2023年11月11日 (土)

紫綬褒章の受章者はどのようにして決まるのか

「またまた、もういい加減にして」の声も聞こえるが、やはり、書きとどめておきたい。
 俵万智(六〇)が二〇二三年秋の紫綬褒章を受章した。多くのマス・メディアには、彼女のよろこびの言葉が報じられていた。短歌関係の雑誌は、どう扱うだろうか。

 紫綬褒章は、内閣府によれば、「科学技術分野における発明・発見や、学術及びスポーツ・芸術文化分野における優れた業績を挙げた方」に与えられるとある。
 1955年に新設された紫綬褒章は、これまでも多くの歌人たちが受章している。近年では、2014年栗木京子、2017年小島ゆかり、今年の俵万智と女性が続いたが、1994年の馬場あき子以来女性は見当たらず、1996年岡井隆、1999年篠弘、2002年佐佐木幸綱、2004年高野公彦、2009年永田和宏、2011年三枝昂之、2013年小池光と男性だった。女性が続いて、歌壇の現状がようやく反映されるようになったとよろこんはでいけない。
 そもそも、受章者はいったい誰が決めるのだろうか。当ブログでも、「文化勲章は誰が決めるのか」の記事を何度か書いてきた。さて、紫綬褒章はどうなのか。

 「褒章受章者の選考手続について(平成15年5月20日)(閣議了解)」によれば、根拠法は、なんと「 褒章条例(明治14年太政官布告第63号)」であって、「明治」なのである。 褒章の種類は、紅綬、緑綬、黄綬、紫綬及び藍綬で、受章者の予定者数は、毎回おおむね800名とし、春は4月29日に、秋は11月3日に発令する、とある。
 「議院議長、参議院議長、国立国会図書館長、最高裁判所長官、内閣総理大臣、各省大臣、会計検査院長、人事院総裁、宮内庁長官及び内閣府に置かれる外局の長は、春秋褒章候補者を内閣総理大臣に推薦し、文書により、あらかじめ、文書により内閣府賞勲局に協議する。内閣総理大臣は、推薦された候補者について審査を行い、褒章の授与について閣議の決定を求める」となっている。

 4月19日は、かつては「天皇誕生日」という祝日で、昭和天皇の誕生日であった。すでに知らない世代も多いのかもしれない。11月3日は、「明治節」、明治天皇の誕生日という祝日であった。 

 なお、内閣府の「栄典の手続き」によれば、その手続きは、以下のようになる。要するに、各自治体及び関係団体、各省庁、内閣賞勲局の間で行ったり来たりしながら、内示の段階でほぼ確定ということになる。つまりは、役人が選考しているので、「文書」にいくつもの押印はあったとしても責任は不問に近い。なお、「栄典に関する有識者」の会議の委員は3年任期で、年に1・2度開催して、栄典の在り方を大所高所からの意見を内閣総理大臣に届けるらしい。その委員たちは、大学教授だったり、会社の社長だったり、他の審議会にも掛け持ちのような「常連」が多い。中には、元内閣官房副長官杉田和弘の名もあった。

 以下、直近の受章者数、その中の紫綬褒章受章者、女性の割合を示し、選考過程の流れを図解してみた。

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 その点、少なくとも民間の、雑誌社やいろんな団体から、歌人に与えらる賞は、選者や選考委員が明確ではある。その先のことは知らないが。

 私は、かねてより、あたらしい憲法のもとでは、国家による勲章や褒章の制度を批判してきたし、結論的には不要と思っている。というより、法の下の平等に反するし、差別――人間のランキングを助長する害悪とも思っている。さらに、選考過程をみると、役人サイドで、綿密に審査がなされているらしいことがわかる。役人たちが、この人なら、「ハメ」を外さない、「安心安全な歌人」として、褒賞されるとみてよい。岸田内閣のような、閣僚、政務官選びの杜撰さとはわけが違うようなのだ。

 

 

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2023年6月12日 (月)

宮内庁広報室全開?!天皇家、その笑顔の先は

 新年度4月以降、宮内庁に広報室が新設されたのと、Coronaが2類から5類に移行し、感染対策の緩和がなされたことが重なり、一気に皇室報道が目立ち始めた。

 5月以降、私自身が新聞・テレビで目についた報道から天皇・皇后はじめ皇族の動向を拾い上げただけでも、以下のようになった。天皇には、内閣の助言と承認を得て行う国事行為について、憲法第三・四条・七条に定められており、国事行為は限定的であり、皇室典範に定めのある儀式は、即位・大喪の礼のみである。たとえば、以下、この一カ月余りの活動は、そのほとんどが私的活動とみてよい。いわゆる「公的行為」について、法律上の基準はなく、平成期における天皇は皇后とともに、この「公的行為」を創出、拡大してきた経緯があり、定着したかのような様相を呈していたが、代替わりとCorona禍により、そうした行為、活動は、中止や縮小、オンラインなどで実施されることが多かった。が、どうだろう、天皇家、皇族の写真や動画が溢れだしたのである。

