの支出により実施することが決められた。
・皇室の長い伝統を受け継いだ、皇位継承に伴う一世に一度の重要な儀式である
・天皇が祖先や神(皇祖及び天神地祇)に対し、安寧と五穀豊穣などを感謝されるとともに、国家・国民のために安寧と五穀
 豊穣などを祈念される儀式であり、この趣旨・形式等からして、宗教上の儀式としての性格を有するものと見られることは
 否定することはできない
・国がその内容に立ち入ることにはなじまない性格の儀式なので大嘗祭を国事行為として行うことは困難である
・その儀式について国としても深い関心を持ち、その挙行を可能にする手だてを講ずることは当然と考えられる。その意味に おいて、大嘗祭は、公的性格がある

  ここで、問題なのは、大嘗祭の「趣旨・形式等からして、宗教上の儀式としての性格を有するものと見られることは」否定せず、さらに、「国がその内容に立ち入ることにはなじまない性格の儀式」としながら、大嘗祭は公的性格があるとするのは大きな飛躍でしかない。あきらかに憲法20条の政教分離の原則、89条の「公の財産の支出又は利用の制限」に反すると考える。
 宮内庁の「大嘗祭について」(2019年10月2日)の文書でも明らかなように、この儀式の次第は「貞観儀式」(平安時代中期、870年代)「登極令」(1909年)などの記述と「基本的に異なるところはない」とも記され、今回も平成の代替わりと同様に行う、されていた。

 さらに、大嘗祭のメインと言われる悠紀殿、主基殿において天皇と神とが寝食を共にすることによって皇位継承がなされるという「秘事」に至っては、あまりにも現実離れした「ままごと」のようでもある。「秘事」と称して、天皇と二人の女官しか知り得ない作業や行為であるとしながらも、さまざまな準備や用意をする人々の手を借りねばならないはずで、「秘事」はもはや建て前にしか思えない。にもかかわらず、参列者や国民には知らされないという矛盾に満ちた儀式といえよう。なお、悠紀殿、主基殿における供え物の新穀の産地を決めるのは、亀の甲羅を火にくべて、その割れ具合による「亀卜」という占いによって都道府県が決めたというが、これも秘密裏に行われているので、その実態は分からない。

これまで見てきたように、大嘗祭の諸儀式は、すでに廃止された「登極令」を持ち出して踏襲しており、現在の法的な根拠もなく、日本国民統合の象徴であって、その地位は主権の存する国民総意に基づく天皇がなすべき行為、儀式とは言えず、憲法第一条に反する。

 したがって、上記で述べた、少なくとも「剣璽等承継の儀」「即位礼正殿の儀」「大嘗祭」は、過去の閣議決定、閣議口頭了解や廃止された「登極令」などを踏襲するもので、法的根拠はないまま実施されたことはきわめて違憲性が高いと考える。その憲法判断を求めるものである。同時に、これらの儀式が国費をもって実施したことによって、私が受けた精神的な苦痛は多大かつ持続しているので、国に対する損害賠償を求めるものである。 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 五人の陳述が終わると、谷口園恵裁判長は、双方の弁護士と二言三言話していたが、よく聞き取れなかったのです。裁判長が「これで結審・・・・」のような声がしたかのような瞬間、傍聴席から「逃げるな」の声や、原告の弁護士から「忌避申し立て」などの声が飛んで、裁判官たちは退席していったのです。

 後の報告集会で、ようやく閉廷前後の顛末がわかりました。弁護士、陳述人が順次感想を述べ、質疑に入りました。きょうで結審、次は判決ということになるのが、控訴審では多いそうです。谷口裁判長の来歴なども紹介され、判決には期待できないが、これからも頑張りましょうということになりました。
 これからは、裁判の傍聴ならばいざ知らず、法廷に立つことはまずないでしょう。貴重な体験でした。事務局の桜井大子さん、弁護士の吉田哲也さんには、お気遣いいただきました。ありがとうございます。

  20241112-2
地裁から報告集会会場の日比谷図書館に向かう。なつかしい西幸門、NHKへの抗議デモやモリ・カケ問題のデモの出発地点であった。また、野音のさまざまな集会のたびに通った門。集会後、夕暮れ近い公園の黄葉はまだ始まったばかりのようだった。傍聴した連れ合いともども「やっぱり疲れた」と、ここも久しぶりの「松本楼」で夕食をとった。

