2019年8月20日 (火)

8月20日の朝刊一面は「昭和天皇の“反省”“肉声”報道」が氾濫した~「NHKスッペシャル・昭和天皇は何を語ったのか」の拡散、これでいいのか  

 

 一昨日818日の当ブログ記事では、NHKへのもろもろの不満の中で、817日放送のNHKスペシャル「昭和天皇は何を語ったのか~初公開・秘録『拝謁記』」について書いた。この数日、NHKニュースは、「NHKスペシャル」などの特別番組と共に「昭和天皇賛美」キャンペーンが半端でない。改元初の八月を期して「ここまでやるか」の印象で、先々の報道の偏向、国策報道への暴走がすでに始まったのではないか、の思いがする。

 

 今朝8月20日の朝刊は、NHKが「独自に入手した」田島道治の「昭和天皇拝謁記」の一部がメディアに公開されたのを受けて、わが家購読の三紙と毎日8月19日夕刊・20日朝刊、朝日20日朝刊、東京20日朝刊で、読売、日経はどうであったろうか。今朝のテレビといえば、「あおり運転」の容疑者宮崎某の学歴や職歴をはじめ小中学校からの友人知人、これまでの事件の実写や関係者の証言が盛られた。  

 

Kimg0080

   昭和天皇の「おことば」に「反省」の文字を入れることを吉田茂首相に拒まれたという個所に焦点があてられる。一方、「象徴」の在り方を模索したといいながら、かなり早い時期から「憲法改正をして、再軍備をしなければ」などの政治的な発言を政府に伝えようとしたことを田島に止められていたことにも触れる。「内奏」という形での情報収集や政府への介入を試みていたことは、ほかの資料でも明らかである。

 これらの発言、田島との密室でのやり取りが、検証もなく、即「肉声」として取り上げられること自体、そしてそれがたとえ事実だとしても、発言の時代的推移における矛盾については、検証されないままである。そして、「先の戦争への反省」「平和への思い」が「平成」を経て現在の天皇に受け継がれているという「定説」は、むしろ覆されたのではないか。そして、天皇の「先の戦争への反省」「平和への思い」を過大評価することによって天皇賛美への道を確固とすることは、結局、誰を利するのか、国民は冷静に考える時期に直面している。私たちは、政府の、メディアの情報への、そして同調圧力へのリテラシーこそが問われているのではないか。

 

 

| | コメント (0)

2019年8月18日 (日)

NHKの良心的な番組って、何ですか~”NHKが独自に入手した資料が明かす・・・”ドキュメンタリーの虚実

 

 ほんとうに、近頃は、NHKと民放のテレビ番組の区別がつきにくい。チャンネルを回して、数秒間見ている限りでは、民放のコマーシャルも入らないのでわからない。なんかどこかで見たことがある芸人たちが並んで、まん中にまたどこかで見たことのあるタレントが仕切っているような・・・。アナウンサーらしき人が真ん中にいても、あとの二人はタレントであったり、タレントを助けるアナウンサーの役だったりする場合もある。こんな番組、どこかの民放で見たことあると思ったらNHKだったということもしばしば。NHKは潤沢な予算と人員を擁しながら、恥も外聞もなく民放の番組をパクったり、民放で売れ始めたタレントを横取りしたりする。

 N国の出現に危機を感じたNHKが頼み込んだのか、政府が、NHKに恩を売ったのか。中谷一馬衆院議員(立憲)の質問への答弁書という形で、8月15日の閣議で、「受信契約が成立した段階で、受信料の支払い義務が生じる」などという閣議決定をした。受信料の支払い義務は、放送法上の根拠がない。これまでも「義務化」の立法を画策しているが、法律は成立していないことからしても、「受信料支払い義務」はあり得ない。そこのところを質問した議員もわかっていないし、応える閣僚たちの立法府・議会軽視も甚だしい。支払わない人対策はNHKに投げるほかない。スクランブル化についてはNHKの公共放送の性格からして、やるべきではない、とも。現在のNHK報道番組は、政府広報に堕していると言ってもよい。これまでも、番組編集や人事に政府の介入や圧力があった、NHKサイドから政府に忖度をしたという「事案」は数知れない。

  そんな中で、毎年八月になると、NHKスペシャルは、NHKが独自の資料を入手したとして、ブックトラックで恭しく運ばれた資料を、ときには手袋などして、番組担当者や研究者が、重々しく頁をめくる映像が流される。「これぞ超一級資料新発見!」として、既視感たっぷりに番組は始まる。資料と証言で編集されるものと思えば、物々しい再現映像がこれでもこれでもかと挿入されるのも、いつものパターンである。

 今年は、二つの番組を見た。

①NHKスペシャル「全貌 二・二六事件~最高機密文書で迫る~」(2019年8月15日、総合午後7時30分~(73分)再放送:2019年8月18日、午前0時35分

  これまでも謎が多い二・二六事件で、出てくる資料は陸軍側のものが多かったが、今回、海軍側の「最高機密文書」をNHKが入手したという。やはり、画面に大写しされたのは、「極秘」の印が押された赤表紙の資料で、二・二六事件発生後、リアルタイムで刻々集まってくる情報が記録されていた文書であった。1945年9月2日ミズリー号船上での降伏文書調印式に海軍側の随員として参加していた富岡定俊少将のもとにあった資料だったらしい。その辺のことは詳しく説明がないまま、番組は進む。調べてみると、富岡は、戦後、旧海軍大学校のもとに設けられた「史料調査会」に席を置き、戦史の研究にたずさわっている。ということは、もちろん資料は個人のものではない。本来ならば、防衛省防衛研究所戦史研究センターに保管されるべき資料ではないか。資料の公開が待たれる。

  陸軍側の皇道派の蹶起部隊の将校や幹部の意見の食い違いや変化を追うとともに、海軍側に集まる情報と対策が克明に記されている資料による事態を明らかにしてゆく。反乱軍として鎮圧し、事態の収拾を図りたい天皇と海軍との連携が浮き彫りになる。海軍と陸軍の対立の構図がここでも強調されていた。しかも、海軍側の資料によれば、すでに事件の1週間前の2月19日には、蹶起が近く、そのリーダーの将校の名前など具体的に記録されていたことがわかる。ということは、海軍側は、事件発生は予想できたにもかかわらず、放置、傍観していたことになる。というよりは、海軍による鎮圧まで計画していたというから、いずれにしても、1936年以降、この事件を利用して、軍部、天皇による軍国化・天皇神格化が一挙に進んだことになる

Img_01226 2b1dfd94bc8c485ba9765b454d08c29be1565257

 

 相変わらずのドラマ仕立てで、蹶起部隊と陸軍幹部、陸軍と海軍、天皇との「攻防」の苦悩や緊張感のみが高められる形で進めようとする番組という印象が免れず、この時代の軍部や天皇の核心に迫る姿勢が感じられなかった。

 

②NHKスペシャル「昭和天皇は何を語ったのか~初公開・秘録『拝謁記』」(総合2019年8月17日午後9時~(59分)再放送

 17日当日の「ニュース7」のトップが、なんと「昭和天皇 拝謁記<象徴天皇>初期の模索明らかに」というこの番組の宣伝を長々と放映していた。16日前日の「ニュース7」でも、「昭和天皇『拝謁記』入手 語れなかった戦争への悔恨」として、この番組の宣伝がかなりの時間放映された。ほかにも伝えるニュースはあったはずである。この連日のキャンペーンには、どこか不穏な臭いもする。ただの「八月ジャーナリズム」に終わらないような気もする。

Photo_20190831221801

敗戦後の宮内府長官田島道治の昭和天皇「拝謁記」が、遺族から提供されて、初めて公開されたのだという。田島が、天皇とGHQ・マッカーサー・首相らと間の仲介役であったことは知ってはいたが、「拝謁記」があることは知らなかった。にわか勉強と原武史のツイートなどにより、以下のことを知ったのである。

原は、8月16日のツイートで以下のように綴る。
「またNHKが「独自」と称して宮内庁長官田島道治が昭和天皇の肉声をメモしていていた膨大なメモが見つかったとするニュースを長々と流していたが、今日のニュースを見る限り、加藤恭子『昭和天皇と田島道治と吉田茂』(人文書院、2006年)ですでに明かされたこと以上の発見はほとんどなかった。」

また18日には、以下のようにもツイートしていた。
「学者の世界では、先行研究ですでに明らかにされていることをきちんと踏まえた上で、新たな史料によってわかった知見は何なのか、その範囲をくっきりと浮かび上がらせることが求められる。連日のNHKのキャンペーンは、このルールを全く無視しているようにしか見えない。」 

