2022年7月22日 (金)

『朝日新聞』川柳欄への批判は何を意味するのか

 わたしは、長年、短歌を詠み、かかわってきた者ながら、新聞歌壇にはいろいろ物申したいこともあり、この欄でもたびたび書いてきた。最近は、毎日新聞や朝日新聞の川柳欄をのぞくことの方が多くなった。

・疑惑あった人が国葬そんな国

・利用され迷惑してる「民主主義」

・死してなお税金使う野辺送り

 7月16日の「朝日川柳」は「国葬」特集なのかな、とも思われた。短歌やブログ記事ではなかなか言えなかったことが、短い中に、凝縮されていると思った。

 安倍元首相の銃撃事件について、「民主主義への挑戦」といった捉え方に違和感を持ち、さらに、全額国費負担で「国葬」を行うとの政府にも疑問をもっていたからでもある。こうした川柳をもって、安倍元首相や政府方針を「揶揄」したのはけしからん、ということであれば、安倍批判や政府批判を封じることに通じはしまいか。政府への「忖度」が、言論の自由を大きく後退させ、自粛への道をたどらせたことは、遠くに、近くに体験してきたことである。  

 大手新聞社やNHKは、たださえ、安倍元首相と旧統一教会との関係、政治家と統一教会との関係に、深く言及しないような報道内容が多い。もっぱら週刊誌やスポーツ紙が取材や調査にもとづく報道がなされるという展開になっている。テレビのワイド番組が、それを後追いするような形でもあることにいら立ちを覚える昨今である。

 朝日新聞社は19日、J-CASTニュースの取材に対し「掲載は選者の選句をふまえ、担当部署で最終的に判断しています」と経緯について説明。「朝日川柳につきましてのご指摘やご批判は重く、真摯に受け止めています」と述べ、「朝日新聞社はこれまでの紙面とデジタルの記事で、凶弾に倒れた安倍元首相の死を悼む気持ちをお伝えして参りました」とし、「様々な考え方や受け止めがあることを踏まえて、今後に生かしていきたいと考えています」と答えたという。どこか腰が引けたようなスタンスに思えた。さらに7月22日には、重大な訂正記事が載っていた。上記「利用され迷惑してる『民主主義』」の作者名が編集作業の過程で間違っていたというのである。なんとも「シマラナイ」話ではないか。

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二句目のの作者が、「群馬県 細堀勉」さんだったとの訂正記事があった(『朝日新聞』2022年7月22日)

 また、今回のNHKの報道姿勢について、当ブログでも若干触れたが、視聴者団体「NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」は、7月19日、「犯罪捜査差の発表報道に偏せず、事件の社会的背景に迫る公正な調査報道を」とする要望書を提出した。番組のモニタリングから、容疑者の銃撃の動機についての解説や識者のコメント、安倍元首相の政治実績の情緒的な称揚、東日本大震災の復興政策、経済再生政策、安全保障政策において、事実と国民の意識とはいかに離反していたかの分析もない報道を指摘している。NHKはどう応えるのか。

 NHKには「政治マガジン」というサイトがある。事件後の関連記事には、安倍元首相と旧統一教会、政治家と旧統一教会の記事は一本も見当たらず、もっぱら警備体制、国葬に関する記事ばかりで、7月19日号の特集では「安倍晋三元首相銃撃事件<政治が貧困になる>」と題して、政治学者御厨貴へのインタビュー記事が掲載されている。「戦後日本が築き上げてきた民主主義が脅かされていると同時に、今後の政治全体の調和までもが失われる深刻な事態だと警鐘を鳴らした」という主旨で、今度の事件は「民主主義への挑戦」とのスタンスを展開している。NHKよ、どこへゆく。

 

 

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2022年7月18日 (月)

動機は明白になって来た~容疑者に「精神鑑定」は必要か

 安倍晋三元首相銃撃報道における容疑者と旧統一教会との関係、容疑者が「なぜ安倍をねらったのか」について、大手メディア、とくに、テレビの報道番組のスタンス、メインキャスターやコメンテイターの発言は、そろいもそろって、旧統一教会と安倍との関係を薄めよう、薄めようという意図が歴然としてきた。加えて、安倍の功績をたたえ、その上塗りをするものであった。安倍の銃撃事件と旧統一教会・政治家との関係は切り分けて考えないといけないとの論調も依然として有力である。