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 上記の表の備考に、純然たる私的行為と思われるものに「私」を記してみた。そうでないものについて、例えば、戴冠式参列(1953年、エリザベス女王戴冠式に皇太子参列)、園遊会主催(1953年~)、植樹祭参加(1950年~)などにしても、法的な根拠はなく、新憲法下の昭和期、平成期において、たんに「恒例」として実施されてきた行事に過ぎない。行事の筆頭に、第○回と付されているものは、その限りの沿革であることがわかるし、備考欄に、「○年~」と記したものもある。
 今回、突如、発表されたインドネシア訪問は、即位後初めての親善訪問とされ、皇后も同行することが注目されている。この国が選ばれたのは、現在、外交的にも経済的にも密接な関係を保ち、対日感情も東南アジアの中では良好とされているからであろう。

 しかし、アジア・太平洋戦争時1942年から、日本の軍政下にあった三年半の間、コメの強制供出や労務者の強制徴用、さらには、日本語、日の丸、君が代などを強要された世代は、もちろん、犠牲となった現地人の遺族たちの存在も忘れてはならないはずである。彼らには、いったいどのように対応するのか、関係省庁と調整中なのであろう。

 こうした親善の訪問と戦争犠牲者のいわゆる「慰霊の旅」は、平成期に増大した。昭和・平成期において、皇太子時代を含めて明仁天皇夫妻は沖縄へ11回も訪ねていることでも明らかであろう。それに加えて、被災地訪問も随時実施され、「公務など」と括られ、拡大されていった。
 このような「公的行為」には、必ず訪問先や移動時の警備体制や訪問先の受け入れ準備に多大の業務と費用が伴うはずである。「国民に寄り添」うことによって「慰撫され」「励まされ」る人々を生み出したかもしれないが、実質的な解決や成果につながることは、まずなかった。
 令和期の今に至って、こうした「公的行為」の環境が整ったことになるのか。

 また「私的行為」によって、三代にわたる「理想的な」家族像を発信できたとしても、それがいったい何の意味があるのだろう。
 若い人たちは、非正規という不安定な働き方を強いられ、結婚も出産もできない。大事に育てられるべき子どもたちは、家庭や学校で不安定な日々を送っている。社会保険料は値上げされ、高齢者の年金は抑えられ、老後生活への不安は尽きない。
 この現実と天皇家の風景との落差は、何なのか。すべての差別の根源ともいえる天皇制、この辺で、じっくり立ち止まって考えてみなければ。

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2023年1月13日 (金)

「國の會ひにまゐらんものを」~変わらぬ女性の願いと壁

『女性展望』1・2月号の巻頭言に寄稿しました。

 『女性展望』はなじみのない方も多いと思いますが、市川房枝記念会女性と政治センター発行の雑誌です。

 1924年12月、久布白落実、市川房枝らが中心となって婦人参政権獲得期成同盟が発足、翌年、婦選獲得同盟と改称し、1927年には機関誌『婦選』を創刊します。『婦選』は、その後『女性展望』と改称し、女性の参政権獲得運動の拠点にもなった雑誌です。1940年、婦選獲得同盟が解消を余儀なくされ、婦人時局研究会へと合流する中で、『女性展望』も1941年8月に終刊します。

 敗戦後、アメリカの占領下で婦人参政権を獲得するに至り、市川は、1947年、戦時下の活動から公職追放、1950年の追放解除を経て、日本婦人有権者同盟会長として復帰します。1946年には、市川の旧居跡に婦人問題研究所によって婦選会館が建てられ、現在の婦選会館の基礎となり、1954年には、『女性展望』が創刊されています。市川の清潔な選挙を実現した議員活動については、もう知る人も少なくなったかもしれません。1980年6月の参議院議員選挙の全国区でトップ当選を果たしましたが、翌年87歳で病死後は、市川房枝記念会としてスタートし、2011年、市川房枝記念会女性と政治センターとなり、女性の政治参加推進の拠点になっています。こうして市川房枝の足跡をたどっただけでも、日本の政治史、女性史における女性の活動の困難さを痛感する思いです。 

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『女性展望』2023年1・2月号

 表題は、1927年『婦選』創刊号に、寄せられた山田(今井)邦子の短歌一首の結句からとりました。末尾の安藤佐貴子の短歌は、20年以上も前に、「女性史とジェンダーを研究する会」で、敗戦直後からの『短歌研究』の一号、一号を読み合わせているときに出会った一首です。私は、『現代短歌と天皇制』(風媒社 2001年)の準備を進めているときでもありました。安藤佐貴子については、会のメンバーでまとめた『扉を開く女たち―ジェンダーからみた短歌史1945~1953』(阿木津英・内野光子・小林とし子著 砂小屋書房 2001年)に収録の阿木津英「法制度変革下動いた女性の歌の意欲」において、五島美代子、山田あきとともに触れられています。

 

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2022年4月23日 (土)