  私などが、ぼんやりと感じていたことを、原は、研究者として的確に言いおおせていたと思う。私は、加藤恭子の『昭和天皇と田島道治と吉田茂』は未見であるが、ネットで以下のような資料に出遭った。加藤恭子のある研究会での報告であるが、彼女は、田島道治の上記伝記執筆を依頼されて、遺族とともに大量の文書と日記を苦労しながら解読作業をしていることが分かる。その成果が、前掲書にも記されているのだろう。「拝謁記」と名付けられての執筆記録なのか、日記に拝謁記録が混じっているのかが不明で、加藤が読んだものとの関係も一切触れていない。加藤の「報告」で1952年5月3日の「独立式典」でのスピーチ草稿の経緯は、はっきりしていた。だから、<初公開>とか<秘録>と言えるのかとも思う。NHKの番組のために編成された?解読研究プロジェクトのチーフでもある古川隆久も、自著『昭和天皇』(中央公論社 2011年)で、加藤の資料は「田島日記」として引用している。<第一級>の<新資料><独自資料>を裏付けようとするために、研究者の言を拾うのはNHKの得意とするところでもある。原のツイートでの怒りがわかるような気がした。

*加藤恭子研究会報告(2003年)file:///C:/Users/Owner/AppData/Local/Microsoft/Windows/INetCache/IE/XLUAEPA6/50kato_k.pdf

 ところで、番組が伝える中身なのだが、「拝謁」部分の会話は、あくまでも密室でのやり取りであって、その信ぴょう性にも言及する必要があるのではないか。そこを素通りして、天皇と田島のやり取りが、俳優二人によって「信頼厚く、誠実で」あり続ける演技が展開されるのである。昭和天皇を演じた俳優には気の毒だが、「人柄を滲みださせようとする演出」は、過剰にも思われ、無理がある。

  昭和天皇が過去の戦争への「反省」にこだわるのは、当然のことではあり、その上、多くの国民を他国の人々を犠牲にしたという自覚があったからだと思うが、吉田茂首相によっての削除を結果的に認めてしまうほどの「反省」ではなかったか。すでに「下剋上」の世界では自分の意見を言えなかったといった主旨の言い訳は、「反省」や「悔恨」とは真逆の認識ともいえよう。東京裁判終結後も「退位」云々に触れ、「退位した方が気が楽」とも語ったとされているが、むしろ、東京裁判後の「安心感」からでた「愚痴」の域を出なかったのではないか。

その後の「沖縄メッセージ」隠蔽工作、戦争責任「ことばのアヤ」発言などとの整合性などを思えば、「発言」や「言葉」の軽々しさはぬぐいようもない。

現代においても、天皇の「おことば」の一語一語の過大評価が横行しているが、意味がないばかりか、評者自身の自立性すら疑いたくなるほどである。

文句ばかり言うのなら、見なければよいのだが、やはり「短歌と天皇制」について、考え続けている身としては、はずすわわけにはいかなかったのである。

 

| | コメント (0)

2018年12月 7日 (金)

<NHKを辞め記者の道を貫く>相澤さんの講演会へ

相澤冬樹さんの講演会<NHKを辞め記者の道を貫く~森友事件の本質と移籍への思い> (1125130分~/京都教育文化センター/NHK・メデイアを考える京都の会主催)

  

 11月下旬の京都行きの目的の一つは、上記の講演会に出かけるためでもあった。講演会は、ほぼ三部に分かれていた。 

➀ 講演は、まず、相澤さん(1962年生)のNHKでの記者としての31年間を振り返る形で、記者として守ってきたポイントを語った。初任地の山口で、吉田松陰に傾倒し、みずからを真正右翼と称し、取材には思想信条・主義主張が重要ではなく、取材先には、誠意と信念を持って語ること、相手が伝えて欲しいことを必ず伝え、こちらの伝えたいことも聞きだすことに尽きるという。 

② つぎに、森友問題の本質について、森友学園の事件ではなく、国(財務省)と大阪府(私学課)の事件であること。財政的基盤も、教員の確保も不確実な森友学園に小学校の設置がなぜ認可されたのかがまず問題であること、さらに、小学校用地となった国有地は、豊中市の防災公園、大阪音楽大学が購入を希望したときは、財務省側が高値を譲らず折り合いがつかなかった物件だったが、森友学園が小学校用地として望んだとたん、国有地としては異例の貸付契約を可としたこと、であるという。さらに、売買を希望すればと、財務省側が、森友が出せる金額の上限を尋ね、それ以下の価格と分割払いを自ら提案した事実は、音声データなどですでに検証されているが、なぜ、役人がそこまで加担したのか、その解明の必要を強調した。 

③ 最後に、NHKをなぜ辞めたかについては、考査部門への異動が決まり、記者の仕事を続けられなかったからという。しかし、NHKに対しては31年間育ててもらったこと、日本一厳しい水準で取材・報道をしてきたという自負がもてたこと、NHKを愛する一人として、最近の報道には思うことがある、とも語った。現在は大阪日日新聞の記者となり、論説委員をしながら、執筆や講演活動を続け、12月には新著『安倍官邸vsNHK 森友事件をスクープした私が辞めた理由』(文芸春秋刊)を出版するという。

 

講演後、1時間30分の質問討論の時間が確保されていた。こうした講演会ではよく時間切れで、質問が打ち切られることが多いので、よかったと思う。100人ほどの参加者からの質問は途切れることはなかった。講演・討論を含めて、私が印象に残ったことを書きとどめておきたい。 

★相澤さんは、森友問題の解明が今後の課題という。が、すでに、わかっている背景があると思うのだが、それについてはあえて踏み込んだ事実を語らなかった。新著では、そのあたりを書いているのだろうか。 

★NHKの取材においては、新聞社や民放に比べて、日本一厳しい水準があって、それに基づいて取材してきたという。その水準というのは、取材においては、可能な限りの事実の解明が必要ということなのだろう。一方、その報道に関しては、中立性とバランスの重要性が問われるが、現在の報道については、それがどれほど実現されているかは、疑問の方が大きい、と私は思っている。質問者の一人も、沖縄の慰霊の日の安倍総理、翁長前知事の葬儀の際の菅官房長官の参列や式辞への野次の声が、NHKの放送の際には、完全に消されていた事実と「厳しい水準」との整合性を質していたが、相澤さんは、「取材では、あくまで『厳しい水準』を全うするが、報道の内容・編集については、報道部門の判断であって、記者は関知しない」という主旨の回答であった。取材と報道の双方が「厳しい水準」を全うすることによって、放送は完結すると、私は考えるので、その断絶はやはり、納得できなかった。 

★他のメディアより潤沢な取材費がかけられる、その財政基盤は受信料あってのものなので、受信料を払ってもらえるような放送内容にしなければならない。視聴者が、おかしいと思ったら、どんな形でもNHKに、その意見を届けてほしい。その数の力によってNHKを変えることもできる、とも語った。しかし、私も、ふれあいセンターに電話したり、意見や質問をメールで送信したりしているが、電話では、「ご意見として、担当者に伝えます」の一方通行だし、メールの返信は、まるで、木で鼻をくくったような、定例文で、まともな回答が返ってきたことがない。視聴者の願いは、意見の伝達と受信料を手段として届ける、という相澤さんは、いささか楽観的過ぎるのではないか、と思った。

 

このごろのNHKについて 

 この頃のNHKのテレビ番組や報道を見ていると、視聴者を見くびっているとしか思えないものが多い。 

・「ニュース7」では、国内政治、国会開会中でも、報じる順番は後回し、時間は極力圧縮される。たとえば、国会質疑でも、野党の質問は、端折りに端折って、質問の背景を伝えずに、総理や閣僚の答弁はもっともらしいところだけを伝える。また、法案の審議中は、与野党の「攻防」「駆け引き」としか報じない。法案の問題点などは、成立後や成立のめどが立ったころ、ようやく解説や問題点、今後の課題が報道されるというパターンが定着してしまった。その上、専門家と称する人の素人でもいえそうな、コメントを麗々しく、賛否とその中間の街の声とやらを流すだけだ。 

・また、海外ニュースも、中国やロシア、韓国や北朝鮮のマイナス情報に飛びつき、災害や事件が発生すれば、大々的に全国ニュースとして取り上げる。災害や事件の犠牲者に対して、「親切で、まじめな人だった」とか「素直で元気な子だった」とか・・・、関係者の情緒的なコメントを流すことはしても、災害や事件の背景や核心、今後の対策に迫ることを避けるのが常套手段である。「対応を指示した」という政府や自治体の「やっている感」を助長する。 

・スポーツニュースは、勝敗の結果だけで十分で、後はスポーツ番組に任せればよい。今年続いたスポーツ界の不祥事についても、おそらく、担当の取材記者たちは、かつてより知り得る立場であったろうし、少しでも丁寧な取材や調査をすればわかったことであろうと容易に想像がつくことに思えた。何をいまさら・・・の思いもする。 