 NHKは、容疑者は旧統一教会と安倍が密接な関係があると「思い込み」によって犯行に及んだと「7時のニュース」では言い続けている。旧統一教会と容疑者の母親の寄付・金銭トラブルや安倍との関係は極力触れず、旧統一教会の記者会見後も 「宗教団体(世界平和統一家庭連合)」というのがテロップでの表示である。7月12日の「ニュースウオッチ9」ではこともあろうに、第一次・第二次安倍政権で、防衛大臣や党の副総裁を務めた高村正彦を登場させ、安倍晋三の“政治的功績”をるる述べさせた。そして「(安倍への)批判も確かにあったが、その評価は後世の史家に委ねられる」と締めくくり、MCの田中正良もなんと高村と同様に「事件の判断は歴史に委ねられる」と言い放った。メディアの機能不全、自殺行為にも等しい。ちなみに、高村は、弁護士時代、旧統一教会の訴訟代理人だった人である。政権・政治家への擁護がここまで露骨だと、視聴者の疑問をかえって深めてしまうだろう。

  テレビ朝日「報道ステーション」の大越健介は、容疑者がなぜ安倍を狙撃したのかは「理解不能」とまで明言した。日テレ「ウエークアップ」(7月16日)の野村修也は、安倍元首相の銃撃事件を「教団を壊滅させようと道具として利用した面もあるかもしれない」などと述べる。複数の局の番組で、田崎史郎は「政治家は、選挙で一票でも欲しいから、頼まれれば、祝辞やメッセージ、行事への参加も断れない」などとぬけぬけというではないか。

 そして、政府は、警備体制の不備を強調し、今後の強化を進めるといい、捜査当局は、容疑者の銃や火薬の製造やその性能をしきりに究明するのに熱心で、挙句の果て、奈良地検は、容疑者の動機には「飛躍」があり、刑事責任能力を調べるために本格的な「精神鑑定」を実施する方針を固めたという(毎日新聞7月17日)。容疑者の動機の解明、政治家と旧統一教会との長期間にわたる密接な関係究明からはますます離れてゆく様相がみえてきた。

 さらに、岸田首相は、早々と全額国費で、秋には、安倍晋三の「国葬」を実施すると表明し、憲法改正を突破しようという魂胆である。コロナ感染が収まらず、物価高騰に歯止めがかからず、経営苦の中小企業、生活苦の非正規雇用の人たち、医療費の負担増額が強いられる高齢者たちは、事件や人の死を利用した税金の無駄遣いを許せるわけがない。

 

 

 

 

 

 

 

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2022年7月 2日 (土)

目取真俊ロングインタビュー「死者は沈黙の彼方に」を聴いた

 初回放送は2021年8月29日だったそうだが、7月2日、NHK沖縄復帰50年シリーズの一環としての再放送だったらしい。マスク越しの目取真の話はやや聞き取りにくいこともあったが、彼の怒りは切々と伝わってきた。NHKの質問者に詰問する場面もあるにはあったが、だいぶ編集されているのではないかとも思われた。
 1960年生まれの彼は、身近な人々が語る戦争体験から想像もつかない凄惨さを知り、多くの人びとが戦争体験を語ることなく、この世を去っていくのを目の当たりにしたという。彼にとって小説とは、彼らの「代弁」というよりは、少しでも「近づく」ことであると力説していたように思う。
 番組での「水滴」などの朗読は、沖縄出身の津嘉山正種によるものだったが、あの思い入れたっぷりの、重々しい演技と声は、私には、むしろ聞き苦しかった。というより、もっと淡々と朗読した方が、聞き手には、届きやすかったのではないか。 
 いや、それ以上に、目取真のインタビューというならば、「こころの時代 宗教・人生」という番組ではなく、行動する小説家に至った過程をもっと丹念に追跡する番組にしてほしかった。辺野古での基地反対活動のさなかに逮捕(2016年)されたことや天皇制と真正面に取り組んだ数少ない小説「平和通りと名付けられた街を歩いて」(1986年)などに触れるべきではなかったのか。「こころ」の問題、宗教?に集約してしまうのが、NHKの限界?だったと済ましてしまってよいのか。
 番組では、去年の6月23日、慰霊の日に「国頭支隊本部壕・野戦病院跡」を訪ね、供え物をしていた場面で、傷ついた兵士たちには手りゅう弾が手渡され、放置されたことが語られていた。彼は、今年も、平和祈念公園の追悼式典には参加せず、本部町の八重岳にある「三中学徒之碑」と「国頭支隊本部壕・野戦病院跡」を訪ねたとブログ「海鳴りの島から」に記されていた。(以下参照)
沖縄戦慰霊の日/本部町八重岳の「三中学徒之碑」と「本部壕・病院壕跡」

https://blog.goo.ne.jp/awamori777/e/aada4eefbafc810d153c75d719f8b102?fm=entry_awp 2022-06-23 23:43:23 

 また、私は一度だけ、数年前に、目取真俊の講演会に出かけたことがある。(以下参照)

目取真俊講演会に出かけました(2018年7月16日)

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2018/07/post-a28a-1.html

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2022年3月17日 (木)

NHKは、余分な解説をするな、事実を正確に伝えよ!