五月三日は、何の日?まさか・・・

 8月15日前後に、さまざまなメディアが<終戦>特集を組むのを「八月ジャーナリズム」と呼び、この時期に集中して、活字メディアでは、平和や戦争を考える特集や連載記事が企画され、テレビでは、ドキュメンタリーやドラマが放映される。しかし、近年はそれも、風化の一途をたどっているのではないか。
 そして、四月末から五月といえば、コロナ禍前であれば、世の中はゴールデンウィークながら、近年では、何日が何の日で休みなのかが分かりづらいし、曖昧になっているのではないか。それでも、5月3日の憲法記念日と5月5日の子どもの日というのは、定着し、それにかかわる情報もメディアをにぎわしているように思っていた。
 ところが、最近、ちょっとした出来事に遭遇した。私が、定期に通院している病院、この地での中核病院といってもいいかもしれない病院が発行している「毎月のお知らせ」のようなリーフレットがあり、診療日と担当医師の一覧とともに、季節の健康情報などが記されている。帰宅後、4月号の最終頁のカレンダーを見て「?」と一瞬目を疑ったのである。下をご覧ください。
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 なんと、5月3日がこともあろうに「建国記念日」となっているではないか。このミスが誰にも気づかれずに印刷され、積み置かれ、多くの人の手に渡っているはずである。余計なこととは思えず、私は、病院の広報に電話して、「訂正」を要望した。「ご連絡ありがとうございます」と、事務的な言葉が返ってきた。次の通院日に、カウンターに積んである4月号を覗いてみたが、やはり「建国記念日」のままであった。ことほど左様に「憲法記念日」は地に落ちてしまったのか。日本の憲法教育、護憲運動は何であったのかと思うと力が抜ける思いだった。

 短歌ジャーナリズムでも、一部の雑誌が、五月号に<憲法>特集を組む。『新日本歌人』という雑誌から<平和の危機に「日本国憲法」を考える>というテーマで短歌五首と200字コメントの依頼があった。連日、ロシアのウクライナ侵略の惨状を目の当たりにし、思わず寄稿したのが以下であった。

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2022年1月22日 (土)

天皇制の行方(3)憲法との矛盾、整理してみると

 今年の「歌会始」
 私のしたことが。18日の「歌会始」のNHK中継を見逃してしまった。カレンダーにも、日記帳にも書いておいたのに。その頃、何をやっていたのだろう。加齢現象とするには悔しい。18日のNHK、夜7時のニュースでは、めずらしく、関係の報道はなかった。何しろ、オミクロン株の急激な感染拡大状況とその対策が、時間の大半を占め、トンガの火山爆発関連、春闘関係のニュースが続いた。他のニュースと一緒に、あのなんとも奇妙な歌の披講を聞かずに済んだのは可としなければならないだろう。

「皇位継承問題」国会に投げられたが
皇位継承問題についても、18日の7時のニュースではスルーしていた。1月の有識者会議の報告を受けた岸田首相が両院議長に投げ、その報告の説明を受けた各党代表の対応は、9時からのニュースウオッチナインでの報道となった。

 当ブログの「天皇制の行方」(1)(2)でも述べたように、有識者会議の報告は、次の2点に尽きる。

①女子皇族が結婚後も皇族としての身分を保持する
②旧宮家(1947年廃止され、11宮家51人が皇籍離脱)の男系男子を養子として皇族復帰する

の二案であった。「安定的な皇位継承策」は先送りとなったが、NHKは、世論調査を実施、①案賛成65%反対18%、②案賛成41%反対37%という結果であった。各党の反応はまちまちで、自民党の茂木敏充幹事長は「バランスの取れた報告だった。皇位継承の問題と切り離して皇族数を確保することが喫緊の課題」と表明している。「皇族数の確保」って、山からくだって街に出没する猪やクマを「確保」[捕獲」するかのような扱いではないか。とりあえず、①の女性皇族の「確保」を目指すらしい。②に至っては、75年前に廃止された宮家の男系男子を養子に迎えよ、とは、何を考えているのかわからず、時代錯誤もはなはだしい。戦前に「万世一系」などと言われた天皇家ではあるが、そもそも歴代天皇が確定したのは大正時代の末期、1926年3月、宮内省に「帝室制度審議会」のもと「臨時御歴代史実考査委員会」が立ち上げられ、同年10月には、皇統譜から神功皇后が排除されたという経緯がある。明治、大正天皇は、皇后の実子ではなかった。そんな風に継承されてきた皇位である。

「憲法にてらして女性・女系天皇を認める」という共産党の対応
そして、私が、あらためて驚いたのは、共産党の対応だった。「しんぶん赤旗」の電子版(2022年1月19日)によれば、小池晃書記局長は「日本国憲法では、第1条で、天皇について『日本国の象徴』『日本国民統合の象徴』と規定している。この憲法の規定に照らせば、多様な性を持つ人々によって構成されている日本国民の統合の『象徴』である天皇を、男性に限定する合理的理由はどこにもない。女性天皇を認めることは、日本国憲法の条項と精神に照らして合理性を持つと考える。女系天皇も同じ理由から認められるべきだというのが、日本共産党としての基本的な立場だ」と述べている。
  たしかに、平成からの天皇代替わり直後の「しんぶん赤旗」(2019年6月4日)の「天皇の制度と日本共産党の立場 志位委員長に聞く」(聞き手 小木曽陽司・赤旗編集局長)のインタビューで、
志位委員長は「私たちは、憲法にてらして女性・女系天皇を認めることに賛成です」とし、つぎのように、続けている。

 「日本国民統合の象徴」とは、天皇が積極的・能動的に国民を「統合する」ということではありません。もしかりにそのよう な権能を天皇に認めたら、政治的権能を有しないという憲法の制限条項と矛盾するという問題が生まれてくるでしょう。「日本国民統合の象徴」という憲法の規定は、さまざまな性、さまざまな思想、さまざまな民族など、多様な人々によって、まとまりをなしている日本国民を、天皇があくまで受動的に象徴すると理解されるべきだと考えます。