 

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2024年8月10日 (土)

8月8日は何の日だったか、2016年のこと、忘れはしません。

 8月6日と8月9日、広島と長崎に原爆が落とされた日の間の8月8日しか選択肢がなかったという。明仁天皇が生前退位を表明するビデオメッセージが放映された日である。

 明仁天皇にも忘れてはならない日が四つあるとか。私にも忘れられない日はいくつかあるが、近々では、親の命日を忘れて過ごしてしまうことはあっても、この8月8日は忘れることができない。

 というのも、あの日から、天皇制に関する世の中の風向きがかわってきたようにも思えるからである。その約一カ月前の7月13日の夜7時のNHKニュースで、唐突に生前退位の「お気持ち」報道がなされたのである。どこからのリークだったのか、頃合いを見ての報道であったのか、なんともきな臭い生前退位表明であった。当初はこの報道を否定していた宮内庁サイドであったが。

 私は、現憲法下で、天皇自らが生前退位の意思表明ができるのか否かが疑問であった。メッセージの中身といえば、加齢によりしくじることもままあり、公務が負担になったこと、昭和天皇から代替わりのときに生じた社会のさまざまな混乱を避けたい、といったことが語られた。本来「公務」というならば、国事行為だけのはずが、平成期の天皇は皇后をともないながら「公的行為」という曖昧な領域における活動を盛んに行ってきたのである。昭和天皇から引き継いだ国民体育大会・植樹祭・豊かな海づくり大会などの行事にとどまらず、戦没者慰霊、災害地訪問、福祉施設訪問などを積極的に増やし、誕生日、外国訪問、さまざまな行事の際の記者会見や「おことば」の発信という場も拡大してきたのは、天皇自身の意向ではなかったのか。

 明仁天皇は、たしかに、昭和天皇の1988年の「下血報道」や様々な場での「自粛」の横行を目の当たりにしていたので、あの「騒動」はやりきれない、という思いは理解できる。しかし、自ら拡大してきた「公務」が負担になったからというのは、私には腑に落ちなかった。

 一方、世間では「長い間、ご苦労様でした。ゆっくりお休みください」と理解を示した。同時に、政治の世界では、2016年9月「天皇の公務負担軽減などに関する有識者会議」という諮問機関が立ち上げられ、2017年4月21日最終報告書がまとめられた。政府、国会では「静かな環境のなかで」天皇退位特例法が審議され、参院全会一致で、2017年6月9日成立、天皇の終身制は不動とし、一代限りの退位容認となった。

 2019年5月1日、新天皇即位日程を挟んで、長い間、明仁天皇夫妻への国民に寄り添う発言や振る舞いへの讃美報道や記事が続いた。そして、平成を語るのに天皇夫妻の短歌まで動員して情緒的なヒストリーが作り上げられていったのである。

 そして、代替わりに伴う諸儀式をさまざまな映像で見る限り、「日本国民統合の象徴である」天皇がなすべき行為であったのか、「主権の存する国民の総意に基く」地位にある天皇がなす行為であったのか、はなはだ疑問である。神話にもとづく儀式であったり、伝統儀式といっても、長い歴史の中で、定着しているはずもない手続きであったり、まず法律的な根拠もない中で、皇室や国民の日常とはまったくかけ離れた束帯や十二単姿で歩む映像は異様であった。天皇を仰ぎ見て、首相や招かれた人たちが万歳三唱する姿は、平等や国民主権にも悖り、滑稽にも思われた。

 即位・大嘗祭違憲訴訟の原告でありながら、集会や傍聴にも参加できないまま、このたび、控訴をひかえた集会に是非ということで、話をすることになった。まずは体調管理につとめないと・・・。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

なぜ私たちは天皇制に反対しているのか 
即大訴訟控訴審に向けて8・31集会

202年8月31日(土)18時~
文京区民センター2A

講演:内野光子「短歌と勲章~<歌会始>という通過点」

主催・即位・大嘗祭違憲訴訟の会

詳細は下記をご覧ください

ダウンロード - img175.pdf

 

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