  NHKの7時のニュースに合わせての首相記者会見には、もう、うんざりである。NHKは官邸の広報か、国営放送かと紛うばかりである。会見の内容も相変わらず具体性のないものだし、記者たちの質問もゆるい。そしてそれをスタジオでは、解説という名の後追い、繰り返しでしかない。時間をそのために延長しているにすぎない。
 もちろん、NHKに限るわけではない。民放も含めて、報道番組全体に言えることなのだが、そこに登場するコメンテイターや専門家のコメントほど役に立たないものはない、とつくづく思うようになった。

・予報士の横でごちゃごちゃうざいアナ(勝浦 ナメロー)

「仲畑流万能川柳」(『毎日新聞』2022年2月26日)の入選作である。かねてより、7時のNHKニュースの最後の天気予報を見ていて、予報士が地図を見ながら解説している途中で、左側に立つアナウンサーが、合の手を入れるというか、言わずもがなのセリフを発するのが、まさにうるさく「うざかった」のである。「ふれあいセンター」にも伝えたが、いっこうに改まらなかった。それがなんと、今年の2月からか、そんな場面がぴたりとなくなったので、「晴々とした」?気持ちで予報を聞くことができるようになった。
 ついでながら、女性の予報士が、毎晩、とっかえひっかえの衣装や髪形で登場するのにも、私など不快感を覚えていた。コツコツとハイヒールで天気図のパネルに近づいたり、離れたりするのも気になっていた。そうかと思えば、マタニティ服で登場すること自体には応援したい気持ちなのだが、二度と同じ服は着ませんみたいなコンセプト?のファッションにも違和感があった。気象情報は、まさに淡々と正確な情報をわかりやすく伝えるのが命だろう。余分な情報発信はやめて欲しい。

 事件や情勢が深刻であればあるほど、マス・メディアの発する情報や言葉は重要になって来る。
 そして川柳はむずかしい!!ナメローさんから拝借して。

・現地からの画面にゴチャゴチャうざい“専門家”

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例年より少し遅く咲き出したスイセン、エサ台には、つがいの?ヒヨドリが交代でやってきた。

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2021年10月 1日 (金)

NHK提訴、第1回口頭弁論の傍聴へ。森下経営委員長は出廷せよ!

 9月28日、秋晴れの下、久しぶりの東京、霞が関も久しぶりのことだった。今回のNHK裁判までの経過はなかなか厄介なのだが、朝日デジタルは、その日の夜、つぎのように報じている。

かんぽ報道で会長厳重注意の議事録 開示訴訟でNHK側争う姿勢
宮田裕介2021年9月28日 19時59分)
 かんぽ生命保険の不正販売を報じた番組を巡り、NHKの経営委員会が2018年、当時の上田良一会長を厳重注意した問題で、市民ら約100人がNHKと森下俊三・現経営委員長を相手取り、厳重注意の経緯がわかる経営委の議事録の全面開示などを求めて提訴した訴訟の第1回口頭弁論が28日、東京地裁であった。NHKと森下氏は請求の棄却を求め、争う姿勢を示した。原告側は議事録などの開示を4月に求めたのに、応じていないのは違法だとして、6月に提訴していた。・・・

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東京地裁に入る原告団(筆者撮影)

 原告の私たちが求めているのは、日本放送協会NHKに対しては経営委員会の議事録の全面開示と森下経営委員長には、放送法に規定のある経営委員会議事録を遅滞なく開示する義務を怠ったことによる損害賠償請求であった。100人を超える原告団の一人として、提訴に至るまで、NHK視聴者団体の一つで少しばかり手伝いをしてきた者として、やはり傍聴しておきたかった。定員98人の大きな法廷ながら、コロナ感染対策のため、今回の傍聴席はその約半分、抽選で入れなかった方もいらした。私たち原告のあらかじめ申請した13人は黄色い傍聴券を渡され、その席は、片側に特定され、何回も人数を確認された。

 裁判までの経過をたどると・・・2018年4月24日、NHKは「クローズアップ現代+」で、日本郵政のかんぽ不正販売問題を報道した。その後、日本郵政グループからの抗議を取り次いだNHK経営委員会から上田NHK会長は「厳重注意」を受けていた。同年8月10日に放送予定だった「クローズアップ現代+」の続編は、郵政との関係が深い森下俊三経営委員長代行ほか多くの経営委員から、その内容にまでクレームがつき、放送は延期になっていた。これらの経過を、2019年9月26日、毎日新聞がスクープし、10月には、野党のヒアリングで森下委員長代行は、上田会長への厳重注意をした時の議事録は作っていないと発言。2019年12月には、森下委員長代行は委員長に選出された。その後、毎日新聞が件の経営委員会議事録の全面開示を求めたところNHKは拒否したとの報道がなされたのは毎日新聞2020年2月27日だった。