理解しがたい説明、ますます窮地に
 「日本国民を、天皇があくまでも受動的に象徴する」というが、象徴に受動的、能動的もないように思うし、天皇が勝手に「国民統合の象徴」になってもらっても困る、というより、「統合される国民」と「象徴となる天皇」とう存在を認めること自体が「法の下の平等」に反するのではないか。同時に、憲法に天皇の「世襲」条項がある以上、その不平等な枠内で、男女平等をうたって、女性、女系天皇を認めるということは、本末転倒ではないのか。
 志位委員長自身も、「皇室の内部での男女平等という見地からこの問題に接近すると、『もともと世襲という平等原則の枠外にある天皇の制度のなかに、男女平等の原則を持ち込むこと自体がおかしい』という批判も生まれるでしょう」と自覚しながら「私は、そういう接近でなく、国民のなかでの両性の平等、ジェンダー平等の発展という角度から接近することが重要ではないかと考えています」と言って、天皇を男性に限定している現状をただすことは、国民のなかでの男女平等の発展に寄与するから、ということらしい。
 さらに、公明党の山口代表の衆院解散直後の演説(2021年10月14日)で、共産党が「天皇制は憲法違反、廃止すべきだ」と言っているなどとの攻撃をされたのに対して、共産党の小池晃書記局長は10月15日、記者会見で、「わが党の綱領には、『天皇の制度は憲法上の制度』と明記しており、『憲法違反』であるわけがない。しかも、天皇の条項を含め、『現行憲法の前文をふくむ全条項をまもる』としている」と指摘、「二重の意味で誤りであり、荒唐無稽で完全なデマ発言だ」と厳しく批判した。
 また、昨年末には『中央公論』(2022年1月)において、山口代表が、共産党は「法の下の平等、国民主権と天皇制とは両立しないから」「天皇制は憲法違反の存在」と主張していると指摘したことに対して、『しんぶん赤旗』には、次のような記事があったらしいが、電子版では見当たらなかった。記事は、山口代表が、共産党綱領の「一人の個人が世襲で『国民統合』の象徴となるという現制度は、民主主義および人間の平等の原則と両立するものではなく」の部分を取り上げて、「法の下の平等原則と世襲の天皇の制度が両立しない」と曲解しているという(「公明代表、共産党攻撃を正当化」『しんぶん赤旗』2021年12月28日)。
  その根拠としてつぎのような一文が続く。「そもそも憲法14条は『国民』の『法の下の平等』を保障したものであって、天皇は象徴としての地位にあるかぎり、その憲法上の地位は『国民』とは区別されたものであり、『法の下の平等』を享有しません。このことは広く共有された論点です」と。さらに、綱領の「人間の平等の原則」は「自然人である人間がすべて平等であるということであり、現在の憲法の枠内で天皇を除外した『国民の平等』とは異なります。」というのである。

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 天皇は自然人ではない?!
 「え?天皇は自然人ではない」と私には読めたのである。そうだとしたらいったい何なのだろう。人間天皇と地位とを区別せよとでもいうのだろうか。天皇の象徴としての地位は「国民」とは区別されたものであり、「法の下の平等」は享有しないというならば、何をいまさら「女性天皇、女系天皇」に賛成などというのだろう。基本にたちかえれば、天皇制を「天皇の制度」と呼び変えたところで、「国民主権」と「天皇の制度」とは両立しないのは、当然のことではではないのか、と私は考える。ただ、宮中祭祀と神道との関係に触れないまま、創価学会を母体とする公明党が言うことか。「おまいう」の部類かもしれない。
  また、先の綱領の続きでは「一人の個人が世襲で『国民統合』の象徴となるという現制度は、民主主義および人間の平等の原則と両立するものではなく、国民主権の原則の首尾一貫した展開のためには、民主共和制の政治体制の実現をはかるべきだとの立場に立つ。天皇の制度は憲法上の制度であり、その存廃は、将来、情勢が熟したときに、国民の総意によって解決されるべきものである。」と宣言しているわけで、少なくとも、「国民主権の原則の首尾一貫した展開のため」に努力をすべきはずなのに、共産党は、目の前の、ともすれば、情緒的で移り気な国民の動向を気にするばかりで、現憲法内の矛盾を、「矛盾」として認めることをなぜそれほど拒むのだろう。言を弄して、矛盾を矛盾として認めないことを助長するような解釈や弁明を繰り返している。それでいて、支持者を増やすばかりか、減っているのが現実である。
  いま、天皇家が断絶して、天皇制が消滅したからといって、困るという国民がどれほどいるのか、とくに、若年層にあっては、なおさらのことであろう。何が何でも天皇制を残したい人たちというのは、どこかで利用してきた、利用したいと考えているからではないか。

  そもそも、共産党が、2004年の綱領改定のとき、「君主制の廃止」を綱領から削除したのはなぜか。前述の志位委員長のインタビューでは、「日本国憲法の天皇条項をより分析的に吟味した結果」だとし、改訂前は、戦後の天皇の制度について「ブルジョア君主制の一種」という規定づけをしていたが、主権という点では、日本国憲法に明記されている通り、日本という国は、国民主権の国であって、君主制の国とはいえないことから、民主主義革命が実行すべき課題として「君主制の廃止」を削除した、という主旨のことを話している。現憲法施行後、半世紀以上も経っていたのに、「より分析的に吟味した結果」というのも、にわかに信じがたい。