・また、NHKのバラエティ番組にしても、本業がなんだかわからないようなタレントやお笑い芸人を並べ、出演者だけで盛り上がっているような番組が多くなった。タレント事務所に妙な気づかいすらしている様子もうかがえる。チャンネルを回していると、えッ!これがNHK?と思うことがしばしばあって、民放と全く区別がつかなくなった。 

・「教養番組」、「教育番組」と称するものですら、タレントの起用は著しい。はたして、所期の目的が達せられるのだろうかと疑問に思うし、視聴率を高めているとも思えない。かつては、見ることもあった「短歌」や「美術」関係の番組も、じっくり見せたり、聞かせたりすることがなくなって、その展開の速さや余分なタレントのコメントが煩わしいと思うようになってしまった。歴史もののドキュメンタリーにしても、「今だから話そう」「過去から学べ」式の現代の問題とは一線を画する編集に終わるのが常である。

 

 NHKを退職したプローデューサーや記者たちが大学教員や評論家になったり、民放のコメンテーターとなったり、アナウンサーまでがフリージャナリストと称したりで、マス・メディアに登場する例が多い。在職中の高給、高額な退職金、年金を思うと、受信料は止めたくなってしまう。テレビを持っただけで受信料が発生するなんて、もってのほかとしか思えない。せめて、見た分だけ支払う仕組みにするべきではないか。それに、ふれあいセンターのオペレーターたちは、すべて下請けで、職員がまったくタッチしていないのも問題である。本気で視聴者の声を聴く姿勢には思えない。現場の職員や管理職が、交代でもいい、視聴者の声をナマで聴く仕組みも考えるべきではないかと。  

 相澤さん、視聴者のそんな気持ちを分かってほしいな。「森友」問題に一石を投じた相澤さんには、フリーな立場での取材を頑張ってほしいな、という気持ちが交錯するのだった。

Dscn2295

 

| | コメント (0)

2018年11月 6日 (火)

麻生大臣辞めてください~11月11日、財務省前の行動へ

あの大臣の顔は見たくもない 

  私が参加している「森友・加計問題の幕引きを許さない市民の会」が下記のチラシのように、財務省前で「麻生大臣は即時辞任せよ!」のアピール行動と日比谷公園~鍛冶橋までのデモを計画している。「アソウの顔を見るのもイヤだ」という人は、私の周辺でもかなり多い。「アイツが出たら、すぐテレビを消すよ」という声もよく聞く。それでも、麻生は次から次へと国民を逆なでするような、暴言・放言を臆面もなく放ち続け、国会では、答弁の安倍首相の後でニヤニヤし続けている。

Img530
このチラシと署名用紙はこちらの「市民の会」へ↓

http://sinkan.cocolog-nifty.com/

 顔を見たくもないの視聴者の声に応え!?、NHKの国会関連ニュースはめっきり少なくなってしまった。夜7時のテレビは、アメリカだ、シリアだ、中国、韓国だと、海外ニュースや災害・事故・事件が、いつもトップだ。それぞれ、大事ではあるが、限られた時間内でのバランスがおかしいのだ。ときにはスポーツがトップで長い時間を費やす。地方局のニュースで十分ではないかと思うこともしばしばで、渋谷のハロウィン騒動を長々とやった上、「マナーを守って楽しみましょう」だって。たしかに麻生・安倍のクローズアップ画像は少なくなった?しかし、開会中にもかかわらず、国内の政治ニュース、国会関連は、極力後回しにして、短時間で済ます。首相はじめ大臣のイイとこ答弁だけが放映され、質問の中身をまともには伝えない。受信料だけはしっかりとって、日本の公共放送は、政府広報に成り下がってしまった。
 こんな川柳があったのを、メモしていた。「見ねば損見れば腹立つNHK 千葉 さと志」(「仲畑流万能川柳」『毎日新聞』2018年10月16日)

113日の国会前集会に出かけました

 

先月、19日行動の議員会館前の集会は久しぶりだった。1019日は、小雨のなかだったが、集会の始まる前の時間を利用して、1111日、「財務首前「麻生大臣は即刻辞任せよ」辞任要求行動とデモ(「森友・加計問題の幕引きを許さない市民の会」主催)のチラシを配布した。総勢13人、一人80枚を配り終えるには、あまり時間はかからなかった。私は、丸ノ内線国会議事堂前の南通用門横に陣取り、早めに終了。この日の集会は、主催者発表で1800人とのこと。

 113日は、まさに快晴。「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」と 「安倍9条改憲NO!全国市民アクション」の共催で、「止めよう!改憲発議」「ウソだらけの安倍政権を変えよう」「辺野古新基地建設を止めよう」のプラスターを手渡される。私たち、森友・加計問題の幕引きを許さない会のメンバーは、「1111の財務省前麻生大臣は即刻辞任せよ」集会とデモのチラシ配りと署名活動をすることにしていた。国会正門前と国会図書館前に分かれ、2.5メートルほどの横断幕を持つ者、署名に回る者など、総勢36人。ちなみに、新聞報道によれば、この日の参加者は18000人とのこと。

20181103

 

  私は国会図書館前で、署名を集めた。少し広めの歩道には、参加者が幾重にも列をなし、立つ者、座り込む者、わずかな通路だけを残して、参加者でいっぱいとなった。趣旨を説明しながら、署名用紙とペンを差し出すと、「アイツの顔は見たくない、声も聞きたくない」「腹立つねェ、まったく、煮えくり返っているョ」と怒りの声がビンビンと返ってくる。少々腰痛が心配な私は、申し訳ないながら、集会の途中で失礼した。

Photo_2
私たちの「森友・加計問題の幕引きを許さない市民の会」の横断幕


113_2
国会の正門前の辺りでは、署名する人の列ができたとか・・・。

 去年から今年にかけて、調べ物があって、国立国会図書館にはよく通った。それに、独身時代の11年間、この図書館職員だっただけに、図書館前で、こんな活動するとは思いもよらなかった。出勤・退勤時に組合のビラをもらったり、撒いたりした記憶もよみがえる。私の青春時代は、この図書館にあったのだ。今回も、私たちの会のスタッフとして参加されたMさんとお会いすることができた。Mさんは、同期入館で、定年まで勤められた方だ。またゆっくりお話ししたいな、の思いで、議事堂前を後にした。

Photo
牛の鳴き声を流しながら、議事堂周辺をまわっていた。赤いシートの下には<カウ・ゴジラ>と称して牛の骨格がかたどられ、その足元には本物の牛の頭部の骸骨が揺れていた。

11・11には財務省前に集まろう。

<署名>と<財務省前アピール行動+デモ>の資料一式をまとめたサイト■
  
http://sinkan.cocolog-nifty.com/blog/2018/10/1111-5336-1.html

署名は今からでも間に合います。

  ネット署名はこちら(入力フォーム)

 http://bit.ly/2IFNx0A

  署名用紙はこちら(署名用紙のダウンロード)

 http://bit.ly/2ygbmHe

 

| | コメント (0)

2018年9月20日 (木)

「没後50年藤田嗣治展」へ出かけました~「戦争画」とは何だったのか(2)

戦争画への評価

藤田の戦争画は、もちろん体験に基づくものでもなく、写実でもなく、「想像」と多様な「技法」の産物であったことはどの評者も認めるところだが、その思想と鑑賞者の受け取り方については、大きく意見が分かれるところである。

その典型的な一つは、今回の藤田展の公式ウェブサイトに岸恵子が寄せている、つぎのような考え方であろう。小難しい言い回しはなく、実に簡明で分かりやすいのは確かだ。

「アッツ島玉砕」を戦争賛歌とし、藤田嗣治さんを去らしめた戦後日本を私は悲しいと思う。戦争悪を描いた傑作なのに。晩年の藤田さんに私は寂しい翳を見た。瞳の奥には希代の才能が生んだ作品群、特に巨大壁画「秋田の行事」の躍動する煌めきも感じた。欧州画壇の寵児ではあっても、日本国籍を離脱するのは辛かったのではないかと、私は想像する。」(岸惠子/女優)

  また、今回の藤田展の監修者でもあり、「作戦記録画」全14点を収録した『藤田嗣治画集』全三巻(小学館 2014年)をまとめた林洋子は、少し前のインタビューで次のように語っている(「『藤田嗣治画集』刊行 作戦記録画全点を初収録」『毎日新聞』夕刊 2014414日)。

「(作戦記録画が)ようやく、『歴史化』が可能になってきたと思います。藤田の作戦記録画をめぐる批判は『森を見て木を見ていない』という印象がありました。一点一点、違うことを冷静に見ていただきたい」「(この10年)絵画技法においては、もっとも研究が進んだ画家になりました」