 2020年3月6日、市民グループが議事録の全面開示と森下委員長の辞任を求める要望書を提出、辞任署名を提出したところ、NHK内部に設置されている情報公開審議会から、開示せよとの答申が二度出されたにもかかわらず、全面開示に至らなかったのである。
 この間、市民グループは、森下委員長の罷免を求める国会請願、森下委員長の再任反対署名などを実施、2021年6月14日、上記提訴に踏み切ると、NHKはあわてて?議事録開示と称して原告らに提示されたものは、不備の多い正式なものではなかったのである。
 かくて、9月28日第1回口頭弁論に至ったわけである。原告側は、市民グループで運動を続けてきた二人と元NHKプロデューサーの三人の原告と主任弁護人の意見陳述がなされたが、NHK側は、弁護士や関係職員が出廷しながら、一言の意見陳述もなされなかったし、森下経営委員長とその代理人弁護士も出廷していなかった。

 これは一体どういうことなのだろう。森下経営委員長は原告側の主張を認め、争うつもりがないのか。そうでないとしたら、この提訴を軽視しているからなのか。森下経営委員長の陳述を聞かねばならない。
 「クローズアップ現代+」の続編の放送延期の間、かんぽ生命保険不正販売の続行によって、多くの被害者が出すに至ったことへの責任も大きい。何よりも放送の自由と表現の自由にかかる重大な裁判であることは間違いなく、私も生まれて初めて「原告」を体験することになった次第である。
 裁判後の司法クラブでの記者会見、その後の報告会の模様は、以下のユープランさんのフルバージョンの録画で見ることができる。陳述などの資料も添付されている。

https://www.youtube.com/watch?v=XSl5OmhEQ20

 

 

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2020年10月19日 (月)

「エール」で「NHKはウソをつきません」というセリフがありましたが ~「NHK森下経営委員長の義務違反の究明を求める」請願書を国会に提出へ

 朝ドラ「エール」は急展開の上、先週、敗戦後になりました。10月16日放送で「鐘の鳴る丘」の作者、菊田一夫と思われる人物とNHK職員との会話で、職員が「NHKですからウソをつきません」とのセリフが飛び出した。これって、その演出も、まさしく自虐ネタと思われるフシがあった。スポニチもウェブで流していたが。というのも・・・。   

 放送法では、個別の番組には介入してはいけないはずのNHK経営委員会が、かんぽ生命保険の不正販売を報じた番組に対して、当時の上田NHK会長に「厳重注意」をしたこと、その経緯を示す経営委員会の議事録を公開しないことについて、多くの視聴者やメディアから批判されているにも関わらず、頬かむりのまま動かない。

 表題のような「請願書」を国会に提出するのを期して、以下のような集会が開かれます。この時期に、一見、地味に見える請願であり、集会でありますが、表現の自由を侵す重大な問題なので、国会でも十分究明して欲しいということで、衆参両院に請願書を提出することになったそうです。全国で40名近い世話人の努力で請願者は2200人を超えています。私も請願者の一人に加わりました。

       ***************

       請願書提出にあたっての院内集会 

日 時:  2020年10月26日(月) 16時~17時30分(予定)
会 場:  衆議院第二議員会館 多目的会議室(1階) 

世話人会からの出席者:
岩崎貞明(「放送レポート」編集長) 
小田桐 誠(ジャーナリスト/大学講師)
小玉美意子(武蔵大学名誉教授) 
杉浦ひとみ(弁護士)
楚山大和(「日本の政治を監視する上尾市民の会」代表)

醍醐 聰(「NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」共同代表)
長井 暁(NHK・OB/大学教員)
日巻直映(「郵政産業労働者ユニオン」中央執行委員長)|

 ご出席の衆参両院の紹介議員へ請願書を提出します。なお集会参加者は、ご自身の体調管理とマスク着用などの対策をお願いいたします。 

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2020年10月14日 (水)

朝ドラ「エール」は、戦時下の古関裕而をどう描いているか

  9月末の週から「エール」は戦時下に入った。これまでのドラマの進行は、古関裕而の自伝『鐘よ鳴り響け』とも、いくつかに評伝とも、かけ離れていって、古関作曲の歌と周辺の都合のよい事実をつなぎ合わせたフィクションであることは、本ブログ記事でも、『現代短歌』の拙稿でも述べているが、戦時下に入ってからは、その度合いが一層色濃くなっている。この間、朝ドラを欠かさず見てるわけではなかったが、昼の再放送、土曜日のまとめ、NHK+などを利用して、なるべく見るようにはしていた。9月半ばの、放送再開前後の、8時半からの「あさイチ」での番組宣伝が半端ではなかった。ドラマに登場のタレントを連日ゲストとして出演させていたし、「歴史ヒストリア」などでも取り上げるという熱心さであった。