  かつての、2010年、鳩山由紀夫首相の「沖縄の普天間基地移転、県外を断念」表明の折の「学べば学ぶほど」の言を思い出してしまうのだが。
https://www.youtube.com/watch?v=h7md9o_4_SE

 

 

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2021年12月23日 (木)

天皇制はどこへゆく(2)

 12月22日、今後の皇室のあり方を検討してきた政府の有識者会議(清家篤座長)は、最終報告書を岸田首相に提出した。報道に拠れば、二つの案というのも、不明確な物言いで、何が言いたいのかわかりにくい。要するに、結論的には、皇位継承者は秋篠宮、その長男という流れを「ゆるがせにしてはならない」として、その先のことは「具体的に議論するには機が熟しておらず、かえって皇位継承を不安定化させるとも考えられる。将来、悠仁さまのご年齢やご結婚などをめぐる状況を踏まえたうえで議論を深めていくべきだ」と先送りをしたことになる。秋篠宮の長男は来春、筑波大付属高校に進学するそうだから、十年後くらいには、結婚することになっても、その相手は、これまでにないプレッシャーをうけることになるだろう。美智子皇后の失語症、雅子皇后の適応障害という重い前例がある。

 二案の一つは、皇族数の確保の点から、女性皇族が結婚しても皇籍を離れない、とするもので、夫も子どもにも皇位継承権はない。さらに、座長は、記者会見で「現制度の下で人生設計をお考えで、その意思は尊重されなければいけない」と述べ、対象は新制度創設後に生まれた女性皇族とすべきだとの考えを示した、という。

 もう一つの案というのが旧皇族の男系男子を養子に迎える案で、旧皇族とは戦後1947年に皇籍を離脱した11の宮家の子孫を示すというから、すでに70年以上も前の皇族?が復活!ということなので、もうこれは、完全にアウトだろう。

 有識者会議はいったい何を議論したのだろう。今回は、女性天皇、女系天皇には一切触れてないようだが、それ以前の問題として、今の制度の中で、皇位継承者がなくなるというのであれば、それを機会に天皇家、皇族の存在意義、必要性が問われるべきだろう。

  敗戦直後から、天皇の退位論というのが、何度も何度も浮上しながら、大きな国民的な議論とならなかったことは確かである。敗戦直後の戦争責任論と絡めての退位論をはじめとして、その後も、1950年代の占領終了後、明仁皇太子の結婚時、1970年代の昭和天皇の渡欧・渡米時の戦争責任決着論、1980年代の天皇・皇太子の高齢化など、その契機と理由はさまざまであった。国会で論議されたこともあったが、天皇制維持が前提であったのである。

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きれいに晴れ上がった冬至だった。ご近所で、手広く家庭菜園をなさっている方から、ときどき野菜をいただいている。この日はなんとご覧のような立派な白菜や大根などをいただいた。大根も、人参も、カブも庭の水道で土を落とした。他にもビニール袋に詰め込まれた?ほうれん草、チンゲン菜、小松菜もあった。年末のありがたい食糧支援であった。

 

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2019年10月20日 (日)

政治利用されない「天皇制」って、ありですか?~パレード延期と恩赦に思う

「祝賀御列の儀」というパレード

 天皇即位に伴う祝賀パレードが10月22日から11月10日に延期された。また、即位に伴う恩赦の政令が出されることになった。ともに、10月18日の閣議で決定されたのだが、パレード延期の件は、すでに、NHKwebnewsでは、 10月17日に安倍首相は被災地の宮城県丸森町で「延期する方針で検討」と語り、延期の方針、午後3時49分付では、11月10日に延期との報道があり、新聞では18日朝刊で「政府の方針」として先ぶれ報道がなされた。恩赦については、18日午前中の閣議で決定された後に報道されている。
 私には、この報道の微妙な時間差を意図した政府広報、メディア・コントロールこそが天皇即位自体と関連報道を、フルに政治利用をしている場面に思えたのだ。
 パレード延期の理由が「甚大な被害を出した台風19号の被災地に配慮」して、とのことであった。前日までは、「淡々と進めている」と記者に答えていた菅官房長官だったが、17日の会見では「諸般の状況を総合的に勘案した」としている。首相は、被災地のぶら下がりで、延期の方針を発表したかったのだろう。それに、あまり評判の良くない「恩赦」と同時発表は避けなければならかったにちがいない。
 被災地への配慮というならば、直近では、15号台風の被災地、被災者の現状、さかのぼれば、東日本大震災、福島原発事故の被災地・被災者の実態を知らないわけではないだろう。11月10日に延期したところで、状況が大きく改善するわけもない。

 菅官房長官は、「宮内庁と相談したが、あくまでも内閣として判断した」と会見で語っていた。しかし、報道によれば、宮内庁関係者は「突然でびっくり」ともらし(毎日新聞10月18日)、政府関係者は「台風によりパレードの警備にあたる警察官の確保が難しくなったという事情」を語ったという(東京新聞10月18日)。被災地や被災者に配慮したとは、たてまえからも実態からも大きく離れてはいないか。さらに、国事行為として行われる内外の要人を迎えての祝宴や首相夫妻の晩餐会などの一連の行事とて、被災地や被災者を配慮するというのならば、中止して、その経費や労力を災害復旧・復興に充てるくらいの決断があってもよいのではないか。祝宴にしても晩餐会にしても、即位を利用しての政府の大判振る舞いに過ぎない。一般国民の生活に何ら寄与しないではないか。今の憲法下で、政治的権能を有しない天皇の存在自体が、死去ないし退位、改元・即位、結婚などに伴うさまざまなイベントや活動が、時の政府に組み込まれ、加担、補完する役割を果たすことになるのは、むしろ当然の成り行きであろう。

 私などからすれば、日本国憲法に「第一章」がある限り、とりあえず、天皇、皇族方には、「象徴」などというあいまいな役まわりをさぼってもいいので、ひっそりと自由に、退任でも、代替わりでも、結婚でもなさったら、よろしいのにとも申し上げたい。そして、現代の日本にとっての「象徴天皇制」は必要なのかの問いに対峙したい。

日本は、これで法治国家?