前述の『朝日新聞』における、いくつかの藤田展紹介記事では、1920年代の「乳白色の裸婦」や敗戦後日本を去り、アメリカを経て、1950年から晩年までのフランスでの作品に焦点が当てられているもので、「作戦記録画」について触れたものは、②「激動の生 絵筆と歩む」のつぎの一カ所だけであった。会場のパネルの「年譜」を見ても、前述のように、やや不明点があるものの簡単な記述であった。

「軍部の要請で、戦意高揚を図るための<作戦記録画>を盛んに描くようになる。終戦後、戦中の国策協力を糾弾される中、49年春に日本を去った。それから二度と祖国に戻ることはなかった」 

藤田の戦争画をめぐっては、古くから、技法に優れ、描法の開拓を評価するが、芸術としての内容、内面的な深まりが見えない、表層的だとかいう指摘や「狂気」にのめり込んだとか、「狂気」を突き抜けたとか、鎮魂の宗教画だとか、さまざまな評価があるようだ。絵画を含め文芸において、技法はあくまでも手段であって、第一義的には、作品の主題、作者の思想の表出が問われるべきではないか。あの凄惨な戦争画が「鎮魂」とは言い難いのではないかと思っている。とくに、当時、藤田自身が新聞紙上で、つぎのようにも述べているところを見るとなおさらである(「戦争と絵画」『東京日日新聞』 1942122日)。

「かかる大戦争のときに現われものは現われ、自滅するものは自滅し、真に実力あり誠心誠意の人のみが活躍出来る。画家としてこの光栄ある時代にめぐりあった私は、しみじみ有難いと思う。(中略)今日の戦時美術はその技巧に於いて、諸種の材料に於いて正銘の日本美術であることは我々の喜びである」

 藤田は、陸軍省や海軍省から戦地へ派遣されるものの戦場に向かうわけではなく、絵具や画材は十分に与えられ、戦局の情報も知り得た制作環境のなかで、描きたいものを描く達成感が得られたのかもしれない。しかし、作品の多くが、現実に、戦意高揚、聖戦貫徹という役割を果たし、国民をミスリードしているという自覚は、なかったのだろうか。自分の戦争画が多くの鑑賞者を動員することを目の当たりにし、国家権力や大衆に迎合することによって、得られたものは、日本での名声であり、海外生活が長かった藤田にしては、「祖国愛」、「日本」への帰属意識だったのかもしれない。

そして、藤田は、敗戦後のGHQへの対応によって、多くの疑念を抱かせた。しかし、戦争画を描いたのは藤田ばかりではなかったのだが、日本の美術界は、画家たちと国家権力、戦時下の美術という基本的な問題を個人の「戦争責任」へと矮小化させ、曖昧なまま戦後を歩み始めたのであった。もちろん画家一人一人の戦争責任は、各人が、その後、戦時下の作品とどう向き合い、処理したのか、以後どんな作品を残したのか、どんな発言をし、どんな生き方をしたのかによって、問われなければならないと思っている。 

戦争画に対するマス・メディアの動向、過去そして現在

先の藤田研究の第一人者と言える林洋子は、作品一点一点の差異を冷静に見る必要を説き、「森を見て木を見ていない」という傾向を嘆くが、私には、藤田作品のテーマの推移、技法の変遷、その時代の言動というものをトータルに振り返る必要があるのではないかと思っている。むしろ「木を見て、森を見ない」、技法偏重の論評が多くなっていることがみてとれる。それが、大きな流れとなって「戦争画」評価の着地点をいささか緩慢に誤らせてしまっているような気がする。

さらに、敗戦後、73年を経て、戦争体験者、戦時下の暮しを知らない人々、戦後生まれがすでに83%を占めるに至り、美術史上、戦争画への評価は、大きく変わりつつあるのか、それとも、変わり得ない何かがあるのか。門外漢ながら、昨今の動きが、私には、とても気になっている。

今回の藤田展の主催者として、朝日新聞社とNHKが並んでいる。戦時下の朝日新聞社は、「戦争画」の展覧会を幾度となく主催している。この二つの事実は決して無関係なこととは思われないのだ。

<朝日新聞社主催の戦争画展>

19385月 東京朝日新聞創刊50周年戦争美術展(於東京府美術館、朝日新聞社主催)

19397月 第1回聖戦美術展(於東京府美術館、朝日新聞社・陸軍美術協会主催)

19417月 第2回聖戦美術展(於上野日本美術協会、朝日新聞社・陸軍美術協会主催)

19419月 第1回航空美術展(於日本橋高島屋、朝日新聞社・大日本航空美術協会主催)

19429月 第2回航空美術展(於日本橋高島屋、朝日新聞社・大日本航空美術協会・大日本飛行協会主催)

194212月 第1回大東亜戦争美術展(於東京府美術館、朝日新聞社主催)

19439月 第2回航空美術展(於日本橋高島屋、朝日新聞社・大日本航空美術協会・大日本飛行協会主催)

194312月 第2回大東亜戦争美術展(於東京府美術館、朝日新聞社主催)

19443月  陸軍美術展(於東京都美術館、朝日新聞社・陸軍美術協会主催)

19445 月 第8回海洋美術展(於東京都美術館、朝日新聞社・大日本海洋美術協会・海洋協会主催)

19454月 戦争記録画展(於東京都美術館、朝日新聞社・陸軍美術協会・日本美術報国会主催)

「戦争/美術 関連年表19361953」(長門佐季編)『戦争/美術19401950モダニズムの連鎖と変容(展覧会図録)』( 於神奈川県立美術館葉山 1913年)より作成 

なお、このほかにも、さまざまな戦争画展は開催されているが、突出しているのは朝日新聞社で、他の東京日日新聞、読売新聞などとの激しい競争と陸軍・海軍同士の確執も加わっての結果らしい(河田明久「作戦記録画をめぐる思惑のあれこれ」『戦争/美術19401950モダニズムの連鎖と変容(展覧会図録)』2013年)。さらに言えば、敗戦直後、藤田の戦争責任を糾弾する宮田重雄「美術家の節操」を掲載したのも『朝日新聞』(19451014日)であったのである。

 また、NHKには、戦争画周辺をテーマにした番組や藤田をテーマにした番組も多い。最近だけでも、私自身がみた番組を中心に、ネットでも確認できたものを加えるが、もちろん網羅性はないので、もっとあるのかもしれない。

<最近のNHK藤田嗣治関係番組>(  )内は出演者
1999923日「空白の自伝・藤田嗣治」NHKスペシャル(藤田君代、夏堀全弘)
2003127日「さまよえる戦争画~従軍画家の遺族たちの証言」NHKハイビジョンスペシャル(藤田嗣治、小磯良平、宮本三郎らの作品紹介と遺族たちと小川原脩の証言)
2006416日「藤田嗣治~ベールを脱いだ伝説の画家」NHK教育テレビ新日曜美術館(立花隆)
2012711日「極上美の饗宴 究極の戦争画 藤田嗣治」NHKBS(笹木繁雄、菊畑茂久馬、司修、アッツ島生存者、サイパン島住民生存者、東京国立近代美術館美術課長蔵屋美香)
2012826日「藤田嗣治―玉砕の戦争画」NHK日曜美術館(笹木繁雄、菊畑茂久馬、司修、野見山暁治)
20151217日「英雄たちの選択・アッツ島玉砕の真実」NHKBSプレミアム201898日「特集・よみがえる藤田嗣治―天才画家の素顔」NHK総合
201899日「知られざる藤田嗣治―天才画家の遺言」NHK日曜美術館

 こうしてみるとこの20年間に、再放送を含めると、20本近い関連番組が流れていることになる。NHKは、一人の画家についての取材を続け、繰り返し放送していたことになる。1999年「空白の自伝・藤田嗣治」、ハイビジョンスペシャル「画家藤田嗣治の二十世紀」(未見、未確認)の制作を担当した近藤文人は、『藤田嗣治<異邦人>の生涯』(講談社 2002年、2008年文庫化)という本まで著している。近藤は、先行研究に加えて、当時未刊だった夏堀全弘「藤田嗣治論」(『藤田嗣治芸術試論』三好企画 2004年公刊)、藤田の日記などの未公開資料を読み込み、藤田君代夫人(19112009)へのインタビューを重ねた上で、書き進めている。藤田自身の日記や夫人のインタビューに拠るところが多い部分は、どうしても身内の証言だけに、客観性、信ぴょう性に欠ける部分が出てくるだろうし、当時は存命だった夫人への配慮がある執筆部分も散見できる。その後の関連番組は、そのタイトルからも推測できるように、藤田のさまざまな側面から、その作品や生涯にアプローチしていることがわかる。戦争画への言及は、そのゲストの選択から見ても分かる通り、むしろ薄まってゆき、というより、再評価への道筋をつけている。この間、2006年には、NHKは「パリを魅了した異邦人 生誕120年藤田嗣治展」を東京国立近代美術館、日本経済新聞社と主催している。グローバルに、華やかな活躍をした<伝説>の画家としての部分がクローズアップされ、今回の没後50年の藤田展に繋がる軌跡をたどることができる。もはや「戦争責任」はそれとなくスルーしてもよいというムードさえ漂わせる論評も多くなったのではないか。上記に見るような、朝日新聞やNHKの番組で繰り返されるメッセージが、その手助けをしてはいないか、いささか恐ろしくなってくるのである。しかも、『朝日新聞』、NHKに限らないのだ。 