 肝心のドラマでの古関裕而(古山裕一)が、あのように立て続けに、戦時歌謡、軍歌を作曲し続けていたことだけは、隠しようもない事実なので、NHKは、そして脚本家たちは、必死になって周辺人物を作り出し、彼らに、戦争への疑問、統制・弾圧の強化、戦局の厳しさ、生活の不自由さを語らせている。今週は、従軍先の、さらにインパール作戦の前線での小学校の恩師との再会と戦死という展開を見せる。現実の古関は、ラングーンに留まり、危険な戦場には赴いていない。恩師や自分の歌をさっきまで歌っていた兵士たちが斃れていくのを目前にした古山は、恐怖と驚愕で、何かを叫んでいる?のが、10月14日のラストであった。だが、恩師との再会も戦死も事実ではない。古関裕而の妻の実家は、10人近くものきょうだいがいたが、ドラマでは、作家となる妹と軍人の妻になる姉の三姉妹という設定で、母親とともにクリスチャンということで、常に特高に監視されたり、妹の夫の家業の馬具づくり職人も入信し、馬具が軍隊に納められて、戦争に役立っていることへの疑問を語り、古山(古関)に「戦意高揚の歌は作らないで下さい」と願う場面を作ったり、商魂たくましいレコード会社や映画会社のプロデューサーは、コメディタッチで描かれたりするなかで、「国のために、戦っている兵士のために」作曲するという信念は動かない・・・。妻も、音楽教室から音楽挺身隊への転換を見せながらは、普通の家庭の主婦らしさが強調され、こんなブラウス、こんな割烹着、代用食・・・みたいな時代考証がなされているが、資料には妻・実家サイドの動向があまり見えないなか、盛りに盛ったストーリーに仕立てているように思えた。

 ドラマの古山の活躍は、さらに拡大する戦争末期に入ろうとしているが、どんな展開になるのだろうか。

 そんな折、「NHKとメディアを考える会(兵庫)」のニュース54号(2020年10月)が届いた。今号は、「ヤジと民主主義~小さな自由が排除された先に~」(北海放送制作 2020年4月26日放送)がギャラクシ賞報道活動部門優秀賞、日本ジャーナリスト賞の受賞を記念しての、24頁に及ぶ再録特集であった。連れ合いに送られてくる、この兵庫の会の会報とその活動ぶりには目を見張るものがあって、感心していたのだった。その会員のどなたかの目に留まったのか、先の本ブログ記事で紹介した拙稿「古関裕而はだれにエールを送ったのか」(『現代短歌』2020年11月号)の要約版を会報に載せたいとの依頼があったのだ。 
 表を含めて3頁をとってくださったのである。以下要約版ではあるが、ぜひ読んでいただきたく、ここにPDF版を掲載した。この作業の中で、雑誌での私の校正ミスをただすことができた。『現代短歌』の「古関裕而作曲の戦時歌謡の主な公募歌・委嘱歌一覧」89頁、「防空青年の歌」の作詞者は「柴野為亥知」であった。お詫びして訂正したい。

ダウンロード - e585b5e5baabe381aee4bc9ae3838be383a5e383bce382b9no54ke7a2bae5ae9ae78988e58fa4e996a2e8a395e8808c.pdf

下記の画像を拡大するか、上記のPDF版をご覧ください。

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2020年7月29日 (水)

古関裕而をめぐる動きから目を離せない(2)

 さまざまなエピソードで盛り上げるのは

 朝ドラ「エール」がきっかけになって、古関出身の福島市、福島県では、「古関裕而記念館」や地元の新聞や放送局、観光協会などが、「郷土の偉人」をめぐる情報やイベントを盛り上げている。先の「あなたが選ぶ古関メロデイー」の企画もそうであったが、つぎのような記事もあった。 

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「東京新聞」2020年1月23日

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『毎日新聞』2020年5月28日

 また、「中国新聞」では、つぎのような長い記事がネットで見られる。広島への原爆投下の一年後に古関はつぎのような歌詞での作曲を依頼されていたことがわかり、どこにも音源は残っておらず、古関裕而記念館でも把握していない作品であったという。
 1946年、原爆投下一周年という時期に「中国新聞」が「歌謡ひろしま」を公募して、その当選作を古関裕而が作曲している。「中国新聞」デジタルでは次のように伝えていた。

「原爆投下の翌年、広島の復興を願う歌が生まれた。「歌謡ひろしま」。被爆から1年の事業として中国新聞社が歌詞を公募した。曲を付けたのが古関である。「声も高らに 歌謡ひろしま」「古関氏鏤骨(るこつ)のメロデー完成」。そんな見出しとともに、歌は1946年8月9日付の朝刊で発表された。記事には古関のコメントも載る。「作曲にも苦心して何処でも誰にでもうたへるやうにした」。力の入れようが分かる。」