 政府は、都合が悪くなると、日本は「法治国家」だからといって、法律に従い、粛々と、淡々とことを進めてしまい、進めた結果の責任はだれも取らないのが、日本の法治国家の実態である。

 「恩赦」は、旧憲法下では、天皇の大権事項であったが、日本国憲法下では、天皇の国事行為(7条6号)で、内閣が決定する天皇の認証事項である。大赦、特赦、減刑、刑の免除、復権とあるが、いずれにしても、一度、裁判所が犯罪者の処罰を決めるという「司法権」に「行政権」を持つ内閣が介入して「処罰」がなかったことにする制度である。今回は、罰金刑により制限された資格を復活させる「復権」が大半という。その対象の55万人のうち、道路交通法違反者が65.2%で三分の二を占めるが、他は過失運転死傷、傷害・暴行・窃盗の罪を犯した者、公職選挙法違反者たちが含まれるのである。
  具体的に、今回の政令恩赦では、2016年10月21日までに罰金を納めた約55万人が対象となった。罰金刑を受けると、原則として医師や看護師など国家資格を取得する権利が5年間制限されており、こうした権利が回復する。法務省によると、対象者の約8割が道路交通法や自動車運転処罰法などの違反。公職選挙法違反による罰金納付から3年がたった約430人の公民権なども回復されることになる(JIJI.com10月18日)。
 しかし一定の条件をクリアしただけで「自らの過ちを悔い、行状を改め、再犯のおそれ」がなくなった者への更生の励みや再犯防止策になるという建前ながら、実態はどうなのか、疑問は尽きない。今回も当初、法務省は、皇室の慶事による恩赦は「社会への影響が大きく、三権分立を揺るがしかねない」とその不合理性を指摘、実施すべきではないとし、また、一律の政令による恩赦でなく、対象者を個別に審査する「特別基準恩赦」のみの実施を訴えたという(朝日新聞10月19日)。しかし、政府としては踏み切ったのである。その過程や決定の不明瞭さはぬぐえず、そもそも、内閣の恣意性が問われ、そのチェック制度がない恩赦は、実施すべきではなかったのではないか。

 諸外国において、たとえば、イギリスでは、恩赦権は大法官・法務大臣の助言に従う国王大権の一つであるが、その運用にあっては、罪や刑罰を定めて一律に行う大赦は、1930年以降実施されておらず、過去20年間に行われた特赦2件、他の恩赦も厳しい条件のもとに実施されている。フランスでは、他のヨーロッパ諸国に恩赦制度が実施されることはまれなことから、大統領選ごとに行われていた慣例的な恩赦も2007年以降実施されなくなった。アメリカでは、大統領に恩赦権はあり、司法長官の助言を受けて実施するが、減刑や罰金刑減額などは、別の制度によるとされ、2018年度に承認した恩赦は、特赦、減刑あわせて10人であった。

 日本のように、行政府が、恣意的に一律に大量に行う「恩赦」などは、もはや特異な例と言わねばならない。今後は、皇室の慶事にかこつけてなされる「恩赦」を内閣には実施させない選択を迫るべきではないか。

 こうして、利用されるだけの「象徴天皇制」を少しづつでも無化するには、どうしたらいいのか。

<参考>

・小山春希「恩赦制度の概要」『調査と情報』No.1027
(2018126)file:///C:/Users/Owner/AppData/Local/Microsoft/Windows/INetCache/IE/JDLUCL85/digidepo_11195781_po_IB1027%20(1).pdf

・法務省のQ&A「なぜ恩赦は必要なのですか?」
http://www.moj.go.jp/hogo1/soumu/hogo_hogo10.html#02

・法務省「「復権令」及び「即位の礼に当たり行う特例恩赦基準」について」
20191018日)
http://www.moj.go.jp/hogo1/soumu/hogo08_00006.html

・晴天とら日和「恩赦に反対します」(2019年10月20日)新聞記事などのまとめあり
http://blog.livedoor.jp/hanatora53bann/archives/52334331.html

 

 

 

 

 

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2019年8月14日 (水)

 「表現の不自由展・その後」展(あいちトリエンナーレ2019企画展)への公権力介入による中止への抗議と再開を求める署名、今なら間に合います。 

 河村名古屋市長と大村県知事へ提出する署名です。今晩、夜中の12時が第一次締め切りです。ご賛同いただけるようでしたら、ネット署名、よろしくお願いいたします。こちらは、メッセージも記載できます。提出分以外は、名前は公表しませんので、他の方のメッセージもお読みの上、ご記入ください。