 網羅性はないが、私の「戦争と美術」のスクラップブックを繰り始めて、気が付いたことがある。2006年の生誕120年の藤田展に関して、北野輝「藤田嗣二と戦争責任」上下(『赤旗』2006912日・13日)において、この藤田展が藤田芸術の全貌に触れる機会になったことは歓迎するが、「藤田の再評価」「手放しの賛美」や戦争画の「意味を欠いた迫真的描写」の凄惨嗜好が玉砕美化への同調となり、現実の人間の命や死への無関心を助長しないかという問いかけがなされていた。それが、同じ『赤旗』における、今回の藤田展評は、「没後50年藤田嗣治展 多面的な画作の軌跡 漂泊の個人主義的コスモポリタン」(武居利史、201894日)と題して、作品の成り立ち、創意工夫に着目する。作戦記録画の出品は二点のみで「代わりに展示で充実するのは、戦後米国経由で渡仏して20年間の仕事だ」とした上で、「藤田の生き方は、国粋主義的ナショナリストというより、個人主義的コスモポリタンに近い。美術のグローバル化を先取りした画家といえよう」と締めくくる。 二人の執筆者は、ともに敗戦後設立された「日本美術会」に属し、美術の自立、美術界の民主化活動に励んでいる人たちである。執筆者の世代の相違なのか、その基調の変化にいささか驚いたが、共産党の昨今の動向からいえば、不思議はない。しかし、追悼50年の「大回顧展」なのだから、その作品を、生涯を、トータルに検証すべきではなかったのか。

こうした傾向については、何も美術界の傾向に限らず、他の文芸の世界でも、私が、その端っこに身を置く短歌の世界でも、同様なことが言える。いまさら「戦争責任」を持ち出すことは、まるで野暮なことのように、戦時下に活躍した著名歌人たち、自らの師匠筋にあたる歌人たちが、時代や時局に寄り添うことには寛容なのである。ということは、そうした歌人たち自身の国家や社会とのかかわりにおいても、抵抗というよりは、少しでも心地よい場所を探っていくことにもつながっているのではないか、と思うようになった。

なお、藤田に関わる資料をひっくり返しているなかで、ある写真集というか、訪問記を思い出した。それは、毎日新聞のカメラマンであった阿部徹雄の1952年のマティス ヴラマンクそしてフジタ』(阿部力編刊 2016年)であった。これは、ご子息がまとめ、解説も書いている。1952年の三人の画家の訪問記であった。精選された写真は、アトリエだったり、家族との団らんであったり、これまで、あまり見たことがなく、その日常が興味深く思えた。とくに、モンパルナスの藤田の住居兼アトリエ(カンパニュ・プルミエール通り23)、1952年と言えば日本を離れて間もない藤田65歳のころである。19521011日・14日・20日の三回訪問している。その取材ノートの部分には、藤田夫妻の日常と実に率直な感想が記されていた。日常の買い物などは藤田がこなしていることや夫人は「家の中ばかりいて、外の空気に触れない人らしい。藤田さんという人は本当に奥さん運のない人だ。気の毒な位芸術の面がそのことでスポイルされているように見えた。この人の芸術的センスに良妻を与えたいものだ」とのメモもある。 

Img510_2
写真集の表紙(右)と裏表紙。チラシより

Img511

チラシの裏

 

 藤田の没後、君代夫人については、藤田作品の公表・著作権、伝記、取材などをめぐる各方面とのトラブルが伝えられているが、当時も、その一端をのぞかせていたようで、かなり起伏の激しいことが伺われた。藤田夫妻のツーショット写真もあるが、「19521014日談笑する藤田さんと君代夫人。君代夫人は化粧をして、機嫌よい姿を見せてくれた。」との添え書きもある。

なお、カメラマンの阿部徹雄(1914‐2007)が、私がポトナム短歌会で師事した阿部静枝の夫阿部温知の甥にあたる人であることを知ったのは、ごく最近である。それというのも、静枝の遠縁にあたる仙台の方とブログを通じて知り合い、ご教示いただいた。この写真集も、彼女を通じて頂戴したものである。

なお、阿部徹雄の作品の一部は、毎日新聞社のフォト・バンクの「阿部徹雄コレクション」(戦時下を含め約900)に収められている。

https://photobank.mainichi.co.jp/php/KK_search.php

 

| | コメント (1)

2018年8月 9日 (木)

「共闘」という幻想、から抜け出すために

これほどのマイナス要因がつぎつぎと暴かれる安倍政権、その弱者軽視政策、まるでアメリカ・ファーストであるかのような外交・防衛政策にあきれながらも、内閣支持率が劇的に下がることはない。この政府の犯罪的な行為やスキャンダルも、メディアは、たんなるスキャンダルとして、面白おかしく騒ぎたてるが、あくまでも一過性で、深く調査報道を試みることもなく、忘れ去ってしまったかのように、次のスキャンダルへと乗り換える。また、NHKのように、政治スキャンダルはそそくさと、国会報道は、与野党の争点を深めるのではなく常に<攻防>としかとらえず、災害やスポーツの専門チャンネルかと思うほどの時間を割いて、「政府広報」に徹するメディアもある。そして、政府は、不都合が生じれば、「大騒ぎすることもない」と、ひたすら嵐の過ぎるのを待って、いつまでも安泰なのである。もちろん、こうした政府にも無関心だったり、いや、このままの政権維持でもかまわないで、と深く考えなかったりする国民も、合わせれば三分の2くらいになることも確かなのだ。

 

では、この一強に抗議する市民たちは、「アベ政治を許さない」「9条を守れ」「原発再稼働反対」などと、いつも仲間内では盛り上がるが、その輪を広げることができない。後退する運動を「継続は力なり」とみずからを慰める。近年は、多弱の「共闘」が叫ばれ、その内実は、政党や会派間の攻防・調整に精力が注がれ、なかなか実を結ばない。というのも、みずからの政党・会派の議員当選、一票でも支持票をのばすことが目標になってしまうからだろう。特定の複数政党、政党色が濃いいくつかの「市民団体」などが主導する集会に参加してみると、「共闘」を目指す議員たちが入れ替わり、連帯の挨拶や報告はするけれども、自分の番が終わると、集会の成り行きを見守るわけでもなく、参加者の声に耳を傾けることもなく会場を後にする場合が多い。大きな集会だと壇上から各党代表がつないだ手を振り上げ、その後のデモ行進の先頭には立つが、いつの間にか姿を消していたりする。

私は、特定の政党に属したり、後援会というものにも入ったりしたことがない。詳細は分からないのだが、共闘を目指した集会などに参加して思うのは、参加した市民の熱気に反して、招かれて講演をしたり、スピーチをしたりする著名な「文化人」「学者」「ジャーナリスト」たちが、どうして、こうもいつも同じような顔ぶれで、同じような内容の話になるのだろう、ということなのだ。さまざまな市民団体が、競うように、そうした「著名人」を招いて、人集めに腐心しているかのような印象を受ける。現に、新しい情報も提案もなく、新聞・テレビ情報を繰り返し、アジテーションに終わることが多く、「またか」の徒労感がつきまとう。あるいは、かつて保守政党の「重鎮」が安倍政権批判をしたり、かつて憲法改正論を主張していた学者が、改憲批判をしたりしたからと言って、過去の言動との整合性が問われないままに、すぐに飛びついて講演依頼をしたり、執筆させたりして重用する。それだけならまだしも、少しでも、疑問を呈したり、批判したりする人物に反論するわけではなく、無視したり、排除したりすることが当たり前になっている。

それに、首長選挙で、共闘のもとに立てた統一候補者や当選者のスキャンダルが浮上したり、公約を守らなくなったりしたとき、共闘を組んだ政党や組織の対応が、あまりにも無責任なのも、納得できないことの一つなのだ。たとえば、まだ記憶に新しい、都知事選での鳥越候補、米山前新潟県知事、三反田鹿児島県知事などなど・・・。統一候補選択にあたって、知名度や人気が優先され、政治的信条の確認などがおろそかになっていたのではないか、など裏切られた思いがする。