古関裕而を探して 戦没者への鎮魂の「鐘」
(2020年1月3日)
https://www.chugoku-np.co.jp/culture/article/article.php?comment_id=615326&comment_sub_id=0&category_id=1163

  つぎの公募歌発表当時の新聞記事1946年8月9日の写真によれば、五番までの歌詞と楽譜がっ掲載されているが、著作権法に触れるかもしれないので、ここでは、一~三番を再録する。作詩の入選者山本紀代子は、長男を原爆で亡くした歌人と報じられているが、調べてみると、当時の中国新聞社員で歌誌「真樹」を主宰していた歌人山本康夫の妻であることも分かって、私は少々驚いた。五番まである歌詞は、作曲者古関の「談」では「品があって、むづかしくなく、だれにでも歌える立派な」と評されていたが、その歌詞の内容の「軽さ」に、私はいささか違和感を覚えたのである。当時の市民たちの暮らしや気持ちからはかけ離れているようにも思えた。やがて、市民からも忘れ去られていったのではないか。それにしても、古関の変わり身の早さというか、「いつでも、どこでも、誰にでも」エールを贈っていることについての自覚があったのだろうかと。「歌謡ひろしま」(山本紀代子作)には、「誰がつけたかあの日から/原子砂漠のまちの名も/いまは涙の語り草」とか、「七つ流れの川も澄む/平和うつして川も澄む」などの文言が見える。

 以上のように、あちこちでの新聞記事やNHKの番組宣伝によっても量産・拡散される古関情報がもたらすものは何なのか。きっと、あの「戦時歌謡」も、さまざまなエピソードが付されて、「国民的な、天才作曲家」像が作られてゆくのだろう。 

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『赤旗』は、朝ドラ「エール」への応援が半端ではなく、<今週の「エール」>みたいな紹介もある。NHKにも”いい番組”がある、とのスタンスを崩さない。その報道の政府広報ぶりを改めさせなければ、受信料をとっての公共放送ではありえないのではないか

************   ようやく図書館から借り出せた、戸ノ下達也『音楽を動員せよ 統制と娯楽の十五年戦争』(青弓社 2008年2月)を何とか読み終えた。もっと早くに読むべき本だったと痛感しながら多くを教えられた。いまは『第三帝国の音楽』(エリック・リーヴィー著 望田幸男ほか訳 名古屋大学出版会 2000年12月)という翻訳書を読み始めている。私には、カタカナの人名や地名、曲名などが錯綜し、なかなか進まない。著者は序文で、ナチス時代の音楽活動に関する研究が進まない要因として、学術的資料が乏しいことと20世紀のドイツ音楽界の指導層の一貫性をあげている。つまり、ナチスの反ユダヤ主義政策は、たしかに影響力のある人たちを追い立てたが、「大多数の音楽家たちはナチスのもとにとどまることを選択し」、成功を収めた。そして、彼らの多くは、「戦後ドイツにおいても影響力の地位を保持したので、彼らとナチ体制との個別的関係を立ち入って調査することを妨げるのに多大の努力を払ったのである」と述べていたのである。ナチスの戦争犯罪に時効はないと、現在でも追及し続ける、あのドイツにおいてさえも、の思いしきりなのである。一体どういうことなのか、読み進めねばならない。

 

 

 

 

 

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古関裕而をめぐる動きから目を離せない(1)

                                      

なぜ古関裕而なのか

 私は、学生時代から短歌を作っていたが、30代になって、戦時下の歌人たちが発表した短歌や動向に触れることがあって、時代の大きなうねりに呑み込まれ、大政翼賛的な短歌や評論が横行していたことを知った。また、そうした歌人たちの、敗戦後の「平和な」「自由な」時代においても変わらず活動も続けていたと知ることになった。そして、現代の歌人たちが、その先人たちの作品や評論をたどるとき、戦時下の作品や活動には目をつむるようにして、それを語ることをタブー視するのが大方の流儀となった。そればかりか、その歌人の戦時下の作品や活動について、言論が不自由な時代に、時代と真摯に向き合い、国や天皇に報いたとて、批難されるべきものではなく、困難な時代の営為を評価するという流れさえ生まれてきた。いまさら、戦争責任を云々するのは、時代遅れの、野暮なことでもあるかのような風潮もある。ましてや、短歌と天皇制との関係に触れようとすると、ここまで国民の間に定着してきた象徴天皇制に言及することも、同様に忌避されるようになった。