ネット署名(入力フォーマット)→  <https://t.co/frbAafjYcq> http://bit.ly/2YGYeu9

署名集計並びにメッセージ ➡ http://bit.ly/2LZz0RR

 用紙署名の方は、今日の局留めで締め切りです。昨日は休み明けだったため、郵便局には一日で2600筆近くが届いていました。開封の手伝いをしたのですが、おひとりで数百筆集めてくださった方も、おひとりの署名を速達で送ってくださった方もと様々です。署名用紙と共に、封筒から出てくる長文のメッセージや一筆箋での励ましの言葉、一通一通、一筆一筆の熱い抗議の思いが伝わってきます。

台風10号のさなかの?名古屋、8月15日に、県庁・市役所へ、発起人の3人が届け、記者会見の予定だそうです。ご協力お願いいたします。

<8月15日付記>本日夕方の朝日デジタル報道です。記者会見にはほかに数社か来ていたようですので、明日の朝刊等ご留意ください。

「不自由展、再開求め申し入れ 学者ら『屈してはならぬ』」

  <https://www.asahi.com/articles/ASM8H578QM8HOIPE012.html> https://www.asahi.com/articles/ASM8H578QM8HOIPE012.html

 

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2019年5月 4日 (土)

憲法記念日にふたたび~『あたらしい憲法のはなし』

 わが家にある『あたらしい憲法のはなし』は「昭和22年8月2日翻刻発行」である。仙花紙というのか、用紙はすでに茶色、表紙もご覧のように、すすけて、その綴じも今にも崩れそうである。これは、1933年生まれの次兄が、疎開先の中学校から、家の近くの立教中学校に編入して間もないころ、使用した教科書だったのか、裏表紙には、ローマ字のサインがあり、校名や三学年という表示もある。池袋の実家が建て直されるというとき、物置きから拾って!きた記憶がある。兄のところでなく、私の手元にあるのも不思議な気がしているが、すでに亡くなって久しいので、尋ねるすべもない。あらためて、読んでみた。この本は、中学校一学年用の教科書として作られたが、兄たちは、明らかに三学年で使用していたことになる。1950年には副読本となり、朝鮮戦争が始まって以降、使用されなくなった。教育現場では、ほんとに短い期間しか使用されないテキストだったわけである。

20195img154-2

Img182

   頁をそっと開いていくと、ところどころに、兄の几帳面なこまかい字の書き込みがある。第一章「憲法」という概説部分2~3頁をスキャンしてみた。鉛筆HBかHでの書き込みか、非常に読みにくいのだが、

20195img154-1

・2頁の右肩には「世界各国共通ニ「最高法規」トハ憲法ヲ云フ」(旧かな!)と読める書き込みがあり、

・3頁の右肩には「個人の人間としての基本的権利」とあるのは、文中の「基本的人権」の説明なのだろうか。

・頁下には「第二次世界大戦死者5000万人」と書かれているのは、すぐ上の文中に「こんどの憲法にも、あとでおはなしするように、これからは戦争をけっしてしないという、たいせつなことがきめられています。」とあるので、先生が話したことなのか、自分が何かで知ってメモしたものなのか。

・左肩には「憲法の歴史 (欽定)→(國民)」とあるが、下では、明治憲法とはちがい、「こんどのあたらしい憲法は、國民がじぶんでつくったもので、・・・」との一文があった。

 「あたらしい憲法」を学ぶ教師と生徒の熱意と期待が伝わって来るようであった。ちなみに、第五章「天皇陛下」を開いてみると、実に、興味深いことが書かかれているではないか。

 こんどの戦争で、天皇陛下は、たいへんごくろうをなさいました。なぜならば、古い憲法では、天皇をお助けして國の仕事をした人々は、國民ぜんたいがえらんだものでなかったので、國民の考えとはなれて、とうとう戦争になったからです。そこで、これからさき國を治めてゆくについて、二度とこのようなことのないように、あたらしい憲法をこしらえるとき、たいへん苦心をいたしました。ですから、天皇は、憲法で定めたお仕事だけをされ、政治には関係されないことになりました。(15頁)

 そして、16頁には、次のような挿絵を添えて、「日本國民統合の象徴」を説明している。17頁の末尾では、つぎのように締めくくっている。執筆者の「苦心」が伺われような文章ではあるが、敗戦までの天皇の位置づけが、こんなにも不正確だったとは知らなかった。政治的権能を持たないようにしたのは、「ごくろう」がないようにとの理由付けだったのには、いささか驚きもしたが、GHQ占領下においても、天皇の戦争責任への言及がここでは皆無であったことを知るのだった。

  天皇陛下は、けっして神様ではありません。國民と同じような人間です。ラジオのほうそうもなさいました。小さな町のすみにもおいでになりました。ですから私たちは、天皇陛下を私たちのまん中にしっかりとお置きして、國をおさめてゆくについてごくろうのないようにしなければなりません。これで憲法が天皇陛下を象徴とした意味がおわかりでしょう。(17頁)

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2019年3月12日 (火)

改元奉祝のなかで、「天皇依存」の系譜(2)そして、歌人たち

天皇が原発をやめよと言い給う日を思いおり思いて恥じぬ(吉川宏志)
 『短歌』201110月 『燕麦』2012年所収)