「共闘」の成果が上がらないのは、既成の党や会派の方針からすこしでも外れると、そうした意見や活動を無視したり、排除したりするからではないか、との思いにもいたる。市民の一人一人の思いが、塊になって動き出し、政党を動かすというのが、市民運動の本来の姿にも思えるからである。 

私がつねづね思うのは、そもそも、主体的な疑問や怒りがあってこそ、なんとかしなくてはという思いにかられ、抗議や抵抗の形が決まってくるのではないかと。「なんか少しおかしくない?」という素朴な疑問が「ことの始まり」になるのが、私の場合だ。たしかに、活字や映像の情報がきっかけになることもある。後で、自分で、少し丹念に、新聞を読んでみたり、ネットで調べてみたりしていると、さらに、知りたくなるし、疑問も増えたりする。自分取り込んだ情報や知識、そして機会があって、たとえば、市民運動の現場に足を運び、当事者との交流で得た体験は、身に刻まれる。自分からも発信したくなるし、行動の起点にもなることが多い。 

著名人を追いかけたり、ひたすら署名活動に奔走したりする人たちには、どうしてもついていけない自分がいる。せめて、野次馬根性を失わず、体力だけは維持して、ということだろうか。

 

| | コメント (0)

2018年6月 2日 (土)

この諦めと、閉塞感ただよう中で~森友・加計問題と報道萎縮について、記者たちは~

 きのう、61日、永田町の議員会館会議室で、小規模ながら熱気にあふれたやり取りが展開されていた。近年の報道統制や萎縮に危機を肌で感じている7人の研究者・弁護士たちが、第一線の大手メデイアやソーシャルメディアの記者たちに訴えていた。世の中の新聞・テレビは、日大アメフト部の悪質タックル問題と米朝首脳会談の「駆け引き」の報道とに大幅な紙面と時間を割いていた。その合間に、森友関係の財務省の文書改竄・隠ぺい問題、加計学園からの"虚偽"報告問題、申し訳程度に開会中の国会での質疑が足早に報道される。531日には、何と、森友問題関係の公文書偽造、虚偽記載、背任などで告訴されていた財務省の38人の不起訴決定が大阪地検から公表されていた。佐川前理財局長はじめ、あれだけ大量の公文書改ざん、隠ぺいが明らかになったにも関わらずである。そして、このドサクサにに、働き方が選べると標榜し、高プロ申告制による残業代ゼロにしての、経営者が喜ぶだけの「働き方改革」法案を強行採決しようとしている。大方の国民の無力感、脱力感は、計り知れない。これがまさに、いまの政府の思うツボかもしれない。

 

 そんな状況の中でも、研究者・弁護士によるアピールは「権力監視報道に立ち戻り、報道現場の萎縮報道克服を求めます」であった。そのきっかけというのは、329日の参院総務委員会であきらかになったNHK報道局上層部の強圧的な指示であり、NHK大阪放送局で、森友問題を精力的に取材、いくつかのスクープもとった敏腕記者を意に添わず記者職を外して閑職へ異動させるという露骨な動きが明らかになったからである。

 

 出席したのは、以下の7名だった。 

梓沢和幸(弁護士) 

 小林 緑(国立音楽大学名誉教授/元NHK経営委員) 

  澤藤統一郎(弁護士) 

  杉浦ひとみ(弁護士) 

  瀬地山角(東京大学大教授) 

醍醐 聰(東京大学名誉教授/NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ共同   代表)
  服部孝章(立教大学名誉教授)

 集まったメディア関係者1823名、スタッフ2名を含み、総勢32名となった。 

 前記、NHK上層部の報道現場、ニュース番組の編集責任者への具体的な指示というのは「森友問題をトップで伝えるな、どうしても伝える時は三分半以内、昭恵さんの映像を使うな、前川前文部次官の講演問題と連続して伝えるな」というものであった。大阪放送局の件も合わせて、50数名の研究者・弁護士の賛同者名簿を添付してNHK会長に申し入れをしようとするものだった。 

1 受信料で支えられる公共放送機関としてのNHKは、権力から独立して自主自律の放送を貫くなか、権力を監視し、国民の知る権利に応える放送を続けているという視聴者の信頼を得ていることが大前提です。NHKが日々の報道でも人事においても、こうした前提を自ら壊すような言動は視聴者への背信行為であり、厳に戒めること

2. NHK報道局の上層部は取材・番組制作の現場の職員を萎縮させるような人事権を含む権限の濫用を斥け、事柄の核心に迫ろうとする意欲的な取材、番組制作への職員のモチベーションを支え、高めるような役割と職責を果たすべきこと

3. 以上の趣旨と関連して、目下、伝えられているNHK大阪放送局の記者を異動させる人事につき、不当で不合理なおそれも強く、中止を含め根本的に再検討すること

 当日の質疑は、記者自身に関わる問題だけに、具体的かつ真剣であるように思えた。大阪放送局の人事に関しては、とくに、最初に報道した「日刊ゲンダイ」のIさんはじめ、「東京」のMさん、「朝日」の記者さんは、かなり突っ込んだ質問を投げかけていたが、記事にしてくれるのかどうか・・・。 

会場の手伝いとして参加した私だが、個人的なことを言えば、出席者の服部先生には、社会人入学した修士課程で指導を受け、瀬地山先生は、非常勤でいらしていたジェンダー論を聴講していたので、久しぶりにお目にかかれる機会となった。

 

 

 

 

| | コメント (0)

2018年5月 1日 (火)

「山口メンバー」と「佐川(氏)」~NHKの「総合的判断」とは何か

「佐川が、サガワが・・・」と連発する麻生大臣だったが

 やや旧聞に属するが、麻生財務大臣が、記者会見や国会答弁で「佐川、サガワ」と連発していた3月の中旬頃であった。NHKのテレビのニュースを見ていると、財務大臣の会見や答弁を伝える録画で「サガワ」という音声が流れるたびに、テロップには必ず、「佐川氏」と表示されるのだ。ふつう、テロップの文字は、発言等の要約が示されるのだが、上記の表示が繰り返されるのである。テロップは、難聴者への伝達の手段としても重要な役割を担うものと思われるが、上記の「氏」という付記表示は、どういうことなのだろう。まさに「呼び捨て」が問題になっている麻生発言に、わざわざ敬称を付記するのは、事実を伝えていないことにならないのではないかと、疑問に思い、NHKの「ふれあいセンター」に電話してみた。相変わらず「そういうご意見があったことは担当に伝えておきます」との紋切型である。「なぜ、音声にないことまで、テロップに付記するのか、事実を曲げて伝えていることにならないか、そこまでする理由を聞きたい」といえば、電話口は上司という人の声に代わった。ここでも「担当者の総合的な判断によるものです」という答えにならない返答なのである。「総合的判断」とは、理由ではなく、まさに「NHKの勝手でしょ」という「恣意性」に過ぎない。 

 

 「麻生大臣に呼び捨てに呼んでもらいたい、呼び捨ては信頼の証でもある」とかいう副大臣まで現れたり、323日には、野党議員からの質問主意書に閣議において「麻生大臣が財務省の職員の名前を敬称を付けずに呼ぶことは通常であり、佐川氏の在任中も敬称を付けずに呼んでいたことから、前長官の退任から間もない時期にそれを継続した」までで「呼び捨ては問題ない」という答弁書を決定したりした。しかし、麻生大臣の「呼び捨て」は、多くの批判を浴び、前役職などを付けるようになった、というのが顛末であった。「呼び捨て」は、偉そうな上司の謂いで、身内の者に敬称を付けないというのと少し違い、麻生大臣の場合は、苛立ちと憎まれ口をたたいて質問をかわす魂胆と品性自体が見え隠れする。公の発言では役職名などを付した方が適切であったとは思う。

 

 しかし、NHKがそれを補う必然性はない。 NHK報道における「敬称付記」は、あまり問題視されなかったが、これは何のための配慮であったのか、誰のための配慮であったのかを考えたとき、NHKの報道姿勢が問われる問題であったと思っている。麻生大臣の佐川前国税庁長官に一方的に責任を転嫁するような発言を和らげたかったのか、前国税庁長官だった人への敬意のつもりだったのか、麻生大臣の乱暴な言葉遣いを少しでも庇うためだったのか・・・。いずれにしても、NHKの「政府広報」の一端をのぞかせる一件であったかと思う。

「山口メンバー」の「メンバー」ってなに?