 最近の投書から

 そうした「歌壇」の動向と今回の古関裕而をモデルとするNHKの朝ドラ「エール」をめぐるさまざまな言動とが重なって見えるのだった。たまたま、目に留まった投書があった。
 朝ドラ「エール」が3月末に始まるが、その1月に、古関の出身地の地元紙「福島民報」社が主催し、レコード会社などが共催する古関裕而生誕110周年記念「あなたが選ぶ古関メロディーベスト30」の企画が東京新聞にも発表された。その東京新聞の投書「古関氏の多面性伝えて」(「ミラー」欄、59歳男性、2020年1月22日)は、以下のように訴えていた。東京新聞の記事は古関の応援歌や戦後の歌謡曲ばかりを代表作として紹介していたが、彼は軍歌を量産し、国家総動員体制を支える積極的な役割を果たした人であることに一切触れていなかったことには違和感を覚えた。各時代において音楽が果たした役割や人間性の多面性についても伝えてほしいというものだった。
 また、最近では、朝日新聞「声」欄の「平和のバトン」企画として、古関の歌にまつわる三人の投書が並んで掲載されていた(2020年7月25日)。まず、「若鷲の歌(予科練の歌)」にまつわる「元予科練生 古関作品に万感」(91歳男性)、「「若鷲の歌」あこがれと現実」(90歳男性)の二つで、前の方は1944年夏中学三年生のときに「海軍甲種飛行予科練習生」を志願、「敗戦後、(生き残った)予科練生のたどった道は複雑であった。背後の数多の先輩の死を背負って生きていった。古関先生も同様であったろう」とし、両者の思いを一つにまとめて、鎮魂の交響曲「予科練」を創ったらどうか、というものであった。後の方は、「七つボタン」にあこがれて、「東京陸軍少年飛行兵学校」での訓練の現実は厳しいものだったことを語った。卒寿を迎えた二人の「少国民」の声を真摯に受け止めたいと思う一方、バトンを受け取った者たちは、「鎮魂」という形とは別に、あの戦争が、負け戦が、かくも長く続いたのかの史実を掘り起こし、検証することが大事ではないかと思った。まだやり尽くしてないことがたくさんあるように思う。

 私は、数年前、友人たちと茨城県阿見町にある「予科練平和祈念館」の見学に出かけたことがある。霞ケ浦海軍航空隊におかれた海軍飛行予科の練習生、予科練の少年たちの生活や心情に迫る展示が印象的ではあったが、特攻隊として死に直面する極限状況におかれた若者たちをノスタルジックに、情緒的なスタンスで展示されてはいないかが不安になった。1944年6月から数週間、少年たちと生活を共にしながら写真を撮り続けた、あの土門拳の大量の作品の行方が知れず、自ら処分したのではないかとも聞かされた。展示されているのは、たまたま病床あった練習生に届けられた写真42枚が空襲にも遭わず残されたものであることが分かったのである。

<参照記事>
雨の霞ケ浦~吉崎美術館の高塚一成個展と予科練平和記念館と(2)
(2015年10月15日
http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2015/10/post-3abf.html

 もう一つの投書というのは「『長崎の鐘』に永井博士を思う」(77歳男性)と題するものであった。投書者は、永井隆と同郷で「長崎の鐘」は「被爆者治療に身を捧げた永井博士の生涯をたたえた曲」で、時代を超えて引き継がれている「長崎の鐘」を聞くと胸がいっぱいになり、朝ドラ「エール」でその曲が流れるのを心待ちにしているという主旨であった。

サトウハチロー作詩、古関の作曲になる「長崎の鐘」については、最近の私のブログでも書いた通り、この歌の背景には、かなり深刻な問題が潜んでいることを忘れてはならないと思う。

<参照記事>
「鐘の鳴る丘」世代が古関裕而をたどってみると~朝ドラ「エール」は戦時歌謡をどう描くのか(3)
(2020年5月31日)
http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2020/05/post-48157e.html

 「長崎の鐘」の歌詞は、長崎原爆投下の犠牲者にささげた鎮魂の歌とされているが、モデルとなった永井隆の『長崎の鐘』(1941年1月)は、GHQの検閲下、半分近くの頁を日本軍のマニラにおけるキリスト教徒虐殺の記録「マニラの悲劇」の記事に割く本として出版された。この著書はじめ、永井は「浦上への原爆投下による死者は神の祭壇に供えられた犠牲で、生き残った被爆者は苦しみを与えてくださったことに感謝しなければならない」と繰り返し、原爆投下の責任を一切問うことをしていない。そして、これらの言説が、長崎のカソリック信者たちを、長い間、呪縛し続けたという。

 私自身は、信ずる神を持たないが、カソリックで、教会内部でのパワハラなどとも戦っている、若い時の歌友からは「浦上への原爆投下は『神の摂理』であり、死者は祭壇に供えられた犠牲であり、生き残った者には愛するゆえに苦しみを与えてくださったことに感謝しなければという考えは、カトリック教会の中ではいまでも罷り通っています。私自身、引き続く天災地変やウイルス禍を『神の怒り』と捉えたこともあります。そう捉えるのが簡単だからでしょうか。これまた反省してやみません」との感想もいただいたところである。

<参照記事>
長崎の原爆投下の責任について<神の懲罰>か<神の摂理>を考える
(2013年5月30日)
http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2013/05/post-15f2.html

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2020年6月26日 (金)

びっくり仰天、ここまでやるか、NHK「エール」の番宣!