   東日本大震災による原発事故の直後に、吉川宏志が発表した作品である。当時、結句の「恥じぬ」の解釈をめぐって、若干の論議が交わされた。「ぬ」は完了なのか、「打消し」なのか、つまり「恥じた」のか「恥じない」のかどちらなのかと。私は、それまでの吉川の作品や発言から当然、「恥じた」として読んだ。「打消し」なら「恥じず」とするのが自然だからとも思った。作者は、もちろん「完了」の方だと明言し、近年の平井弘とのインタビューの中で、吉川自身、この一首について、つぎのようにも語っている。

「天皇に『原発をやめよ』と言ってもらおう、という発想自体に、天皇を利用しようという心根があるわけでしょう。それが恥ずかしい、という歌なんですよ。ただ、今の状勢を見てたら、天皇が言ってもだめかもしれないですね。今の政権は、天皇の意志なんてまったく無視しているわけでしょう。」(特集 平井弘インタビュー「恥ずかしさの文体」(後編)『塔』2017年4月) 

   また別の場所で、吉川は、国旗国歌法(1999813日に公布・施行)が成立したころは「〈天皇制〉を厳しく否定する論調が、歌壇では特に強かった」という認識で、当時の歌壇、時代の空気を思い起こしながら、つぎのように記す。 

 戦争体験などをして、非常に嫌悪感をもっている人たちが存在することもよく理解している。そういった人たちが、反対するのもよくわかる気がする。けれども、「君が代を歌わない権利」がある一方、「君が代を歌う権利」があることも明らかだろう。だから、卒業式などで歌うことを強制することには反対だけれど、逆にあまりに過剰に君が代を否定することにも違和感をもつ。君が代をたまに歌ったくらいで、異常な国家主義者になるわけでもない。君が代を肯定する善男善女は、世の中に無数にいるだろう。現在では、非常に激しく君が代を非難する態度も、社会的にあまり共感されないのではないだろうか。

 左翼的な人々(の一部)は、現実の天皇制を廃止すれば良いのだ、と考えた。しかし、そうではなくて、権力と責任の存在が曖昧なシステムそれ自体に、危険性は存在していた。おそらく、現実の天皇制を批判しても、何も変わらない。
 
むしろ、今年の天皇陛下の年頭のお言葉「東日本大震災から2度目の冬が巡ってきました。放射能汚染によりかつて住んでいた地域に戻れない人々や,仮設住宅で厳しい冬を過ごさざるを得ない人々など,年頭に当たって,被災者のことが,改めて深く案じられます。」
 
を聞くと、原発事故を忘れてしまったかのような、現在の首相や政府の発言よりも、ずっと心に沁みてくる。
 
 いろいろな意見はあると思うが、私は、単純に天皇制は悪だとは考えない立場である。
 (①②とも「短歌と天皇制について」『シュガークイン日録3』20130122日) 

  「国旗国歌法」の条文には、強制、義務化の文言はない。当時の小渕首相はじめ、議会の質疑でも、強制・義務化はない、としてスタートした。その後の経緯は、どうだろう。教育現場では、学習指導要領で縛り、職務命令という形で、「君が代」斉唱時の不起立、ピアノ伴奏拒否などにより受けた処分や不利益は、教師たちの思想信条の自由を侵すものではないか、との訴訟で各所でなされた。管理者の裁量の範囲内であり違憲とは言えない、という判断が定着しつつある中、処分が重すぎるという判決もあったが、まだ係争中のケースもある。吉川は、①において、「強制することには反対だけれど」などと、天皇みたいなことを言う。「君が代をたまに歌ったくらいで、異常な国家主義者になるわけでもない。君が代を肯定する善男善女は、世の中に無数にいるだろう。」とは、どういうことか。統制や弾圧は、些細なことから始まり、それによる萎縮や自主規制が強まり、息苦しくなって、気づいたときは、すでに抵抗の手段を奪われていたという歴史を、私たちは教えられたり、学んできたりしたと思う。

 

 政治の世界に限らず、時代はすでに、数の力で、少数派や異論を無視し、排除する構図が出来上がりつつある。「寛容」や「多様性」の旗を掲げるならば、日常的な談論風発、百家争鳴、混沌こそが、民主主義の基本ではなかったか、とも思う。自分と異なる意見が多数を占め、数の力が及ばないとき、「面従腹背」と言ってしまうのか。吉川のように「天皇を利用しようとする心根」を「恥じた」のならば、いまは“リベラルで、いい人”の天皇を持ち出すのは、フェアでない。②で言うように「権力と責任の存在が曖昧なシステムそれ自体に、危険性は存在していた。」とするならば、その「曖昧なシステム」に「天皇制」が寄与していなかったかを検証する必要もあるだろう。

 「単純に天皇制は悪だとは考えない立場」をとるのは自由だが、その「危険性」に本気で向き合おうとするとき、「現実の天皇制を批判しても、何も変わらない。」とするのは、いささか「単純」すぎないか。

  たまたま、吉川は、自分の意見を表明しているが、天皇依存の歌人も多いのではないか。逆に、天皇の短歌や「おことば」が、過大に評価され、利用されているのを憂慮している歌人もいるのではないか。いまこそ、この「改元」の奉祝ムードの只中でこそ、大いに声を上げるべきだろう。

24img111 レイアウトは異なるが、2019年2月24日朝刊各紙に掲載された政府広報

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商魂たくましい、広告の数々・・・。上が「朝日新聞」2月24日朝刊、下が同紙2月25日朝刊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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