8847cf10s5

   報道に登場する人の呼び方について、もう一件、NHKに抗議したいことが生じた。425日、NHKTV「シブ5時」で、TOKIOの山口達也が自宅での女子高校生への強制わいせつ容疑で書類送検されたという速報が流れて、その後、民放が追っての報道だったらしい。私は、NHKTV「ニュース7」で知った。その時、ネット上でも話題になった「TOKIO山口達也メンバー」という呼び方が気になった。その後のニュースや翌26日午後の記者会見後のwebニュースでも、NHKは、「TOKIO山口達也メンバー」という呼び方を使い続けていた。我が家で購読の全国紙でも同様の呼び方をするので不思議に思ったのだ。普通だったら、「TOKIOのメンバーの山口達也さん」か、読売新聞のように「TOKIOのメンバー山口達也容疑者」と呼ばれるところではないか。「山口達也メンバー」ということは、「メンバー」がまるで、「さん」や「氏」などと並ぶ敬称の一つかのように使い方である。「用語」にうるさいNHKらしからぬ使い方なので、 その理由を426日の夜「ふれあいセンター」に尋ねてみた。「どうしておかしな使い方をするのか」には「総合的判断」の結果だという。「おかしい、というご意見は担当者に伝えます」で終わった。さらに、ニュースでは、あらためて、記者会見の様子を長々報道したり、街の声を拾ったりして、報道した挙句、「メンバー」などという不自然な敬称を使用するのは止めてほしい、まるで、所属事務所の広報のような報道でしかないのは公共放送としてあるべき姿ではない、とも伝えた。

 

  さらに、NHKには抗議したいことがあった。というのは、こうした速報が、書類送検後、被害者との示談成立後、タイミングよくNHKからなされたことだった。番組で共演した女子高校生ということから、NHKの「Rの法則」であるということは、民放の情報番組では語られていたし、NHKも「Rの法則」の番組ホームページを閉鎖した上に、次のような画面が登場するのである。


~~~~~~~~~~

Rの法則」は現在放送をお休みしています。
 
今後の予定などにつきましては、
 
このホームページなどであらためてお伝えします。
 
【番組からのお願い】
 
今、番組出演者のSNSアカウントやブログなどに対して、
 
個人を著しく中傷するような心無い書き込みが数多く投稿されています。
 
こうした投稿は出演者たちを深く傷つけ、悲しませるものです。
 
絶対にやめていただくよう強くお願いいたします。
 
Rの法則」制作スタッフ一同

~~~~~~~~~|

 私は、「メンバー」使用の件とは別に、以下の質問をしたのだった。

・今回の事件の被害者は、NHKの番組で、山口容疑者と共演した女子高校生だということが報じられているが、事実 
―答えられない

・事実ではないということか
―答えられない

・何故答えられないのか 
―出演者が特定してしまうことがあり、人権問題になるから

 

 「人権擁護問題については、慎重な対応が必要とされているのはご存知でしょう」とも開きなおられた。しかし、「答えられない」という対応こそ、上記の質問内容を認めたことになりはしまいか。現実には、そうした報道がなされている以上、NHKは説明責任があるのではないか。「特定する・しない」以前の問題として、自局の番組に問題を抱えた出演者がいたら、その管理が必要ではなかったのか。少なくとも、飲酒が原因で入院している病院からスタジオ入りするような山口容疑者を出演させ続けていた責任が、NHKにはあるはずである。そんな主旨のことも伝えたが、一切答えはなかった。青少年を出演させ、青少年を対象とする教育テレビの「教養」番組を標榜するならば、そうした慎重さも必要であったろう。

 こうしたNHKの対応は、福田財務省事務次官のセクハラ被害者のテレビ朝日の社員が上司に相談したとき、「被害者が特定するので、報道することを拒んだ」という、テレ朝の対応にも似ている。「人権擁護」の名のもとに、なにかが隠蔽されているのではないか、公共放送たるNHKがタレントの所属事務所にひれ伏したのか、共同で画策したのかの疑問も残る。 

  起訴猶予処分、4人のメンバーの記者会見などのレールに乗って、さらなる画策は続く模様ではある。

<5月2日付記> NHKは、「午後なま」で、2日午後2時からの4人の記者会見の中継を20分以上続けた。「ニュース7」でも、いい大人たちがそろいもそろって、事務所に言い含められたように、無理やり連帯責任を強調するかのように、30秒以上の深い礼の謝罪とか、山口本人が土下座をして辞表を出したとか、なぜアルコール依存症との診断書を出してくれなかっただの、20数年来の仲間を見捨てられないだの、見守りたいだの、向き合うべきことに向き合うだの・・・相変わらずで、ニュースでは「街の声」を拾うなど、所属事務所の思惑通りの報道をしていた。NHKの責任に一点たりとも触れることはなかった。一件落着、あとは様子見でなのだろう。

<5月3日> 今日のフジテレビ「特ダネ」で、番組のMCが、NHKの対応、責任について言及していた。他のコメンテーターの一人が「Rの法則」の楽屋が、「合コン状態」?だったとも。4月27日のフジテレビ「バイキング」のMCも盛んにNHKのことに言及していたのを今日知った。私は番組自体を見たことはなかったが、過去の番組紹介によると、ショウもない若者迎合らしい?テーマが並んでいて、若年層の視聴率狙いが露骨だが、ほんとうはどうだったのかとも。昨日今日の他の番組でNHKに触れることはあったのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| | コメント (0)

2018年2月 8日 (木)

最高裁は「受信料が義務」とは言ってはいない~あやまった広報とNHKニュースの偏向ぶりが見ていられない

 昨年の126日、最高裁は、テレビを持った時点でNHKとの受信契約を義務付けている放送法が合憲との判決を出した。しかし、それが即、受信料の支払い義務を生じる、ということにはならない点に、注意しなければならない。判決は、NHKが国民の知る権利応える放送をしていることが前提になっているのである。受信料制度は「国民の知る権利を実質的に充足する、合理的な仕組み」であるかどうかが問われたことになる。

衆参の本会議中継や予算委員会の中継を見た後で、7時のニュースを見ると、実に見事に安倍首相へのエールのストーリーが出来上がっているのである。都合の悪いテーマの質疑は最初からすべてスルー、どうしても伝えなければならないと思う質疑では、首相や閣僚の、どうでもいいような読み上げ答弁のみを“しっかりと”と取り上げて、“自由自在に”編集する。野党議員の質問部分はカットして、何を質問しているかがわからいときもあるし、アナウンサーのナレーションで質問の要旨のみが読み上げられる形をとるのが常套手段だ。

  さらに安倍首相の議会内外の行動に密着している記者もいて、要所、要所では必ず登場し、これまた、“ていねい”に解説がほどこされる。いま政府は、世論操作に必死で、NHKに限らず、メディア戦略に力を入れ、安倍首相は、しきりにメディアの幹部やタレントやアスリート、学者などを取り込むために「会食」などを続けている。

第一に、政治のニュースそのものが、努めて短縮されるのだ。国会中継も視聴者の関心の度合いなどと言いながら恣意的である。このところの雪の気象情報などは、末尾の「気象情報」以外にも別枠を取る。北朝鮮のミサイル情報ほか、日本の危機を煽るような動向も丁寧な報道がなされる。相撲協会のスキャンダル、オリンピック、スター選手の動向などに長い時間を割く。火山噴火災害など大きな災害事故はもちろんだが、地方の災害・事件・事故もこと細かく報道して、30分の大半を占めることもある。加えて、緊急とは言えない、先端医療、IT・ロボット、宇宙、自然の生態などのテーマを好んでニュース項目として取り上げ、それが自局の特集番組の番宣の役割を果たすこともある。

そして、受信料を取って流す番組かと思うような番組もある。タレントやお笑い芸人を使った旅番組、まるでファッションを誇示するような女優を登場させる語学番組、民放で人気を得たタレントを起用する医学や科学番組だったりすると、もうそれだけで、見る気もしなくなる。もし、そんなことで、視聴率が取れると思っているのだったら、大きな間違いである。TV視聴者の大半は、いまや高齢者で、私の周辺にも、芸人が並んで、ガハハと笑いころげたり、安倍首相の顔がクローズアップされたりすると、見たくもないと、テレビを切る、という人が多い。また同時に、「いい番組もあるんだよね」という人もいるのだが、それだからと言って、帳消しにはならないのである。いわゆる、歴史の検証番組やドキュメンタリーで、丹念な“独自取材”を強調するものだとわかっても、現代の課題に直接切り込むスタンスが見られない。NHK幹部の高給取りの実態や番組の捏造、職員や記者、アナウンサーらの不祥事が後を絶たず、自局職員の過労死についての報道が遅れたことなどを知ると、まずもって受信料は払いたくないという思いに駆られるのである。

ふれあいセンターなどに集まる視聴者の声を自らは「録音を取ります」などとけん制しながら、その声を、どう反映させているのか、反映するつもりがないのか、知らせようとしないのが、≪皆さまのNHK≫の視聴者対応なのである。しかし、新聞の投書欄には、NHKの受信料についての意見と提案が多く寄せられている。たまたま、1月~2月にかけて東京新聞「発言」欄には、いくつかの投書が続いた。