 古関裕而がモデルという、朝ドラ「エール」の“喜劇的”な展開には、驚いている。自伝や評伝ともかなり異なるストーリーになっているのは確かである。私の漫画歴は、「サザエさん」どまり、近くでは、雁屋さんの「美味しんぼ」や天皇制をテーマにした劇画を少しばかりかじった程度なので、最近の状況はわからない。「漫画的」といっては叱られるかもしれないが、幽霊が出没したり、役者が気の毒なるような誇張した振付けだったりで、もううんざりしているさなかだった。理由の詳細は知らないが、最初の脚本家が降板したのもわかるような気がする。

 その上、さらに驚いたというのは、「エール」の短い番組宣伝のスポット番組に登場した丸山明宏篇(現在は美輪明宏と改名しているらしい)と、かのデヴィ夫人篇だった。他にもあるのかもしれないが、とりあえず、私が6月21日、22日に見た二つの番組を紹介しよう。

 一つは、「長崎の鐘」の紹介で、あのキンキラキンの衣装で、自らの被爆体験と永井隆体験を通じて、丸山は、鎮魂の歌、平和を願う歌として高く評価した。歌「長崎の鐘」の成り立ちと永井隆については、当ブログでも、すでに触れたように、永井隆のエッセイが世に出た経緯やアメリカ、GHQの原爆投下、被爆状況の実態の隠ぺい対策を語らずに、永井隆にまつわる「悲しい美談」の増幅、サトウハチローの情緒的な歌詞に支えられた古関メロディーであったことを忘れてはならない。丸山の胸には、十字架のペンダントが光っていたが、永井の言葉に苦しみ続けた信者たちは、どう思うだろう。

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一つは、「愛国の花」の紹介で、どういうわけか、部屋いっぱいの胡蝶蘭の鉢を背に、現れたのがデヴィ夫人だった。インドネシアの大統領スカルノの第三夫人だったというタレントであることは知っているが、スカルノが愛したという「愛国の花」のインドネシア語訳を歌って見せた。インドネシアと日本との親交の証だという。「日本の国の花、さくら、インドネシアにはジャスミンという国の花があり、同じように花を愛でる気持ちでアジアは一つになる」という解説もする。

愛国の花 (1938年 福田正夫)

真白き富士の けだかさを/こころの強い 楯(たて)として
御国(みくに)につくす 女(おみな)等(ら)は/輝く御代の やま桜
地に咲き匂う 国の花  

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   そもそも「愛国の花」は上記に見るように、国のため、天皇のために尽くす銃後の女性たちを「花」にたとえた歌である。そして、1942年3月、日本軍がオランダ植民地だったインドネシアに侵攻、日本軍政下においては、オランダ語使用の禁止、インドネシア語を公用語としながら、日本語教育の一環として国民学校から大学では教科として、社会人には職場での実用日本語教育に力を入れた。その教育の手段の一つが日本の歌―童謡や戦時歌謡、軍歌であったのである。インドネシアの独立運動やナショナリズムの気運を利用する形で、指導者のスカルノらを取り込んだが、連合軍と闘う中で、多くの強制労働者ロームシャや犠牲者を出すことになる。このような背景を無視して、「愛国の花」にまつわる、日本とインドネシアのエピソードとして語らせる歴史認識は、戦時下のNHKと変わっていないのではないか。なお、知人からの情報によると、敗戦直後にスタートしたNHKの「婦人の時間」のテーマ曲が「愛国の花」のメロディだったそうである。

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  なお、この「愛国の花」は、現在でも、自衛隊のイベントや音楽祭、地域でのさまざまなイベントにおいて、陸海空の中央音楽隊はじめ、各地域での音楽隊による演奏が行われ、三宅由佳莉三等海曹、中川麻梨子海士長らによる歌唱が通常に行われているのが、you tube などで聞くことができる。イベントの司会者などからは、往年のヒット曲で、「現在も東南アジアの各地で愛唱されています」との紹介があるのみで、上記のような背景は語られることはない。

   ということは、戦時下の軍国主義や天皇制について、なんのわだかまりもなく、現在も歌い継いでいる、歌い継がせようとするメディアや自衛隊、それに異議を申し立てることもない人々、日本は変わってないのだな、だから、こんな体たらくの政権が倒れることもなく続いているのだとつくづく思う。

 

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