123日「NHK映らぬ テレビ開発を」(男性無職 67歳)「勝手に送り付けられた商品に対して、受け取りを拒否する権利が私たちにはあるはずです。NHKが写らないテレビがあればいいと思います。特定の周波は受信できないテレビを作ることは可能なはず」

23日「督促より番組の充実を」(主婦 42歳):「放送内容の捏造や度重なる不祥事、私事的中立を欠く番組構成など、公共放送とは程遠いNHKの在り方に疑問」を抱き受信料支払い手続きをしていない。「NHKはストーカーまがいの執拗な督促をを続けるのではなく、視聴者に進んで契約をしたいと思わせる番組作りにまい進するか、(受信量未払いだと見られない)スクランブル(暗号)放送への切り替えを進めてほしい」

23日「NHK受信は選択希望制に」(パート女性 69歳):「ニュースやドラマは他局で十分、若者にこびているとしか思えない番組や出演者が楽しんでいるとしか思えないバラエティー番組が目につきます」「今の技術があれば、スクランブル(暗号)放送が可能なはずです。機器(テレビやスマホ)を購入したからと言って有料にするのではなく、NHKの受信は選択希望にすべきだと思います」

私も「公共放送の中立公正」、「公共性」を標榜するならば、他の水道・電気・ガス料金などと同様に、「見た分だけの料金を支払う」という受信料制度を取り入れるべきだと思っている。NHKは、これらの意見にどう応えるのか。

最高裁判決で「NHKの受信料が義務」となった、などという誤報に、惑わされてはならない。


Img363

毎週火曜日のNHKの短歌番組の第4週目の「短歌de胸キュン」。若者をターゲットにした番組で、お笑い芸人とタレントをゲストに競詠させる番組で、出演者同士は実に楽しそうではある。上記写真の左下が選者の佐伯裕子、今年の4月からは栗木京子だそうだ。栗木は再度の登場か。一年に数回見る程度だが、歌人のお二人の奮闘がどこか痛々しいような・・・。2012年4月から始まっているが、同じころ始まったTBS系でのプレバト「俳句コーナー」の方が、娯楽に徹した感がある。この違いって何だろう。
他の3週は3人の選者が登場、それぞれゲストを迎えるが、どうも、そのゲストが選者の交友や好みが反映されているようなのだ。

| | コメント (0)

2018年1月24日 (水)

2018年、今年の歌会始、その行方は

  112日、平成時代の歌会始は、来年が最後となるが、それ以降の明仁上皇、美智子上皇后の作品はどうなるのだろうと、要らぬ心配もしながら、NHKの中継を見ていた。改元後、夫妻は歌会始に出席するのか、短歌は詠み続けられると思うが、発表の機会はあるのか、などなど・・・。岡井隆の選者就任の折の発言、たんなる「短歌コンクールの一種」との位置づけは、現実とは明らかに異なる性格、様相を呈している中で、天皇に「詠進」するという形式をとっている以上、上皇夫妻は、他の皇族と同じ扱いになるのかしら・・・。皇室行事には一切かかわらないことになるのか。それに、戦時を体験した者として、少しでも役立つのなら天皇にお仕えしたい、と言っていた、御用掛の岡井隆はどうするのかしら・・・。 

 

それはともかく、今年の歌会始の映像を見ていて、一番に目立ったのは、皇族方の出席者の少なさであった。男性では、皇太子と秋篠宮の二人であった。これが皇室の現実である。一方、陪聴者は、いつになく男性が多いように思った。陪聴者の待合室は、かなり混み合っていて、男性優先になったのだろう。

「語」の作品群を読んでいて、もっとも気になったのは、皇后のつぎの一首だった。 

 

・語るなく重きを負ひし君が肩に早春の日差し静かにそそぐ 

 

 平成の時代に、天皇はいくたびか、やや政治的事象に踏み込んだ「おことば」を発信することもあった。「生前退位」表明もその一つといえるが、時の政府に“苦い”思いをさせてきた経緯は確かだと思う。もっと語りたいこともあったろうに、黙して裡に背負ったまま、天皇は、語らなかったと、皇后は詠んだ。 

 

小学校入学以来、あたらしい憲法を当然のこととして過ごしてきた私などは、日本国憲法における象徴天皇制という前提が、不思議な存在であった。一人の人間を「象徴」とすること自体の曖昧性と非人間性、日本国憲法の根幹である民主主義と平等の精神との矛盾を擁する制度が、論議されなければならないはずだったのに、七〇余年が過ぎてしまったという思いがある。 

ふつうの歌詠みならば、「自注自解」の機会もあるが、皇后が自らの短歌を自解したり、自注したりするとどうなるのか。どういうわけか、二〇〇四年、平成一六年を期して、宮内庁のホームページには、各年の歌会始「御製御歌及び詠進歌」一覧に加えて皇族方すべての短歌に解説が付せられるようになった。その執筆者は不明で、宮内庁の担当者なのか、御用掛なのか、選者の一人なのか・・・。いわば、かつての「謹解」と呼ばれる作業でもある。大方のメディアの歌会始報道記事において、これらの「謹解」がそのまま使用がされているところから、メディア向けといってもいいのかもしれない。宮内庁記者クラブの記者たちは、短歌の読解力不足と思われたのか、面倒なので宮内庁に解説を依頼したのか、は不明だが、「官製」「お墨付き」の解説や鑑賞がなされるなどという文芸はあり得ないだろう。作者の手を離れた一首は、本来、読み手の自由・自在があってこそ、文学となり得るのではないか、と思うのだが。

 

今年の皇后の短歌についてはつぎのような解説がなされている。  

「天皇陛下は、長い年月、ひたすら象徴としてのあるべき姿を求めて歩まれ、そのご重責を、多くを語られることなく、静かに果たしていらっしゃいました。この御歌は、そのような陛下のこれまでの歩みをお思いになりつつ、早春の穏やかな日差しの中にいらっしゃる陛下をお見上げになった折のことをお詠みになっていらっしゃいます。」

 

「重き」には、昭和天皇の昭和前期の戦争責任や占領期の沖縄への対応という負の遺産、平成期の平和からの後退、数々の災害に見舞われた日本の歩みを読み取ることもできよう。

 

なお、今年の「選歌」入選者の男女比や年齢構成をみると、ここ数年の動きに大きな変化はみられない。ちなみに平成年間の応募者数、入選者10人の男女比を一覧してみた。応募者は、2万人前後を推移するが、今世紀初めの数年は、2.5万人前後を推移し、2005年の2.8万をピークに下降する。応募者の男女比は発表されていない。なお、新聞報道によれば、入選者の年齢構成は、10代を12名入れるのが恒例となり、20代~50代が少なく、60代以上が圧倒的に多い。  

こうした状況の中で、来年、改元される。「歌会始」どうなっていくのか。短歌愛好者たちの中で、応募者が「歌会始」にどんなところに魅力を感じているのか、皇室や天皇がどれほどの求心力を持つのかにかかっているのではないかと思う。「皇室」の権威付けが若干強化されようとも、「皇室」への親和性が補完されようとも、いまさら、国民の関心や求心力が増幅されるとは、考えにくい。改元後、「歌会始」が劇的に活況を呈するということはまずない、と思われる。  

しかし、歌壇の中での「歌会始」ワールドの在りようは、持続するだろう。歌壇やいわゆるネット歌壇なるものとの境界線を微妙に維持しつつ、選者というステイタスは手放しがたいものとなり、第二の岡野弘彦、岡井隆を生むだろう。そんな予兆の中で、当ブログの「201811日の歌人たち」(111日)の繰り返しになるが、「来年に迫った生前退位を前に、様々な形での<平成回顧>報道は激しさを増すだろう。そして、天皇夫妻の短歌の登場の場も増えるだろう。いま、<生前退位>という日本近代史初の体験」を目前に、右翼ならずとも、保守もリベラルも、何の躊躇もなく<尊王>や<親天皇>を口にするようになってきた。  

すでに、『東京新聞』(夕)では、「歌会始」選者である永田和宏による「象徴のうた 平成という時代」の連載が始まった(2018115日、122日~)。歌会始の選者今野寿美が新聞『赤旗』の選者にもなったことは、このブログでも言及したが、今年の1月には交代し、務めたのは2年間であった。

 

 

<参考> 

歌会始応募者数一覧(1991~2018) 

http://www.kunaicho.go.jp/culture/utakai/eishinkasu.html 

有効応募歌数は、これより数百首下回る。

*当初の記事において皇后の作品「負ひ」の部分を「背負ひ」としておりました。訂正し、お詫びします。

 

 

 

 

| | コメント (0)

より以前の記事一覧